『イリヤッド』の検証・・・43話~59話

 はじめて43話を読んだときは、本編とは関係ないヒューマンストーリーだと思ったのですが、後になってみると、作中における最長編の物語である、赤穴博士と兎の伝説をめぐる話の導入部といった感があります。それぞれの話が単行本のどの巻に収録されているかについては、
http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/iliad001.htm
を参照してください。

●プロレスファンの針井(43話)
 さりげなく針井がプロレスファンであることが明かされていますが、これはずっと後の展開の伏線でした。入矢は、ベルリンの地下にあるヒムラーの秘密図書館で、レスリングの試合を記録したフィルムを発見しますが(70話)、価値のないものとしてベルリンのアンティークショップに置いてきました。そのフィルムを見るために、プロレスファンの針井はベルリンまで赴き、その結果、入矢はそのフィルムにアトランティスの手がかりが残されていたことに気づきます(75~76話)。このようなさりげない伏線が、ずっと後になって活かされるあたりが、原作者さんの話の創り方の上手いところだなあ、と感心します。

●46話「最後の手紙」
https://sicambre.seesaa.net/article/200702article_16.html
でも述べましたが、この46話は珍しく、本題とは関係のない話です。けっきょく、連載が完結した今となっても、本題との関係が見出せません。この46話に登場した結城聡子は、後に針井と婚約することになります(123話)。

●中学時代の長谷部雄一が山中で見た「何か」(47話~50話)
 『イリヤッド』においては、基本的にはきょくたんに現実離れした設定はないのですが、この赤兎編はオカルト色が強く、作中の他の物語と比較すると、異色の内容になっていると言えそうです。長谷部雄一が「見たり」、木島賢治・塩谷伝一郎が「聞いたりした」ものとは、幻覚・幻聴・悪夢と解釈するのがもっともよさそうですが、赤穴博士や入矢は、そうなるのは人類共通の太古の記憶のためだとか、共通の夢や幻覚を継ぎ足すことで昔話が語り継がれているからだとか述べており、どうも無理に合理的に解釈するのは難しいかな、という気がします。作中では珍しく、オカルト的な設定が取り入れられている、と述べるにとどめておきます。

●秘密結社はなぜレームに人類の禁忌を明かしたのか(51話)
 「私は、神様とも折り合いが悪くてね!」との発言から、レームは無心論者かそれに近いと思われますが、そのレームも、秘密結社から人類の禁忌について知らされると、たいへんな衝撃を受けています。秘密結社がレームに人類の禁忌を打ち明けたのは、有力な政治家でありながらアトランティスに関心をもっていそうなレームを、自陣営に取り込もうと判断したからでしょうが、レームが秘密を公開するのではないか、との危惧はなかったのでしょうか?政治家のレームなら、人々に与える影響を考慮して、人類の禁忌を公開することはない、と秘密結社は判断したのかもしれませんが、どうも秘密結社のやり方に疑問の残るところです。

●赤穴博士が人類の誕生地をアフリカと考えた理由(52話)
 ただ、これは赤穴博士が直接発言したのではなく、プリツェルが赤穴博士の論文を読んでそう発言したということになっているのですが、後に入矢が指摘しているように(55話)、プリツェルがそうした論文を読んだ可能性は低そうです。もし、プリツェルがまったくのでたらめを言ったのではなかったら、赤穴博士から人類の誕生地はアフリカだと聞いたのでしょう。そうすると、赤穴博士が何を根拠に人類の誕生地はアフリカだと考えたのか、気になるところです。
 もっとも、赤穴博士がいつ人類のアフリカ起源説に到達したかという問題もあり、第二次大戦後しばらく経ってであれば、人類アフリカ起源説がアジア起源説にたいして優勢になりましたから、そうした研究成果に依拠しただけのことかもしれません。文献・伝説だけでアフリカ起源説にいたったのだとしたら、何が根拠となったのか気になるところですが、どうも作中で明かされた情報だけでは、推測が難しいようです。

●ヘラクレスの柱はジブラルタル海峡とのプリツェルの発言(55話)
 アトランティスはトロヤ遺跡の真下にある、と赤穴博士は確信していますから(114~115話)、プリツェルが赤穴博士からアトランティスの場所について聞いていたとすれば、この発言はおかしくなります。おそらくプリツェルは、赤穴博士のアトランティスに関する見解について、ほとんど知らされていないのではないでしょうか。そうすると、前項の人類アフリカ起源説についてのプリツェルの発言も、赤穴博士から聞いたのではない可能性が高そうです。

●キリスト教の異端宗派とアトランティスとの関係(55話)
 キリスト教の異端宗派は、二元論のゾロアスター教の影響を受け、ローマ教会は、ゾロアスター教は悪魔崇拝と同一視され、最大の敵とされました。ゾロアスター教には、牝牛を犠牲にする儀式がありますが、これはアトランティスで最初に行なわれたとされており、アトランティスとキリスト教の異端宗派とが間接的に結びつきます。キリスト教で悪魔の名前とされるルキフェル(ルシファー)は、スペイン南部の太陽の女神ルーキアに由来しますが(119話)、ルーキアとはネアンデルタール人を神格化したものです(123話)。
 ネアンデルタール人が現生人類に語った「真実」こそ、人類の禁忌の核心と思われますので(121~123話)、キリスト教の異端宗派は、アトランティス、さらには人類の禁忌に迫ろうとしていたのでしょう。イエスは、「真実」を知りながらあえて「嘘」を伝えましたから(122話)、4世紀以降は秘密結社をも取り込んだローマ教会は、異端宗派の根絶を図った、ということなのだと思います。

●文明の成熟とは、平和と人種間の交配だった、との赤穴博士の発言(59話)
 アトランティスにおいては人種間の交配が行われたということですが、これはアトランティス人とイベリア族との混血のことなのかな(121話)、と思います。あるいは、ネアンデルタール人と、先アトランティス人である一部のクロマニヨン人との混血のことかな、とも思いますが、アトランティスはトロヤの真下にあるという考えに傾いていたであろう、1944年当時の赤穴博士が、具体的にどの人類集団同士の混血を想定していたかとなると、どうもよく分からない、というのが正直なところです。

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