ミトコンドリアDNA分析による初期現生人類の人口規模の復元
ミトコンドリアDNAの分析により、初期現生人類の人口規模を復元した研究(Atkinson et al., 2008)が公表されました。この研究では、224人の完全なミトコンドリアDNA配列の分析から、アフリカにおける初期現生人類集団の人口規模の推移が推定されています。
現代人のミトコンドリアDNAの系統を大雑把に述べると、まずアフリカ系集団のなかで大きく分岐し(L0~L7)、その分岐したアフリカ系集団の一つ(L3)から、すべての非アフリカ系集団(M・N)がさらに分岐した、ということになります。ミトコンドリアDNAの系統において、現代人の直近の共通祖先の年代は25~15万年前頃と推定されています。
アフリカにおけるミトコンドリアDNAの主要な系統は、L0・L1・L2・L3の4つです。L0は南部・東部・南東部アフリカに認められます。そのもっとも古い分枝は、南アフリカのコイサン採集狩猟民に高頻度で見られます。L1は西部・中央部のサハラ以南のアフリカにそれなりに認められ、中央の赤道森林地域のピグミー集団を含みます。
L2は西部および南東部のサハラ以南のアフリカではありふれていて、主要4系統のなかで最大派であり、広範囲に存在しています。もっとも若いL3は、西部・東部・南東部のサハラ以南のアフリカにもっとも高頻度で見られ、その起源は東部アフリカにあると推測されます。
古い系統のL0・L1は採集狩猟民に高頻度で見られ、現生人類の最初期の歴史の手がかりになるかもしれません。L0・L1より若いL2・L3は、L0・L1よりもっと高頻度で認められ、より広範囲に拡大しているのですが、どのように現在の居住域に到達したのか、なぜL3から分岐したM・Nのみがアフリカから拡散したのか、まだ確定した説はないというのが現状です。
この研究では、合着理論を用いた現存の遺伝的多様性から、過去の現生人類の人口規模とその増加(もしくは減少)率が推定されました。サハラ以南のアフリカ全体としては、201000~150000年前頃からゆるやかな人口増を示し、70000年前頃にやや増加率が上昇しています。
このパターンは、アフリカ外での急速な成長と対照的ですが、性染色体も含む他の遺伝子座や塩基の反復配列や一塩基多型からの推定と一致していますので、有益な突然変異が生じ、選択圧によりその頻度が急速に増加したというよりも、人口拡大を反映した結果のようです。
L0とL1の更新世における人口増加のパターンはさほど異なるものではなく、一定したゆっくりとしたものですが、L2とL3の人口増加のパターンはL0・L1のそれと大きく異なり、L2とL3のそれぞれの増加パターンも異なります。L2は20000~12000年前頃に急速な人口増を示し、それ以前の増加率は比較的低くなっています。
L2の拡大もまた、新たに有利な異形を遺伝的変異で獲得し、選択圧によりその頻度が急速に増加したのではなさそうで、森林環境のサバンナ化を促進したであろう、最終最大氷期と関連した気候変化によるものだろう、と考えられます。こうした気候変動はサハラ砂漠の拡大を招き、現生人類の中央部アフリカへの進出を促進したかもしれません。
L3は、86000~61000年前の間以降に顕著な人口増加を示し、サハラ砂漠以南のアフリカの主要4系統において、この時期にそうした人口動向を示す唯一の系統です。L2同様、L3の増加も新たに獲得した有利な遺伝的変異の結果ではなさそうで、L3はアフリカ内での人口増の結果として拡大したようです。
L3は、出アフリカの起点とされる東部アフリカにおいて、もっとも高頻度で見られます。L3拡大の時期は、M・Nという最初の非アフリカ系統の出現(Mは69000~53000年前、Nは64000~50000年前)より12000~8000年ほど先行します。L3(の子系統)のユーラシアへの進出は、その前に始まったサハラ以南における拡大の一部だった、と考えられます。
最近の古気候学の研究からは、7万年前頃の東部アフリカにおいて、乾燥した気候からより湿潤で安定した気候へと変化したことが示唆されています。しかし、気候が人口増の唯一の理由だとしたら、他の系統でも人口増が見られるはずですが、そうではありません。
そうすると、L3に他集団にたいする文化的利点があったと仮定すれば、この現象を説明できそうです。その文化的利点とは、石刃などの優れた石器・毛皮の加工・オーカーなどの装飾品・言語・宗教などです。こうした要素のどれがL3の拡大に関連しているか決定するには、考古学・古気候学・歴史言語学・集団遺伝学の統合が必要となるでしょう。
以上、この研究についてざっと見てきましたが、初期現生人類集団の人口規模の復元はたいへん興味深いものです。今後さらに標本数を増やし、他の遺伝子座での分析も進めるとともに、考古学・古気候学・言語学などの研究成果との総合化も進展させれば、より詳細な初期現生人類史が描けるのではないか、と大いに期待されます。
参考文献:
Atkinson QD. et al.(2008): Bayesian coalescent inference of major human mitochondrial DNA haplogroup expansions in Africa. Proceedings of the Royal Society B, 276, 1655, 367-373.
http://dx.doi.org/10.1098/rspb.2008.0785
現代人のミトコンドリアDNAの系統を大雑把に述べると、まずアフリカ系集団のなかで大きく分岐し(L0~L7)、その分岐したアフリカ系集団の一つ(L3)から、すべての非アフリカ系集団(M・N)がさらに分岐した、ということになります。ミトコンドリアDNAの系統において、現代人の直近の共通祖先の年代は25~15万年前頃と推定されています。
アフリカにおけるミトコンドリアDNAの主要な系統は、L0・L1・L2・L3の4つです。L0は南部・東部・南東部アフリカに認められます。そのもっとも古い分枝は、南アフリカのコイサン採集狩猟民に高頻度で見られます。L1は西部・中央部のサハラ以南のアフリカにそれなりに認められ、中央の赤道森林地域のピグミー集団を含みます。
L2は西部および南東部のサハラ以南のアフリカではありふれていて、主要4系統のなかで最大派であり、広範囲に存在しています。もっとも若いL3は、西部・東部・南東部のサハラ以南のアフリカにもっとも高頻度で見られ、その起源は東部アフリカにあると推測されます。
古い系統のL0・L1は採集狩猟民に高頻度で見られ、現生人類の最初期の歴史の手がかりになるかもしれません。L0・L1より若いL2・L3は、L0・L1よりもっと高頻度で認められ、より広範囲に拡大しているのですが、どのように現在の居住域に到達したのか、なぜL3から分岐したM・Nのみがアフリカから拡散したのか、まだ確定した説はないというのが現状です。
この研究では、合着理論を用いた現存の遺伝的多様性から、過去の現生人類の人口規模とその増加(もしくは減少)率が推定されました。サハラ以南のアフリカ全体としては、201000~150000年前頃からゆるやかな人口増を示し、70000年前頃にやや増加率が上昇しています。
このパターンは、アフリカ外での急速な成長と対照的ですが、性染色体も含む他の遺伝子座や塩基の反復配列や一塩基多型からの推定と一致していますので、有益な突然変異が生じ、選択圧によりその頻度が急速に増加したというよりも、人口拡大を反映した結果のようです。
L0とL1の更新世における人口増加のパターンはさほど異なるものではなく、一定したゆっくりとしたものですが、L2とL3の人口増加のパターンはL0・L1のそれと大きく異なり、L2とL3のそれぞれの増加パターンも異なります。L2は20000~12000年前頃に急速な人口増を示し、それ以前の増加率は比較的低くなっています。
L2の拡大もまた、新たに有利な異形を遺伝的変異で獲得し、選択圧によりその頻度が急速に増加したのではなさそうで、森林環境のサバンナ化を促進したであろう、最終最大氷期と関連した気候変化によるものだろう、と考えられます。こうした気候変動はサハラ砂漠の拡大を招き、現生人類の中央部アフリカへの進出を促進したかもしれません。
L3は、86000~61000年前の間以降に顕著な人口増加を示し、サハラ砂漠以南のアフリカの主要4系統において、この時期にそうした人口動向を示す唯一の系統です。L2同様、L3の増加も新たに獲得した有利な遺伝的変異の結果ではなさそうで、L3はアフリカ内での人口増の結果として拡大したようです。
L3は、出アフリカの起点とされる東部アフリカにおいて、もっとも高頻度で見られます。L3拡大の時期は、M・Nという最初の非アフリカ系統の出現(Mは69000~53000年前、Nは64000~50000年前)より12000~8000年ほど先行します。L3(の子系統)のユーラシアへの進出は、その前に始まったサハラ以南における拡大の一部だった、と考えられます。
最近の古気候学の研究からは、7万年前頃の東部アフリカにおいて、乾燥した気候からより湿潤で安定した気候へと変化したことが示唆されています。しかし、気候が人口増の唯一の理由だとしたら、他の系統でも人口増が見られるはずですが、そうではありません。
そうすると、L3に他集団にたいする文化的利点があったと仮定すれば、この現象を説明できそうです。その文化的利点とは、石刃などの優れた石器・毛皮の加工・オーカーなどの装飾品・言語・宗教などです。こうした要素のどれがL3の拡大に関連しているか決定するには、考古学・古気候学・歴史言語学・集団遺伝学の統合が必要となるでしょう。
以上、この研究についてざっと見てきましたが、初期現生人類集団の人口規模の復元はたいへん興味深いものです。今後さらに標本数を増やし、他の遺伝子座での分析も進めるとともに、考古学・古気候学・言語学などの研究成果との総合化も進展させれば、より詳細な初期現生人類史が描けるのではないか、と大いに期待されます。
参考文献:
Atkinson QD. et al.(2008): Bayesian coalescent inference of major human mitochondrial DNA haplogroup expansions in Africa. Proceedings of the Royal Society B, 276, 1655, 367-373.
http://dx.doi.org/10.1098/rspb.2008.0785
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