森安孝夫『興亡の世界史05 シルクロードと唐帝国』

 講談社の『興亡の世界史』シリーズにはいわゆる中国史ものが少なく、この05巻は数少ない中国史ものに近い一冊となっています(2007年2月刊行)。これは、数年前に講談社から『中国の歴史』シリーズが刊行されたことに配慮したからなのでしょう。もっとも、この05巻は古い型の中国史ものではなく、中華主義の克服が提唱されていますが。

 また、中華主義とともに重要な克服対象とされているのが欧州中心史観で、中央ユーラシアから見た新たな世界史像の提言もなされた意欲作になっています。こうした全体像はおもに序章と第一章にて述べられ、以下の章では唐をユーラシア史の中に位置づけた叙述がなされています。序章と第一章にて述べられた世界史像・歴史観については、批判的な人も多いでしょうが、私には少なからず共感するところがありました。

 さて、本書の第二章以降の内容についてですが、ソグド人の役割に焦点が当てられているのが重要な特徴となっています。研究者にとっては常識なのでしょうが、ソグド人が商業のみならず政治・軍事でもたいへん重要な役割を果たしていたことを、不勉強な私はよく認識していなかったので、なかなか面白く読めました。

 唐についての見解は、中華主義の克服という立場からなされていますが、少なからぬ日本人にとって違和感があるかもしれません。考えてみると、現代世界において、あるいは日本人がもっとも中華主義に毒されているのかもしれず、おそらくこれは、江戸時代・近代において、日本でも正統史観が大きな影響力をもったからなのでしょう。もっとも現代の日本においては、変な意味での中華主義の否定も目立つようになりましたが・・・。

 本書を読んで改めて思ったのは、人類の営みである歴史は連続的で複雑なものであるということで、とくに前近代については、国家や民族といった概念、さらには個人の属性について、単純に割り切れない複雑さがあることを再認識させられました。もっともこれは、史料を残した側の偏見と、それを読み解く近現代人の偏見との相乗効果もありそうで、近現代人が現代の世界観を過去に安易に投影させ、単純・図式的に歴史と現実をとらえすぎているということなのかもしれません。

 じっさいには、現代においても人類の営みは連続的で複雑なのであって、とくに私のような不勉強な人間は、物事を単純化しすぎていないか、日々自省する必要があるのでしょう。本書で示されたような中央ユーラシア史は、そうした自省を促す格好の契機となるのだと思います。

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  • 間野英二「“シルクロード史観”再考」

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