「チベット」と「中国文明」の関係(2)

 前回の記事にたいして、子欲居さんからトラックバックをいただきました。この記事は、その返信です(以下、引用箇所は青字)。

 まず、「チベット」と「中国」および「インド」との関係です。言語学的には、おっしゃるように「チベット」と中国大陸との近縁性が認められるのでしょうが、ご指摘のようにミャンマーの事例もありますので、歴史的な地域的区分の決定的根拠にはならないと思います。数の数え方にしても、決定的な要因にはならないと思います。

 私が主張したいのは、「チベット」が「インド文化」と「中国文化」のどちらからより強い影響を受けたかということではありません。「東アジア」や「南アジア」や「西アジア」などと対置し得る地域区分の概念として、「内陸アジア」や「北アジア」やもっと広範な「中央ユーラシア」などがあり、前近代における「チベット」は「内陸アジア」もしくは「中央ユーラシア」と区分するのが妥当なのではないか、ということです。

 次に、清朝が新たに支配地域を拡大できたのは、既に支配下に置いていた漢族地域の経済的優位性を活用できたからだとは考えられないでしょうか?とのご指摘ですが、同様の見解は平野聡『興亡の世界史17』でも述べられています(P163)。しかし、欧米がその経済力を背景として世界各地に領土を広げたからといった、その地域がただちに欧米文明圏として認識されるわけではないように、中国大陸の富を基盤としてダイチン=グルンが「チベット」を「支配」するようになったとしても、文化的な密接さを証明するものではありません。もちろん、政治的には関係が深まったと解釈することもできるわけで、中国が「チベット」を領有する直接の根拠は、この時にまでさかのぼります。しかし、それ以前にまでさかのぼらせるのは、中国政府の建前もしくは「近現代中国ナショナリズム」による「創られた伝統」だと思います。

 現在の広大な領域を有する多民族国家たる中国の成立は、それ相応の歴史的経緯があってのことであり、中国大陸と「チベット」に「交流」があったのも間違いありません。ただ、領域も含めて現在の中国の在り様が、「歴史的必然」であったとまでは思いません。おそらく、ちょっとした情勢の変化により、ベトナムや朝鮮やモンゴル(外蒙古)が中国領になっていたり、現在の中国領で独立国家を樹立していた地域もあったりしたのではないか、と思います。

 現代の分布状況は分かっても、古代の分布状況がはっきり分からない状態では、やはりこれをもって民族移動を論ずるのは、やはり限界があると思います、とのご懸念はもっともで、それは篠田謙一『日本人になった祖先たち』でも指摘されています(P32~33)。ただ、より大規模な標本の分析、さらには数万年前の人骨にまでさかのぼったDNA解析も増加しつつあり、異なる標本を用いた複数の研究でも大筋では一致していますから、一定水準以上の信憑性があると思います。チベットへの人類の移住がいつからかは私も知りませんが、更新世には人類が存在していたようです(オッペンハイマー『人類の足跡10万年全史』P246)。もちろん、現代の「チベット人」との関係は不明です。


参考文献:
オッペンハイマー,スティーヴン著、仲村明子訳『人類の足跡10万年全史』(草思社、2007年)

篠田謙一『日本人になった祖先たち』(日本放送出版協会、2007年)

平野聡『興亡の世界史17 大清帝国と中華の混迷』(講談社、2007年)

この記事へのコメント

2008年03月17日 00:27
結局、私と劉公嗣さんとの見解の違いは、「内陸アジア」もしくは「中央ユーラシア」といった区分を承認するかどうかと言う点に集約されると思います。
 私の場合、これが正しいかどうかは別として、独自文字を発生させた地域を文明圏と見なしています。ですから、西アジア文明圏や東アジア=中国文明圏、南アジア=インド文明圏という発想はしても、独自の文字を発展させなかった「内陸アジア」もしくは「中央ユーラシア」文明圏という発想はありません。この辺が劉公嗣さんとの大きな違いでしょう。
2008年03月17日 00:34
確かに、中華人民共和国の領土が歴史の必然かというと、これは日本国の領土が歴史の必然かと同じぐらいの問題があります。本HPの文章でも書きましたが、明治初年の日ロ、日清の力関係によっては、北海道もロシア領になっていたかもしれませんし、沖縄も独立国もしくは、中華人民共和国琉球民族自治区となっていた可能性もあります。
 また欧米列強の浸透が激しければ、チベット(西蔵)がモンゴルと同じく独立したり、新彊も中国領ではなくなっていた可能性もありますし、逆に現在のモンゴル国(外蒙古)が中国の外蒙古自治区となっていた可能性もあります。
 これは認めなければならないでしょう。
2008年03月17日 00:42
ただ、私は基本的にチベット人というものは、中国の多くの少数民族と同様、元々中国中心部に居住していたものが、民族間の争闘により、次第に周辺部に追いやられ、チベット高原に追いやられた諸民族集団が一定時期にチベット族を形成したものだと考えています。
 これをどういう文明区分に置くかは別として、それ位に考えないと、チベット語が漢語(中国語)などと同じくシナ(漢)・チベット語族に分類されるという問題が説明されないと思います。
2008年03月17日 01:01
本来、トラックバックを付けるくらいの量になってしまいましたが、結局、欧米列強、アジア各民族、諸々の政治勢力間の闘争の結果、現在の東アジアの国境線があるのであり、その意味では「歴史の必然」でなくても、現在の状況は「歴史の帰結」であると考えます。少なくとも、東アジアにおいては、現在の国境線を変えようといういかなる試みもうまく行かないでしょう。
2008年03月17日 22:56
何度もお邪魔して申し訳ありませんが、考えがまとまってきましたので、また(出来るだけ)明日、トラックバックを付けさせていただきます。
 よろしければ、本HPの以下の文章をご参考下さい。
 『東アジア世界史論・はじめに』
 http://www.eonet.ne.jp/~shiyokkyo/east/hajime.html
2008年03月17日 23:56
もちろん、文明も重要な指標ではあるのですが、文明圏ではなく歴史的地域区分と考えています。まあ、勉強不足は否定できないので、各地域区分の設定やその範囲・年代などについては、今後見解が変わっていくだろうと思います。

現在の国境は過去の国際情勢を反映したものでもあり、ご指摘のように、日本の領土が現在とはかなり異なったものになった可能性もあります。
領土問題が存在し続けるのは仕方がないので、それが軍事的衝突や経済的損失をもたらさないような仕組みを作り維持することが肝要なのだと思います。

チベット族の形成も含めて、言語と人の移動の関係の解明については、これからの課題でしょう。ユーラシア東部については、とくにそうだと思います。
2008年03月18日 18:43
どうも現在色々とばたばたしており、まとまったトラックバックが付けられなくて申し訳ありません。
 ただ、思うのですが、歴史的に見れば北海道や沖縄が日本領になっていない可能性は認めざるを得ないのですが、それでもそのように主張する必要がある局面が出て来れば、私などは「(北海道や沖縄は)日本の神聖不可分の領土だ」と今の中国政府要人のような主張をするでしょうね。
2008年03月18日 20:56
中国が「チベット」を、日本が北海道や沖縄を、太古の昔から中国・日本と一体の地域だと主張することは、国家・政治の論理としては必要でしょうが、学術の世界までそうした論理に屈服する必要はないし、ましてや匿名の立場で私見を述べるさいに、国家・政治の論理に従う必要はない、というのが私の立場です。

逆に言えば、「学術的な真相(に接近したもの)」を常に国家・政治の論理として採用すべきとも考えていません。

「チベット」の中国からの独立問題について、私は積極的に支持も否定もするつもりはなく、ただ単に、「チベット」が太古から「中国」の一部だとの中国政府の公式見解は、学術的には妥当ではないだろう、と述べているだけです。

もちろん、国家・政治の論理にしたがった学術的研究があってもよいわけで、そのように多様な言論が保証されることが必要なのだと思います。

政治の論理と学術的見解の対立という問題については、今年2月5日分の記事の最後のほうで少しだけ私見を述べておきました。
http://sicambre.at.webry.info/200802/article_7.html

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