『5万年前に人類に何が起きたか?』第2版2刷
リチャード=クライン、ブレイク=エドガー著、鈴木淑美訳で、新書館より2004年12月に刊行されました。じつは、すでに本書の初版1刷を、2004年6月の刊行後まもなく購入していました。しかし、昨年11月13日分の記事で取り上げた河合信和『ホモ・サピエンスの誕生』P202に、「初版は誤訳が多いので、改訂された2版を勧める」とあるので、気になっていたところ、書店で第2版2刷を見かけたので、購入したというわけです。
本書は購入後まもなく読み終えていたので、今回は、初版のどこが誤訳だったのかという点を中心に読んでいこうと思い、改訂箇所を書きとめつつ、初版1刷と第2版2刷とを比較しながら読み進めましたが、改訂箇所が多くさすがにたいへんなので、第2章を読み終えたところで断念し、第3章からは普通に読み進めました。本書の著者の一人は、「創造の爆発論」を前提とした「神経学仮説」を主張するクライン博士であり、このブログではクライン博士の見解をたびたび批判してきましたが、クライン博士がたいへん優れた学識の持ち主であることは否定できません。
「神経学仮説」とは、5万年前頃に現生人類(解剖学的現代人)に神経系の突然変異が起き、象徴的思考や現代人のような複雑な言語活動が可能になるなど、現生人類の認知能力が飛躍的に向上し、現生人類(解剖学的現代人)は真の現生人類(行動学的現代人)となり、急速に文化的発展を成し遂げて世界各地に拡散していったのだ、というものです。この見解は、後期石器・上部旧石器文化の開始を、人類史における一大転機であり、大発展だったとする解釈を前提としています。
こうしたクライン博士の見解にたいする疑問は少なからずありますが、それでも博学なクライン博士から教えられるところは多く、それゆえに、初版を購入していながら改訂版も購入したというわけです。原書の刊行は2002年ですから、今となってはこの分野の本としては情報がやや古くなっていますし、すでに一応は読み終えた本ですので、改めて読み直して気になったところを中心に、以下に第2版2刷について述べていきます。その後に、1・2章のおもな改訂箇所について取り上げます。
本書を再読してやはり気になったのは、文化的発展と生物学的進化とを結びつける傾向が強いことです。「神経学仮説」とはそのような説なので、当然のこととは言えますが、人類最初の石器文化・前期アシュール型文化・後期アシュール型文化・後期石器(上部旧石器)文化のいずれの出現も、生物学的進化と強く結びつけられて説明されています。
確かに、これらの文化は生物学的特性を前提として成立するものであり、どこかの時点で人類が遺伝子の変異により獲得した能力に依拠するものではあるでしょう。しかし、文化を成立させる遺伝子は多数にわたるでしょうし、基本的には学習により継承されていく文化の発展と、それを可能とする特性(遺伝子)の獲得とには、かなりの時間差が存在する可能性もあるでしょう。たとえば文字や金属器の使用の開始は、それを可能とする知的資質の獲得からかなりの時間を要しています。文化とは基本的に社会的営み・蓄積に依存するものであり、生物学的進化と直結させる思考には疑問があります。
おそらく、後期石器(上部旧石器)以降の文化を可能とするような生物学的特性は、長期にわたって人類がじょじょに獲得していったものであり、それらの特性をほぼ獲得した年代は、後期石器(上部旧石器)文化が始まるかなり前だった可能性が高いでしょう。アフリカから、中期石器時代における現代的な行動性を示す証拠が次々と提示されていますが、今後そうした証拠がさらに増えることでしょう。現生人類が登場したのは20万年前頃になるでしょうが、おそらく現生人類は、その最初期より現代人とほとんど変わらないような潜在的知的資質を有していたものと思われます。
さて、1・2章のおもな改訂箇所についてですが、用語の誤訳・不適切な訳が以下のように訂正され、全ページにわたって統一されています。矢印(→)の左側の用語・文章が初版1刷、右側が第2版2刷となります。
野生のブタ→イノシシ
猿人→類人猿
サル→類人猿
また、「そのため本書ではもっとゆるやかな表現であるアウストラロピテクス類を用いることにする」との一節が追記され(P32)、初版1刷の「アウストラロピテクス」は、第2版2刷では「アウストラロピテクス類」と訂正されています。
年代の誤りも訂正されています。
40万年前のものとされる→4万年前のものとされる(P13)
二〇〇一年初冬→二〇〇〇年初冬(P47)
同年夏→二〇〇一年夏(P48)
1・2章でとくに重要と思われる訂正を以下に掲載します。
その歯と頭蓋骨は特殊化していないし→その歯と頭蓋骨は特殊化しているし(P43)
本当の初期人類→初期の本当の人類(P44)
祖先となるチンパンジーとはおそらく対照的な→チンパンジーの祖先とはおそらく対照的な(P48)
おそらくどちらか一方が、アウストラロピテクスとチンパンジーに共通する最後の祖先なのだろう→ひょっとするとどちらか一方が、アウストラロピテクス類とチンパンジーに共通する最後の祖先でさえあるかもしれない(P48)
ひじ関節がしっかり固定され、木登りの際にバランスがとりやすかっただろう→木登りの際により安定させるためにひじ関節を固定することさえおそらくできただろう(P51)
足・脚の骨を記述しており、どんなふうに二足歩行していたかがわかる→足・脚の骨を記載したら、どんなふうに二足歩行していたかが明らかになるだろう(P51)
ガルヒの四肢骨から考えると、おそらく前腕は猿人の上腕に比べて長かったが、ヒトの上腕に比例して太ももが長い。いいかえれば、ヒトが猿人から枝分かれするうち、前腕が縮小する前に、足が長くなったと思われる→ガルヒのものと思われる四肢骨から考えると、前腕は類人猿のように上腕に比べて長かったが、ヒトのように上腕に比べ太ももが長い。いいかえれば、ヒトが類人猿から枝分かれするうち、前腕が短くなる前に、脚が長くなったと思われる(P64)
本書は購入後まもなく読み終えていたので、今回は、初版のどこが誤訳だったのかという点を中心に読んでいこうと思い、改訂箇所を書きとめつつ、初版1刷と第2版2刷とを比較しながら読み進めましたが、改訂箇所が多くさすがにたいへんなので、第2章を読み終えたところで断念し、第3章からは普通に読み進めました。本書の著者の一人は、「創造の爆発論」を前提とした「神経学仮説」を主張するクライン博士であり、このブログではクライン博士の見解をたびたび批判してきましたが、クライン博士がたいへん優れた学識の持ち主であることは否定できません。
「神経学仮説」とは、5万年前頃に現生人類(解剖学的現代人)に神経系の突然変異が起き、象徴的思考や現代人のような複雑な言語活動が可能になるなど、現生人類の認知能力が飛躍的に向上し、現生人類(解剖学的現代人)は真の現生人類(行動学的現代人)となり、急速に文化的発展を成し遂げて世界各地に拡散していったのだ、というものです。この見解は、後期石器・上部旧石器文化の開始を、人類史における一大転機であり、大発展だったとする解釈を前提としています。
こうしたクライン博士の見解にたいする疑問は少なからずありますが、それでも博学なクライン博士から教えられるところは多く、それゆえに、初版を購入していながら改訂版も購入したというわけです。原書の刊行は2002年ですから、今となってはこの分野の本としては情報がやや古くなっていますし、すでに一応は読み終えた本ですので、改めて読み直して気になったところを中心に、以下に第2版2刷について述べていきます。その後に、1・2章のおもな改訂箇所について取り上げます。
本書を再読してやはり気になったのは、文化的発展と生物学的進化とを結びつける傾向が強いことです。「神経学仮説」とはそのような説なので、当然のこととは言えますが、人類最初の石器文化・前期アシュール型文化・後期アシュール型文化・後期石器(上部旧石器)文化のいずれの出現も、生物学的進化と強く結びつけられて説明されています。
確かに、これらの文化は生物学的特性を前提として成立するものであり、どこかの時点で人類が遺伝子の変異により獲得した能力に依拠するものではあるでしょう。しかし、文化を成立させる遺伝子は多数にわたるでしょうし、基本的には学習により継承されていく文化の発展と、それを可能とする特性(遺伝子)の獲得とには、かなりの時間差が存在する可能性もあるでしょう。たとえば文字や金属器の使用の開始は、それを可能とする知的資質の獲得からかなりの時間を要しています。文化とは基本的に社会的営み・蓄積に依存するものであり、生物学的進化と直結させる思考には疑問があります。
おそらく、後期石器(上部旧石器)以降の文化を可能とするような生物学的特性は、長期にわたって人類がじょじょに獲得していったものであり、それらの特性をほぼ獲得した年代は、後期石器(上部旧石器)文化が始まるかなり前だった可能性が高いでしょう。アフリカから、中期石器時代における現代的な行動性を示す証拠が次々と提示されていますが、今後そうした証拠がさらに増えることでしょう。現生人類が登場したのは20万年前頃になるでしょうが、おそらく現生人類は、その最初期より現代人とほとんど変わらないような潜在的知的資質を有していたものと思われます。
さて、1・2章のおもな改訂箇所についてですが、用語の誤訳・不適切な訳が以下のように訂正され、全ページにわたって統一されています。矢印(→)の左側の用語・文章が初版1刷、右側が第2版2刷となります。
野生のブタ→イノシシ
猿人→類人猿
サル→類人猿
また、「そのため本書ではもっとゆるやかな表現であるアウストラロピテクス類を用いることにする」との一節が追記され(P32)、初版1刷の「アウストラロピテクス」は、第2版2刷では「アウストラロピテクス類」と訂正されています。
年代の誤りも訂正されています。
40万年前のものとされる→4万年前のものとされる(P13)
二〇〇一年初冬→二〇〇〇年初冬(P47)
同年夏→二〇〇一年夏(P48)
1・2章でとくに重要と思われる訂正を以下に掲載します。
その歯と頭蓋骨は特殊化していないし→その歯と頭蓋骨は特殊化しているし(P43)
本当の初期人類→初期の本当の人類(P44)
祖先となるチンパンジーとはおそらく対照的な→チンパンジーの祖先とはおそらく対照的な(P48)
おそらくどちらか一方が、アウストラロピテクスとチンパンジーに共通する最後の祖先なのだろう→ひょっとするとどちらか一方が、アウストラロピテクス類とチンパンジーに共通する最後の祖先でさえあるかもしれない(P48)
ひじ関節がしっかり固定され、木登りの際にバランスがとりやすかっただろう→木登りの際により安定させるためにひじ関節を固定することさえおそらくできただろう(P51)
足・脚の骨を記述しており、どんなふうに二足歩行していたかがわかる→足・脚の骨を記載したら、どんなふうに二足歩行していたかが明らかになるだろう(P51)
ガルヒの四肢骨から考えると、おそらく前腕は猿人の上腕に比べて長かったが、ヒトの上腕に比例して太ももが長い。いいかえれば、ヒトが猿人から枝分かれするうち、前腕が縮小する前に、足が長くなったと思われる→ガルヒのものと思われる四肢骨から考えると、前腕は類人猿のように上腕に比べて長かったが、ヒトのように上腕に比べ太ももが長い。いいかえれば、ヒトが類人猿から枝分かれするうち、前腕が短くなる前に、脚が長くなったと思われる(P64)
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