木曽が信濃国になったのは約500年前
日本近世史が専門で信大人文学部の山本英二准教授によると、木曽が信濃国になったのは1491~1515年の間だと判明した、と報道されました。木曽の地名が初めて出てくる『続日本紀』には「美濃国の岐蘇山道を開く」とあり、木曽は美濃ということになっています。中世においては、木曽の北部が信濃国で南部は美濃国とされていました。17世紀半ばの信濃国の郷帳では、木曽の村がまとめて記載されていますが、この間の帰属の移行状況はよく分かっていませんでした。
しかし、木曽郡大桑村の定勝寺の古文書によると、1491年には「美濃州恵那郡木曽庄」とあったのに、1515年には「信濃州木曽荘」とありました。山本准教授は、王滝村で鳳泉寺や御嶽神社宮司の滝家の調査を続けており、「キソノシヤウ(木曽荘)」を美濃国とする1507年の滝家文書も確認したとのことで、「一連の滝家文書をさらに調べて定勝寺の調査と突き合わせることで、より正確な当時の状況が分かる」と期待しているそうです。
しかし、木曽郡大桑村の定勝寺の古文書によると、1491年には「美濃州恵那郡木曽庄」とあったのに、1515年には「信濃州木曽荘」とありました。山本准教授は、王滝村で鳳泉寺や御嶽神社宮司の滝家の調査を続けており、「キソノシヤウ(木曽荘)」を美濃国とする1507年の滝家文書も確認したとのことで、「一連の滝家文書をさらに調べて定勝寺の調査と突き合わせることで、より正確な当時の状況が分かる」と期待しているそうです。
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