ネアンデルタール人の特徴をもつ上部旧石器時代の人骨についての解釈

 ネアンデルタール人の特徴をもつ、フランス南西部にあるラロア遺跡の上部旧石器時代の人骨についての研究(Rozzi et al., 2009)が報道されました。ラロア遺跡ではオーリニャック文化(オーリナシアン)層が認められ、その年代は放射性炭素法により30000~28000年前と推定されました。このオーリナシアン層からは人骨も出土していますが、その特徴はたいへん興味深いものでした。

 ラロア遺跡で出土した下顎骨は、若年個体のもの1つをのぞいて、解剖学的現代人に分類されました。その若年個体の下顎骨・歯には、解剖学的現代人(ホモ=サピエンス、現生人類)とネアンデルタール人両方の特徴が認められました。その歯の形態的特徴のほとんどは、早期上部旧石器時代の解剖学的現代人に見られるものでしたが、歯の大きさと周波条のパターンには、ネアンデルタール人との類似性が認められました。さらに興味深いのは、この若年個体の下顎骨にカットマークが認められたことです。こうしたことからこの研究では、以下の3つの可能性が指摘されています。

(1)オーリナシアンの担い手は解剖学的現代人のみであり、ネアンデルタール人的特徴も有する若年個体は、解剖学的現代人に食べられたか、何らかの儀式のような象徴的行為に用いられました。あるいは、その両方だったかもしれません。

(2)オーリナシアンの担い手は解剖学的現代人とネアンデルタール人双方の特徴を有する集団でした。この場合、ラロア遺跡の若年個体の人骨は、ネアンデルタール人・解剖学的現代人という2つの集団間の、生物学的接触の最初の証拠となるでしょう。

(3)ラロア遺跡のすべての人骨は、大きな変異幅を有する解剖学的現代人集団に分類され、原始的特徴も保持していました。ヨーロッパにおける他の初期解剖学的現代人も考慮に入れると、ヨーロッパの早期上部旧石器時代の解剖学的現代人は、形質的に多様な集団だったと考えられます。

 (1)は、29000~28000年前とされるクロアチアのヴィンデヤのネアンデルタール人骨や、30000~24000年前のジブラルタルのゴルハム洞窟のムスティエ文化(ムステリアン)遺跡の年代の新しさから、オーリナシアンの担い手である解剖学的現代人のヨーロッパへの侵入後も、ネアンデルタール人が解剖学的現代人と共存していたことを説明できます(ヨーロッパにおけるムステリアンの担い手はネアンデルタール人のみとされています)。

 しかし、ゴーラム洞窟やヴィンデヤの年代は、再評価により以前よりも古くなる可能性が提示されており、(1)への支持は強くありません。また、ネアンデルタール人の所産とされるムステリアンもシャテルペロン文化(シャテルペロニアン)も、ラロア遺跡のあるフランス南西部では、35000年前以降のものが確認されていません。これにたいして、ラロア遺跡のオーリナシアン層の年代は30000~28000年前となります。これは、(1)だけではなく(2)にも否定的なデータと言えます。なお、オーリナシアン期の人骨の扱い方と象徴的使用のこれまでの研究成果から推測すると、ラロア遺跡における食人の可能性は低そうです。

 そこで支持されるのが(3)で、歯の大きさなどのネアンデルタール人的特徴は、原始的形質の保持の結果と解釈されます。じっさい、大きな歯は他のヨーロッパの初期解剖学的現代人でも認められています。一方、周波条のような歯の成長パターンに見られるネアンデルタール人的特徴は、原始的形質の保持では説明できません。ネアンデルタール人の周波条のパターンは、上部旧石器時代の解剖学的現代人やホモ=ハイデルベルゲンシスとは異なるとされています。

 この問題の解釈は、初期上部旧石器時代人の人骨の不足により困難とされていますが、おそらく、今後人骨の発見や再分析が進めば、初期上部旧石器時代の解剖学的現代人が、現在考えられているよりも形質的には多様であることが分かり、ラロア遺跡の若年個体も、ヨーロッパの初期解剖学的現代人の範囲に収まる可能性が高いでしょう。アフリカの中期石器時代の人骨の発見・再分析が進めば、初期解剖学的現代人の多様性がもっと明らかになり、この仮説が証明される可能性はさらに高くなるでしょう。

 また、このラロア遺跡の若年個体の形質的特徴の一部がネアンデルタール人に由来するのだとしたら、西ヨーロッパでネアンデルタール人と解剖学的現代人とが交雑したのではなく、東ヨーロッパか西アジアで解剖学的現代人とネアンデルタール人との間に交雑があり、西ヨーロッパまで進出した一部の解剖学的現代人集団は、ネアンデルタール人的特徴を25000年前頃まで保持していた、という可能性のほうが高いと思われます。


参考文献:
Rozzi FVR. et al.(2009): Cutmarked human remains bearing Neandertal features and modern human remains associated with the Aurignacian at Les Rois. Journal of Anthropological Sciences, 87, 153-185.

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック