太平洋への人類の拡散
ピロリ菌のDNAの塩基配列と言語系統樹との比較から、太平洋への人類の拡散の様相を推定した2つの研究(Moodley et al., 2009、Gray et al., 2009)が公表されました。ピロリ菌(ヘリコバクター=ピロリ)のDNAの塩基配列を比較した研究(Moodley et al., 2009)では、台湾とオーストラリアの先住民・ニューギニアの高地人・ニューカレドニアのメラネシア人とポリネシア人から、ピロリ菌の標本が採取されました。ピロリ菌は人間特有の細菌なので、宿主である人間とともに世界中に広まり、遺伝的に分化していくことになります。
ピロリ菌DNAの塩基配列の比較の結果、過去数千年の間別々に進化してきたと思われる菌株2種が確認されました。そのうちの1つは“hpSahul”で、スンダランドを経由してニューギニアおよびオーストラリアへと人類が移住したのにともない、3万年以上前にアジアのピロリ菌から分化しました。もう1つは“hpMaori” で、台湾からフィリピン・ポリネシア・ニュージーランドへの人類の移住のさいに、5000年前以降に広がっていきました。
言語系統樹を比較した研究(Gray et al., 2009)では、台湾から太平洋地域への人類の拡散について、オーストロネシア語の比較から分析されました。この研究では、210個の基本語彙における類似性に基づいて、400種の言語の関係を表した系統樹が作成されました。その結果、オーストロネシア語族の起源は台湾にあり、5000年前以降に分化し始めたことが示されました。
またこの移住には、2度の大きな中断があると推測されました。最初の中断は台湾からフィリピンへの移住の間で、おそらく両地域を分断する350kmにおよぶ海峡を横断するのが困難だったためと考えられます。2度目の中段は西ポリネシアにおいてのもので、東ポリネシアの島々の間の広大な距離を渡るには、もっと優れた技術や社会革新が必要であったため、と考えられます。
広大な太平洋への人類の拡散は、現生人類史において、アメリカ大陸・オーストラリア大陸への拡散と匹敵するか、それ以上の壮挙と言うべきで、そのさいに育まれた文化には、現代でも見るべきものが少なからずあるのではないか、と思います。その太平洋への人類の拡散について、遺伝学と言語学の分野から相互補完的な研究が提示されたことは興味深く、今後、こうした諸分野の研究を統合した、大きな枠組みの提示が進むことが期待されます。
参考文献:
Gray RD. et al.(2009): Language Phylogenies Reveal Expansion Pulses and Pauses in Pacific Settlement. Science, 323, 5913, 479-483.
http://dx.doi.org/10.1126/science.1166858
Moodley Y. et al.(2009): The Peopling of the Pacific from a Bacterial Perspective. Science, 323, 5913, 527-530.
http://dx.doi.org/10.1126/science.1166083
ピロリ菌DNAの塩基配列の比較の結果、過去数千年の間別々に進化してきたと思われる菌株2種が確認されました。そのうちの1つは“hpSahul”で、スンダランドを経由してニューギニアおよびオーストラリアへと人類が移住したのにともない、3万年以上前にアジアのピロリ菌から分化しました。もう1つは“hpMaori” で、台湾からフィリピン・ポリネシア・ニュージーランドへの人類の移住のさいに、5000年前以降に広がっていきました。
言語系統樹を比較した研究(Gray et al., 2009)では、台湾から太平洋地域への人類の拡散について、オーストロネシア語の比較から分析されました。この研究では、210個の基本語彙における類似性に基づいて、400種の言語の関係を表した系統樹が作成されました。その結果、オーストロネシア語族の起源は台湾にあり、5000年前以降に分化し始めたことが示されました。
またこの移住には、2度の大きな中断があると推測されました。最初の中断は台湾からフィリピンへの移住の間で、おそらく両地域を分断する350kmにおよぶ海峡を横断するのが困難だったためと考えられます。2度目の中段は西ポリネシアにおいてのもので、東ポリネシアの島々の間の広大な距離を渡るには、もっと優れた技術や社会革新が必要であったため、と考えられます。
広大な太平洋への人類の拡散は、現生人類史において、アメリカ大陸・オーストラリア大陸への拡散と匹敵するか、それ以上の壮挙と言うべきで、そのさいに育まれた文化には、現代でも見るべきものが少なからずあるのではないか、と思います。その太平洋への人類の拡散について、遺伝学と言語学の分野から相互補完的な研究が提示されたことは興味深く、今後、こうした諸分野の研究を統合した、大きな枠組みの提示が進むことが期待されます。
参考文献:
Gray RD. et al.(2009): Language Phylogenies Reveal Expansion Pulses and Pauses in Pacific Settlement. Science, 323, 5913, 479-483.
http://dx.doi.org/10.1126/science.1166858
Moodley Y. et al.(2009): The Peopling of the Pacific from a Bacterial Perspective. Science, 323, 5913, 527-530.
http://dx.doi.org/10.1126/science.1166083
この記事へのコメント
「オーストロネシア語族の起源は台湾」というお話ですが、どうも本当の起源は大陸にあり、大陸から台湾に渡って太平洋に拡散したのではないかという説を聞いたことがあります。(何で読んだかは忘れました)。何でも、大陸に取り残されたオーストロネシア語族ではないかと推定される少数民族が存在しているようです。
また、何に書いてあったか調べてみます。
こうした問題が、学際的な研究により解明されていくことを期待しています。