『イリヤッド』15巻発売

 購入してきました。15巻には、114話「トロヤの真下」、115話「イリヤの選択」、116話「トロヤの東」、117話「真鍮の都」、118話「共闘」、119話「コロンブスの足下」、120話「文明の源」、121話「彼らは夢を見る」、122話「すべての謎 最後の謎」、123話「アトランティスの夢」の10話が収められています。この15巻をもってついに『イリヤッド』も完結してしまい、たいへんな寂しさを感じています。
 15巻の主な内容については、かつてこのブログで述べていますので、
https://sicambre.seesaa.net/article/200702article_5.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200702article_21.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200703article_6.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200703article_22.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200704article_6.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200704article_21.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200705article_3.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200705article_19.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200706article_6.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200706article_22.html
今回は内容の詳細な紹介はせず、雑感を述べていくことにします。

 連載が119話まで進行していた時点で発売された14巻の広告ページには、「人類史上最大の謎が、ついに明らかに!!次集堂々完結!!」との予告が掲載されていて、15巻で完結することが確定していたので、作中での謎がすべて解き明かされるのか、アトランティスの場所は最終的に特定されるのか(119話の時点で入矢が特定してはいましたが、正解かどうか、わずかながら疑念がありました)、人類の禁忌とは何なのか、それを知った入矢たちはどのような行動を選択するのか、たいへん気になっていました。
 まずアトランティス文明の位置づけ(場所・年代・文化水準など)については、かなりのところが明確になり、この点についてはおおむね満足しています。しかし人類の禁忌については、じゅうような手がかりが明かされてはいるものの、けっきょく曖昧なまま終わった感じで、なんとも残念です。
 途中から『イリヤッド』の主題になったようにも思える人類の禁忌が、説得力に欠ける設定だったり曖昧なままだったりしたら、作品全体の印象が悪化するのではないかと懸念していたのですが、残念なことに、全面的ではないにせよ、その懸念が的中してしまった感があり、私の『イリヤッド』への評価は、以前よりも下がってしまいました。あるいは単行本では、補足説明があるか続編の予告があるのではないか、と期待していたのですが、残念ながらどちらもなく、私の淡い期待はやはり叶いませんでした。

 まあそれでも、今まで読んだ漫画の中で、『イリヤッド』がもっとも面白い作品だったとの評価に変りはありませんし、小説やテレビドラマや映画やゲームも含めて、これまで私が体験した創作もの(漫画や小説はあまり読みませんし、映画はほとんど見ませんが)の中で、もっとも楽しめた作品であるとの評価も変りません。最終回を読んだ後は、色々と文句を言いましたが、これだけの作品を提供してくださった原作者さん・スタッフも含めての作画者さん・編集者さんには、感謝申しあげます。
 最終回を迎えるまでは原作者さんを誉めることが多かったのですが、スタッフも含めての作画者さんの力量も素晴らしく、遺跡や街の風景がじつに丁寧に描かれていて、この作品の質を高めていたように思われます。歴史ミステリーとしての性格の強い漫画だけに、風景描写が雑だと、評価がかなり下がっていたことでしょう。それだけに、スタッフも含めての作画者さんの負担はかなりのものだったでしょうが、無責任な一読者としては、同じ作画者さんによる歴史ものの漫画を再度読んでみたいものです。

 以上はかなり前にすでに書き終えていたのですが、以下、単行本にて連載時より変更になった文章と絵について述べていきます。まずは文章についてですが、15巻はかなり変更が多かったな、という印象があります。この記事では、微妙な言い回しの変更といった、作品の解釈にほとんど影響を与えないと思われる変更には基本的に触れず、じゅうようと思われる変更について述べていきます。

 まずは、121話「彼らは夢を見る」の、「古代の歴史学者の多くは、ジブラルタルの向こう・・・・・・アフリカとヨーロッパの間の海にはたくさんの島があったという」とのグレコ神父の発言の後の、「それら島々とイベリア・モロッコの両岸に、その文明は領土を有していたと」という台詞です。連載時には、この後に「いうが・・・・・・」と続き、絵では入矢の発言のように思えたのですが、台詞から判断するとグレコ神父の発言かなと思い、このブログでもグレコ神父の発言としておきました。しかし単行本では、「それら島々(中略)有していたと」の後に、「思っていたが・・・・・・」と続き、入矢の発言だと明確に分かるように変更されています。

 次に、122話「すべての謎 最後の謎」で、グレコ神父がペーテルに、クロジエを愛していたのか?と問いかけ、ペーテルが答える場面です。連載時には、「マダムのことは忘れた。だが・・・・・・」となっていたのですが、単行本では、この後に「この箱は金になる」という台詞が追加され、ペーテルの意図が明らかになっています。ペーテルの意図は不明なままなのかと思っていただけに、単行本で台詞が追加され、意図が明らかになったのはよかったと思います。

 同じく122話「すべての謎 最後の謎」で、ペーテルに襲撃されたグレコ神父が必死に立ち上がり、「か、肩を貸してくれ・・・・・・そうすれば・・・・・・すべての謎に答えよう・・・・・・」と入矢に言う場面では、「あの箱は・・・・・・命より大切だ・・・肩を貸してくれれば・・・・・・すべての謎に答えよう・・・・・・」と台詞が変更されています。グレコ神父の使命感がより強調されるような台詞の変更になっており、よかったと思います。

 さらに122話「すべての謎 最後の謎」で、流砂に飲み込まれていくグレコ神父が入矢に語りかけた、「彼らの言葉を知りながら、聖書とどう折り合いを・・・」という台詞が、「エノクの言葉を知りながら、聖書とどう折り合いを・・・」と変更されています。イエスなどの預言者たち(キリスト教では、イエスは神の子とされますが)が直接知ったのは、「彼ら」=ネアンデルタール人の言葉ではなく、エノクの言い伝えだということで、この台詞の変更になったのでしょうか。最初に単行本を読んだときには、じゅうような台詞変更かと思ったのですが、人類の禁忌を推測するうえでは、重視しなくてよいのかもしれません。

 123話「アトランティスの夢」では、「この碑文こそ“山の老人”が隠したかったものだと俺は思う」という入矢の台詞が、「この碑文こそ“山の老人”が隠したかった何かだと俺は思う」と変更になっています。微妙な言い回しの違いですが、じゅうような意味があるようにも思われます。といっても、私の読解力ではこれいじょう深く追求することはできませんので、台詞の変更があったとの指摘にとどめておきます。

 絵柄も何ヶ所か変更になっています。まずは、120話「文明の源」で、入矢たちがドニャーナ国立自然公園に入り、歩き始めた場面の背景が、連載時には砂漠だったのが、単行本では草木の生えた平地となっています。そのすぐ後に、レイトン卿が草地にいる野生動物を発見してはしゃぎ、プリツェルにたしなめられる場面が描かれていますので、砂漠だと変だという判断で変更になったのでしょう。もっとも、野生動物が描かれたコマの上のコマは、入矢たちが砂漠を歩いているような描写のままですが・・・。

 同じく120話「文明の源」で、レイトン卿が地上に戻ってデメルとプリツェルと会話をするさい、連載時には巨石の外で会話をしていたのに、単行本では巨石の内側で会話をしています。安全面からも、巨石の内側にいるほうが自然だと言えるので、この変更はもっともなところだと思います。

 123話「アトランティスの夢」で、入矢とデメルたちが地下神殿で合流し、照明をつけたときに浮かび上がった女王?の像は、多少絵柄が変更になっています。単行本では、連載時とはことなり瞳がはっきりと描かれているのですが、この変更の意図するところはよく分かりません。

 同じく123話「アトランティスの夢」で、「フクロウの顔のアテナ神が・・・?」、「アトランティスを征服したアマゾネス族の女神を祭った柱ですよね!?」と入矢たちが地下神殿にて話し合っている場面の背景が、連載時には柱の周りに集まっている入矢たちなのに、単行本では女王?の像になっています。この変更も、意図するところがよく分かりません。

この記事へのコメント

gonzo
2007年07月31日 01:14
結構手が入っているものですね。
>連載時には柱の周りに集まっている入矢たちなのに、
>単行本では女王?の像になっています。
双斧が強調された構図になっていますね。冥王との関係を強調したのだと思います。
私が気になったのは、123話の扉にある世界地誌からの引用です。本文では「6千年以上前から文字を使用していたと」とありますが、独自の文字を持っていたり歴史を持っていたことと、法が6千円以上前から存在していたことを故意に混同したか誤読したことを明示しているように読めます。
2007年08月01日 00:02
なるほど、女王の像?への変更は「冥界の王」との関連の強調ですか。確かにその可能性は高そうです。
こうした変更は、原作者か編集者が言い出すのですかねぇ。

『世界地誌』の引用と本文での描写の件は、おっしゃる通りかもしれませんね。
かっぱ
2007年08月16日 11:55
はじめまして。15巻が発売されて読んだんですが、抽象的な言葉「彼・我々・神」などが多すぎて、私の読解力の範囲を越え、まったくもって理解に苦しみました。その結果、こちらのサイトを発見したのですが、懇切丁寧な解説のおかげであらかたの筋が理解できました。ありがとうございました。ずーっと前の巻で「ウサギの伝承を丁寧にたどれば分かるんだよ」みたいな発言がありませんでしたっけ?あの発言が気になっていたのでウサギの伝承が結末で分かると思ってたんで、ちょっとがっかり。もっと分かりやすい結末が良かったな。とか思ってます。
2007年08月17日 07:40
かっぱさん、はじめまして。今後ともよろしくお願い申し仕上げます。

7巻所収の49話「ウサギの昔話」にて、「うさぎの昔話を丹念にたどっていくとわかるんだよ・・・・・・あの文明の所在が・・・・・・」とグレコ神父が語っていますが、スペイン(ヒスパニア)の語源は「うさぎの土地」ですから(15巻所収の116話「トロヤの東」より)、兎云々・・・という話は、人類の禁忌ではなく、アトランティス文明の場所の手がかりだったのだと思います。
かっぱ
2007年08月17日 15:00
なるほど。そういうことだったんですね。近年稀に見る奥の深い漫画ですね。もうひとつだけいいですか?15巻のラストの方でフクロウの柱やテンプル騎士団のバホメットがネアンデルタール人であることが判明しましたが、アマゾネス族にとってネアンデルタール人は神であったという位置づけでいいんですかねぇ?それからテンプル騎士団の教会の柱にもネアンデルタール人がいましたよね。ってことはテンプル騎士団もネアンデルタール人を崇拝の対象にしてたんですかね?もはや公式のガイドブックを出版して欲しいです。笑。
2007年08月18日 08:58
あくまで、作中で明かされた情報から、作中での設定を推測したものにすぎませんが・・・。

アマゾネス族は、アトランティス文明からネアンデルタール人信仰の影響を受けたのでしょうが、ある時、人類の禁忌を隠蔽するために、ネアンデルタール人を梟と偽ったものと思われます。

それが、アマゾネス族がアトランティスに攻め入った時なのか、アトランティスからネアンデルタール人信仰の影響を受けた時なのか、それ以外の時なのかは、私にはよく分かりません。
2007年08月18日 09:00
テンプル騎士団は、アトランティスにまつわる秘密を探っていくうちに、アトランティス文明のネアンデルタール人信仰に行き着き、ネアンデルタール人(の頭部)を崇めるようになったものと思われます。

イベリア半島から出土するネアンデルタール人を模した柱状の偶像(後にアマゾネス族により梟の神とされました)はかなり抽象的ですが、おそらく写実的なネアンデルタール人像も、アトランティス文明やその後継者たちによって残されていて、それが「知恵の源」であることにテンプル騎士団は気づいたものと思われます。

ただ、その「知恵の源」が太古に絶滅した人類だということと、人類の禁忌の真相までは、テンプル騎士団は知らなかった可能性が高そうです(11巻所収の86話「ソロモンの壺」における秘密結社の幹部の発言より)。
かっぱ
2007年08月19日 21:41
なるほど。なるほど。そのように考えると筋が通るように思います。なかなか深すぎて、浅はかな知識では底の部分まで理解できない漫画ですので、世界史の知識などを勉強しつつ一から読み直してみます。ありがとうございました。

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