篠田謙一「DNA解析が解明する現生人類の起源と拡散」

 『地学雑誌』118巻2号に掲載された報告です。篠田氏の著書としては、『日本人になった祖先たち』が有名です。これといって目新しい見解はないのですが、さすがに篠田氏は手堅く簡潔にまとめているな、と思います。ただ、疑問点もあります。まず、遺伝学・分子生物学の分野から現生人類のアフリカ単一起源説が強く主張されるようになった契機となった、Cann et al.,1987が、「従来の学説を覆す」とされていると評価されていることです。現生人類の起源をめぐる論争についての学説史の把握は私の今後の課題であり、現時点では直接論文に当たったわけではなく、一般向け概説書での把握にとどまっていますが(Fagan.,1997、Shreeve.,1996)、現生人類の起源をめぐるアフリカ単一起源説と多地域進化説との議論は、1986年以前から展開されていました。

 次に疑問なのは、「自身の誕生」というやや曖昧な表現ではありますが、その誕生年代が15万年前頃とされていることです。現生人類の誕生年代ということでいえば、以下の記事で述べたように、ミトコンドリアDNAにしてもY染色体にしても、その指標にはならないだろう、というのが私の理解です。
https://sicambre.seesaa.net/article/200907article_28.html
以上、2点ほど疑問を述べましたが、私の理解のほうに問題があるのかもしれませんし、かりに私の疑問がかなりのていど妥当だったとしても、この報告が手堅く簡潔なものであることは間違いないだろう、と思います。



参考文献:
Cann RL. et al.(1987): Mitochondrial DNA and human evolution. Nature, 325, 31-36.
http://dx.doi.org/10.1038/325031a0

Fagan BM.著(1997)、河合信和訳『現代人の起源論争』(どうぶつ社、原書の刊行は1990年)

Shreeve J.著(1996)、名谷一郎訳『ネアンデルタールの謎』(角川書店、原書の刊行は1995年)

篠田謙一(2007)『日本人になった祖先たち』(日本放送出版協会)
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篠田謙一(2009)「DNA解析が解明する現生人類の起源と拡散」『地学雑誌』118巻2号P311-319
http://www.geog.or.jp/journal/back/pdf118-2/p311-319.pdf

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