皇室典範改正論議とY染色体をめぐる問題
皇室典範に関する有識者会議が設置され、皇位継承法を主眼とした皇室典範の改正が盛んに議論されたのは小泉内閣後期のことでした。この議論は秋篠宮妃の懐妊により下火になり、2006年9月6日の秋篠宮妃の男子出産により、ほとんど終息してしまった感があります。
その意味で、今頃になってこの問題を取り上げるのは流行に乗り遅れた感があるのですが、最近この問題についてちょっと調べることがあり、この機会に雑感を述べておこうと考えたしだいです。ただ、議論が終息してしまった感があるとはいえ、議論の原因が根本的に解消されたとはとても言えないので、現在でもブログなどで発言している人はいるようです。
この問題の焦点となったのは、皇位継承の方法でした。現行の皇室典範では、皇位継承資格者は男系男子に限られており、女子は結婚にあたって皇籍を離脱せねばなりません。戦前と比較して皇族の数が激減し、皇室でも一夫一婦制が採用され、2006年9月6日までの40年以上にわたって、皇室に女子しか生まれなかった(9人)という状況では、やがて皇位継承者が途絶えてしまうということで、皇室典範の改正が議論されたのでした。
上述したように、この議論は2006年9月6日の秋篠宮妃の男子出産により、当分は皇位継承者の断絶という事態が避けられそうだということもあって、ほとんど終息してしまった感があります。この問題では日本国民の間でも合意ができておらず、票にもなりにくいということで、麻生外相(当時)の40年先送り発言に見られるように、政治家はおおむね皇室典範の改正をめぐる議論に消極的になってしまったようです。
とはいえ、皇位継承は男系男子に限り、女子は結婚にあたった皇籍を離脱し、一夫一婦制を維持するという状況は変わっていませんから、皇族の数が将来さらに減少するという状況はほとんど変わっていません。したがって、将来また皇位継承者が途絶えそうになるという事態も考えられますから、近い将来に皇位継承法も含めて皇室典範の改正が再び問題となることでしょう。そのとき、小泉内閣後期において議論となった、男系のみで継承するのか女系も認めるのかという問題が、再び蒸し返されることでしょう。
男系派の根拠は伝統です。確かに系図を見るかぎりは、男系にこだわって皇位継承がなされたと解釈するのが妥当だろうと思います。最初のほうの系図は信用できないと言う人もいるでしょうし、私もそうだろうと考えていますが、信頼性が高くなると思われる欽明以降としても、男系による皇位継承には1500年近い歴史があります。これは、じゅうぶんに伝統としてよい期間でしょう。
伝統重視を打ち出しているだけあって、男系派には保守派を自認している人が多いようですが、保守派の側からの男系絶対論にたいする批判もあります。それは、日本と中国・朝鮮との親族構造の違いを指摘し、男系絶対視は中国の影響である、というものです。皇位継承における男系へのこだわりに中国の影響があるのか否か、実証は困難だと思いますが、影響があったと考えるほうが妥当だろうとは思います。
ただそれでも、皇位継承における男系へのこだわりは日本の伝統と言ってよいでしょうし、そもそも男系以外にどのような皇位継承原理があったのか、根拠をもって示すことができる人はいないでしょう。漢字や仏教など、中国に起源があったり中国に影響を受けたりした日本の文化要素は多数ありますが、それらは時代とともに変容しつつも、今では日本文化を構成する伝統の一部となっています。伝統を重んずるのであれば、皇位継承における男系へのこだわりが中国の影響によるものだとしても、それを否定することは難しいでしょう。
そうしたこともあってか、現在保守派の間では男系支持が圧倒的なようで、女系容認などと言えば、日本の伝統を知らない無知な輩と嘲笑されるような雰囲気さえあるように思われます。しかし上述したように、現在の制度で男系を維持していけば、やがて皇位継承者が途絶えてしまうことにもなりかねません。そのための対策としては、
(1)皇室においては一夫多妻制を復活する。
(2)戦後に皇籍を離脱した旧宮家の人々に皇族に復帰してもらう。
という二案が考えられます。
しかし、(1)を主張する人はほとんどおらず、男系維持論者の代表と言える八木秀次氏も、国民感情からしても現実的とは言えない、と雑誌で述べています。これは、おそらく国民感情だけの問題ではなく、欧米先進国からの視線にも配慮してのことではないでしょうか。伝統を主張する八木氏といえども、欧米の近現代文明の影響を強く受けた現代日本社会で生まれ育ち暮らすいじょう、近現代欧米文明の規範に逆らうことは容易ではないのでしょう。
そこで八木氏は、皇室典範に関する有識者会議でも、(2)を強く主張します。予算の問題はともかくとして、この場合も、国民感情からして容認されるかというと、疑問でしょう。それでも八木氏がこの案にこだわるあたりに、やはり近現代の日本における欧米文明の影響の強さが認められるように思います。
この八木氏が、上記二つの引用先からも分かるように、男系の正統性の根拠の一つとしてY染色体の継承という点を挙げています。これがネット上で面白おかしく伝えられて、初代天皇の神武のY染色体を継承していれば天皇になれるのか、などと八木氏を批判・嘲笑する人もいますが、Y染色体の話はあくまで根拠の一つであり、この批判は的外れだと思います。このY染色体の問題について、ここではちょっと真面目に考えてみることにします。
人間の場合、性染色体にはY染色体とX染色体があります。性染色体の組み合わせは、男性ではXY・女性ではXXとなります。Y染色体は、一部X染色体との組み換えがあるとはいえ、基本的には男系でしか伝わりません。これにたいし、X染色体も常染色体も、祖先からどのように伝わったのかはっきりしません。
おそらく八木氏の見解の趣旨は、男系での継承ならば、初代天皇の遺伝子が(突然変異による蓄積はあるものの)はっきりと伝わっていることが確認されるのであり、男系の正統性の根拠の一つとなり得る、というものなのでしょう。もっとも、ミトコンドリアならば原則として女系でしか遺伝しませんから、八木氏的な論理にしたがえば、女系のみの継承の遺伝学的根拠となり得ます。しかし、皇室において女系継承の伝統は確認できませんし、支持する人もごくわずかにとどまるでしょうから、八木氏にとっては論外ということなのでしょう。
さて、これまで初代天皇という言葉を用いてきましたが、正直なところ、誰が初代天皇なのかはっきりしませんし、今後も確定は難しいでしょう。神武のY染色体という言葉がネット上で独り歩きしている感がありますが、八木氏も「仮に神武天皇を初代といたしますと」と述べているのであり、神武と限定せずともよいでしょう。継体・欽明・天智・桓武など、各人が納得する天皇を思い浮かべればよいと思います。
また、そもそも天皇位は兄弟間やかなり家系的に離れた者同士でも継承されているから、万世一系とは言えないのではないか、との指摘もあるでしょう。おそらく、一系という言葉の一般的な印象から判断すると、天皇位の継承はとても一系とは言えないでしょう。ただ、傍系相続を根拠に旧宮家の皇籍復帰を主張する八木氏にとって、それは承知のことであり、この場合の万世一系とは、血統による世襲・男系のみによる皇位継承・皇統が決定的に分裂または対立することがない(せいぜい南北朝時代ていどで治まる)、と考えておくとよいでしょう。
この問題については、北畠親房の「凡の承運」と「まことの継体」という概念が理解の手助けになるでしょうが、かりに将来旧宮家の方が皇籍に復帰して天皇となった場合、「まことの継体」の大規模な再編が必要となり、はたして国民的な支持が得られるか疑問という意味でも、旧宮家の皇籍復帰という八木氏の主張には弱みがあると言えそうです。
さて、話をY染色体に戻しますが、八木氏のY染色体論を嘲笑する人のなかには、立花隆氏の見解を引用し、八木氏のY染色体論は破綻している、とあっさり結論づける方が少なくないようです。しかし、すでに立花氏の見解には錯誤があることが指摘されており、八木氏のY染色体論にたいする有効な反論にはなっていません。
立花氏は「神武天皇のY染色体を受け継ぐ人々はゴロゴロいる」と述べていますが、神武のY染色体を継承しているのは皇位継承の根拠の一つであり、「神武天皇のY染色体を受け継ぐ人々」が「ゴロゴロ」いたところで、八木氏の見解への反論にはならないでしょう。それよりも、系図がはっきりとしており、皇室(ロイヤルファミリー)としての自覚があるか(またはわりと近年まであったか)、ということを八木氏は重視しているのだと思います。Y染色体には遺伝子が少ないとの批判も、Y染色体の遺伝がはっきりとしている、つまり初代天皇からの長期にわたる継承が遺伝学的に明確だということに意味があるのですから、「量」的な観点からの批判は有効ではないでしょう。
また、「ゴロゴロいる」とする立花氏の計算にも問題があります。立花氏は、Y染色体は男性にしか伝わらないということと、偶発系統損失の問題を考慮に入れていないため、めちゃくちゃな数字を出しています。たとえば立花氏の仮定のごとく、歴代の天皇に二人の子供しかおらず、(立花氏は明記していませんが)生まれてくる子供が男子(女子)である可能性が50%だとすると、初代天皇(神武ではなく、継体・欽明・天智・桓武でもかまいません)の子供の世代においてすでに、初代天皇のY染色体が失われる可能性が25%となります(二人とも女子だった場合)。
世代が進むたびにこの可能性は高まり、100代も経てば、初代天皇のY染色体を継承する子孫がいる可能性はきわめて低くなります。つまりY染色体であれば、男性の子供が女性だけだったとか、男子が二人いたけどその男子に女子しか生まれなかった、とかいった偶然により簡単に失われやすいわけです(母系遺伝のミトコンドリアであれば、男と女を逆にして説明できます)。Y染色体やミトコンドリアではこの偶発系統損失が簡単に起き、父系・母系での遺伝であるため、遺伝学的なアダムとイヴの年代を特定することができますし、現生人類の拡散経路の復元にも利用されています。
まあそれはともかくとして実際にはどうなのかというと、皇族は他の人々よりも子孫を残す機会に恵まれているので、初代天皇に由来する(しかし当然、突然変異は蓄積されていきます)Y染色体を持っている日本人男性は、かなりの数になる可能性がありますが、具体的にどれだけの人数・割合になるかというと、皇族も含めて全国規模での詳細な調査が必要でしょう。ただ、皇族には結婚前に出家した人も少なくありませんし、おそらく「ゴロゴロいる」とまではいかないでしょう。
では、このようなY染色体論とは、男系による皇位継承を主張するうえで有効なのかというと、そうではなくむしろ有害なのではないか、と私は思います。その根拠は二つありますが、まず一つ目は、社会的・法的な父親と生物学的な父親とが異なる場合があり得る、という素朴な疑問です。飛鳥時代以降の朝廷において、このような「間違い」がどのていどあったのか分かりませんが、曖昧模糊とした継体以前ならまだしも、平安時代以降にこのような間違いがあった場合、Y染色体論を根拠の一つとした男系皇位継承論は大きな打撃を受けることになります。
もっとも、前近代においては基本的に天皇陵の管理はいい加減でしたから、遺骨がはっきりとしない天皇も珍しくないでしょうし、持統以降の天皇は火葬になった人が多いでしょうから、遺骨が特定されたとしてもY染色体の採取・分析は難しそうです。まあそもそも、八木氏をはじめとしてY染色体論者のなかに、本気で歴代の天皇と現代の皇族のY染色体を調べよう、と考えている人がいるとも思えません。
二つ目の理由につながってくるのですが、それならば、Y染色体など持ち出さずに、男系継承という伝統をひたすらに主張すればよいのではないでしょうか。じゅうようなのは、男系による皇位継承がなされてきたという社会的合意(前近代においては、その社会の範囲は必ずしも広くなかったかもしれませんが)のはずです。Y染色体論は、男系論者にとっては地雷でしかないでしょう。
そもそも、皇位継承法のような物語性の強い社会的合意事項に、安易に自然科学の概念を持ち込むことは、自然科学の成果を中途半端に社会的分析の文脈に取り入れた、社会進化論や優生学と似たような危険性を感じます。またY染色体論者は、よく意味も分からずに数学や物理学の用語を使用していたとしてアラン=ソーカル氏に批判された、フランスの現代思想家たちと通ずるところがあるようにも思われます。
八木氏らがこのように中途半端に自然科学の概念を根拠として持ち出すのは、けっきょくのところ、伝統を強調し保守主義者を自認しながら、現代日本においては近現代欧米文明に屈しなければ生き辛いからでしょう。八木氏らが科学という言葉に惹きつけられてしまうのは、彼らが毛嫌いしているだろう左翼と変わらず、その意味では、よくも悪くも左翼と同じく近現代欧米文明に強くとらわれていると言えるのでしょう。
その点では、Y染色体論による皇位継承法についての議論を一蹴する、南出喜久治氏らの見解のほうが、伝統を重んじる保守主義者としては健全だろうと思います。まあ私は天皇制廃止論者なので、南出氏の見解にはまったく賛同できませんが、一つの意見としては有だろうと思います。
もっとも極論を言えば、自然科学といえども社会的合意(約束事・虚構)にすぎません。ただ、分類・区分して程度の違いを見出す能力は、現生人類の間でとりわけ発達したものであり、鉄と銅の違いや鯛と河豚の違いや石材の違いなど、分類・区分は文明に限らず現生人類社会の基礎の一つになっています。
科学も大きな意味で物語・虚構にすぎないと開き直れば、文明どころか現生人類の社会は成立しません。現生人類社会以外の生活様式を採用するのであればそれもよいでしょうが、文明の恩恵を享受するのであれば、そのような態度をとるべきではないでしょう。その意味で、物語色の強い社会的合意事項と科学とは厳しく区別し、両者が安易な相互依存に陥らないよう、我々は注意すべきなのでしょう。
その意味で、今頃になってこの問題を取り上げるのは流行に乗り遅れた感があるのですが、最近この問題についてちょっと調べることがあり、この機会に雑感を述べておこうと考えたしだいです。ただ、議論が終息してしまった感があるとはいえ、議論の原因が根本的に解消されたとはとても言えないので、現在でもブログなどで発言している人はいるようです。
この問題の焦点となったのは、皇位継承の方法でした。現行の皇室典範では、皇位継承資格者は男系男子に限られており、女子は結婚にあたって皇籍を離脱せねばなりません。戦前と比較して皇族の数が激減し、皇室でも一夫一婦制が採用され、2006年9月6日までの40年以上にわたって、皇室に女子しか生まれなかった(9人)という状況では、やがて皇位継承者が途絶えてしまうということで、皇室典範の改正が議論されたのでした。
上述したように、この議論は2006年9月6日の秋篠宮妃の男子出産により、当分は皇位継承者の断絶という事態が避けられそうだということもあって、ほとんど終息してしまった感があります。この問題では日本国民の間でも合意ができておらず、票にもなりにくいということで、麻生外相(当時)の40年先送り発言に見られるように、政治家はおおむね皇室典範の改正をめぐる議論に消極的になってしまったようです。
とはいえ、皇位継承は男系男子に限り、女子は結婚にあたった皇籍を離脱し、一夫一婦制を維持するという状況は変わっていませんから、皇族の数が将来さらに減少するという状況はほとんど変わっていません。したがって、将来また皇位継承者が途絶えそうになるという事態も考えられますから、近い将来に皇位継承法も含めて皇室典範の改正が再び問題となることでしょう。そのとき、小泉内閣後期において議論となった、男系のみで継承するのか女系も認めるのかという問題が、再び蒸し返されることでしょう。
男系派の根拠は伝統です。確かに系図を見るかぎりは、男系にこだわって皇位継承がなされたと解釈するのが妥当だろうと思います。最初のほうの系図は信用できないと言う人もいるでしょうし、私もそうだろうと考えていますが、信頼性が高くなると思われる欽明以降としても、男系による皇位継承には1500年近い歴史があります。これは、じゅうぶんに伝統としてよい期間でしょう。
伝統重視を打ち出しているだけあって、男系派には保守派を自認している人が多いようですが、保守派の側からの男系絶対論にたいする批判もあります。それは、日本と中国・朝鮮との親族構造の違いを指摘し、男系絶対視は中国の影響である、というものです。皇位継承における男系へのこだわりに中国の影響があるのか否か、実証は困難だと思いますが、影響があったと考えるほうが妥当だろうとは思います。
ただそれでも、皇位継承における男系へのこだわりは日本の伝統と言ってよいでしょうし、そもそも男系以外にどのような皇位継承原理があったのか、根拠をもって示すことができる人はいないでしょう。漢字や仏教など、中国に起源があったり中国に影響を受けたりした日本の文化要素は多数ありますが、それらは時代とともに変容しつつも、今では日本文化を構成する伝統の一部となっています。伝統を重んずるのであれば、皇位継承における男系へのこだわりが中国の影響によるものだとしても、それを否定することは難しいでしょう。
そうしたこともあってか、現在保守派の間では男系支持が圧倒的なようで、女系容認などと言えば、日本の伝統を知らない無知な輩と嘲笑されるような雰囲気さえあるように思われます。しかし上述したように、現在の制度で男系を維持していけば、やがて皇位継承者が途絶えてしまうことにもなりかねません。そのための対策としては、
(1)皇室においては一夫多妻制を復活する。
(2)戦後に皇籍を離脱した旧宮家の人々に皇族に復帰してもらう。
という二案が考えられます。
しかし、(1)を主張する人はほとんどおらず、男系維持論者の代表と言える八木秀次氏も、国民感情からしても現実的とは言えない、と雑誌で述べています。これは、おそらく国民感情だけの問題ではなく、欧米先進国からの視線にも配慮してのことではないでしょうか。伝統を主張する八木氏といえども、欧米の近現代文明の影響を強く受けた現代日本社会で生まれ育ち暮らすいじょう、近現代欧米文明の規範に逆らうことは容易ではないのでしょう。
そこで八木氏は、皇室典範に関する有識者会議でも、(2)を強く主張します。予算の問題はともかくとして、この場合も、国民感情からして容認されるかというと、疑問でしょう。それでも八木氏がこの案にこだわるあたりに、やはり近現代の日本における欧米文明の影響の強さが認められるように思います。
この八木氏が、上記二つの引用先からも分かるように、男系の正統性の根拠の一つとしてY染色体の継承という点を挙げています。これがネット上で面白おかしく伝えられて、初代天皇の神武のY染色体を継承していれば天皇になれるのか、などと八木氏を批判・嘲笑する人もいますが、Y染色体の話はあくまで根拠の一つであり、この批判は的外れだと思います。このY染色体の問題について、ここではちょっと真面目に考えてみることにします。
人間の場合、性染色体にはY染色体とX染色体があります。性染色体の組み合わせは、男性ではXY・女性ではXXとなります。Y染色体は、一部X染色体との組み換えがあるとはいえ、基本的には男系でしか伝わりません。これにたいし、X染色体も常染色体も、祖先からどのように伝わったのかはっきりしません。
おそらく八木氏の見解の趣旨は、男系での継承ならば、初代天皇の遺伝子が(突然変異による蓄積はあるものの)はっきりと伝わっていることが確認されるのであり、男系の正統性の根拠の一つとなり得る、というものなのでしょう。もっとも、ミトコンドリアならば原則として女系でしか遺伝しませんから、八木氏的な論理にしたがえば、女系のみの継承の遺伝学的根拠となり得ます。しかし、皇室において女系継承の伝統は確認できませんし、支持する人もごくわずかにとどまるでしょうから、八木氏にとっては論外ということなのでしょう。
さて、これまで初代天皇という言葉を用いてきましたが、正直なところ、誰が初代天皇なのかはっきりしませんし、今後も確定は難しいでしょう。神武のY染色体という言葉がネット上で独り歩きしている感がありますが、八木氏も「仮に神武天皇を初代といたしますと」と述べているのであり、神武と限定せずともよいでしょう。継体・欽明・天智・桓武など、各人が納得する天皇を思い浮かべればよいと思います。
また、そもそも天皇位は兄弟間やかなり家系的に離れた者同士でも継承されているから、万世一系とは言えないのではないか、との指摘もあるでしょう。おそらく、一系という言葉の一般的な印象から判断すると、天皇位の継承はとても一系とは言えないでしょう。ただ、傍系相続を根拠に旧宮家の皇籍復帰を主張する八木氏にとって、それは承知のことであり、この場合の万世一系とは、血統による世襲・男系のみによる皇位継承・皇統が決定的に分裂または対立することがない(せいぜい南北朝時代ていどで治まる)、と考えておくとよいでしょう。
この問題については、北畠親房の「凡の承運」と「まことの継体」という概念が理解の手助けになるでしょうが、かりに将来旧宮家の方が皇籍に復帰して天皇となった場合、「まことの継体」の大規模な再編が必要となり、はたして国民的な支持が得られるか疑問という意味でも、旧宮家の皇籍復帰という八木氏の主張には弱みがあると言えそうです。
さて、話をY染色体に戻しますが、八木氏のY染色体論を嘲笑する人のなかには、立花隆氏の見解を引用し、八木氏のY染色体論は破綻している、とあっさり結論づける方が少なくないようです。しかし、すでに立花氏の見解には錯誤があることが指摘されており、八木氏のY染色体論にたいする有効な反論にはなっていません。
立花氏は「神武天皇のY染色体を受け継ぐ人々はゴロゴロいる」と述べていますが、神武のY染色体を継承しているのは皇位継承の根拠の一つであり、「神武天皇のY染色体を受け継ぐ人々」が「ゴロゴロ」いたところで、八木氏の見解への反論にはならないでしょう。それよりも、系図がはっきりとしており、皇室(ロイヤルファミリー)としての自覚があるか(またはわりと近年まであったか)、ということを八木氏は重視しているのだと思います。Y染色体には遺伝子が少ないとの批判も、Y染色体の遺伝がはっきりとしている、つまり初代天皇からの長期にわたる継承が遺伝学的に明確だということに意味があるのですから、「量」的な観点からの批判は有効ではないでしょう。
また、「ゴロゴロいる」とする立花氏の計算にも問題があります。立花氏は、Y染色体は男性にしか伝わらないということと、偶発系統損失の問題を考慮に入れていないため、めちゃくちゃな数字を出しています。たとえば立花氏の仮定のごとく、歴代の天皇に二人の子供しかおらず、(立花氏は明記していませんが)生まれてくる子供が男子(女子)である可能性が50%だとすると、初代天皇(神武ではなく、継体・欽明・天智・桓武でもかまいません)の子供の世代においてすでに、初代天皇のY染色体が失われる可能性が25%となります(二人とも女子だった場合)。
世代が進むたびにこの可能性は高まり、100代も経てば、初代天皇のY染色体を継承する子孫がいる可能性はきわめて低くなります。つまりY染色体であれば、男性の子供が女性だけだったとか、男子が二人いたけどその男子に女子しか生まれなかった、とかいった偶然により簡単に失われやすいわけです(母系遺伝のミトコンドリアであれば、男と女を逆にして説明できます)。Y染色体やミトコンドリアではこの偶発系統損失が簡単に起き、父系・母系での遺伝であるため、遺伝学的なアダムとイヴの年代を特定することができますし、現生人類の拡散経路の復元にも利用されています。
まあそれはともかくとして実際にはどうなのかというと、皇族は他の人々よりも子孫を残す機会に恵まれているので、初代天皇に由来する(しかし当然、突然変異は蓄積されていきます)Y染色体を持っている日本人男性は、かなりの数になる可能性がありますが、具体的にどれだけの人数・割合になるかというと、皇族も含めて全国規模での詳細な調査が必要でしょう。ただ、皇族には結婚前に出家した人も少なくありませんし、おそらく「ゴロゴロいる」とまではいかないでしょう。
では、このようなY染色体論とは、男系による皇位継承を主張するうえで有効なのかというと、そうではなくむしろ有害なのではないか、と私は思います。その根拠は二つありますが、まず一つ目は、社会的・法的な父親と生物学的な父親とが異なる場合があり得る、という素朴な疑問です。飛鳥時代以降の朝廷において、このような「間違い」がどのていどあったのか分かりませんが、曖昧模糊とした継体以前ならまだしも、平安時代以降にこのような間違いがあった場合、Y染色体論を根拠の一つとした男系皇位継承論は大きな打撃を受けることになります。
もっとも、前近代においては基本的に天皇陵の管理はいい加減でしたから、遺骨がはっきりとしない天皇も珍しくないでしょうし、持統以降の天皇は火葬になった人が多いでしょうから、遺骨が特定されたとしてもY染色体の採取・分析は難しそうです。まあそもそも、八木氏をはじめとしてY染色体論者のなかに、本気で歴代の天皇と現代の皇族のY染色体を調べよう、と考えている人がいるとも思えません。
二つ目の理由につながってくるのですが、それならば、Y染色体など持ち出さずに、男系継承という伝統をひたすらに主張すればよいのではないでしょうか。じゅうようなのは、男系による皇位継承がなされてきたという社会的合意(前近代においては、その社会の範囲は必ずしも広くなかったかもしれませんが)のはずです。Y染色体論は、男系論者にとっては地雷でしかないでしょう。
そもそも、皇位継承法のような物語性の強い社会的合意事項に、安易に自然科学の概念を持ち込むことは、自然科学の成果を中途半端に社会的分析の文脈に取り入れた、社会進化論や優生学と似たような危険性を感じます。またY染色体論者は、よく意味も分からずに数学や物理学の用語を使用していたとしてアラン=ソーカル氏に批判された、フランスの現代思想家たちと通ずるところがあるようにも思われます。
八木氏らがこのように中途半端に自然科学の概念を根拠として持ち出すのは、けっきょくのところ、伝統を強調し保守主義者を自認しながら、現代日本においては近現代欧米文明に屈しなければ生き辛いからでしょう。八木氏らが科学という言葉に惹きつけられてしまうのは、彼らが毛嫌いしているだろう左翼と変わらず、その意味では、よくも悪くも左翼と同じく近現代欧米文明に強くとらわれていると言えるのでしょう。
その点では、Y染色体論による皇位継承法についての議論を一蹴する、南出喜久治氏らの見解のほうが、伝統を重んじる保守主義者としては健全だろうと思います。まあ私は天皇制廃止論者なので、南出氏の見解にはまったく賛同できませんが、一つの意見としては有だろうと思います。
もっとも極論を言えば、自然科学といえども社会的合意(約束事・虚構)にすぎません。ただ、分類・区分して程度の違いを見出す能力は、現生人類の間でとりわけ発達したものであり、鉄と銅の違いや鯛と河豚の違いや石材の違いなど、分類・区分は文明に限らず現生人類社会の基礎の一つになっています。
科学も大きな意味で物語・虚構にすぎないと開き直れば、文明どころか現生人類の社会は成立しません。現生人類社会以外の生活様式を採用するのであればそれもよいでしょうが、文明の恩恵を享受するのであれば、そのような態度をとるべきではないでしょう。その意味で、物語色の強い社会的合意事項と科学とは厳しく区別し、両者が安易な相互依存に陥らないよう、我々は注意すべきなのでしょう。
この記事へのコメント
伝統を根拠としての皇位の男系継承論は一つの見解としては有効だと思います。
ただ、時代とともに状況は変わるもので、維持できない伝統もあります。
皇室における一夫多妻的制度は伝統だったと言ってよいでしょうが、内心はともかくとして、男系論者でもその復活を公言する人はほとんどいないようです。
けっきょくのところ、伝統も不断に社会的合意・承認(明示的ではなく暗黙のものも含めて)を必要とするものであり、男系継承と女系容認のどちらが正しいとか間違っているとかいう問題ではないと考えています。
本質とは、太古より不動のものが存在するのではなく、前代からの知的蓄積や観念を継承しつつも、その時代の人々がその都度見出す・認識するものだと思います。
社会的観念が変われば、新たに創出・改変されたものが伝統・本質となっていくのでしょう。
その意味で、皇室の存在意義の根底は日本国の統合・象徴にあり、世襲ではあっても男系にはこだわらないという意見が優勢になれば、女系容認は仕方のないことでしょう。
女系を容認すれば伝統の一つが失われるのは確かですし、それは一般的に考えられているよりもずっと重いものかもしれませんが、本質を失うかどうかは、社会的合意・観念しだいだと考えています。
そのさい、当事者は無から「伝統」や「本質」を見出すのではなく、継承された知的遺産・観念を根拠とします。
その意味では、ともに社会的合意が要求されるとはいえ、皇位継承と市議会議員選挙や美人コンテストとは大きく異なります。
ただ、知的遺産・観念を継承するといっても、継承の在り様、さらには継承した遺産をどのように認識・解釈するかということは、社会状況の変化に左右されます。
したがって、皇室の本質が時代とともに変わることもあるでしょう。
まあ、これまでの皇位継承の在り様が国民に広く知られていない、との男系論者の懸念はもっともだと思いますが。
しかし、たとえこれまでの皇位継承が広く知られたとしても、男系支持が多数を占めるかどうかは不明でしょう。
現代人の社会的合意で変えられるという、あなたの主張そのものが、現代人の「傲慢・不遜」であって、伝統を受け渡してくれた過去の日本人への裏切りだし、未来の日本人への裏切り行為になるのではなかろうか?つまり、伝統文化を、現代人の占有物で、自由にアレンジしていいなんて主張は、伝統文化に対する冒涜ではないのですか?
厳密に言えば、100年前と100年後とではその物体はまったく同じものではありませんし、そもそも物体もまず人間が認識しなければならないのですが、あまり極論を言っても仕方がないので、とりあえず一般的な用法にしたがって同じものということにしておきます。
伝統を、特定の物体を保管し続けるようなことと考えれば、「伝統を受け渡してくれた過去の日本人への裏切り」だとか「未来の日本人への裏切り行為」だとかいった言説もたいへん有効でしょう。
しかし、知の遺産とは基本的にはその時代の当事者(の一定数以上)が見出してはじめて社会的に意味をもつものであり、明文化されていないことの多い伝統の場合、とくにその傾向が強いものです。
たとえば、武士道は変容と創造の混交といった感じであり、神国思想は近現代社会で考えられている内容とは異なり、中世においては仏教的世界観を前提としたものでしたし、天皇と仏教の密接な関係はほとんど忘れ去られてしまいました。
知の遺産たる伝統とは、このような過程をも含みつつ過去から未来へと何かが継承されるものであり、その中から後世の人間が何かを伝統として認識するものだと思います。
その意味で、社会的状況に左右されず変化しないような伝統はあり得ません。
それにたいして、「伝統を受け渡してくれた過去の日本人への裏切り」だとか「未来の日本人への裏切り行為」だとか批判する自由はもちろんありますが、伝統が廃れることも人間社会の一側面であり、仕方のないところでしょう。
わかってもらえるかなぁ?わたしの考えでは、女系を採用した瞬間に、天皇制は天皇制ではなくなる危険性がある。伝統っていうのは、そういうものではないのでしょうか?という問いかけです。
たとえば伊勢神宮にしても、現在の権威と伝統は中近世における神宮側の不断の努力により得られたものです。
女系容認の世論が優勢な中、皇位の男系継承が譲れない伝統だと考える方は、社会の構成員を説得すればよいだけのことです。
それに失敗して女系継承が容認されたとしたら、社会は別の伝統を見出した・創出したということであり、仕方のないところでしょう。
そのようにして消えていったり変容したりした伝統は、おそらく無数にあることでしょう。
知の遺産から伝統を見出し、それを「変えずに」守ろうと主張する自由はあります。
男系論者の方は、皇位の男系継承が真に守るべきものだと考えているのであれば、変えるべきではない伝統だと訴え続ければよいのです。
ただ、それが成功するかどうかは定かではない、と言っているだけです。したがって、男系維持論の主張が無意味かどうか、無駄な抵抗かどうかは、私には断定できません。
たとえば日本古来の神道・武士道という観念は、知の遺産から「伝統を見出した」人々の主張が近世・近代の日本社会においておおむね受容された例です。
実証史学的側面だけから言えば、皇位の男系継承は日本古来の神道・武士道という観念よりずっと説得力があります。
ただ、近世・近代と現代とでは社会状況が異なるので、だからといって男系継承論が受容されるとは限りませんが。
つまり、あなたは伝統も変化すると説明しているのですが、同時に世の中のものはすべて、変化するとも言えるわけです。「伝統」も「伝統でないもの」も変化するとしたら、「伝統」という言葉そのものが、無意味ではありませんか。あるいは、変化の概念の外側で、伝統の意味を見つけ出しましたか?
もっとも、当事者は無自覚なのに、同時代だけではなく後世も含めて外部の人間が伝統を見出すようなこともあるでしょう。
まあそれはともかくとして、人間がある営みを伝統と認識するにあたって、実証史学的に根拠がどれだけあるかは、正直なところ大した問題ではありません。あくまでも重要なのは、ある営みが伝統だとの社会的合意です。
人間は過去からのさまざまな知的遺産を継承することで生き延びてきて、少なからぬ社会は文明を築きました。そのような人間にとって、伝統とは生き抜いていくうえで依拠すべき指針となります。
その意味で、実質的には絶えず変容・創出されようとも、人間が人間である限りは(現生人類が現在とは脳構造のかけ離れた別種の生物に進化するようなことがなければ)、伝統という概念は人間社会において必要であり続けることでしょう。
女系採用によって「依拠すべき指針」としての皇室の伝統を廃棄してしまうことが、かれらの目的なのでしょうか。
実質的(実証史学的)にどうなのかはまた別問題です。
神国という観念にしても武士道にしても、実質的にはかなり変容もしくは創造されていますが、これらを伝統とする考えは根強く浸透しています。
女系容認論者たちの意図にはおそらくかなりの幅があり、一概に論じられるものではないでしょう。
私の思考形態は普遍的真実や絶対的な価値が存在しないという前提から始めます。だから本議論中の「伝統」の考え方が気になりました。
つまり、このような前提条件のなかで生きる事を考えると伝統のようなものが最も大切な知識として位置付けられてしまうんです。
長い時間を掛けて試行錯誤され取捨選択された行為或いは価値の基準。
管理人の方はこれを伝統だと言われているのですね。
気になったのは言葉です。「伝統」よりも「文化」と表現するべきではないかと感じました。
伝統でも文化でもよいのですが、これらは習慣であるとか習俗であるとかルールとかマナーですね。もっと言うと善悪や美醜を形成する基準のようなもので、私は言葉そのものであると考えてます。
やっぱ大きな枠組みとして文化と書いて欲しいなあ、と感じた。
伝統について私の考えを改めて簡潔に述べると、長期にわたって続いた人間の営みと社会的に認識されているもの、ということになります。
もちろん、何度も述べているように、実質的(実証史学的)にどうなのかはまた別問題です。
伝統は大きな枠組みとしては文化の範疇に入りますが、長期の継続という認識があってこその伝統であり、文化については必ずしも長期の継続という認識を伴うわけではありませんから、このコメント欄でのやり取りにおいては、伝統という言葉を用いるほうが妥当だろうと判断しています。
そうすると、伝統に変化をもたらす原動力は、社会的合意の変化ということになりますが、その社会的合意を変化させる原動力は、なんでしょうか?なにが、社会的合意の変化をもたらしているんでしょうか?
そうした事象がずっと同じということはありえませんから、それらの変化に伴い、とうぜん社会的合意も変容します。
もちろん、その変化が速いこともあれば遅いこともありますし、どの事象が大きな役割を果たすかは、状況により異なります。
技術革新も含む経済発展に伴う生活の変化、戦争も含めての対外関係の変化、国学や進化論といった学問からの新たな枠組み提示などが大きな役割を果たすと考えられますが、それらの相互作用による複合的な要因を普通は考えるべきでしょう。
まあ、陳腐な見解であることは否めませんが。
もっとも現実問題として、天皇制廃止論という主張(信仰・物語)が、私の存命中に日本社会において受容されることははないでしょう。
天皇制が今後よほど変な方向に行けば、私も直接的な政治活動に訴えることになるかもしれませんが、現在の天皇制は耐えられないほどひどいものだと考えていませんので、日本国民の多数が天皇制維持を支持するならば、私も多数の意思に従います。
したがって女系容認論についても、よほど変な方向に行かないかぎりは、日本国民の多数の意思に従います。
私がこの記事を執筆した動機は、女系容認論に賛成か反対か表明するためではありません。
伝統重視を唱える男系論者(の全員ではありませんが)の主張から、皇位継承のような問題についても、副次的であるとはいえ、科学的ということに正当性・根拠を見出してしまうことに象徴される、日本社会の不可逆的な近代化がうかがえて、たいへん興味深いと思ったからです。
そこで、もう一度、本題に戻った質問をしたいのですが、世の中には論理的に説明できることと、できないことがありますが、議論を煮詰めていくと、根源的な部分は、ほとんど論理的、科学的には解明されていませんよねぇ。宇宙や地球の誕生とか、生物の誕生とか、人間のたましいの意義とか、そういう難問は人間の論理思考や科学の対象には、いまの時点ではなりえないわけだ。
社会的合意の最たるものである言語はその代表であり、化学式H2Oで表される物質の常温状態を日本人は一般的に水(みず)と呼びますが、「ぬの」や「かに」と呼んではいけないという「科学的・合理的」理由なんかないでしょう。まあそもそも、化学式H2O自体も言語である以上恣意的なわけですが。
人間社会に「いい加減」な性格が強いのは当然の話であって、“あなたの主張する「社会的合意」とは、その程度の根拠しかない、正当性を欠いたものだとは思いませんか?いいかえると、「社会的合意」なんてものにも科学的とか、合理的と呼ぶだけの根拠がふくまれているわけではない”とおっしゃられても、だからどうなのですか?としか答えようがありません。
どうしても人間社会の「いい加減」な状態が許せないのであれば、自殺して人間であることを辞めるしかないでしょう。まあ、「いい加減」な状態が許せない、と罵愚さんがおっしゃっているとは私は考えていませんが。
そして、しかし、世の中はすべてがこの〝あやふやから生まれた伝統〟で成立しているのではなく、むしろほとんどの事物や現象は、さらにそれを組み合わせて説明した論理や科学でカバーされている。いいかえると、事物や事象は科学や論理で説明されるのだが、その根底の部分は、それでは説明のつかない経験や伝統が存在するのだと思う。皇嗣の男系もその部分に属するとしたら、あなたの言うとおり、それをY染色体で説明するのは、おかしい。しかしねぇ、同時に、なんの根拠もなく、無理やりそれを変更しようとする人たちにも、それ以上の不審を感じませんか?
女系容認論については、現在の天皇家と一夫一婦制にたいする国民の広範な支持が根拠となっているので、基本的には不審だとは思いません。まあ、女系容認論者の中には何か含むところのある人もいるのかもしれませんが。
さらに言えば、あなたの天皇制廃止論の論拠はなんだろうか?まさかY染色体論者とおなじレベルの科学主義ではなかろうが…
一夫一婦制や男女同権を理由として皇位継承における女系容認を主張するのは、同じく社会的合意を根拠にしてのことですから、Y染色体という科学を持ち込むのと同質の疑問は感じません。
一夫一婦制や男女同権といった根の浅いもので伝統を否定することが、Y染色体といった科学を持ち込むことと同じく問題だとおっしゃりたいのかもしれませんが、伝統とは社会的合意なくして成立しませんから、社会的合意を根拠として伝統を否定することは、基本的には問題ないと考えます。
社会的合意と科学の問題については、別に社会的合意をめぐる議論に科学を持ち込むこと自体が問題なのではなく、それを安易に持ち込むことが問題なわけで、皇位継承男系論者にとってY染色体論は自爆要因となりかねないので、疑問を呈しているわけです。
皇位継承男系論を主張するにあたって、整合的な科学的根拠があれば、それを持ち込む分には問題ないと考えています。
もっとも、科学と規範との間の境界は必ずしも明確ではありませんが、その問題については本文中で述べたので繰り返しません。
もちろん、じっさいには人間は平等ではありませんし、機会平等も実現不可能ですが、できるだけ近づこうとすることは必要だろうと考えています。
ですから、国家制度として最初から不平等と皇族の人権制約を認めている天皇制には反対します。これは私の価値体系(信仰)に基づいた選択です。
念のために前もって申しあげておきますと、人権尊重や平等の観念は普遍的・科学的真理ではなく、社会的合意(規範・約束事・物語・虚構・幻想)であり、その意味では、天皇制と同じです。
ある社会的枠組みについてどの社会的合意(規範・約束事・物語・虚構・幻想)を重視・優先するのかということは、価値体系(信仰)の問題です。
自分がこの信仰を捨てて、天皇制を積極的に支持したり、皇位男系継承論が正しいと言ったりする姿は、今のところ想像がつきません。
大東亜戦争の敗戦は、日本人の社会的合意の結果、敗戦を迎えたものではありません。どうみても、あれは、合意に反した結果が事実として強制されて、その後の占領政策が現在の日本人の社会的合意に影響を与えていると仮定すれば、あなたの論理は歴史的事実によって否定されてしまうわけですが…
社会的合意と事象は相互作用により変容していきますから、社会的合意と事象の関係のあり方は多様です。社会的合意が必ずしも明示的ではないことと、当事者たる構成員全員が自覚的とは限らないことは、以前に申しあげました。
たとえば選挙は、当事者たる構成員の多数(ではないこともありますが)によるかなり即時的・明示的・自覚的な社会的合意となりますが、そうでないものも多いことは、日本における信仰形態の変遷などを想起すれば分かることでしょう。
ですから、当事者にはさほど自覚がなくて、年代的・地理空間的に外部の人間(後世・外国の人間)が社会的合意(やその変化)を見出すこともありますし、当事者にそれほど自覚がなく、外部の人間にも気づかれないような社会的合意もあったことでしょう。
社会的合意の確認のあり方は多様です。もちろん、外部の人間による認識や当事者による自覚としての社会的合意が、学問的にどれだけ妥当かは別に検証が必要です。
まあそのことだけではありませんが、あまりにも的外れなコメントを続けるのは止めてもらえませんかねぇ?
過疎ブログには珍しいお客さんなので、丁重に対応しようと思ってきましたが、このまま罵愚さんに返信し続けたら、私の人格が疑われかねません。
私のブログの記事を読んで情報を提供してくださる方もいらっしゃるので、たとえネット上といえども、人格を疑われるのは困ります。
まあ、このやりとりを見ている人はほとんどいないでしょうから、杞憂かもしれませんが。
だとすれば、敗戦によってねじ伏せられた現実を、どう解釈するのかなぁ?っていう疑問です。
まあ意味がないというか、社会的合意の得られない伝統は廃れるしかない、ということです。
その認識は、私の天皇制廃止論の前提条件となりますが(廃止には社会的合意が必要)、直接の根拠ではありません。
私の天皇制廃止論の根拠は以前述べたので、繰り返しません。
で、私の見解と敗戦およびそれによる変化がどう矛盾するのですか?
状況変化により、じゅうらいの社会的合意に反するような結果が生じ、強制的なものも含めてそれを構成員が受容すること(社会的合意)、そうした状況変化がさらに社会的合意を変容させることは、べつに珍しくないでしょう。
具体的に申しあげますと、戦局の悪化により大日本帝国の上層部(の全員ではないにせよ)が降伏を決断し、日本社会において敗戦はおおむね受容され、その結果としての連合国というか米国による日本の占領が、日本社会に大きな影響を与えたというわけです。
こんな説明はごく常識的で、わざわざ言うのは恥ずかしいくらいです。
この件に限らず、罵愚さんへの返信では常識的なことをわざわざ説明せざるをえないことが多く、罵愚さんのコメントに特筆すべきものはありませんから、私の方は罵愚さんとコメントのやり取りをしても得るものが皆無に近いのです。
それにも関わらず、私の見込み違いもあって行きがかり上罵愚さんに返信し続けてきましたが、私にとって得るものが皆無に近い的外れなコメントが続いたのですから、はっきりと申しあげて大迷惑です。
私の見解について、“結論ありきの戦後左翼の論理だろうと誤解をしていました。論理的と呼べないものだと、誤解していたのです”と罵愚さんはおっしゃっていたくらいですから、私のブログにコメントを寄せたそもそもの目的は、時代遅れの馬鹿な左翼である私をいたぶることにあったわけでしょう?
しかし、ここで罵愚さんが当初の目的を達成なさるのは無理でしょう。
まあ、私にしつこく絡んで、何とかいたぶる口実を見つけたいということなのかもしれませんが、もう諦めてください。
次に的外れなコメントをなさったら、罵愚さんを荒らしと断定します。
できれば今回を最後として、私のブログに今後コメントをつけずに頂けるとありがたいのですが。