歯の分析から見た更新世の人類
前期~中期更新世における人類の5000以上もの歯の形態を分析したところ、ユーラシア大陸とアフリカ大陸の人類はそれぞれ比較的独立して進化したことと、欧州人の歯はアフリカ人よりもアジア人と似ており、欧州最初の人類は、アフリカよりもアジアの人類の遺伝的影響が強かったこととが推測される、との研究が報道されました。ただ、これが現生人類の起源についての論文ではないことには注意すべきでしょう。
ひじょうに興味深い研究で、人類の進化が、アフリカからユーラシアへの一方通行の移住だけではなく、種形成の問題も含めてかなり複雑なものであり、人類が各地で多様な進化を遂げた可能性をうかがわせます。ただ、政治・経済的な理由もあって、アフリカでの発掘が遅れているという事情もあるので、前期~中期更新世のアフリカにおける人類の多様性が見落とされている(確認できない)、という可能性はあると思います。あるいはアフリカの人類のなかに、アジアの人類以上に欧州の人類に類似した集団がいるかもしれません。
上記報道でも触れられていますが、この研究は、アフリカ起源説という人類進化の定説にたいする異論との関係でも、興味深いところがあります。この異論では、グルジアの180~170万年前頃の「原始的な」人骨と、初期更新世のアジアにおいて典型的なホモ=エルガスター化石が出土しないこと(この見解には異論が多数あろうとは思いますが)を主要な根拠とし、年代の曖昧な180~160万年前頃のインドネシアや中国の人骨をも考慮に入れて、アフリカで進化したホモ属が世界各地に拡散した、という通説が疑われています。
さらにこの異論では、ホモ属以前に登場していたアウストラロピテクス属がアフリカからアジアに進出し、アジアでホモ属に進化したのではないか、とも示唆されています。グルジアの180~170万年前頃の「原始的な」人類集団(に近似した、もうちょっと古い人類集団)は、インドネシアや東アフリカのエレクトスの先祖だったのではないか、というわけです。またこの異論を採るとすると、フローレス島で発見された更新世の人骨群の存在は、アウストラロピテクス属のような「原始的な」種が、アフリカから遠くはなれた地で特殊な進化を遂げた結果だと考えられます。
もしも、インドネシアや中国におけるエレクトスの存在が、180~160万年前頃までさかのぼるとすると、現在のところ、アフリカのエレクトス(エルガスターと区分されることもよくあります)と東・東南アジアのエレクトスとの年代差はほとんどなくなり、ストリンガー博士の指摘にもあるように、エレクトスがアフリカからひじょうに急速に拡散したという可能性とともに、アフリカ以外の地域でエレクトスが進化したという可能性も考えられます。
ただ、上述したように、政治・経済的な理由もあって、アフリカでの発掘が遅れているという事情がありますから、180万年前頃よりもっと古いエレクトス(またはエルガスター)化石がアフリカで発見される可能性は低くないと思います。もっとも、この異論で指摘されているように、グルジアの180~170万年前頃の「原始的な」人骨から判断すると、出アフリカには必ずしもエレクトスのような大きな脳と体は必要ではない、と言えるでしょう。しかし、典型的なアウストラロピテクス属の化石は、アフリカ外では発見されていません。
おそらく、アウストラロピテクス属的な人類と、エレクトス(またはエルガスター)のような真のホモ属との間をつなぐであろう、ハビリス(ホモ属ともアウストラロピテクス属ともされます)的な人類も、出アフリカを果たしたのでしょう。またアフリカのエレクトスは、200万年前頃かもう少し前までに登場していた可能性があります。もちろん、進化は連続的なものですので、ハビリスとエレクトスとの境界は明確ではなく、ハビリスからエレクトスまで多様な形態の人類が、200万年前頃かそれよりも少し前にアフリカを出て、各地で進化していったものと思われます。もちろん、アフリカに残った人類集団も、遺伝的交流はあるていどあったにせよ、独自に進化していったわけです。
グルジアの180~170万年前頃の「原始的な」人類集団は、そのような多様な人類集団のなかで、よりハビリスに近い人類集団から進化したものであり、東・東南アジアのエレクトスの存在は、アフリカのエレクトスが東方に進出し、進化した結果なのだと思われます。フローレス島で発見された更新世の人骨群が、病変の現生人類ではなく新種の人類ホモ=フロレシエンシスだとすると、フロレシエンシスの存在は、グルジアの180~170万年前頃の「原始的な」人類集団のような、よりハビリスに近い人類集団が東進し、進化した結果なのかもしれません。
人類の進化について考えるにあたって、アフリカ起源という考えに私は囚われすぎなのかもしれませんが、アフリカでの発掘の遅れを考慮に入れると、真のホモ属がアフリカで誕生したことを示唆するような人骨の発見例が、今後増えていく可能性が高いように思われます。もちろん、現生人類の登場以前も、ユーラシアからアフリカへの人類の移動はあるていどあったでしょうし、アフリカ以外の地域においても、アフリカの人類とは異なる方向に進化した人類がいたことでしょう。アフリカで誕生した現生人類は、世界各地に進出する過程で、そうしたアフリカの人類とは異なる方向に進化した人類とも、低頻度ながら混血した可能性もあると思われます。
参考文献:
Torres MM. et al.(2007): Dental evidence on the hominin dispersals during the Pleistocene. PNAS, 104, 33, 13279-13282.
http://dx.doi.org/10.1073/pnas.0706152104
ひじょうに興味深い研究で、人類の進化が、アフリカからユーラシアへの一方通行の移住だけではなく、種形成の問題も含めてかなり複雑なものであり、人類が各地で多様な進化を遂げた可能性をうかがわせます。ただ、政治・経済的な理由もあって、アフリカでの発掘が遅れているという事情もあるので、前期~中期更新世のアフリカにおける人類の多様性が見落とされている(確認できない)、という可能性はあると思います。あるいはアフリカの人類のなかに、アジアの人類以上に欧州の人類に類似した集団がいるかもしれません。
上記報道でも触れられていますが、この研究は、アフリカ起源説という人類進化の定説にたいする異論との関係でも、興味深いところがあります。この異論では、グルジアの180~170万年前頃の「原始的な」人骨と、初期更新世のアジアにおいて典型的なホモ=エルガスター化石が出土しないこと(この見解には異論が多数あろうとは思いますが)を主要な根拠とし、年代の曖昧な180~160万年前頃のインドネシアや中国の人骨をも考慮に入れて、アフリカで進化したホモ属が世界各地に拡散した、という通説が疑われています。
さらにこの異論では、ホモ属以前に登場していたアウストラロピテクス属がアフリカからアジアに進出し、アジアでホモ属に進化したのではないか、とも示唆されています。グルジアの180~170万年前頃の「原始的な」人類集団(に近似した、もうちょっと古い人類集団)は、インドネシアや東アフリカのエレクトスの先祖だったのではないか、というわけです。またこの異論を採るとすると、フローレス島で発見された更新世の人骨群の存在は、アウストラロピテクス属のような「原始的な」種が、アフリカから遠くはなれた地で特殊な進化を遂げた結果だと考えられます。
もしも、インドネシアや中国におけるエレクトスの存在が、180~160万年前頃までさかのぼるとすると、現在のところ、アフリカのエレクトス(エルガスターと区分されることもよくあります)と東・東南アジアのエレクトスとの年代差はほとんどなくなり、ストリンガー博士の指摘にもあるように、エレクトスがアフリカからひじょうに急速に拡散したという可能性とともに、アフリカ以外の地域でエレクトスが進化したという可能性も考えられます。
ただ、上述したように、政治・経済的な理由もあって、アフリカでの発掘が遅れているという事情がありますから、180万年前頃よりもっと古いエレクトス(またはエルガスター)化石がアフリカで発見される可能性は低くないと思います。もっとも、この異論で指摘されているように、グルジアの180~170万年前頃の「原始的な」人骨から判断すると、出アフリカには必ずしもエレクトスのような大きな脳と体は必要ではない、と言えるでしょう。しかし、典型的なアウストラロピテクス属の化石は、アフリカ外では発見されていません。
おそらく、アウストラロピテクス属的な人類と、エレクトス(またはエルガスター)のような真のホモ属との間をつなぐであろう、ハビリス(ホモ属ともアウストラロピテクス属ともされます)的な人類も、出アフリカを果たしたのでしょう。またアフリカのエレクトスは、200万年前頃かもう少し前までに登場していた可能性があります。もちろん、進化は連続的なものですので、ハビリスとエレクトスとの境界は明確ではなく、ハビリスからエレクトスまで多様な形態の人類が、200万年前頃かそれよりも少し前にアフリカを出て、各地で進化していったものと思われます。もちろん、アフリカに残った人類集団も、遺伝的交流はあるていどあったにせよ、独自に進化していったわけです。
グルジアの180~170万年前頃の「原始的な」人類集団は、そのような多様な人類集団のなかで、よりハビリスに近い人類集団から進化したものであり、東・東南アジアのエレクトスの存在は、アフリカのエレクトスが東方に進出し、進化した結果なのだと思われます。フローレス島で発見された更新世の人骨群が、病変の現生人類ではなく新種の人類ホモ=フロレシエンシスだとすると、フロレシエンシスの存在は、グルジアの180~170万年前頃の「原始的な」人類集団のような、よりハビリスに近い人類集団が東進し、進化した結果なのかもしれません。
人類の進化について考えるにあたって、アフリカ起源という考えに私は囚われすぎなのかもしれませんが、アフリカでの発掘の遅れを考慮に入れると、真のホモ属がアフリカで誕生したことを示唆するような人骨の発見例が、今後増えていく可能性が高いように思われます。もちろん、現生人類の登場以前も、ユーラシアからアフリカへの人類の移動はあるていどあったでしょうし、アフリカ以外の地域においても、アフリカの人類とは異なる方向に進化した人類がいたことでしょう。アフリカで誕生した現生人類は、世界各地に進出する過程で、そうしたアフリカの人類とは異なる方向に進化した人類とも、低頻度ながら混血した可能性もあると思われます。
参考文献:
Torres MM. et al.(2007): Dental evidence on the hominin dispersals during the Pleistocene. PNAS, 104, 33, 13279-13282.
http://dx.doi.org/10.1073/pnas.0706152104
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