ネアンデルタール人が現生人類へと進化した可能性(追記有)

 昨日の記事にて、西欧においてネアンデルタール人が現生人類へと進化した可能性を指摘した研究を取り上げた報道を紹介しましたが、その研究が『米国科学アカデミー紀要』のサイトに掲載されたので、改めてこのブログで取り上げることにします。残念ながらオープンアクセスではなかったので、要約しか読んでいませんが、半年後には全文を読めるようになるので、そのときにまた取り上げる予定です。まずは、要約の意訳です(青字の箇所)。


西欧の早期上部旧石器時代における人口密度の低下の証拠

 西欧においては、中部旧石器時代から上部旧石器時代への移行は、放射性炭素年代では40000~35000年前の間に位置づけられ、人類の主要な生物学的・文化的変化の期間と対応しています。しかしながら、この期間の人口密度に関する情報は不足しています。

 フランスのサンセザールの緻密な分析記録から得られた新たな動物群についてのデータが示唆しているのは、早期上部旧石器時代における著しい気候悪化の出来事であり、その気候悪化は哺乳類の多様性の減少と関連しています。

 民族誌学的データと哺乳類種の多様性との間の高い相関性が示唆しているのは、この変化が人口密度を減少させただろう、ということです。また、変動の大きい資源であるトナカイ(Rangifer tarandus)への依存は、人口密度の減少を促進したでしょう。

 これらのデータが示唆しているのは、人類にとって早期上部旧石器時代が、西欧における著しい生態的地位の収縮の期間であった、ということです。この文脈においては、現生人類の拡散がこの地域で起きた可能性は低く見えます。

 代わりに示唆されるのは、上部旧石器時代における人類進化の仕組みとしては、人口の瓶首効果・遺伝的浮動・遺伝子流動のほうが、人類集団の置換よりも整合的だということです。



 昨日の記事では、報道が研究の趣旨を正しく紹介できていない可能性もあるかもしれない、と述べましたが、この要約を読むかぎりでは、その懸念は杞憂だったようです。しかしそうだとすると、やはりこの研究には疑問が生じるわけで、その疑問は要約を読んでも解消されないどころか、ますます深まってしまいました。まあ、全文を読んではいないので、最終的な評価は半年後まで待つべきなのでしょう。そういうわけで、以下の雑感はあくまで暫定的な私見ということになります。

 気候悪化がネアンデルタール人の減少を招来したとの推測はおそらく妥当でしょうが、だからといって現生人類の拡散も否定されるのかというと、疑問です。昨年11月2日分の記事で紹介したように、8~7万年前の南部および東部アフリカにおいて、大きな技術・経済・社会変化が起きた可能性が高いと思われます。

 アフリカ起源の現生人類集団は、この社会的蓄積のためにネアンデルタール人集団よりも優位に立ち、ネアンデルタール人集団の減少に付け入る形で欧州へと進出したと考えるほうが、これまでの形質人類学・遺伝学・考古学の諸々の研究成果と整合的ではないかと思います。

 こうした疑問は、あるいは全文を読めば解消されるのかもしれません。なんといっても、査読のある『米国科学アカデミー紀要』に掲載されるくらいですから。しかし、欧州の初期現生人類と現代人のミトコンドリアDNAが類似している一方で、年代に幅があり場所も広範囲に及ぶ10体以上のネアンデルタール人のミトコンドリアDNAは、現代人・欧州の初期現生人類とは大きく異なっていた、という遺伝学の研究成果と矛盾しないような説明ができるのか、どうも疑問です。

 あえて説明しようとすると、以下の二つが考えられます。
(1)ネアンデルタール人は遺伝的にかなり多様な集団で、現代人に見られるようなミトコンドリアDNAの型を有している集団もいたが、現時点ではまだ抽出されていないだけである。
(2)西アジアまたは東欧で現生人類とネアンデルタール人が混血し、現生人類集団そのものは西欧へ拡散しなかったが、現生人類型のミトコンドリアDNAを継承した混血女性の系統の一部が西欧へ移住し(または、ごく一部の現生人類が西欧に進出し、ネアンデルタール人集団に受け入れられて混血し)、人口の瓶首効果・遺伝的浮動・遺伝子流動の結果、現代人型のミトコンドリアDNAが西欧ネアンデルタール人集団の中で定着した。
しかし、どちらもきわめて可能性が低そうです。

 少数派のネアンデルタール人が西欧に侵入してきた多数派の現生人類に吸収され、ネアンデルタール人としての遺伝学的・解剖学的特徴が失われた、という見解ならば、まだ議論の余地はあるでしょう。しかし、人口の瓶首効果・遺伝的浮動・遺伝子流動の結果、西欧でネアンデルタール人が現生人類へと進化したとの見解は、現時点ではどう考えてもかなりの無理があると言うべきでしょう。

 この研究にかんする批評はまだ見つけていないのですが、今後報道機関や学術誌のサイトで公開されるかもしれませんので、注目しておこうと思います。それにしても、新年早々本当に驚かされる研究が提示されたものです。


参考文献:
Eugène Morin.(2008): Evidence for declines in human population densities during the early Upper Paleolithic in western Europe. PNAS, 105, 1, 48-53.
http://dx.doi.org/10.1073/pnas.0709372104


追記(2008年1月3日22時)
 全文をお読みになられた方からの報告がありました(青字が引用箇所)。


968 名前:名無しさん@八周年 投稿日:2008/01/03(木) 21:17:19 ID:hRzPvquT0
これ全くの誤報です。
全文読みましたが、著者は西部フランスのサン・セザール遺跡について
食用にされた陸生哺乳類の化石の変化を検討し、3.5~4万年前の気候寒冷化に
伴って、寒さに強いものの頭数の変動が大きいトナカイへの依存が増した事を確認。
それを基に、この時期の西ヨーロッパでは人口収縮が起きて、人口が激減したと
推測。しかし
>ネアンデルタール人自身が進化した可能性が高いとしている
なんて全く言及してない。ソース元の100%誤解.

著者はネアンデルタールが、アフリカから来た現生人類に置換された事は認めつつ
但し、気候寒冷化のもとでは、大規模な移住の展開はありうべきもなく
人口収縮によって、ネアンデルタールはボトルネックを頻発して、その系統を失い
一方アフリカより来た、我々の祖先はより多くの人口をもって対峙するという
構図であったことを指摘するのみ。

また
>ハツカネズミやハタネズミなど小型ほ乳類の骨も同様に増えていた。
これも誤解。げっ歯類に於いても、寒冷適応したハタネズミの一種のみが
増えたと指摘している



 日本語の報道を念頭に要約だけ読んだので、私も勘違いしてしまいました。なんとも恥ずかしいことであり、深く反省しています。この報告通りだとすると、『米国科学アカデミー紀要』に掲載されてもまったく不思議ではありません。やはり最初の懸念通り、日本語の報道は誤報だった可能性が高そうです。


追記(2008年1月4日)
 英語報道の時点で間違っているようです。論文の著者にもインタビューしているようなのですが、どういうわけなのでしょうか?

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