遺伝学的見地からの人類集団の移動
『ネイチャー』2008年2月21日号には、遺伝学的見地からの、過去における人類集団の移動と適応にかんする論文が2本掲載されています。両者は異なるデータ・手法を用いながらも、ともに似たような結論を提示しています。その結論自体は、これまでの通説を支持するものですが、大規模で精密な解析によりあらためて通説が支持されたのは、意義深いことと言えそうです。専門家ではない私にとっては、ともに敷居の高い論文で、深く理解するのはなかなか難しいのですが、ざっと見ていくことにします。
一つ目の論文(Kirk E. Lohmueller et al.,2008)では、15人のアフリカ系アメリカ人と20人の欧州系アメリカ人の、機能的に重要な一塩基多型が検査されました。これらを機能的に分類すると、「無害」と予測されるもの、「あるいは有害」と予測されるもの、「おそらく有害」と予測されるものとになります。その結果、検査されたすべての一塩基多型において、アフリカ系のほうが欧州系よりもヘテロ接合性(人類のような二倍体生物では、二つの対立遺伝子の塩基配列が異なること)が有意に高いことが分かりました。
ヘテロ接合性の一塩基多型には、アミノ酸置換を伴わないもの(同義)とアミノ酸置換を伴うもの(非同義)があります。この結果は、欧州の人類集団と比較して、アフリカの人類集団では塩基の変異が全体的に高頻度に見られる、というこれまでの研究と完全に一致します。いっぽう欧州系では、「おそらく有害」な一塩基多型を含む有害な対立遺伝子とホモ接合性(人類のような二倍体生物では、二つの対立遺伝子の塩基配列が同じこと)となる遺伝子型が、アフリカ系よりも有意に多いことが判明しました。
どちらかの集団にのみに認められる一塩基多型については、同義の一塩基多型の割合は、アフリカ系よりも欧州系のほうが有意に高いことが判明しました。「おそらく有害」な一塩基多型でも、同義の一塩基多型の割合は、アフリカ系よりも欧州系のほうが有意に高いことが判明しました。欧州系にのみ存在する有害な対立遺伝子の割合が高いのは、欧州系集団の祖先が出アフリカを果たした時期に、おそらく瓶首効果を受けた結果と思われます。
もう一つの論文(Mattias Jakobsson et al.,2008)は、ヒトゲノム多様性解析プロジェクト中の29集団の、50万以上もの一塩基多型と、396の複写数変異(挿入や欠失により、コピーされた塩基配列の数が多くなったり少なくなったりすること)を検査した研究です。その結果、アフリカからの距離に比例して、同質な集団で出やすいとされる連鎖不平衡(複数の遺伝子座の対立遺伝子同士の組み合わせが、それぞれが独立して遺伝された場合の期待値とは有意に異なる現象)が増加することが判明しました。
人類が出アフリカを果たして世界各地に拡散するにあたっては、何度も創始者効果(瓶首効果と同じ原理で生じます)が生じたと思われます。このとき、故地から離れた集団ほど、創始者効果を経験した回数が増える可能性が高いと考えられます。したがって、現代人の故地がアフリカだとすると、アフリカから遠い地域の集団ほど、遺伝的多様性が失われ、遺伝的に同質な集団になっている可能性が高いということになります。ゆえに、アフリカからの距離に比例して人類集団の連鎖不平衡が増加することを示したこの研究は、現代人のアフリカ起源説と整合的だと言えます。
参考文献:
Kirk E. Lohmueller, Amit R. Indap, Steffen Schmidt, Adam R. Boyko, Ryan D. Hernandez, Melissa J. Hubisz, John J. Sninsky, Thomas J. White, Shamil R. Sunyaev, Rasmus Nielsen, Andrew G. Clark, and Carlos D. Bustamante.(2008): Proportionally more deleterious genetic variation in European than in African populations. Nature, 451, 994-997.
http://dx.doi.org/10.1038/nature06611
Mattias Jakobsson, Sonja W. Scholz, Paul Scheet, J. Raphael Gibbs, Jenna M. VanLiere, Hon-Chung Fung, Zachary A. Szpiech, James H. Degnan, Kai Wang, Rita Guerreiro, Jose M. Bras, Jennifer C. Schymick, Dena G. Hernandez, Bryan J. Traynor, Javier Simon-Sanchez, Mar Matarin, Angela Britton, Joyce van de Leemput, Ian Rafferty, Maja Bucan, Howard M. Cann, John A. Hardy, Noah A. Rosenberg, and Andrew B. Singleton.(2008): Genotype, haplotype and copy-number variation in worldwide human populations. Nature, 451, 998-1003.
http://dx.doi.org/10.1038/nature06742
一つ目の論文(Kirk E. Lohmueller et al.,2008)では、15人のアフリカ系アメリカ人と20人の欧州系アメリカ人の、機能的に重要な一塩基多型が検査されました。これらを機能的に分類すると、「無害」と予測されるもの、「あるいは有害」と予測されるもの、「おそらく有害」と予測されるものとになります。その結果、検査されたすべての一塩基多型において、アフリカ系のほうが欧州系よりもヘテロ接合性(人類のような二倍体生物では、二つの対立遺伝子の塩基配列が異なること)が有意に高いことが分かりました。
ヘテロ接合性の一塩基多型には、アミノ酸置換を伴わないもの(同義)とアミノ酸置換を伴うもの(非同義)があります。この結果は、欧州の人類集団と比較して、アフリカの人類集団では塩基の変異が全体的に高頻度に見られる、というこれまでの研究と完全に一致します。いっぽう欧州系では、「おそらく有害」な一塩基多型を含む有害な対立遺伝子とホモ接合性(人類のような二倍体生物では、二つの対立遺伝子の塩基配列が同じこと)となる遺伝子型が、アフリカ系よりも有意に多いことが判明しました。
どちらかの集団にのみに認められる一塩基多型については、同義の一塩基多型の割合は、アフリカ系よりも欧州系のほうが有意に高いことが判明しました。「おそらく有害」な一塩基多型でも、同義の一塩基多型の割合は、アフリカ系よりも欧州系のほうが有意に高いことが判明しました。欧州系にのみ存在する有害な対立遺伝子の割合が高いのは、欧州系集団の祖先が出アフリカを果たした時期に、おそらく瓶首効果を受けた結果と思われます。
もう一つの論文(Mattias Jakobsson et al.,2008)は、ヒトゲノム多様性解析プロジェクト中の29集団の、50万以上もの一塩基多型と、396の複写数変異(挿入や欠失により、コピーされた塩基配列の数が多くなったり少なくなったりすること)を検査した研究です。その結果、アフリカからの距離に比例して、同質な集団で出やすいとされる連鎖不平衡(複数の遺伝子座の対立遺伝子同士の組み合わせが、それぞれが独立して遺伝された場合の期待値とは有意に異なる現象)が増加することが判明しました。
人類が出アフリカを果たして世界各地に拡散するにあたっては、何度も創始者効果(瓶首効果と同じ原理で生じます)が生じたと思われます。このとき、故地から離れた集団ほど、創始者効果を経験した回数が増える可能性が高いと考えられます。したがって、現代人の故地がアフリカだとすると、アフリカから遠い地域の集団ほど、遺伝的多様性が失われ、遺伝的に同質な集団になっている可能性が高いということになります。ゆえに、アフリカからの距離に比例して人類集団の連鎖不平衡が増加することを示したこの研究は、現代人のアフリカ起源説と整合的だと言えます。
参考文献:
Kirk E. Lohmueller, Amit R. Indap, Steffen Schmidt, Adam R. Boyko, Ryan D. Hernandez, Melissa J. Hubisz, John J. Sninsky, Thomas J. White, Shamil R. Sunyaev, Rasmus Nielsen, Andrew G. Clark, and Carlos D. Bustamante.(2008): Proportionally more deleterious genetic variation in European than in African populations. Nature, 451, 994-997.
http://dx.doi.org/10.1038/nature06611
Mattias Jakobsson, Sonja W. Scholz, Paul Scheet, J. Raphael Gibbs, Jenna M. VanLiere, Hon-Chung Fung, Zachary A. Szpiech, James H. Degnan, Kai Wang, Rita Guerreiro, Jose M. Bras, Jennifer C. Schymick, Dena G. Hernandez, Bryan J. Traynor, Javier Simon-Sanchez, Mar Matarin, Angela Britton, Joyce van de Leemput, Ian Rafferty, Maja Bucan, Howard M. Cann, John A. Hardy, Noah A. Rosenberg, and Andrew B. Singleton.(2008): Genotype, haplotype and copy-number variation in worldwide human populations. Nature, 451, 998-1003.
http://dx.doi.org/10.1038/nature06742
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