雨宮昭一『占領と改革』

 岩波新書の『シリーズ日本近現代史』の第7巻として、岩波書店より2008年に刊行されました。問題の書というか、物議を醸す一冊になりそうだな、というのが素人の率直な感想です。戦後に連合国(実質的には米国)による占領のもとではじめて、日本は政治・経済面における民主的改革がなされ、それは被占領国たる日本の広範な層に支持されたものだった、というのが日本のみならず世界において強く支持されている見解でしょう。

 本書では、戦時体制と戦後との連続性、さらには戦後の諸改革をこのような「サクセスストーリー」として見ていく「占領と改革」という通念に、異議申し立てがなされています。その異議申し立てとは、日本の総力戦体制がプロレタリアートをつくり、社会関係を平等化・近代化した結果、総力戦体制によって多くの戦後「改革」の前提条件が整備されていたのであり、戦後「改革」の多くは、占領がなくても実現された可能性が高いのではないか、というものです。こうした見解と関連して、敗戦前より敗戦後を見越しての政策検討がなされていた、という事実も紹介されています。

 戦時体制と戦後との連続性を強調する見解は、私のような近現代史の素人にも珍しいものではなく、1990年代以降に日本でも顕著となった「構造改革・規制緩和」推進という「新自由主義」的立場から、否定的な意味合いで主張されていたことがあります。本書の見解は、その前提となる歴史認識を「新自由主義」と多分に共有しているところがあります。

 しかし、やはり岩波新書と言うべきか、本書の立場は「新自由主義」とは正反対のものになっています。戦前~戦後にかけての歴史の見直しにより、アジアにおける共同性の創造、新自由主義によって解体されたかに見える社会民主主義や社会の連帯の再生を考えるための材料が出てくるのではないだろうか(P・ix)、というのが本書の見通しです。

 もちろん本書では、たんじゅんに総力戦体制を復活させよと主張されているわけではありませんが、総力戦体制に戦後の「民主的改革」の前提を見出し、それを「新自由主義によって荒廃した」現代日本の道標を探る手がかりにしよう、という発想が「左派」的立場から堂々と主張されることは、近現代史や論壇に疎い私にとってはかなり新鮮でした。

 その他に本書で興味深いのは、反東条連合の勝利が早期の敗戦を可能とし、「本土決戦」の回避につながったことや、戦後における諸政治勢力の連携を見ていくと、「保守」対「革新」という政治構造とは異なる政治がありえたことなど、歴史にはさまざまな可能性がありえたことを指摘している点です。

 本書で提示された見解は専門家による検証が必要でしょうし、おそらくは学界においてかなりの批判が出てくるでしょうが、一つの問題提起としては意義のあるものだと思います。また、せっかく新書という形式で公表されているのですから、論壇でも重要な問題提起として受け止める人が増え、議論が活発になればよいな、と思います。

 深刻な不況下では、「左派を装った全体主義」が広範な支持を得る可能性がある、という懸念を表明する人も少なからずいるでしょうが、混迷する現在の日本において、「左派」による反「新自由主義」的見解の一つとして、学界に限らず広く注目されるべき議論ではないかな、と思います。また、米国によるイラクの占領がなぜ上手くいかなかったのか、という問題にたいする手がかりになるかもしれない、という意味でも注目されます。

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