青柳正規『興亡の世界史00 人類文明の黎明と暮れ方』
講談社の『興亡の世界史』シリーズ20冊目となります(2009年11月刊行)。冒頭にて現代人の把握する時間軸の短さが指摘された本書においては、更新世以前の人類の進化にもかなりの分量が割かれています。もっと長い時間軸で人類文明をととらえなければならない、との著者の問題意識に基づく構成ということなのでしょう。著者は古人類学の専門家ではないだけに、本書の更新世以前の人類の進化の記述にはとくに目新しい情報はありませんし、疑問もないわけではありませんが、古人類学に関心のある私にとっては、このような世界史シリーズにおいてこれだけ古人類学分野の記述があるのは嬉しいものです。
欧米型の激しい競争社会と日本などに見られる穏やかな社会と分類し、前者の行き詰まり・行き着く先の滅亡を指摘する本書の見解は、俗流文化論とも通ずるところがあり、ただちに承認できるものではありませんが、現代社会への深刻な危機意識に基づく歴史解釈を試みようとする著者の姿勢には共感します。興味深いのは、メソポタミア文明は他の文明と比較してかなり特殊だ、との指摘です。これまで、メソポタミア文明こそ、その成立過程とともに文明の典型例・指標だとみなされてきたのですが、本書では、農耕・集住に不向きだったことがメソポタミア文明成立の要因になったとされており、メソポタミア文明を基準としての、成立過程も含めての文明論の一般化に疑問が呈されています。
また、南アメリカ大陸での文明成立の様相はユーラシア大陸のそれとは異なっており、成立過程も含めて文明の在り様は多様なのだ、ということが指摘されています。不利な点が文明発展の要因となり、文明(もしくは文化)繁栄の要因が文明衰退の要因になる、との指摘は、図式化された感もありますが、メソポタミアやイースター島など具体的事例が挙げられており、肯けるところもあります。一般向け概説書1冊で古代文明を扱うだけに、全体的に図式化・単純化の傾向が認められますが、さすがに著者は博学だけに色々と教えられるところも多く、なかなかの出来になっていると思います。
残念なのは、文化と文明の違いについて説明しようとの意図がありながら、けっきょくのところそれが成功しているとは言いがたいことです。最近私は、文明なる用語に疑問を持つようになっていて、文明という用語を今後も使ってよいものだろうか、と考えるようになっています。その意味で、文化と文明の違いについての本書の説明には期待していたのですが、博学な研究者といえども、文明の定義という難問に即答できないのは仕方のないところでしょう。
この『興亡の世界史』シリーズには毎巻冊子がついており、著者が関連書籍・映像を紹介しているのですが、そのなかでも著者のおすすめの作品には印がつけられています。本書の冊子では『イリヤッド』が紹介されて印がつけられていましたが、著者の青柳氏は2006年1月10日付の書評
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20060110bk04.htm
で『イリヤッド』を高く評価していただけに、予想のできたことでした。上記の書評の時点では、『イリヤッド』の連載は88話まで進んでおり、その後1年半ほど連載は続き、123話が最終回となりました。上記の書評では、「漫画、劇画、コミックスとよばれる表現領域で、良質な知的娯楽の分野が着実に成長しつつある」とされたうえで、『イリヤッド』がその代表だと高い評価がなされています。
ただ、「これだけのサービス精神と雄大な構想力、そしてしっかりとした細部をそなえた物語に、現時点では脱帽せざるをえないが、結末を見るまで真の評価は先送りにしよう」とされていて、連載が完結した後、『イリヤッド』が本書の冊子でどのような評価がなされているか、注目していたのですが、伝説の島アトランティスをめぐる壮大な教養漫画であり、サスペンス的展開も読み応えがある、と相変わらず高く評価されています。私も、最終回には失望したといっても、総合的に見て『イリヤッド』はひじょうに優れた作品である、と考えているだけに、壮大な教養漫画でサスペンス的展開も読み応えがある、との青柳氏の評価に同意します。
欧米型の激しい競争社会と日本などに見られる穏やかな社会と分類し、前者の行き詰まり・行き着く先の滅亡を指摘する本書の見解は、俗流文化論とも通ずるところがあり、ただちに承認できるものではありませんが、現代社会への深刻な危機意識に基づく歴史解釈を試みようとする著者の姿勢には共感します。興味深いのは、メソポタミア文明は他の文明と比較してかなり特殊だ、との指摘です。これまで、メソポタミア文明こそ、その成立過程とともに文明の典型例・指標だとみなされてきたのですが、本書では、農耕・集住に不向きだったことがメソポタミア文明成立の要因になったとされており、メソポタミア文明を基準としての、成立過程も含めての文明論の一般化に疑問が呈されています。
また、南アメリカ大陸での文明成立の様相はユーラシア大陸のそれとは異なっており、成立過程も含めて文明の在り様は多様なのだ、ということが指摘されています。不利な点が文明発展の要因となり、文明(もしくは文化)繁栄の要因が文明衰退の要因になる、との指摘は、図式化された感もありますが、メソポタミアやイースター島など具体的事例が挙げられており、肯けるところもあります。一般向け概説書1冊で古代文明を扱うだけに、全体的に図式化・単純化の傾向が認められますが、さすがに著者は博学だけに色々と教えられるところも多く、なかなかの出来になっていると思います。
残念なのは、文化と文明の違いについて説明しようとの意図がありながら、けっきょくのところそれが成功しているとは言いがたいことです。最近私は、文明なる用語に疑問を持つようになっていて、文明という用語を今後も使ってよいものだろうか、と考えるようになっています。その意味で、文化と文明の違いについての本書の説明には期待していたのですが、博学な研究者といえども、文明の定義という難問に即答できないのは仕方のないところでしょう。
この『興亡の世界史』シリーズには毎巻冊子がついており、著者が関連書籍・映像を紹介しているのですが、そのなかでも著者のおすすめの作品には印がつけられています。本書の冊子では『イリヤッド』が紹介されて印がつけられていましたが、著者の青柳氏は2006年1月10日付の書評
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20060110bk04.htm
で『イリヤッド』を高く評価していただけに、予想のできたことでした。上記の書評の時点では、『イリヤッド』の連載は88話まで進んでおり、その後1年半ほど連載は続き、123話が最終回となりました。上記の書評では、「漫画、劇画、コミックスとよばれる表現領域で、良質な知的娯楽の分野が着実に成長しつつある」とされたうえで、『イリヤッド』がその代表だと高い評価がなされています。
ただ、「これだけのサービス精神と雄大な構想力、そしてしっかりとした細部をそなえた物語に、現時点では脱帽せざるをえないが、結末を見るまで真の評価は先送りにしよう」とされていて、連載が完結した後、『イリヤッド』が本書の冊子でどのような評価がなされているか、注目していたのですが、伝説の島アトランティスをめぐる壮大な教養漫画であり、サスペンス的展開も読み応えがある、と相変わらず高く評価されています。私も、最終回には失望したといっても、総合的に見て『イリヤッド』はひじょうに優れた作品である、と考えているだけに、壮大な教養漫画でサスペンス的展開も読み応えがある、との青柳氏の評価に同意します。
この記事へのコメント
遅ればせながら、明けましておめでとうございます!
イリヤッドが終わってしまってから、足が遠のいていますが、
たまに尋ねると、新しい記事をお書きになっていて、
興味深く拝見させて頂いています。
今年もどうぞ宜しくお願いします!
ではでは!
時間ができたら、もう一度『イリヤッド』を読み直してみようかな、と考えています。