古代史研究者の若井敏明氏

 著作・論文等を読んだことはまったくないのですが、古代史研究者の若井敏明氏が気になります。若井氏は関西の私立大学の講師のようです。
http://oc-academy.com/rekisi/kodaisi.html

 私が若井氏の存在を知ったのは、『史学雑誌』の「2006年の歴史学界―回顧と展望―」(『史学雑誌』第116編第5号)を読んだときのことなのですが、そこでは若井氏の論考が以下のように酷評されていました(P39、該当項目の執筆者は佐藤長門氏)。以下、引用では漢数字を算用数字に改め、省略された書名は省略せずに表記しました。

 若井敏明「古代日本の形成における暴力の問題についての覚書」(『日本史の方法』3)は5世紀までを軍事統一と内部抗争の歴史と捉え、古代国家の暴力的性格を強調するが、史料批判もせずに神武東征などを事実とする姿勢は歴史学の自殺行為に他ならない。同「記紀神話の原像とヤマト王権の起源」(『日本書記研究』27)は神話を用いたヤマト王権の統一過程の追及を標榜するが、内容的には神話分析にとどまる。史実性が乏しい神話は記紀編纂段階の理想像を示しているにすぎず、そこから具体的史実をみようとするのは方法論的誤謬。

 近年の「回顧と展望」で取り上げられる論考・著書で、ここまで酷評されるものは珍しいので、強く印象に残っています。その若井氏の論考は、「2008年の歴史学界―回顧と展望―」(『史学雑誌』第118編第5号)でも取り上げられました(P40、該当項目の執筆者は松木俊曉氏)。

 なお、若井敏明「河内における県の展開」(『鷹陵史学』34)は、県を朝廷への貢納機関と規定。大和王権の河内進出に伴い、王族出身の県主をいただく県を設置したと推測。同「古代日本の形成における暴力について」(『構造と原理』)も、記紀の所伝から、大和王権が武力によって地方勢力を制服・統合したと見る。両者とも「史料」を使わない研究を批判して確信犯的に記紀の所伝をそのまま根拠としているが、逆に史料として生かす何らの方法論も用いないのは本末転倒。

 ここでも、「2006年の歴史学界―回顧と展望―」ほどではないにしても、厳しい評価をくだされています。若井氏は、座談会で「神武天皇不在論は科学的か」との発表もしているようで、そうしたあたりが、他の古代史研究者から批判される原因になっているのかもしれません。私は今でも日本古代史に興味をもっているものの、以前よりも優先順位が下がっているので、若井氏の論考を今すぐ取り寄せて読もうという気にはなりませんが、これだけ酷評されている論考だと、本当に酷評に値する論考なのかとかえって興味を持ちますから、いつかは読んでみようと思っています。


参考文献:
『史学雑誌』第116編第5号(2007年)

『史学雑誌』第118編第5号(2009年)

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