フィリップ=カー『エサウ 封印された神の子』
東江一紀・後藤由季子訳で、徳間書店より1998年に刊行された小説です。カバーの紹介文は、次の通りです(青字の箇所)。
ヒマラヤの秘峰で発見された原人の頭蓋骨。旧約聖書の人物にちなんで「エサウ」と名づけられたその化石は、ヒトの起源を根底からくつがえすものだった。世界的登山家ジャック・ファーニスと古人類学者ステラ・スウィフトの一行は、エサウの正体を求め、人類の過去を探る旅に出かける。しかし、彼らがヒマラヤで見つけたものは、人類の未来を脅かす恐ろしい秘密だった。ヒマラヤの秘境で彼らは、人類の恐るべき運命を知った。神の視点で描かれた傑作冒険ミステリー。
小説の感想とともに人類進化についての雑感も少し述べるので、読書だけではなく、古人類学のカテゴリーでも扱うことにします。私は小説をあまり読まず、小説については無知とも言えるので、本書についても最近まで知らず、ネットで検索中に偶然知って興味をもち、読んでみようと思った次第です。人類の起源を題材とした小説としては、『星を継ぐもの』がありますが、これは名作で、夢中になって読み進めた記憶があります。
本書についても、ネットで得た情報ではかなり面白そうでしたし、カバーの紹介文を読んで、いっそうその感を強くしましたので、『星を継ぐもの』に匹敵するような名作なのでは、という期待のもとに読み始めました。しかし読み終わったときには、その期待は失望に変わっていて、無駄な時間を過ごしたなあ、というのが率直な感想です。ただ、500ページ近くあり、読み終えるのにそれなりの時間を要したので、せめてブログにて感想を述べて、ブログの1日分の記事を埋めるのに役立てることにしよう、と考えた次第です。
さて本書の内容ですが、インド・パキスタン間の緊張という国際情勢を背景として、発見された頭蓋骨とその生物の探索に、米国の軍事機密をめぐる陰謀が交錯する冒険ミステリーです。冒険譚としてはまずまずの出来ですが、ミステリーの部分にといいますか、本書カバーの紹介文に問題があり、まず、エサウは「ヒトの起源を根底からくつがえす」ものではなかったので、この文句に惹かれた私はかなり失望してしまいました。
エサウの頭蓋骨は化石化が進んでおらず、ヒマラヤ山脈で今でも目撃されている未確認生物イエティではないかと考えた主人公たちは、ヒマラヤ山脈に赴きイエティを発見するのですが(同行した分子人類学者はホモ=ヴェルテクスと名づけました)、DNA分析の結果、イエティは300~200万年前頃に現代人の祖先と分岐した人類と判明します。
これだけでは、人類の未来を脅かす秘密ではありませんが、DNA分析を担当した分子人類学者は、イエティは現生人類(ホモ=サピエンス)の祖先から新たに分岐した種であり、現生人類と同様に必然的な存在とみなせるから、もはや現生人類を地球上の究極の生物とみなすことはできず、核戦争による気温低下で現生人類は滅んでもイエティは生き残るだろうし、コンピュータ予測によれば、イエティは今後100万年以内に、地球上でもっとも有力な生物に進化するだろう、と力説するのです。
しかし、これではまったく説得力がなく、「人類の未来を脅かす恐ろしい秘密」だの「人類の恐るべき運命」だのといった紹介文が滑稽に思えてきます。もっとも、原子力電池を動力源に用いた高精度の軍事衛星が事故でヒマラヤ山中に墜落し、中国に利用されないために、周囲が放射能で汚染されても軍事衛星を爆破しようとする米国のやり方や(そのために米国は、イエティ探索を隠れ蓑として爆破工作員を科学者と偽装させたうえで、探索団一行に加わることを命じるわけです)、核戦争にも発展しかねないインド・パキスタン間の緊張等は「人類の未来を脅かす」と言えますが、運命と言うのは適当ではないでしょう。
この分子人類学者は、ミトコンドリアDNAの研究に基づいて、アボリジニーとオランウータンの分岐が、アフリカのヒトとサルの分岐と違った時期に起きていると主張し、それを根拠に、人間に似た生物が世界のいくつかの場所で別々に進化し、その後に混血したのだろう、という仮説を提示しているのですが、こんなことを主張している「学者」なら、現生人類の存在の必然性を自明のことのように述べたり、その現生人類の祖先から新たに分化した人類種が、地球上でもっとも有力な生物に進化するという根拠のない予測をしたりするだろうなあ、と呆れてしまいます。
作中の「サル」が何を指しているのか、どうもはっきりとしませんでしたが、オランウータンが比較対象となっていることからすると、類人猿ではなく、オナガザル科と広鼻猿類の総称と考えるべきでしょうか。あるいは、人類との具体的な分岐年代が想定されていることから推測すると、この場合の「サル」とはチンパンジーのことかもしれません。
いずれにしても、まず人類の祖先も含む類人猿の系統が、人類・チンパンジー・ゴリラの祖先とオランウータンの祖先とに分岐する前に、類人猿の系統は広鼻猿類やオナガザル科と分岐しており、その後、人類・チンパンジーの祖先とゴリラの祖先が分岐し、さらにその後で人類の祖先とチンパンジーの祖先が分岐したのですから、アボリジニーとオランウータンの分岐が、アフリカのヒトとサルの分岐と違った時期となるのは当然であって、作者の分子生物学についての認識にかなりの問題があるのは否定できません。こうした人類進化史を題材とし、分子生物学に重要な役割を担わせる作品としては、致命傷に近い設定の誤りだと思います。じゅうぶんな認識のうえに、虚構の設定をうまく持ち込んで物語を進めるのであれば、作品を面白くするのですが。
人類の存在を必然とみなすのは、1990年代前半の時点でも進化学では時代遅れと言うべきで、作品の舞台は1990年代半ばですが、作者の進化観はかなり古いと言うべきでしょう。それに加えて、当時としては最新の分子生物学の知見を中途半端な理解のまま採用しているものですから、なんとも滑稽な設定になってしまっています。
けっきょく、主人公たちはイエティを発見するものの、純真なイエティが人間に広く知られて生存が脅かされることを懸念し、イエティについて問われても、その存在を否定することにします。もっとも、とても学者とは思えない分子人類学者だけは、イエティの存在を公表しようとし、“nature”に研究成果を電子メールで送信しますが、写真・映像などの証拠は他の探索者たちが葬り去ったため、まともに取り上げられないだろうことを予測させる結末となっています。
絶滅した・存在が怪しまれている生物を秘境で発見するけれども、その純真さに心を打たれ、彼らの生存のために公表を控えるという筋書きは、ジョン=ダートン『ネアンデルタール』などにも見られる(もっとも、この作品には凶暴なネアンデルタール人も登場しますが)陳腐なもので(『ネアンデルタール』と本書の執筆・刊行はほぼ同時期のようです)、この点でも失望させられました。
また、「神の視点で描かれた」というカバー紹介文や「封印された神の子」という副題については、純真なイエティは神の子で、それを保護することにした主人公たちは神の如き視点に立っていた、ということを言いたいのでしょうが、うまく活かされたとは言えないように思われ、その点も残念でした。本書のような、人類の起源や人類進化史を扱った創作ものは何冊か読んでいますが、本書がその中ではもっともつまらない出来だったのは残念です。
ヒマラヤの秘峰で発見された原人の頭蓋骨。旧約聖書の人物にちなんで「エサウ」と名づけられたその化石は、ヒトの起源を根底からくつがえすものだった。世界的登山家ジャック・ファーニスと古人類学者ステラ・スウィフトの一行は、エサウの正体を求め、人類の過去を探る旅に出かける。しかし、彼らがヒマラヤで見つけたものは、人類の未来を脅かす恐ろしい秘密だった。ヒマラヤの秘境で彼らは、人類の恐るべき運命を知った。神の視点で描かれた傑作冒険ミステリー。
小説の感想とともに人類進化についての雑感も少し述べるので、読書だけではなく、古人類学のカテゴリーでも扱うことにします。私は小説をあまり読まず、小説については無知とも言えるので、本書についても最近まで知らず、ネットで検索中に偶然知って興味をもち、読んでみようと思った次第です。人類の起源を題材とした小説としては、『星を継ぐもの』がありますが、これは名作で、夢中になって読み進めた記憶があります。
本書についても、ネットで得た情報ではかなり面白そうでしたし、カバーの紹介文を読んで、いっそうその感を強くしましたので、『星を継ぐもの』に匹敵するような名作なのでは、という期待のもとに読み始めました。しかし読み終わったときには、その期待は失望に変わっていて、無駄な時間を過ごしたなあ、というのが率直な感想です。ただ、500ページ近くあり、読み終えるのにそれなりの時間を要したので、せめてブログにて感想を述べて、ブログの1日分の記事を埋めるのに役立てることにしよう、と考えた次第です。
さて本書の内容ですが、インド・パキスタン間の緊張という国際情勢を背景として、発見された頭蓋骨とその生物の探索に、米国の軍事機密をめぐる陰謀が交錯する冒険ミステリーです。冒険譚としてはまずまずの出来ですが、ミステリーの部分にといいますか、本書カバーの紹介文に問題があり、まず、エサウは「ヒトの起源を根底からくつがえす」ものではなかったので、この文句に惹かれた私はかなり失望してしまいました。
エサウの頭蓋骨は化石化が進んでおらず、ヒマラヤ山脈で今でも目撃されている未確認生物イエティではないかと考えた主人公たちは、ヒマラヤ山脈に赴きイエティを発見するのですが(同行した分子人類学者はホモ=ヴェルテクスと名づけました)、DNA分析の結果、イエティは300~200万年前頃に現代人の祖先と分岐した人類と判明します。
これだけでは、人類の未来を脅かす秘密ではありませんが、DNA分析を担当した分子人類学者は、イエティは現生人類(ホモ=サピエンス)の祖先から新たに分岐した種であり、現生人類と同様に必然的な存在とみなせるから、もはや現生人類を地球上の究極の生物とみなすことはできず、核戦争による気温低下で現生人類は滅んでもイエティは生き残るだろうし、コンピュータ予測によれば、イエティは今後100万年以内に、地球上でもっとも有力な生物に進化するだろう、と力説するのです。
しかし、これではまったく説得力がなく、「人類の未来を脅かす恐ろしい秘密」だの「人類の恐るべき運命」だのといった紹介文が滑稽に思えてきます。もっとも、原子力電池を動力源に用いた高精度の軍事衛星が事故でヒマラヤ山中に墜落し、中国に利用されないために、周囲が放射能で汚染されても軍事衛星を爆破しようとする米国のやり方や(そのために米国は、イエティ探索を隠れ蓑として爆破工作員を科学者と偽装させたうえで、探索団一行に加わることを命じるわけです)、核戦争にも発展しかねないインド・パキスタン間の緊張等は「人類の未来を脅かす」と言えますが、運命と言うのは適当ではないでしょう。
この分子人類学者は、ミトコンドリアDNAの研究に基づいて、アボリジニーとオランウータンの分岐が、アフリカのヒトとサルの分岐と違った時期に起きていると主張し、それを根拠に、人間に似た生物が世界のいくつかの場所で別々に進化し、その後に混血したのだろう、という仮説を提示しているのですが、こんなことを主張している「学者」なら、現生人類の存在の必然性を自明のことのように述べたり、その現生人類の祖先から新たに分化した人類種が、地球上でもっとも有力な生物に進化するという根拠のない予測をしたりするだろうなあ、と呆れてしまいます。
作中の「サル」が何を指しているのか、どうもはっきりとしませんでしたが、オランウータンが比較対象となっていることからすると、類人猿ではなく、オナガザル科と広鼻猿類の総称と考えるべきでしょうか。あるいは、人類との具体的な分岐年代が想定されていることから推測すると、この場合の「サル」とはチンパンジーのことかもしれません。
いずれにしても、まず人類の祖先も含む類人猿の系統が、人類・チンパンジー・ゴリラの祖先とオランウータンの祖先とに分岐する前に、類人猿の系統は広鼻猿類やオナガザル科と分岐しており、その後、人類・チンパンジーの祖先とゴリラの祖先が分岐し、さらにその後で人類の祖先とチンパンジーの祖先が分岐したのですから、アボリジニーとオランウータンの分岐が、アフリカのヒトとサルの分岐と違った時期となるのは当然であって、作者の分子生物学についての認識にかなりの問題があるのは否定できません。こうした人類進化史を題材とし、分子生物学に重要な役割を担わせる作品としては、致命傷に近い設定の誤りだと思います。じゅうぶんな認識のうえに、虚構の設定をうまく持ち込んで物語を進めるのであれば、作品を面白くするのですが。
人類の存在を必然とみなすのは、1990年代前半の時点でも進化学では時代遅れと言うべきで、作品の舞台は1990年代半ばですが、作者の進化観はかなり古いと言うべきでしょう。それに加えて、当時としては最新の分子生物学の知見を中途半端な理解のまま採用しているものですから、なんとも滑稽な設定になってしまっています。
けっきょく、主人公たちはイエティを発見するものの、純真なイエティが人間に広く知られて生存が脅かされることを懸念し、イエティについて問われても、その存在を否定することにします。もっとも、とても学者とは思えない分子人類学者だけは、イエティの存在を公表しようとし、“nature”に研究成果を電子メールで送信しますが、写真・映像などの証拠は他の探索者たちが葬り去ったため、まともに取り上げられないだろうことを予測させる結末となっています。
絶滅した・存在が怪しまれている生物を秘境で発見するけれども、その純真さに心を打たれ、彼らの生存のために公表を控えるという筋書きは、ジョン=ダートン『ネアンデルタール』などにも見られる(もっとも、この作品には凶暴なネアンデルタール人も登場しますが)陳腐なもので(『ネアンデルタール』と本書の執筆・刊行はほぼ同時期のようです)、この点でも失望させられました。
また、「神の視点で描かれた」というカバー紹介文や「封印された神の子」という副題については、純真なイエティは神の子で、それを保護することにした主人公たちは神の如き視点に立っていた、ということを言いたいのでしょうが、うまく活かされたとは言えないように思われ、その点も残念でした。本書のような、人類の起源や人類進化史を扱った創作ものは何冊か読んでいますが、本書がその中ではもっともつまらない出来だったのは残念です。
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