本村凌二『興亡の世界史04 地中海世界とローマ帝国』

 講談社の『興亡の世界史』シリーズ9冊目となります(2007年8月刊行)。本書は、曖昧模糊とした都市国家ローマの建国から、いわゆる東西分裂のあたりまでが主に扱われ、西ローマ帝国の滅亡の様相や、東ローマ帝国のその後についてはほとんど扱われていません。著者の本村氏の著書・論考には面白いものが多く、楽しみにしていた一冊です。本村氏は競馬ファンでもあり、『優駿』やスポーツ紙の競馬面へたびたび寄稿していましたが、最近はどうなのでしょうか。

 さて、余談はともかくとして本書についてですが、期待に違わずたいへん面白く読める内容になっていると思います。ただ、その分物語的性格の強い叙述になっている感が否めず、英傑の描写についてはとくにその傾向が強いように思われます。まあこれは仕方のないところがあり、現代の偉人にまつわる「伝説」を想起すれば分かるように、偉大な業績を残した人物は、何かと美化されてその人物像が喧伝されるものです。

 本書の特徴を挙げるとするといくつかありますが、その一つは、都市国家・帝国としてのローマの通史(上述したように、東西分裂後の記述は少ないのですが)でありながら、ローマ帝国の原像としてのアッシリア・アケメネス朝・アレクサンドロス帝国の記述に一章割かれていることです。これは、歴史の大きな流れを把握するという意味で、なかなかよい試みだったように思われます。

 次は、ローマ帝国と地中海世界が、多神教世界から一神教世界へと転換していくという視点からの考察があることで、当時のローマ帝国・地中海世界にキリスト教が拡大したのは、
(1)主が十字架刑上で犠牲になるという物語の理解のしやすさ。
(2)抑圧された人々の怨念。
(3)心の豊かさを求める禁欲意識。
というキリスト教が受容される精神的土壌があったからだとされていますが、なかなか興味深く説得力のある考察だと思います。また、多神教世界から一神教世界への転換が、結果論的なキリスト教勝利史になっておらず、キリスト教以外の宗教も取り上げられているのもよいと思います。私がクリスチャンではないということもあるのでしょうが、本書にかぎらず、キリスト教的価値観からなるべく距離を置いて考察しようとする本村氏の姿勢には好感が持てます。

 最後は、ローマ帝国の「滅亡・衰退」の意義について、さまざまな解釈の手がかりが提示されていることです。これはとくに目新しい史観というわけではありませんが、本書のような一般向け書籍において、衰退・没落史観に偏らないというか、むしろそれを否定するような見解が強調されることは、現在の日本ではまだ意義のあることのように思われます。全体として、なかなか面白いローマ史になっており、私の関心が高いということもありますが、これまでに刊行された『興亡の世界史』シリーズのなかでは、もっとも面白く読めました。

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