中国の204万年前頃の人類

 中国の重慶市巫山県竜骨坡遺跡で1985年に発見された人類の歯は、電子スピン共鳴法により204万年前頃のものと判明した、との報道がありました。これまで、中国人の祖先は数十万年前にはじめて中国に移動してきたとする、アフリカ単一起源説が信じられていました。しかしこの研究によると、中国人の祖先は長江三峡地区の重慶巫山竜骨坡に誕生したのですから、アフリカ単一起源説は覆されたことになります。


 以上、この報道について簡単に紹介しましたが、この報道には致命的な間違いがあり、問題報道だと言うべきでしょう。アフリカ単一起源説とは、現生人類の起源地はアフリカのみであり、アフリカで誕生した現生人類が10~5万年前頃以降に世界各地に進出し、現代人の祖先になったというものです。かりに200万年前から中国に人類がいたとしても、アフリカ単一起源説を否定したことにはなりません。また、竜骨坡遺跡の200万年前頃の人類が、現代中国人の祖先であるとの保証もありません。

 さすがに研究者がこのような間違いを犯すとは考えにくいので、現地に取材に赴いただろう北京晨報の記者か、日本語に訳したであろう人民日報日本支局のスタッフが間違えたのでしょう。北京晨報についてはよく知りませんが、人民日報は中国においても「題名と日付しかあっていない」と揶揄されることがあるそうで、科学・文化部門の人材も手薄だということなのでしょうか。古人類学に関心のある私からすると、信じられないような間違いなのですが、古人類学にあまり関心のない人が記事にすると、こうなるのも仕方ないかな、という気もします。

 人民日報の報道は問題でしたが、この研究自体は興味深いものです。まず注目されるのは、204万年前という年代です。かりにこの歯が人骨に間違いなく、年代も確かだとしたら、アフリカ外の確実な人骨としては最古のものとなります。電子スピン共鳴法を用いたということは、直接歯を検査したのでしょうが、可能であれば出土層の堆積物で複数の年代検証をすべきでしょう。

 この歯が既知のどの人類種のものと類似しているのか、報道からは分かりませんが、このサイトによると、ハビリスと似ているようです。もっとも、分類の問題は難しいので、いくつかの可能性が考えられるでしょう。もしこの歯がホモ属のものと類似しているとしたら、ホモ属がユーラシアで誕生したとする説の根拠となるでしょう。ただこれまでの化石証拠からは、ホモ属の起源はアフリカにあると考えるのが妥当でしょうから、人類の第一次出アフリカはじゅうらい考えられていたよりも早かった、ということになるのでしょう。

 この歯がホモ属以前の人類のものだとしたら、ホモ属以外の人類も出アフリカを果たしていたことになります。グルジアの177万年前頃の人骨や、インドネシアのフローレス島の人骨から、ホモ属以前の人類も出アフリカを果たしていた可能性が指摘されているので、想定外のことではありませんが、中国まで進出していた証拠をじっさいに突きつけられたとなると、かなり衝撃的だと言えるでしょう。

 現時点での証拠から判断すると、真のホモ属(初期エレクトスまたはエルガスター)は200万年前頃かその少し前にアフリカに登場し、その祖先種はアフリカのハビリス(ホモ属またはアウストラロピテクス属)だと思われます。おそらくエレクトスだけではなく、ハビリスとエレクトスの中間的な人類種、さらにはエレクトスよりもハビリスにかなり近い人類種も出アフリカを果たしたのでしょう。最初の出アフリカの時期は、230~220万年前頃にまでさかのぼる可能性があります。竜骨坡遺跡の人類も、年代が確かだとしたら、ハビリスとエレクトスの中間的な人類種だったのでしょう。

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