落合淳思『古代中国の虚像と実像』(講談社)

 講談社現代新書の一冊として、2009年10月に刊行されました。『史記』などの古典に基づく、事実ではない作り話がいまだに根強く浸透している現状にたいして、2000年以上も昔の話だからこのような誤解は放置してもたいした害はないだろうが、自分は非科学的なものが嫌いなので、あえて虚像を指摘し、それを正す文章を書くことにした、との冒頭の一節から、良くも悪くも精神的に若い人だなあ、との印象を受けましたが、じっさい、著者は1974年生まれとのことで、歴史学の研究者としては若手と言ってよいでしょう。本書で取り上げられている、古典での記述とは異なる「史実」は、「古代中国史」に関心のある人にとっては、それほど目新しいものではないでしょうが、それらを簡潔に新書という形式でまとめたこと自体は、価値があると言ってよいだろう、と思います。

 本書のなかでとくに注目したのは第2章で、「夏王朝」の「実在」が本書では否定されています。近年、中華人民共和国では「夏商周断代工程」が公式見解として発表されており、「夏王朝」の「実在」はすでに証明された、との雰囲気があるのですが、日本の研究者はこうした風潮に懐疑的なようです。本書では、「夏王朝」とされる二里頭遺跡を、諸文献に見える「夏王朝」と結びつけることが批判されています。それは、「夏王朝」の伝承の原型が成立したのは春秋時代の初めであり、その伝承のなかに二里頭文化を反映した部分がまったくないからで、この批判はもっともなところだと思います。中華人民共和国の経済・軍事・政治力の強化とともに、「夏王朝」の「実在」が「正しい歴史認識」・「真実の歴史」として日本国内でも声高に主張されるようになるかもしれませんが、そのような主張が日本国内で定着しないことを願っています。

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  • 夏王朝の実在をめぐる議論と大化前代をめぐる議論の共通点

    Excerpt: 夏王朝の実在認定をめぐって、日中ではかなりの温度差があったようです。佐藤信弥『中国古代史研究の最前線』(関連記事)第1章第2節によると、中国では夏王朝の実在は確実とされ、それを前提として議論が展開され.. Weblog: 雑記帳 racked: 2018-05-03 00:00