人類最古の弓矢
南アフリカで矢(鏃)と思われる遺物(61000年前以前と推定されます)が発見されたとの研究(Backwell et al.,2008)が報道されました。もし本当に矢だとすると、現在のところ人類最古のものとなります。まだ要約しか読んでいませんが、この論文は校正中で印刷されておらず、確定版ではないので、印刷されたら国会図書館で全文を閲覧してプリントアウトしようと思います。
この研究では、南アフリカにあるシブドゥ洞窟のハウイソンズ=プールト層(中期石器時代)から最近発見された三つの骨器が分析されています。そのうち二つはポイント(尖頭器)で、一つは磨かれたヘラ状の断片の先端です。
この三つの骨器は、シブドゥ洞窟出土の中期および後期石器時代の堆積層からの骨器を伴う出土物、鉄器時代の堆積層からの出土物、サン族の採集狩猟民が19世紀に使用していた道具、実験的に使用された骨器と比較され、顕微鏡と形態測定学により分析されました。
その結果、シブドゥ洞窟出土の磨かれたヘラ状の断片には、動物の獣皮を扱ったと思われる使用痕があることが分かりました。二つのポイントのうち細長い方は、ピンまたは針のような道具と似ています。大きなポイントは、後期石器時代の堆積層や有史時代のサン族の遺跡から出土した、大きな骨製の鏃と類似しています。
シブドゥ洞窟におけるハウイソンズ=プールト層から出土した骨のポイントが鏃であると、今後の発見により実証されるならば、弓と骨製の矢(鏃)の技術の起源が少なくとも2万年さかのぼります。また、弓矢は狩猟の危険性を減少させることにもなりますから、重要な技術革新が中期石器時代のアフリカで起きた、との仮説を支持する証拠にもなるでしょう。
現生人類の社会における重要な変化は、中期石器時代のアフリカで起きたとする見解が有力になりつつありますが、この研究もそうした傾向を推し進めることになりそうです。アフリカの中期石器時代の遺跡の発掘がまだじゅうぶんとは言えない状況でもそうなのですから、今後アフリカでの遺跡の発掘が進めば、「現代的な行動」がアフリカで始まったとの仮説が通説になる可能性が高いだろうと思われます。
参考文献:
Backwell L, d'Errico F, and Wadley L.(2008): Middle Stone Age bone tools from the Howiesons Poort layers, Sibudu Cave, South Africa. Journal of Archaeological Science, 35, 6, 1566-1580.
http://dx.doi.org/10.1016/j.jas.2007.11.006
この研究では、南アフリカにあるシブドゥ洞窟のハウイソンズ=プールト層(中期石器時代)から最近発見された三つの骨器が分析されています。そのうち二つはポイント(尖頭器)で、一つは磨かれたヘラ状の断片の先端です。
この三つの骨器は、シブドゥ洞窟出土の中期および後期石器時代の堆積層からの骨器を伴う出土物、鉄器時代の堆積層からの出土物、サン族の採集狩猟民が19世紀に使用していた道具、実験的に使用された骨器と比較され、顕微鏡と形態測定学により分析されました。
その結果、シブドゥ洞窟出土の磨かれたヘラ状の断片には、動物の獣皮を扱ったと思われる使用痕があることが分かりました。二つのポイントのうち細長い方は、ピンまたは針のような道具と似ています。大きなポイントは、後期石器時代の堆積層や有史時代のサン族の遺跡から出土した、大きな骨製の鏃と類似しています。
シブドゥ洞窟におけるハウイソンズ=プールト層から出土した骨のポイントが鏃であると、今後の発見により実証されるならば、弓と骨製の矢(鏃)の技術の起源が少なくとも2万年さかのぼります。また、弓矢は狩猟の危険性を減少させることにもなりますから、重要な技術革新が中期石器時代のアフリカで起きた、との仮説を支持する証拠にもなるでしょう。
現生人類の社会における重要な変化は、中期石器時代のアフリカで起きたとする見解が有力になりつつありますが、この研究もそうした傾向を推し進めることになりそうです。アフリカの中期石器時代の遺跡の発掘がまだじゅうぶんとは言えない状況でもそうなのですから、今後アフリカでの遺跡の発掘が進めば、「現代的な行動」がアフリカで始まったとの仮説が通説になる可能性が高いだろうと思われます。
参考文献:
Backwell L, d'Errico F, and Wadley L.(2008): Middle Stone Age bone tools from the Howiesons Poort layers, Sibudu Cave, South Africa. Journal of Archaeological Science, 35, 6, 1566-1580.
http://dx.doi.org/10.1016/j.jas.2007.11.006
この記事へのコメント
全文を読めば、どの遺跡・遺物を念頭に2万年さかのぼるとされているのか分かると思うのですが、まだ要約しか読んでいないので、詳しくは分かりません。所有している人類学事典だと、アテリアンは4万年前頃以降とされているので、その可能性もあると思います。
イベロモルジアンについては、恥ずかしながらさきほど検索で存在を知ったばかりなので、ご質問にお答えできるような状況ではありません。
お役に立てず、申し訳ありませんでした。もしよろしければ、今後とも色々とご教示ください。