核ゲノムの分析による人類拡散経路の復元
核ゲノム全体の分析から、現生人類の拡散経路を復元した研究(Hellenthal et al.,2008)が報道されました。この研究では、核ゲノムの一塩基多型のデータが用いられ、新たな統計的方法で現生人類の拡散経路の復元が試みられています。ミトコンドリアやY染色体といった、追跡の容易なDNA情報からの現生人類の拡散経路の復元は多く試みられていますが、核ゲノム全体を対象としてのものとなると、まだ少ないのが現状でしょう。その意味で、この研究は注目されます。
この研究では、現生人類の拡散経路についての遺伝学におけるじゅうらいの研究が、人類学の研究成果に基づく先入観に影響されてきたことが指摘され、人類学の研究成果に大きく依拠しない、遺伝学からの現生人類の拡散経路の復元が提言されています。そのためこの研究では、人類集団の区分をのぞいて、人類学の研究成果は参照されていません。
この研究でも、現生人類のアフリカ単一起源説と、現生人類にかつて瓶首効果が生じたこと、さらには起源地のアフリカから離れるにつれ、遺伝的多様性が失われるという、現在有力な見解が改めて支持されました。また、ベーリング陸橋を経由してのアメリカ大陸への現生人類の移住など、現在有力と考えられている現生人類の拡散経路についても、この研究ではおおむね支持されました。しかし、いくつかの点では現在有力な見解と異なっており、興味深い推測もなされています。
この研究では、現在の非アフリカ人はほとんど、アフリカ北部のモザビテ族(ベルベル族の一派)に由来するとの結果が得られました。また現在の東アジア集団は現生人類全体が経験したもの以外の瓶首効果を経験しており、ウイグル族とハザラ族(モンゴル系)という二つの中央アジア集団の祖先に由来する、との結果も得られました。
しかし、古代の交雑の検出に有効ではあるものの、瓶首効果の詳細ともあわせて、今回用いた標本と分析法に限界があることが、本文中ではっきりと認められています。アフリカから世界各地への一方向の移動だけではなく、西アジアや欧州からアフリカ北部へ、東アジアから中央アジアへといった、逆方向というか帰還型の移動・交雑があった場合、今回用いた標本と分析法とでは見逃される可能性がある、と著者たちは本文中で率直に認めています。
こうした限界を踏まえつつ、この研究でとくに注目される指摘を二つ取り上げるとなると、東アジア(ユーラシア東部)とヨーロッパとの関係と、アメリカ大陸への移住の回数ということになるでしょう。
この研究では、ヨーロッパと東アジアの間の遺伝子流動はほとんど認められませんでしたが、シベリア東部のヤクート族と、中国北部の漢族・ホジェン(赫哲)族には、大ブリテン島の北東沖に位置するオークニー諸島の人々との共通性が認められました。このことから、ユーラシア北部経由でヨーロッパから東アジアへ遺伝子流動があった、と推測されています。なお、赫哲(ホジェン)族は中国での名称で、ロシアではナナイ族(ツングース系)と呼びます。
この研究で北米最初の集団と考えられたピマ族には、現在のコロンビア先住民の祖先と、北東アジアのモンゴル族とオロチョン族の祖先からの遺伝子流入があった、と推定されました。しかし、コロンビア先住民にはモンゴル族とオロチョン族の祖先からの遺伝子流入はなさそうで、北米先住民の主流も北東アジア系とはやや遠い関係にあります。
こうしたことから、アメリカ大陸への移住が複数回行なわれたのではないか、と考えられました。まず、北東アジアに移住した集団の一部がアメリカ大陸へ到達しましたが、その後になって、現代の東アジア人に近い集団がアメリカ大陸へ達し、先住民を遺伝的に置き換えていったのではないか、というわけです。
参考文献:
Hellenthal G, Auton A, Falush D (2008) Inferring Human Colonization History Using a Copying Model. PLoS Genet 4(5): e1000078.
http://dx.doi.org/10.1371/journal.pgen.1000078
この研究では、現生人類の拡散経路についての遺伝学におけるじゅうらいの研究が、人類学の研究成果に基づく先入観に影響されてきたことが指摘され、人類学の研究成果に大きく依拠しない、遺伝学からの現生人類の拡散経路の復元が提言されています。そのためこの研究では、人類集団の区分をのぞいて、人類学の研究成果は参照されていません。
この研究でも、現生人類のアフリカ単一起源説と、現生人類にかつて瓶首効果が生じたこと、さらには起源地のアフリカから離れるにつれ、遺伝的多様性が失われるという、現在有力な見解が改めて支持されました。また、ベーリング陸橋を経由してのアメリカ大陸への現生人類の移住など、現在有力と考えられている現生人類の拡散経路についても、この研究ではおおむね支持されました。しかし、いくつかの点では現在有力な見解と異なっており、興味深い推測もなされています。
この研究では、現在の非アフリカ人はほとんど、アフリカ北部のモザビテ族(ベルベル族の一派)に由来するとの結果が得られました。また現在の東アジア集団は現生人類全体が経験したもの以外の瓶首効果を経験しており、ウイグル族とハザラ族(モンゴル系)という二つの中央アジア集団の祖先に由来する、との結果も得られました。
しかし、古代の交雑の検出に有効ではあるものの、瓶首効果の詳細ともあわせて、今回用いた標本と分析法に限界があることが、本文中ではっきりと認められています。アフリカから世界各地への一方向の移動だけではなく、西アジアや欧州からアフリカ北部へ、東アジアから中央アジアへといった、逆方向というか帰還型の移動・交雑があった場合、今回用いた標本と分析法とでは見逃される可能性がある、と著者たちは本文中で率直に認めています。
こうした限界を踏まえつつ、この研究でとくに注目される指摘を二つ取り上げるとなると、東アジア(ユーラシア東部)とヨーロッパとの関係と、アメリカ大陸への移住の回数ということになるでしょう。
この研究では、ヨーロッパと東アジアの間の遺伝子流動はほとんど認められませんでしたが、シベリア東部のヤクート族と、中国北部の漢族・ホジェン(赫哲)族には、大ブリテン島の北東沖に位置するオークニー諸島の人々との共通性が認められました。このことから、ユーラシア北部経由でヨーロッパから東アジアへ遺伝子流動があった、と推測されています。なお、赫哲(ホジェン)族は中国での名称で、ロシアではナナイ族(ツングース系)と呼びます。
この研究で北米最初の集団と考えられたピマ族には、現在のコロンビア先住民の祖先と、北東アジアのモンゴル族とオロチョン族の祖先からの遺伝子流入があった、と推定されました。しかし、コロンビア先住民にはモンゴル族とオロチョン族の祖先からの遺伝子流入はなさそうで、北米先住民の主流も北東アジア系とはやや遠い関係にあります。
こうしたことから、アメリカ大陸への移住が複数回行なわれたのではないか、と考えられました。まず、北東アジアに移住した集団の一部がアメリカ大陸へ到達しましたが、その後になって、現代の東アジア人に近い集団がアメリカ大陸へ達し、先住民を遺伝的に置き換えていったのではないか、というわけです。
参考文献:
Hellenthal G, Auton A, Falush D (2008) Inferring Human Colonization History Using a Copying Model. PLoS Genet 4(5): e1000078.
http://dx.doi.org/10.1371/journal.pgen.1000078
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