『イリヤッド』120話「文明の源」(『ビッグコミックオリジナル』5/20号)
最新号が発売されたので、さっそく購入しました。前号では、ついに入矢がアトランティスの場所を特定し、入矢・ユリ・デメル・プリツェル・レイトン卿の5人が現地調査に向かうことになりました。予告は「世界の果てに隠された人類の夢をつきとめるために入矢が動く。次号、ドニャーナで入矢が見る物は・・・!?」、「“偉大なるウサギ”に向かう入矢達がみるのは!?」となっていたので、入矢たちが遺跡で何を見つけるのか、グレコ神父は入矢たちにどう対応するのか、気になっていたのですが・・・。まずは、話の紹介に移る前に、今回の舞台について地図を示しておきます。セビリアからドニャーナ国立自然公園へと流れているのが、グアダルキヴィル川です。
さて今回の話は、入矢・ユリ・レイトン卿・デメル・プリツェルの5人が、ドニャーナ国立自然公園の「偉大なるウサギ」遺跡を目指し、小型船に乗ってグアダルキヴィル川(古代にはバイティス川と呼ばれていました)をさかのぼっている場面から始まります。一方、ワード夫妻・ピツラ博士・コー・呉文明・ロッカ・ゼプコ老人・バトラー神父は、セビリア(セビーリャ)のグアダルキヴィル川にかかる橋の上で、川面をながめています。
そこは、ヘラクレスがヘスペリデスの冒険旅行後に逗留した街でもありました。この下流に入矢たちがいるのよね、と言うロッカにたいし、自分たちは快適な場所でのんびりしているので気が引ける、と呉文明が言います。仕方ないだろう、とゼプコ老人とコーは言い、吉報を待つさ、とワードは言います。ワード夫妻らが、あまり人がおらず周囲が開けた場所にいるのは、襲撃者を警戒してのことなのでしょうか。
グレコ神父とその側近らしき男性は、ウェルバにいます。側近が、グレコ神父の指示にしたがって集めた少数精鋭の襲撃者たち11名をグレコ神父に紹介すると、ウェルバとカディスの両方から潜入するように、とグレコ神父は命じます。続いてグレコ神父は側近に、アトランティスにまつわる秘密の一端を教えます。フェニキア人はこの近くの島をガデイラと呼びましたが、それは壁・障壁・砦という意味です。
シュリーマンがトロヤで発見した壺の裏に書かれた漢字の日・月に似た文字を、赤穴博士は垣・壁・障壁と解釈しましたが(8巻所収の59話「菊花の約」より)、赤穴博士の解釈は正しかったということなのでしょう。また、ガデイラではなくハデイラと呼んだという説もありますが、ハデイラとはハデスという冥界の神のことです。太陽に恵まれた土地なのに、なぜ闇の神の名をつけたのかというと、ギリシア・エジプト・ユダヤの人々に知られたくない何かがあったのだろう、とグレコ神父は側近に語るのでした。
グレコ神父と側近は、ティント川沿いのパロス=デラ=フロンテラ(ウェルバの南東にあります)を自動車で通過します。ここで再びグレコ神父は、アトランティスにまつわる秘密の一端を、側近に教えます。ティントとは赤という意味で、古代には濃硫酸で川の色が真赤だったことに由来する名前です。なぜ川が赤かったかというと、上流に金銀銅鉱山があったからで、そういう場所で文明は生まれます。人々は羊の皮を手に川の泥をすくい、羊毛に引っかかった砂金を採ったのでした。ヘラクレスが探したヘスペリデスの黄金のリンゴは、じつは黄金の羊だったという説は、その砂金採取の事実を反映したものでした。
その後グレコ神父と側近は、ドニャーナ国立自然公園近くのエル=ロシオに到着します。噂には聞いていたが、美しい村ですね、と側近が語りかけると、15世紀までロシオはただの砂漠だったが、ある日狩人が樫の洞からマリア像を見つけたのだ、とグレコ神父は答えます。今では春の巡礼に、百万人がこの村を訪れるという話ですね、と側近が語りかけると、太陽と豊穣の女神信仰の変形だ、とグレコ神父は答えます。グレコ神父は、107話にて描かれた「秘密の箱」を持って馬に乗り、ご無事をお祈りいたします、と側近はグレコ神父に声をかけます。
グレコ神父は、川沿い5kmの教会の遺跡に「秘密の箱」を置いて行くので、戻らないときは引き継いでほしい、と側近に伝えます。この様子を近くのバーで密かに見ていたのが、グレコ神父配下の襲撃者たちに殺害されたクロジエの部下である、運転手兼殺し屋のペーテルでした。グレコ神父は馬に乗ってドニャーナ国立自然公園に入り、砂漠を横切って、遺跡へと続く洞窟の中へと入っていきます。
一方、入矢・ユリ・レイトン卿・デメル・プリツェルの5人は、船上で地図を見て、どこに上陸するか検討しています。「偉大なるウサギ」遺跡に行くには、ここで上陸するのが無難だ、と言うプリツェルにたいし、かなり歩くことになるので、もっと詳細な地図はないのか?とレイトン卿は尋ねます。しかしプリツェルは、ドニャーナは手つかずの自然公園で、夏には沼は枯れて陸になり、砂漠は移動するというように、毎日地形が変化するので、正確な地図の作成は不可能なようだ、と答えます。
しばらく船で進んでいくと、小蝿または蚊らしき多数の虫が船上を襲い、ユリはその虫を払いながら、タルテッソス人は本当にこんな場所に国を築いたのだろうか?と入矢に尋ねます。しかし入矢は考え事をしていて、ユリに再度尋ねられてから、文明はすべて沼地・川べり・川の浅瀬・陸地に近い島といった所で生まれたが、それは守るに易く攻めるに難いからで、ドナウやセーヌの川辺も古代には沼地や湿地だった、と答えます。
不愉快ではなかったかな、と言うユリにたいし、入矢はまたしても考え事をしています。さっきから何を考えているの?とユリに訊かれた入矢は、タルテッソスのことだ、と答えます。アトランティスとはタルテッソスで決まりではないの?とユリに尋ねられた入矢は、新しすぎると答えます。
タルテッソスは文献にあるものの遺跡は未発見の幻の古代都市で、高度な金細工や石像がこの周辺で見つかっているが、紀元前7世紀頃のものだし、聖書のタルシシュがタルテッソスだとしても、学者は紀元前20~15世紀頃に成立した国だと考えていて、プラトンの紀元前9000年とはかけ離れている、という疑問を入矢はユリに語ります。
船から降りた5人はドニャーナ国立自然公園内の砂漠を歩きますが、のっけからきついな、と弱音を吐く入矢にたいし、運動不足です、とデメルが冷静に指摘します。レイトン卿は野生の猪を見つけてちょっとはしゃぎますが、観光に来たのではない、とプリツェルが厳しい表情で窘めます。やはり、レイトン卿には子供っぽいところがありますなあ(笑)。砂漠を抜けた5人は、沼地へと進みますが、その沼地を抜けると再び砂漠に入り、入矢は流砂にはまってしまい、デメルとレイトン卿に助けられます。
砂漠を進むと、ついに目的の「偉大なるウサギ」遺跡に到達しますが、そこには小高い丘があり、その上に、複数の石の上に一枚の大きめの石を載せた、欧州の巨石遺跡を連想させるような遺構がありました。遺構の内部を入矢が探っていると、入矢は砂に飲み込まれますが、これは流砂ではなく、地下迷路への入口でした。デメルとプリツェルは、「山の老人」の襲撃を警戒して外に残り、ユリとレイトン卿が入矢に続いて地下迷路へと入っていきます。
地下迷路は螺旋状の通路で下に降りていく構造になっており、ティトゥアンのそれとそっくりでした(ティトゥアンの地下迷路での冒険譚は11巻にて描かれています)。結果論になりますが、これならロッカが同行すべきでしたなあ。道順を覚えている?とユリに尋ねられた入矢は、たぶんと答えます。
サントリーニ島で発見した円盤(サントリーニ島での冒険譚は3巻にて描かれています)に記された地図だったが、と言いつつ、とにかく行こう、と入矢は力強く言います。しかしレイトン卿は、着地したときに足を挫いて歩けそうもないから行ってくれ、と入矢に言います。ためらう入矢にたいして、いいから行け、と促したレイトン卿は、これからはフレッドと呼べ、と入矢に言います。
入矢とユリを見送ったレイトン卿は立ち上がり、外に戻ってデメル・プリツェルとともに、銃をもって「山の老人」の襲撃を見張ることにします。レイトン卿が裏方に回るとは意外だった、と言うプリツェルにたいし、入矢のおかげでそういう心境になった、とレイトン卿は言います。大失態を犯し、学者生命を絶たれたのに、懲りず悪びれず、全力で人類最大の夢に近づいている入矢を守れずに、何が貴族だ、とレイトン卿は力強く宣言します。
あなたをはじめて好きになりました、とデメルはレイトン卿に言い、私もだ、とプリツェルも言います。するとレイトン卿は、ちょっと照れた様子で、君らもこれから私をフレッドと呼んでいいぞ、と言います。レイトン卿の怪我自体が嘘ということはないでしょうが、歩けないほどの怪我というわけではなく軽症で、上記のような心境になったため、レイトン卿は嘘をついて裏方に回ったのでしょう。
入矢は、ティトゥアンの地下迷路での道順を思い出しつつ、通路を進んでいきます。すると、やはりティトゥアンの地下迷路とどうように、第二の円周の壁面にはメドゥーサの目が描かれていました。ついに最後の急坂の通路にたどりついた入矢は、ティトゥアンではこの先でたいへんな目に遭った、とユリに言います。何があったの?とユリに尋ねられた入矢は、死にかかった、それにある男の悲しい過去を知ったと言い、バシャのことを思い出します。
急坂を降りた入矢とユリは、ついに地下の玄室に到達します。そこには、左右に2頭の天馬の像をしたがえた女神の像が置かれていました。その材質は今回は明らかにされませんでしたが、真鍮の可能性が高いと思います。入矢とユリがその像を見ていると、「ドクタ・イリヤ」と呼びかける声がします。入矢とユリが声のした方を見ると、拳銃を入矢とユリに向けたグレコ神父が待ち構えていた、というところで今回は終了です。遺構には、入矢とユリが入っていったのとは別の入口があるということなのでしょう。
今回も、前回につづいていよいよ最終回が近いことをうかがわせる内容で、歴史ミステリー・サスペンス・ヒューマンストーリーの融合した『イリヤッド』らしい話でもあり、たいへん面白かったのですが、予告を見るかぎり、次回が最終回ということはなさそうで、少なくとも122話までは続きそうです。
まずはヒューマンストーリーの部分ですが、レイトン卿が他の4人に打ち解けていった過程は、なかなかよかったと思います。今回、レイトン卿が入矢を認めて心を許したことで、入矢とレイトン卿は真の友人関係になったのだと思います。以前は、入矢が第三者にレイトン卿のことを自分の友人だと紹介すると、レイトン卿は即座に否定したものですが(笑)。
レイトン卿は鋭い頭脳と豊富な学識のある人物ですが、見栄っ張りなところや子供っぽさがあり、入矢を騙そうとしたり嫌いだと言ったりしており、1話での「高潔で信用できる人物」という評価は大嘘ということになります(笑)。しかし、子供っぽさは純粋さの表れでもあり、入矢を暴漢から助けたこともあるわけで、複雑な性格をしたひじょうに魅力的な人物として描かれています。『イリヤッド』には魅力的な人物が多数存在しますが、レイトン卿はその中でもとくに人物造形に成功したと言えそうで、登場回数はさほど多くないのですが、強烈な印象を残しています。
サスペンスの部分では、グレコ神父が入矢とユリをどうしようとするのか、グレコ神父の配下の襲撃者たちを、デメル・プリツェル・レイトン卿は撃退できるのか、といったところが気になります。これまで、入矢と親しい主要登場人物が殺害されたことはなく、「偉大なるウサギ」遺跡に赴いた5人も残った人物も魅力的なだけに、死者がでなければいいなあ、と願っています。
グレコ神父が、拳銃を向けているとはいえ一人で入矢と会ったのは、入矢を説得するためなのでしょうが、説得に失敗したり自分が入矢の護衛者に殺されたりした場合にそなえて、襲撃者も潜入させたのだと思います。もし入矢たちを殺すことだけが目的なら、入矢と一人で会おうとはしないでしょう。では、グレコ神父がどのように入矢を説得するのかというと、推測でしかないのですが、入矢に秘密を打ち明けたうえで、「山の老人」への加入を勧めるか、アトランティスにまつわる謎の公表を控えるよう説得するのではないか、と思います。
もっとも、前者は難しいだろうとグレコ神父は考えているでしょうから、人類の受ける衝撃を考慮して公表を控えてくれないか、と説得するのだと思います。これにたいして入矢とユリがどう対応するのか気になるところですが、おそらくバシャが重要な鍵となるのだと思います。たぶん、入矢とグレコ神父の会話にバシャの話題もでてきて、バシャと同じく夢を見られないグレコ神父は、ひどい挫折を経験しながらもけっして夢を諦めようとしない入矢の姿勢を見て、最後には夢を取り戻すことになるのではないか、とも思います。
グレコ神父が入矢の姿勢に感銘を受けているところをペーテルに襲われ、それでも入矢の機転で命が助かるようなことがあれば、グレコ神父が夢を取り戻す経緯に説得力が増しそうに思うのですが、『イリヤッド』でも競馬でも予想が外れまくりの私の言うことですから、違う展開になる可能性が高そうです。ともかく、入矢とグレコ神父との会話は、『イリヤッド』を締める重要な場面になるでしょうから、説得力と感動のある展開になることを期待しています。
サスペンス面では、ペーテルの動きも気になります。スロベニアからずっと、グレコ神父と側近を単独で尾行していたとしたら、ペーテルは刑事・探偵になったとしても優秀だろうということになりますが、グレコ神父を裏切った幹部たちと結びついていたか、じつはグレコ神父の側近と裏で通じていたという可能性もあります。もっとも、後者の可能性はほとんどなさそうですが。
単独行動だとしたら、ペーテルの目的は主人だったクロジエの復讐だと思われますが、入矢・デメル・ユリも殺そうとしたことがあるだけに、三人をどうしようとするのかも気になるところです。ただ、これまでペーテルは殺し屋以上の役割を担ったことがないので、ペーテルが大活躍するという展開はなさそうです。そうすると、上述したように、グレコ神父を殺そうとして入矢の機転に妨げられ、逆に殺されることになるのかもしれません。
歴史ミステリーの部分では、これまで提示された謎のなかで解決したものもありますが、人類の禁忌の解明については、あまり進展がなかったように思われます。まず、アトランティスの年代についてですが、前号でタルテッソスの年代が新しいことが気になると述べたところ、今回入矢も同様の懸念を打ち明けています。
作中のアトランティスの年代については判断材料が少なく、テネリフェ島の青銅製の斧が紀元前5000年頃のものである可能性と、テネリフェ島の「冥界の王」が紀元前2500年頃の人だということが示されたくらいです。アトランティスは文明の源という位置づけになるでしょうから、紀元前5000年頃には青銅器の製作を始め、その前には都市を築いていたという設定になりそうです。
アトランティスの滅亡年代は、「冥界の王」がアトランティスの生き残りでカナリア諸島への最古の移住者だとすると、紀元前2500年頃ということになりそうです。もっとも、「冥界の王」という命名が、アトランティス人やその後裔からフェニキア人に継承されたのではなく、フェニキア人がアトランティスにまつわる真実を知ってはじめて命名し、フェニキア人がテネリフェ島に「冥界の王」のミイラと伝説を持ち込んだとすると、アトランティスの滅亡は紀元前2500年以降ということになります。
フェニキア人はソロモン王の命によりアトランティスの秘密を探り、アトランティス人の語り伝えてきたある真実について知ったのでしょうが、今回のグレコ神父の発言からすると、ギリシア・エジプト・ユダヤ人はその秘密について知らないようで、なぜアトランティス人だけが、人類の禁忌とすべき秘密を語り伝えてきたのか、気になるところです。この秘密を、入矢たちが独力で解明するものとばかり思っていたため、単行本でいえば16巻までは続くと思っていたのですが、どうもあと2回で終わりのようですから、こうした秘密はグレコ神父が入矢との会話で明かすことになるのでしょう。
玄室にあった女神と天馬の像も気になるところですが、天馬は、ポセイドンの子を身籠ったメドゥーサの首の切り口から誕生したと言われていますから、やはりアトランティスとの関係が深そうで、おそらく女神はメドゥーサなのでしょう。では、入矢たちから見て目立つ場所にあったメドゥーサが、アテナ・ネートのみならず、すべての神の原型なのかというと、熊との関係がなさそうなので、違う気がします。おそらく、今回は描かれなかった玄室内の場所のどこかに、熊に関わる遺物があるのではないかと思います。
羊についての謎も明らかになり、ヘラクレス伝説とティトゥアンの玄室の壁画も説明がつくことになりました。こうなると、前述したように熊が気になるところです。ティトゥアンの玄室の壁画では、波を渡る兎が羊を目指していましたが、テネリフェ島の山中の空洞内の遺跡には、兎と熊が描かれた壁画がありました。熊はネアンデルタール人、さらには人類の禁忌とも関係がありそうで、こうした残る謎もすべて解決したうえで終了することを期待しています。
予告は「彼の島を突き止めようとする者の前には必ず“山の老人”が現れる。危ない入矢の命。次号。」、「彼の島の核心を目前にした入矢に“山の老人”は!?」となっていて、グレコ神父からどのような真相が語られるのか、入矢とユリはどうなるのか、デメル・プリツェル・レイトン卿はグレコ神父が送り込んだ襲撃者たちを撃退できるのか、ペーテルはどのような行動をとるのか、などたいへん気になることが多く、次回も楽しみですなあ(笑)。
さて今回の話は、入矢・ユリ・レイトン卿・デメル・プリツェルの5人が、ドニャーナ国立自然公園の「偉大なるウサギ」遺跡を目指し、小型船に乗ってグアダルキヴィル川(古代にはバイティス川と呼ばれていました)をさかのぼっている場面から始まります。一方、ワード夫妻・ピツラ博士・コー・呉文明・ロッカ・ゼプコ老人・バトラー神父は、セビリア(セビーリャ)のグアダルキヴィル川にかかる橋の上で、川面をながめています。
そこは、ヘラクレスがヘスペリデスの冒険旅行後に逗留した街でもありました。この下流に入矢たちがいるのよね、と言うロッカにたいし、自分たちは快適な場所でのんびりしているので気が引ける、と呉文明が言います。仕方ないだろう、とゼプコ老人とコーは言い、吉報を待つさ、とワードは言います。ワード夫妻らが、あまり人がおらず周囲が開けた場所にいるのは、襲撃者を警戒してのことなのでしょうか。
グレコ神父とその側近らしき男性は、ウェルバにいます。側近が、グレコ神父の指示にしたがって集めた少数精鋭の襲撃者たち11名をグレコ神父に紹介すると、ウェルバとカディスの両方から潜入するように、とグレコ神父は命じます。続いてグレコ神父は側近に、アトランティスにまつわる秘密の一端を教えます。フェニキア人はこの近くの島をガデイラと呼びましたが、それは壁・障壁・砦という意味です。
シュリーマンがトロヤで発見した壺の裏に書かれた漢字の日・月に似た文字を、赤穴博士は垣・壁・障壁と解釈しましたが(8巻所収の59話「菊花の約」より)、赤穴博士の解釈は正しかったということなのでしょう。また、ガデイラではなくハデイラと呼んだという説もありますが、ハデイラとはハデスという冥界の神のことです。太陽に恵まれた土地なのに、なぜ闇の神の名をつけたのかというと、ギリシア・エジプト・ユダヤの人々に知られたくない何かがあったのだろう、とグレコ神父は側近に語るのでした。
グレコ神父と側近は、ティント川沿いのパロス=デラ=フロンテラ(ウェルバの南東にあります)を自動車で通過します。ここで再びグレコ神父は、アトランティスにまつわる秘密の一端を、側近に教えます。ティントとは赤という意味で、古代には濃硫酸で川の色が真赤だったことに由来する名前です。なぜ川が赤かったかというと、上流に金銀銅鉱山があったからで、そういう場所で文明は生まれます。人々は羊の皮を手に川の泥をすくい、羊毛に引っかかった砂金を採ったのでした。ヘラクレスが探したヘスペリデスの黄金のリンゴは、じつは黄金の羊だったという説は、その砂金採取の事実を反映したものでした。
その後グレコ神父と側近は、ドニャーナ国立自然公園近くのエル=ロシオに到着します。噂には聞いていたが、美しい村ですね、と側近が語りかけると、15世紀までロシオはただの砂漠だったが、ある日狩人が樫の洞からマリア像を見つけたのだ、とグレコ神父は答えます。今では春の巡礼に、百万人がこの村を訪れるという話ですね、と側近が語りかけると、太陽と豊穣の女神信仰の変形だ、とグレコ神父は答えます。グレコ神父は、107話にて描かれた「秘密の箱」を持って馬に乗り、ご無事をお祈りいたします、と側近はグレコ神父に声をかけます。
グレコ神父は、川沿い5kmの教会の遺跡に「秘密の箱」を置いて行くので、戻らないときは引き継いでほしい、と側近に伝えます。この様子を近くのバーで密かに見ていたのが、グレコ神父配下の襲撃者たちに殺害されたクロジエの部下である、運転手兼殺し屋のペーテルでした。グレコ神父は馬に乗ってドニャーナ国立自然公園に入り、砂漠を横切って、遺跡へと続く洞窟の中へと入っていきます。
一方、入矢・ユリ・レイトン卿・デメル・プリツェルの5人は、船上で地図を見て、どこに上陸するか検討しています。「偉大なるウサギ」遺跡に行くには、ここで上陸するのが無難だ、と言うプリツェルにたいし、かなり歩くことになるので、もっと詳細な地図はないのか?とレイトン卿は尋ねます。しかしプリツェルは、ドニャーナは手つかずの自然公園で、夏には沼は枯れて陸になり、砂漠は移動するというように、毎日地形が変化するので、正確な地図の作成は不可能なようだ、と答えます。
しばらく船で進んでいくと、小蝿または蚊らしき多数の虫が船上を襲い、ユリはその虫を払いながら、タルテッソス人は本当にこんな場所に国を築いたのだろうか?と入矢に尋ねます。しかし入矢は考え事をしていて、ユリに再度尋ねられてから、文明はすべて沼地・川べり・川の浅瀬・陸地に近い島といった所で生まれたが、それは守るに易く攻めるに難いからで、ドナウやセーヌの川辺も古代には沼地や湿地だった、と答えます。
不愉快ではなかったかな、と言うユリにたいし、入矢はまたしても考え事をしています。さっきから何を考えているの?とユリに訊かれた入矢は、タルテッソスのことだ、と答えます。アトランティスとはタルテッソスで決まりではないの?とユリに尋ねられた入矢は、新しすぎると答えます。
タルテッソスは文献にあるものの遺跡は未発見の幻の古代都市で、高度な金細工や石像がこの周辺で見つかっているが、紀元前7世紀頃のものだし、聖書のタルシシュがタルテッソスだとしても、学者は紀元前20~15世紀頃に成立した国だと考えていて、プラトンの紀元前9000年とはかけ離れている、という疑問を入矢はユリに語ります。
船から降りた5人はドニャーナ国立自然公園内の砂漠を歩きますが、のっけからきついな、と弱音を吐く入矢にたいし、運動不足です、とデメルが冷静に指摘します。レイトン卿は野生の猪を見つけてちょっとはしゃぎますが、観光に来たのではない、とプリツェルが厳しい表情で窘めます。やはり、レイトン卿には子供っぽいところがありますなあ(笑)。砂漠を抜けた5人は、沼地へと進みますが、その沼地を抜けると再び砂漠に入り、入矢は流砂にはまってしまい、デメルとレイトン卿に助けられます。
砂漠を進むと、ついに目的の「偉大なるウサギ」遺跡に到達しますが、そこには小高い丘があり、その上に、複数の石の上に一枚の大きめの石を載せた、欧州の巨石遺跡を連想させるような遺構がありました。遺構の内部を入矢が探っていると、入矢は砂に飲み込まれますが、これは流砂ではなく、地下迷路への入口でした。デメルとプリツェルは、「山の老人」の襲撃を警戒して外に残り、ユリとレイトン卿が入矢に続いて地下迷路へと入っていきます。
地下迷路は螺旋状の通路で下に降りていく構造になっており、ティトゥアンのそれとそっくりでした(ティトゥアンの地下迷路での冒険譚は11巻にて描かれています)。結果論になりますが、これならロッカが同行すべきでしたなあ。道順を覚えている?とユリに尋ねられた入矢は、たぶんと答えます。
サントリーニ島で発見した円盤(サントリーニ島での冒険譚は3巻にて描かれています)に記された地図だったが、と言いつつ、とにかく行こう、と入矢は力強く言います。しかしレイトン卿は、着地したときに足を挫いて歩けそうもないから行ってくれ、と入矢に言います。ためらう入矢にたいして、いいから行け、と促したレイトン卿は、これからはフレッドと呼べ、と入矢に言います。
入矢とユリを見送ったレイトン卿は立ち上がり、外に戻ってデメル・プリツェルとともに、銃をもって「山の老人」の襲撃を見張ることにします。レイトン卿が裏方に回るとは意外だった、と言うプリツェルにたいし、入矢のおかげでそういう心境になった、とレイトン卿は言います。大失態を犯し、学者生命を絶たれたのに、懲りず悪びれず、全力で人類最大の夢に近づいている入矢を守れずに、何が貴族だ、とレイトン卿は力強く宣言します。
あなたをはじめて好きになりました、とデメルはレイトン卿に言い、私もだ、とプリツェルも言います。するとレイトン卿は、ちょっと照れた様子で、君らもこれから私をフレッドと呼んでいいぞ、と言います。レイトン卿の怪我自体が嘘ということはないでしょうが、歩けないほどの怪我というわけではなく軽症で、上記のような心境になったため、レイトン卿は嘘をついて裏方に回ったのでしょう。
入矢は、ティトゥアンの地下迷路での道順を思い出しつつ、通路を進んでいきます。すると、やはりティトゥアンの地下迷路とどうように、第二の円周の壁面にはメドゥーサの目が描かれていました。ついに最後の急坂の通路にたどりついた入矢は、ティトゥアンではこの先でたいへんな目に遭った、とユリに言います。何があったの?とユリに尋ねられた入矢は、死にかかった、それにある男の悲しい過去を知ったと言い、バシャのことを思い出します。
急坂を降りた入矢とユリは、ついに地下の玄室に到達します。そこには、左右に2頭の天馬の像をしたがえた女神の像が置かれていました。その材質は今回は明らかにされませんでしたが、真鍮の可能性が高いと思います。入矢とユリがその像を見ていると、「ドクタ・イリヤ」と呼びかける声がします。入矢とユリが声のした方を見ると、拳銃を入矢とユリに向けたグレコ神父が待ち構えていた、というところで今回は終了です。遺構には、入矢とユリが入っていったのとは別の入口があるということなのでしょう。
今回も、前回につづいていよいよ最終回が近いことをうかがわせる内容で、歴史ミステリー・サスペンス・ヒューマンストーリーの融合した『イリヤッド』らしい話でもあり、たいへん面白かったのですが、予告を見るかぎり、次回が最終回ということはなさそうで、少なくとも122話までは続きそうです。
まずはヒューマンストーリーの部分ですが、レイトン卿が他の4人に打ち解けていった過程は、なかなかよかったと思います。今回、レイトン卿が入矢を認めて心を許したことで、入矢とレイトン卿は真の友人関係になったのだと思います。以前は、入矢が第三者にレイトン卿のことを自分の友人だと紹介すると、レイトン卿は即座に否定したものですが(笑)。
レイトン卿は鋭い頭脳と豊富な学識のある人物ですが、見栄っ張りなところや子供っぽさがあり、入矢を騙そうとしたり嫌いだと言ったりしており、1話での「高潔で信用できる人物」という評価は大嘘ということになります(笑)。しかし、子供っぽさは純粋さの表れでもあり、入矢を暴漢から助けたこともあるわけで、複雑な性格をしたひじょうに魅力的な人物として描かれています。『イリヤッド』には魅力的な人物が多数存在しますが、レイトン卿はその中でもとくに人物造形に成功したと言えそうで、登場回数はさほど多くないのですが、強烈な印象を残しています。
サスペンスの部分では、グレコ神父が入矢とユリをどうしようとするのか、グレコ神父の配下の襲撃者たちを、デメル・プリツェル・レイトン卿は撃退できるのか、といったところが気になります。これまで、入矢と親しい主要登場人物が殺害されたことはなく、「偉大なるウサギ」遺跡に赴いた5人も残った人物も魅力的なだけに、死者がでなければいいなあ、と願っています。
グレコ神父が、拳銃を向けているとはいえ一人で入矢と会ったのは、入矢を説得するためなのでしょうが、説得に失敗したり自分が入矢の護衛者に殺されたりした場合にそなえて、襲撃者も潜入させたのだと思います。もし入矢たちを殺すことだけが目的なら、入矢と一人で会おうとはしないでしょう。では、グレコ神父がどのように入矢を説得するのかというと、推測でしかないのですが、入矢に秘密を打ち明けたうえで、「山の老人」への加入を勧めるか、アトランティスにまつわる謎の公表を控えるよう説得するのではないか、と思います。
もっとも、前者は難しいだろうとグレコ神父は考えているでしょうから、人類の受ける衝撃を考慮して公表を控えてくれないか、と説得するのだと思います。これにたいして入矢とユリがどう対応するのか気になるところですが、おそらくバシャが重要な鍵となるのだと思います。たぶん、入矢とグレコ神父の会話にバシャの話題もでてきて、バシャと同じく夢を見られないグレコ神父は、ひどい挫折を経験しながらもけっして夢を諦めようとしない入矢の姿勢を見て、最後には夢を取り戻すことになるのではないか、とも思います。
グレコ神父が入矢の姿勢に感銘を受けているところをペーテルに襲われ、それでも入矢の機転で命が助かるようなことがあれば、グレコ神父が夢を取り戻す経緯に説得力が増しそうに思うのですが、『イリヤッド』でも競馬でも予想が外れまくりの私の言うことですから、違う展開になる可能性が高そうです。ともかく、入矢とグレコ神父との会話は、『イリヤッド』を締める重要な場面になるでしょうから、説得力と感動のある展開になることを期待しています。
サスペンス面では、ペーテルの動きも気になります。スロベニアからずっと、グレコ神父と側近を単独で尾行していたとしたら、ペーテルは刑事・探偵になったとしても優秀だろうということになりますが、グレコ神父を裏切った幹部たちと結びついていたか、じつはグレコ神父の側近と裏で通じていたという可能性もあります。もっとも、後者の可能性はほとんどなさそうですが。
単独行動だとしたら、ペーテルの目的は主人だったクロジエの復讐だと思われますが、入矢・デメル・ユリも殺そうとしたことがあるだけに、三人をどうしようとするのかも気になるところです。ただ、これまでペーテルは殺し屋以上の役割を担ったことがないので、ペーテルが大活躍するという展開はなさそうです。そうすると、上述したように、グレコ神父を殺そうとして入矢の機転に妨げられ、逆に殺されることになるのかもしれません。
歴史ミステリーの部分では、これまで提示された謎のなかで解決したものもありますが、人類の禁忌の解明については、あまり進展がなかったように思われます。まず、アトランティスの年代についてですが、前号でタルテッソスの年代が新しいことが気になると述べたところ、今回入矢も同様の懸念を打ち明けています。
作中のアトランティスの年代については判断材料が少なく、テネリフェ島の青銅製の斧が紀元前5000年頃のものである可能性と、テネリフェ島の「冥界の王」が紀元前2500年頃の人だということが示されたくらいです。アトランティスは文明の源という位置づけになるでしょうから、紀元前5000年頃には青銅器の製作を始め、その前には都市を築いていたという設定になりそうです。
アトランティスの滅亡年代は、「冥界の王」がアトランティスの生き残りでカナリア諸島への最古の移住者だとすると、紀元前2500年頃ということになりそうです。もっとも、「冥界の王」という命名が、アトランティス人やその後裔からフェニキア人に継承されたのではなく、フェニキア人がアトランティスにまつわる真実を知ってはじめて命名し、フェニキア人がテネリフェ島に「冥界の王」のミイラと伝説を持ち込んだとすると、アトランティスの滅亡は紀元前2500年以降ということになります。
フェニキア人はソロモン王の命によりアトランティスの秘密を探り、アトランティス人の語り伝えてきたある真実について知ったのでしょうが、今回のグレコ神父の発言からすると、ギリシア・エジプト・ユダヤ人はその秘密について知らないようで、なぜアトランティス人だけが、人類の禁忌とすべき秘密を語り伝えてきたのか、気になるところです。この秘密を、入矢たちが独力で解明するものとばかり思っていたため、単行本でいえば16巻までは続くと思っていたのですが、どうもあと2回で終わりのようですから、こうした秘密はグレコ神父が入矢との会話で明かすことになるのでしょう。
玄室にあった女神と天馬の像も気になるところですが、天馬は、ポセイドンの子を身籠ったメドゥーサの首の切り口から誕生したと言われていますから、やはりアトランティスとの関係が深そうで、おそらく女神はメドゥーサなのでしょう。では、入矢たちから見て目立つ場所にあったメドゥーサが、アテナ・ネートのみならず、すべての神の原型なのかというと、熊との関係がなさそうなので、違う気がします。おそらく、今回は描かれなかった玄室内の場所のどこかに、熊に関わる遺物があるのではないかと思います。
羊についての謎も明らかになり、ヘラクレス伝説とティトゥアンの玄室の壁画も説明がつくことになりました。こうなると、前述したように熊が気になるところです。ティトゥアンの玄室の壁画では、波を渡る兎が羊を目指していましたが、テネリフェ島の山中の空洞内の遺跡には、兎と熊が描かれた壁画がありました。熊はネアンデルタール人、さらには人類の禁忌とも関係がありそうで、こうした残る謎もすべて解決したうえで終了することを期待しています。
予告は「彼の島を突き止めようとする者の前には必ず“山の老人”が現れる。危ない入矢の命。次号。」、「彼の島の核心を目前にした入矢に“山の老人”は!?」となっていて、グレコ神父からどのような真相が語られるのか、入矢とユリはどうなるのか、デメル・プリツェル・レイトン卿はグレコ神父が送り込んだ襲撃者たちを撃退できるのか、ペーテルはどのような行動をとるのか、などたいへん気になることが多く、次回も楽しみですなあ(笑)。
この記事へのコメント
14巻に「次回最終回」と書かれていたり、今回の展開などに今クラクラしてします。
以前こちらでも仰っていたと思いますが、「カラー表紙も少なくて掲載が後の方だったり」最近していたので「打ち切りに近いんじゃないの?」と内心思ってしまいました。
今までこつこつと進めてきたのがここに来てかなり強引な展開になってきているので(><)
タルテッソスの年代やぺーテルなど、私としてはまだまだ考えたい事、見守りたい事が一杯なのに!
それとも予定通りなのでしょうか?どうお考えでしょう?
どちらにしても、最後になるのなら、誰にでも納得できる答えであるようにと願っています。
それではまとまりませんがこれで失礼します。
今後ともよろしくお願い申し仕上げます。
原作者さんにうかがってみないと
分からないことではありますが、当初の
予定ではもうちょっと長く続くはずだった
可能性が高いように思います。
書店に行ったとき、『イリヤッド』を
置いてあるかな、と確認することもある
のですが、置いていない書店も多く、
人気はあまりないのかな、という
気がします。
確かに、一般受けするような作品
ではないだろうと思いますが。
始皇帝編終了後の急展開からすると、
おそらく昨年の夏あたりで、
当初の予定より早く終わることが
決定し、シナリオの変更がなされた
のではないかと思います。
そうだとすると、始皇帝編までは
当初の予定通りだったということに
なりますが、私の推測にすぎません。
まあ、私のようにたいへん楽しみに
している読者もいるわけで、なんとか
謎をすべて解き明かした形で完結して
もらいたいものです。
もっとも、この点についてはあまり
不安はなく、きちんと謎が解き明か
されて完結すると思います。