ネアンデルタール人が現生人類へと進化?

 西欧においては、ネアンデルタール人が現生人類へと進化した可能性がある、との研究が報道されました。この研究は『米国科学アカデミー紀要』に掲載されるとのことですが、まだ『米国科学アカデミー紀要』のサイトには掲載されていないので、掲載されたら改めてこのブログで取り上げます。ただ、あまりにも意外な見解であり、たいへん衝撃的でもあるので、とりあえず報道された内容について取り上げることにします。

 この報道によると、現生人類が登場した頃の西欧は長期にわたって気候が厳しく、他の地域からの人類の移住には適していなかった可能性がある、とのことです。この気候の悪化はネアンデルタール人の生活にも影響を与え、狩猟の主要な対象が、それまでのバイソンや馬からトナカイへと移行し、小型哺乳類の消費量も増えました。トナカイの頭数の不安定さもあり、こうした変化はネアンデルタール人同士の衝突・人口減少を招き、ネアンデルタール人の遺伝的多様性を減少させるとともに、突然変異の定着率を高めたのではないか、と推測されています。また、気候悪化により遠方まで活動範囲を広げねばならなくなったネアンデルタール人は、社会的交流を広げ、クロマニヨン人的な遺伝的特徴が広まり、上部旧石器文化の芸術活動が花開いたのではないか、とも推測されています。


 以上がこの報道の伝える新研究なのですが、この報道だけでは、ネアンデルタール人が現生人類へと進化した理由があまりにも弱すぎて、なぜこのような見解の論文が、査読がありたいへん権威のある『米国科学アカデミー紀要』に掲載されるのか、どうにも理解しがたいものがあります。ネアンデルタール人の食資源の変遷については、確かになかなか興味深い研究ではありますが。あるいは、この報道が研究の趣旨を正しく紹介できていない可能性もあるかもしれません。

 まあそれはともかくとして、この報道が研究を正しく紹介しているのだとしたら、まったく予想できなかった研究だけに、意外であり衝撃的でもあります。この研究が20年前に提示されていたとしたら、予想外というわけではないのですが、多地域進化説の代表者であるミルフォード=ウォルポフ博士ですら、少数派のネアンデルタール人が侵入してきた現生人類に吸収された、との見解に転向した現在、この研究を支持する研究者はほとんどいないのではないでしょうか。

 ネアンデルタール人と現代人や欧州の初期現生人類のミトコンドリアDNAの塩基配列の違いや、ネアンデルタール人の形態が特殊化していったことや、西欧のネアンデルタール人の中部旧石器文化と、その後の上部旧石器文化(その最初はオーリニャック文化)とが連続的ではないことは、この研究ではどのように説明されるのでしょうか。遺伝学・形質人類学・考古学のこれまでの研究成果が示しているのは、西欧の現生人類は外来者であり、ネアンデルタール人が現生人類に進化したわけではない、ということです。こうした諸々の研究成果に反するような論文が本当に掲載されるのだとしたら、驚きを隠せません。ともかく今は、『米国科学アカデミー紀要』のサイトにこの論文が掲載されるのを待つばかりです。

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