「チベット」と「中国文明」の関係(3)

 前回の記事にたいして、子欲居さんからトラックバックをいただきました。この記事はその返信ですが、このブログのこれまでの記事で主張したいことはおおむね述べてきましたので、今回は手短に私見を述べることにし、私のほうも、この問題についてはとりあえずこの記事で最後にするつもりです。

 「東アジア世界」を「中国漢字文明の影響交流圏」とする見解は、「東アジア世界論」についての私見(前編後編)とあまり変わらないのですが、私との違いは、「影響交流圏」をどう定義・評価するか、ということでしょう。前近代の「チベット」が「中国文明」から影響を受けなかったとは私も考えていませんが、「中国」も「西アジア」や「南アジア」などから影響を受けているわけで、総合的に判断した場合、「チベット」を「東アジア世界」とする根拠は弱いというのが私の見解です。なお、前近代の「チベット」に「中国文明」に対する思慕の念はとくになかった、とこのブログで私は何度か述べましたが、これは「反発」ということではなく、関心の低さや大した価値をもたなかったということを念頭においての発言でした。

 「中国」の定義は難しく、したがってその範囲の確定も難しいわけですが、基本的にこの概念は、漢字を核とした文化と分かちがたいものだと考えています。その意味で、たとえばキタイ帝国(遼)にしてもモンゴル帝国にしてもダイチン=グルン(清)にしても、「中国史」の範疇に収まる存在ではなく、もっと広い範囲で考察すべき対象なのだと思います。まあこの問題について、私がまだ勉強不足なのは否定できないので、今後もさらなる勉強が必要であり、そのうえで考えが変わることもあるとは思います。

この記事へのコメント

2008年03月19日 00:22
申し訳ありません。余りに長文なので、劉公嗣さんの『「東アジア世界論」についての私見(前編と後編)』をまだ読んでいませんでした。
 結局、私はチベットが受けた決定的な影響は、中国文明からのものであろうと私は考えるわけで、その点が劉公嗣さんとのちがいでしょう。
 中国文明も西アジアや南アジアの影響を受けたと言えますが、やはり決定的なものではないと思います。
 インド伝来の仏教も、結局、漢(中国)化されました。それで言えば、チベットも仏教をチベット化しています。
 後、意識の上で「無関心」でも、知らず知らず影響を受けていることはありますよ。私は、やはりチベットは「結局東方中国との因縁が最も深」いという観点に賛成で、これは地理的にもそうならざるを得ないと思います。
2008年03月19日 20:40
表題を間違えていたので訂正しました。

「チベット」について私が勉強不足なのは否定できず(おそらく、子欲居さんよりもずっと知識が不足していると思います)、最近の概説書くらいしか参考にできていないので、「チベット」を「東アジア世界」に位置づけることへの疑問が、それらの概説書を読んでの印象論の域にとどまっていることは否定できません。

ただ、最近になってその印象がかなり強くなったことも否定できず、今後、関連本を読んでいけばあるいは考えが変わるかもしれませんが、しばらくは現在の考えから大きく変わることはないと思います。

この記事へのトラックバック

  • 初歩的なチベット前近代史

    Excerpt: 「「チベット」と「中国文明」の関係(3)」について  劉公嗣さんの記事本文よりも、記事に付せられたコメントも含めてトラックバックを付けさせていただく結果となりますが、正直言って、私もそんなにチベット問.. Weblog: 子欲居の中国語日記 racked: 2008-03-20 10:29