ジャワ島の後期エレクトスの年代

 インドネシアのジャワ島中部の、ンガンドンとサンブンマチャン出土の後期ホモ=エレクトス頭蓋の年代を測定した研究(Yokoyama et al.,2008)が公表されました。まだ要約しか読んでいませんが、国会図書館だと全文の閲覧・プリントアウトが可能なので、国会図書館に行ったときに、他の論文とあわせてプリントアウトしようと考えています。

 以前にも、ンガンドンとサンブンマチャン出土の後期ホモ=エレクトスの年代についての研究(Swisher et al.,1996)が公表されましたが、これは人骨と同じ層から出土したウシ科の歯を測定したもので、その年代は53000~27000年前頃とされました。これにより、オーストラリアの初期現生人類のうち、頑丈型の起源は東南アジアのエレクトスにあるとしていたかつての多地域進化説(Shreeve.,1996,P124-128)は、大打撃を受けました。

 今回公表された研究(Yokoyama et al.,2008)では、エレクトスの頭蓋が直接測定され、その上限年代は7~6万年前頃、下限年代は4万年前頃との結果が得られました。ジャワ島の後期エレクトスは、74000年前頃のスマトラ島のトバの大噴火を生き延び、東南アジア・オーストラレーシアの最初期のホモ=サピエンス(現生人類)と同時代に存在していた可能性がある、とこの研究では指摘されています。


 この研究は、現生人類の起源をめぐる議論にも深く関わってきます。1990年代後半以降の現生人類多地域進化説は、現生人類の主要な特徴の起源がアフリカにあることは認めるものの、世界各地での現生人類誕生の仕組みとして、アフリカ起源の現生人類によるネアンデルタール人のような在地の先住人類の置換や、大規模な移住を否定し、交雑や遺伝子流動を強調する「同化モデル」に近いものになっています(Stringer.,2002)。

 じっさい、多地域進化説の立場からは、ンガンドンのエレクトス人骨もしくはその近縁集団は、オーストラリアのある現生人類人骨(WLH-50)の重要な祖先集団の一員であるとし、ンガンドンのエレクトスとされる人骨はホモ=サピエンスと分類すべきだ、と提案しています(Hawks et al.,2000B)。

 もっとも現在の多地域進化説では、ホモ=サピエンスは150万年以上前から存在しており、エレクトス以降のホモ属の違いは単一種内の些細な変異にすぎないと主張されていますから(Hawks et al.,2000A、Stringer et al.,2001,P80-81)、一般的な意味合いで多地域進化説派の主張を文字通り解釈すると、混乱しかねません。

 多地域進化説派の主張は、ンガンドンの古人骨の(一般的な意味での)エレクトス的特徴を否定し、(同じく一般的な意味での)サピエンス的特徴を強調するものではなく、一般にはエレクトスと分類されている人骨群も、生物学的には現代人と同じサピエンスという種に分類するのが妥当だ、というものです。

 その意味で、ジャワ島の後期エレクトスについての新たな推定年代は、現在の多地域進化説を直ちに否定するものとは言えないでしょうが、多地域進化説を支持するものとも言えず、むしろ現生人類のアフリカ単一起源説に有利なものと言えそうです。じっさい、現代人のDNA分析からすると、多地域進化説の主張するように、アフリカ起源の現生人類と在地の先住人類との間に交雑があったとしても、その頻度は低そうです。また、この推定年代が妥当だとすると、更新世末期の東南アジアには、サピエンス・エレクトス・フロレシエンシスという3種の人類が共存していた可能性があり、その意味でも注目されます。


参考文献:
Hawks J. et al.(2000A): Population Bottlenecks and Pleistocene Human Evolution. Molecular Biology and Evolution, 17, 1, 2-22.
http://mbe.oxfordjournals.org/cgi/content/abstract/17/1/2

Hawks J. et al.(2000B): An Australasian test of the recent African origin theory using the WLH-50 calvarium. Journal of Human Evolution, 39, 1, 1-22.
http://dx.doi.org/10.1006/jhev.1999.0384

Shreeve J.著(1996)、名谷一郎訳『ネアンデルタールの謎』(角川書店、原書の刊行は1995年)

Stringer CB, and McKie R.著(2001)、河合信和訳『出アフリカ記 人類の起源』(岩波書店、原書の刊行は1996年)

Stringer CB.(2002): Modern human origins: progress and prospects. Philosophical Transactions of the Royal Society B: Biological Sciences, 357, 1420, 563-579.
http://dx.doi.org/10.1098/rstb.2001.1057

Swisher CCIII. et al.(1996): Latest Homo erectus of Java: Potential Contemporaneity with Homo sapiens in Southeast Asia. Science, 274, 5294, 1870-1874.
http://dx.doi.org/10.1126/science.274.5294.1870

Yokoyama Y. et al.(2008): Gamma-ray spectrometric dating of late Homo erectus skulls from Ngandong and Sambungmacan, Central Java, Indonesia. Journal of Human Evolution, 55, 2, 274-277.
http://dx.doi.org/10.1016/j.jhevol.2008.01.006

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