『先史時代と心の進化』

 コリン=レンフルー著、溝口孝司監訳、小林朋則訳で、ランダムハウス講談社より2008年に刊行されました。原書の刊行は2007年です。ホモ=サピエンス・パラドックスの解明を主要な問題意識として、認知考古学の立場から人類史を概観した一冊です。

 現在の古人類学における主要な問題の一つは、解剖学的な意味でのホモ=サピエンス(現生人類)、つまり解剖学的現代人の登場(20万年前頃)と、行動学的に(知的資質の面において)「現代的な」人類の登場した年代(後期石器時代・上部旧石器時代以降)が大きくずれている(10万年以上)理由の解明にあるのですが、本書では、アフリカの中期石器時代に「現代的な」行動が認められる、という近年の考古学的成果も取り入れつつ、「現代的な」行動の可能だった人類が、農業革命までなぜ長い時間を要したのか、ということが人類史における矛盾とされています。

 この矛盾を手がかりとして本書は、人類史を「種形成段階」と「構築段階」とに区分し、現代人のDNAの基本配列は遅くとも10万年前頃までには決まっていて、現代人の視点からすると現生人類の「種形成段階」はこの時点で終わり、以後の現生人類史は「構築段階」に属する、としています。

 「構築段階」においては、遺伝的変化(進化)ではなく、現実との関わり合いのなかでの概念の変化が現生人類社会の動向を決定づけてきたのであり、農業革命もそうした視点から解釈されるべきだ、とされます。また、「構築段階」においてはさまざまな方向性が考えられるのであり、それが現生人類の文化の多様性を生み出していることと、人類社会の単系発展的見解は否定されるべきだ、ということも指摘されています。

 本書での見解は、私にとっては当然と思えることが多いのですが、洞窟壁画などのヨーロッパにおける上部旧石器時代の「絢爛豪華」たる文化の開始を遺伝的変化と結びつける見解や、人類社会の単系発展的見解が今でも根強くあるように思われることを考えると、本書の意義はけっして小さくないのでしょう。また、漠然と当然視している考えを、具体的な根拠とともに体系化することも学問と言うべきですから、その意味でも本書の意義は小さくないと思います。


参考文献:
Renfrew C著(2008)、溝口孝司監訳、小林朋則訳『先史時代と心の進化』(ランダムハウス講談社、原書の刊行は2007年)

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