竜骨坡化石の見直し

 人類とされてきた竜骨坡化石の見直しを提言した見解(Ciochon., 2009)が報道されました。重慶市巫山県竜骨坡遺跡で1985年に発見された顎と歯の化石は、『ネイチャー』での論文(Wanpo., 1995)にて人類のものとされ、議論となりました。この論文の筆者の一人であるラッセル=ショホーン博士は、竜骨坡化石はホモ=ハビリス(ハビリスをアウストラロピテクス属とする見解もあります)であり、エレクトスは通説で言われているようにアフリカで進化してアジアに進出したのではなく、東アジアで進化して西方に進出したのではないか、とも考えていました。また、竜骨坡化石の推定年代は204万年前頃ではないか、との見解が近年になって提示されており、人類中国起源説の重要な根拠ともされていました(関連記事)。

 しかし、その後に竜骨坡化石は類人猿ではないのか、と指摘した見解が相次いで提示されたことと(Wu., 2000、Etler., 2001)、自らアジア東南部の類人猿化石を多数調査したことを踏まえて、竜骨坡化石はどの種に属するか未定ではあるものの類人猿だ、とショホーン博士は見解を変更しました。おそらくこの見解は妥当なもので、竜骨坡化石は人類の系統には属さないのでしょう。人類中国起源説は世界的にはほとんど相手にされていないとはいえ、中国では未だに根強く浸透しているようです。したがって、ショホーン博士の見解の変更の意義は、中国では小さくないように思われます。

 では、竜骨坡遺跡は人類進化の研究において意味がなくなったのかというとそうではなく、竜骨坡遺跡では石器と推定される遺物も発見されているので、アフリカ起源の人類のユーラシア東部への進出を研究するにあたって、依然として重要であると思います。今後は、竜骨坡遺跡出土の石器とされる遺物が本当に石器なのか、またその年代がいつ頃なのか、との研究の進展が期待されます。石器の年代が、かりに204万年前頃と推定された場合、またしても人類中国起源説派(中国以外にはほとんどいないのですが)が勢いづくかもしれませんが、アフリカにおける石器の起源はもっと古いわけですし、アウストラロピテクス属との類似性を指摘されている、インドネシア領フローレス島のホモ=フロレシエンシスの存在などからも、人類の出アフリカは200万年前よりもずっとさかのぼる可能性が低くありませんから、人類中国起源説の根拠にはならない、と言うべきでしょう。


参考文献:
Ciochon RL.(2009): The mystery ape of Pleistocene Asia. Nature, 459, 910-911.
http://dx.doi.org/10.1038/459910a

Etler DA. et al.(2001): Longgupo: Early Homo colonizer or late pliocene Lufengpithecus survivor in south China? Human Evolution, 16, 1, 1-12.
http://dx.doi.org/10.1007/BF02438918

Wanpo H. et al.(1995): Early Homo and associated artefacts from Asia. Nature, 378, 275-278.
http://dx.doi.org/10.1038/378275a0

Wu X.(2000): The mystery ape of Pleistocene Asia. Acta Anthropologica Sinica, 19, 1-10.

この記事へのコメント

巨猿
2012年01月30日 15:47
巫山竜骨坡の発見は、人類中国起源説や多地域進化説をとる中国の研究者にとっては(呉新智さんのように)、意を強くしたようです。しかし、顎・歯や石器、年代数値についても、さらに客観的な検討が必要なようです。これからも石灰岩地帯の広西壮族自治区や雲南省の研究の動向には注目したいですが、人類のアフリカ起源は動かし難いと思います(ジーチョアン)。
2012年01月30日 21:32
人類のものではなくとも、竜骨坡化石が興味深いものであることは間違いないと思います。

人類のアフリカ起源は、私も動かないと思います。

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