インドにおける人類の痕跡、および大噴火によるびん首効果への疑問

 インドネシアのトバの大噴火(74000年前頃)と人類の人口減少とを結びつける見解に否定的な研究が公表され、“nature”“National Geographic”などで報道されました。トバの大噴火は人類史上最大級のものとされ、その灰が遠くインドにまで到達しているように(このサイトの図1を参照してください)、気候にも大きな影響を与えたのではないかと推測されます。

 そのため、トバの大噴火と現生人類の遺伝的多様性の乏しさを結びつける見解が有力視されてきました。トバの大噴火による気候悪化のために人口が減少し、その後になって人口が増加したため、現生人類の遺伝的多様性が失われたのではないか(びん首効果)、というわけです。

 しかしこの研究では、インド南部のアーンドラ=プラデーシュ州の‘Jwalapuram’遺跡において、トバの大噴火による火山灰層の上下の層で石器が見つかっていることから、トバの大噴火による人口減少という見解に疑問が呈されています。また、この遺跡の石器は、欧州や西アジアの中部旧石器文化のものよりも、アフリカの10万年前頃の中期石器文化のものに似ているので、この遺跡の主は現生人類ではないか、ともされています。

 ただ、トバの大噴火の影響力を低く見積もることを懸念する研究者もいます。また、石器で人類種を確定することはできず、人骨の発見によってのみ人類種の確定が可能なのだ、との反論も提示されています。この反論はもっともで、西アジアにおいては、現生人類(解剖学的現代人)とネアンデルタール人が、同じ石器文化を有していました。

 とはいえ、では‘Jwalapuram’遺跡の主はどの人類種なのかと考えると、エレクトスにはこのような石器文化はなく、ネアンデルタール人がインド南部まで進出したとも考えにくいので、やはり現生人類である可能性がもっとも高いでしょう。そうすると、現生人類は中期石器文化の段階で出アフリカを果たし、少なくともインド南部までは進出していたことになります。

 もしも、この遺跡の人類集団が現生人類であり、そのままオーストラリアにも進出したとすると、5万年前頃に現生人類に神経系の突然変異が生じ、その結果として現生人類は認知能力の面で他の人類種よりも優位に立ち、世界各地に進出していったとする「創造の爆発論」は、ますます苦しくなると言えるでしょう。

 しかし、気になることもあります。分子遺伝学の分野では、現生人類はかなり早い段階で(7~6万年前頃)、ユーラシア大陸の南岸沿いに進出していった、とする見解もありますが、トバの大噴火(74000年前頃)の前にインド南部に現生人類が進出していたとなると、分子遺伝学の想定よりも早くなります。

 もっとも、95000~12000年前頃のフローレス島の人骨群が、新種ホモ=フロレシエンシスではなく、小型の現生人類だという見解に従うなら(この見解では、ほぼ人骨の残っていたLB1は小頭症とされます)、インド南部に8万年前頃に現生人類がいたとしても、まったく不思議ではないでしょう。この‘Jwalapuram’遺跡は、現生人類の拡大の様相を明らかにするうえでも重要だと言え、人骨の発見が待たれます。

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