犬の家畜化は3万年前までさかのぼる?

 犬の家畜化について論じた研究(Germonpré et al., 2008)が公表されました。まだ要約も読んでいませんが、ブログの記事でやや詳しく知ることができました。じゅうらい、家畜化された最古のイヌ科は、ロシアで発見された14000年前のものとされていました(確実視されていないものも含めると、さらに古くなる可能性もあります)。しかしこの研究では、ベルギー・ウクライナ・ロシアの遺跡で発見された、先史時代の117のイヌ科の形態分析・年代測定・同位体分析の結果、イヌ科の家畜化は31700年前までさかのぼる、とされています。

 31700年前との年代測定結果が得られたのは、ベルギーのゴイエト洞窟で発見されたイヌ科の骨です。これが家畜化された犬だという根拠の一つは、形態分析から得られました。先史時代の犬は、短くて広い鼻・頭骨サイズの縮小などの点で、先史時代および現存の狼とはっきり区別されます。この研究で分析された先史時代のイヌ科の骨も、同様に犬の範疇に収まりました。

 同位体分析では、今回分析された先史時代のイヌ科動物が、馬・麝香牛・トナカイのような大きな獲物を食べていたけれども、魚や海産物は食べていなかったことが示唆されました。これは、今回分析されたイヌ科動物が、人間の狩猟活動に従っていた可能性を示唆しています。

 ゴイエト洞窟では、中部旧石器・上部旧石器文化の遺物とともに、多数の哺乳類の骨も発見されました。それらの骨のなかには、打撃痕やカットマークやオーカーの痕跡が見られました。上部旧石器文化の遺物のなかには、オーリナシアン(オーリニャック文化)の象牙製ビーズもありました。こうしたことから、この31700年前のイヌ科は家畜化された犬で、その担い手はオーリナシアン人と考えられました。

 先史時代のイヌ科のミトコンドリアDNAの分析も、興味深いものでした。今回分析されたベルギーの標本はすべて、現存の犬と狼に見られない、独自のDNA配列を示しました。これが示唆しているのは、先史時代のイヌ科動物においては現存種よりも多様性が大きかった、ということです。これは、家畜化にさいして様々な形質の選択が行なわれただろうことを考えると、妥当なところでしょう。

 しかしこの研究では、ゴイエト洞窟の遺物と犬の骨とがどの層から出土したか、あまり明確ではない、と慎重な姿勢も見せています。このブログの記事でも、両者の関連性は強くなさそうだ、と指摘されています。またこのブログでは、犬を飼うことは人間にとってたいへん有利なのに、なぜ2万年近い化石記録の空白があるのか、との疑問が指摘されています。

 確かに、そうした疑問はもっともで、この研究が通説となるには、3~2万年前頃の確実な家畜化の証拠が必要となってくるでしょうが、犬の家畜化の可能性が指摘されている他の遺跡の再検証により、今回の研究が支持されるのは、それほど先のことではないかもしれません。


参考文献:
Germonpré M. et al.(2008): Fossil dogs and wolves from Palaeolithic sites in Belgium, the Ukraine and Russia: osteometry, ancient DNA and stable isotopes. Journal of Archaeological Science, 36, 2, 473-490.
http://dx.doi.org/10.1016/j.jas.2008.09.033

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