「ネアンデルタール人の謎~最新報告・ゲノム解読の試み~」

 NHKのBSハイビジョン『フロンティア』の『シリーズ人類史への正体』で放送された、2008年にイギリスで制作された番組です。全体的に、近年のネアンデルタール人見直し論の影響が強く、ネアンデルタール人と現生人類との類似性が強調されています。紹介された学説史はかなり単純化された感はありますが、一般向けのテレビ番組では、これは仕方のないところでしょう。

 この番組の主題は、ネアンデルタール人と現生人類が出会ったときに何が起きたのか、ということで、両者の間に混血があったのか否かという点について、著名な研究者たちによる見解が提示されています。全体的に、混血説に好意的な構成になっていたのは意外でしたが、これもネアンデルタール人見直し論の影響でしょうか。この問題を扱った一般向け番組としては、なかなか上手くまとめられていると思いますし、楽しめたのですが、疑問点も少なからずあります。

 ネアンデルタール人と現生人類との混血の可能性について、北米における先住民とヨーロッパ系移民との混血を根拠の一つとしていたのは、問題だと思います。北米の先住民とヨーロッパ系移民とは同じ現生人類であり、遺伝的な違いは、ネアンデルタール人と現生人類との間のそれよりずっと小さいわけですから、同列に扱うことには無理があると思います。

 FOXP2遺伝子を言語遺伝子と表現することも疑問で、言語能力に関わりのある遺伝子群の一つである可能性が高い、というのが現時点では妥当な見解ではないでしょうか。このFOXP2遺伝子における現代人型の変異がネアンデルタール人にも認められ、この番組ではネアンデルタール人と現生人類との混血説の根拠の一つとされました。しかも、それは混血により現生人類がネアンデルタール人から獲得したものではないか、との見解すら提示されました。

 現代人のFOXP2遺伝子について詳しいわけではないので、的外れな批判になるかもしれませんが、FOXP2遺伝子における現代人型の変異が広く世界中で見られるのだとしたら、おおむねユーラシア西部にしか存在しなかったネアンデルタール人との交配により、アフリカ南部の先住民からオーストラリアの先住民まで同じ型のFOXP2遺伝子を持っているのは不自然と言うべきでしょう。

 可能性として考えられるのは、混血により現代人からネアンデルタール人へと受け渡されたか、ネアンデルタール人の核DNAが現代人のDNAにより汚染されていたか、両者の共通祖先の段階ですでに現代人型の変異が存在していた、ということでしょう。もっとも、昨年公表された研究(Coop et al., 2008)によると、3番目の可能性は低そうです。


参考文献:
Coop G. et al.(2008): The Timing of Selection at the Human FOXP2 Gene. Molecular Biology and Evolution, 25, 7, 1257-1259.
http://dx.doi.org/10.1093/molbev/msn091
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