革新者としてのネアンデルタール人?

 ネアンデルタール人についてのテリー=ホプキンソン博士の見解が報道されました。上部旧石器文化的なシャテルペロン文化を例外として、ネアンデルタール人の文化は中部旧石器に属していて、そのためかつては、ネアンデルタール人とは中部旧石器文化をもつ人類である、と定義されたこともありましたが、現生人類のなかにも中部旧石器文化を有した集団がいることが判明したので、現在ではこの定義は用いられていません。

 この中部旧石器文化は、真に現代的な行動を証明するとされる芸術品がなく、石器技術も長期間同じものが用いられていたので、停滞的と解釈される傾向にありました。現生人類のアフリカ単一起源説が優勢になってから、現生人類とネアンデルタール人との違いが強調されるようになったため、中部旧石器文化、さらには基本的には中部旧石器文化にとどまったネアンデルタール人についても、その守旧さ・停滞性が主張される傾向が強くなりました。

 現在、5~4万年前頃のアフリカにおいてのみ、現生人類の頭脳に突然変異がおき、抽象的な芸術などを伴う上部旧石器文化または後期石器文化が始まった、とする仮説(神経系突然変異説、創造の爆発論)が有力視されていますが、こうした変化は30万年前頃からアフリカで蓄積されていたものであり、ネアンデルタール人のいた欧州でも同様だった、とホプキンソン博士は指摘します。

 ホプキンソン博士は、ネアンデルタール人は複数の道具製作法を一つの技術に統合したし(薄片を削って石核を調整する技術と、石核から鋭い薄片を削り取る技術とを統合し、調整した石核から薄片を得て、さらにその薄片を加工するというルヴァロア技法を開発しました)、東欧の事例からは、環境変化にもうまく対処したと主張し、ネアンデルタール人の文化の停滞性という見解に異議を唱えています。中欧・東欧は、大西洋岸の西欧よりも人類の生息には厳しい環境で、現生人類とネアンデルタール人の共通祖先であるホモ=ハイデルベルゲンシスは進出できなかったが、これらの地域に進出したネアンデルタール人は、環境への適応力も優れていたというわけです。

 現生人類のアフリカ単一起源説が優勢になって以降、ネアンデルタール人にたいする評価が厳しくなった感がありますが、最近になって、ネアンデルタール人の認識能力の見直しや、ネアンデルタール人と現生人類との混血の可能性が分子遺伝学の分野から示唆されるなど、ネアンデルタール人の「復権」とも言える動きが強くなってきたようにも思われます。
https://sicambre.seesaa.net/article/200612article_29.html

 私も、古人類学に関心を持ち始めたころは、ネアンデルタール人を低く評価する見解の影響を強く受け、ネアンデルタール人と現生人類との違いを強調していたのですが、ここ数年はそうした見解に疑問をもつようになりました。その意味で、このホプキンソン博士の見解も支持したいところなのですが、分類の問題は難しいのでハイデルベルゲンシスかどうかはともかくとして、ハンガリーでは50万年前頃の人骨が発見されていますから、中欧・東欧への進出をネアンデルタール人環境適応力の優秀さの証とするのは、無理があるように思われます。

 また、中部旧石器文化がその前の下部旧石器文化よりも革新的であるのは認められるにしても、中部旧石器文化停滞論者の言うような、上部旧石器文化と比較しての中部旧石器文化の停滞性については、けっきょくのところ反論できていません。期待して読み始めたのに失望させられた記事でしたが、あるいは記者のまとめ方に問題があるのでしょうか。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック