欧州の初期現生人類とネアンデルタール人の運命

 欧州の初期現生人類とネアンデルタール人の形態学的観点からの研究が発表されました。
http://www.pnas.org/cgi/content/abstract/0702214104v1
 著者は、ネアンデルタール人研究の世界的権威であるエリック=トリンカウス教授で、題名が「欧州の初期現生人類とネアンデルタール人の運命」となると、また混血説か、と思う人が多いでしょうが、その予測通り、やはり現生人類とネアンデルタール人との混血の可能性が指摘されています。

 検討対象となった現生人類は、33000年前頃まで(欧州ではオーリニャック文化とシャテルペロン文化の頃)の欧州の現生人類と、グラヴェット文化の現生人類で、オーリニャック文化の担い手が確定していない(現生人類である可能性がきわめて高いでしょうが)ためなのでしょうが、オーリニャック文化の現生人類という表現は避けられています。

 これら欧州初期の現生人類の形態は、中部旧石器時代(サハラ砂漠以南だと、中期石器時代と読み替えられますが)のアフリカの初期現生人類に由来すると思われます。しかし欧州の初期現生人類には、脳頭蓋・頭蓋底・下顎枝・恥骨・歯・鎖骨・肩甲骨・中手骨などにおいて、ネアンデルタール人的特徴や、さらに原始的な特徴(ハイデルベルゲンシスかそれ以上さかのぼっての特徴ということでしょう)が認められる場合もあります。そうした特徴は、中部旧石器時代のアフリカの初期現生人類には見られないので、ネアンデルタール人と欧州の初期現生人類との間の低頻度の混血と、ネアンデルタール人の現生人類への同化という想定でのみ説明されるだろう、というのがトリンカウス教授の見解です。

 私は、トリンカウス教授の見解が妥当だと思いますが、そもそも中期石器時代のアフリカの人骨が少ないいじょう、そうした原始的な特徴は祖先から継承したものであり、初期現生人類には解剖学的多様性があったのだ、という反論を封じ込める決定打にはとてもなりえないでしょう。じっさい、トリンカウス教授はこうした見解をずっと述べていますが、全面置換説論者で説得された人は少ないようです。ネアンデルタール人と現生人類の間の混血という議論については、解剖学的観点からは限界があるので、現在進行中のネアンデルタール人のゲノム解読が完了し、現生人類の核DNAとの比較が本格的に進めば、あるていど見通しがつくのではないか、と期待しています。

この記事へのコメント

ussy
2007年04月30日 13:29
「人類史 第2版」 拝読いたしました。 よく研究されていますね。感服しました。
 少し前、ネアンデルタール人は、現生人とほぼ同等の文化レベルを持っていたが、前頭葉の発達が悪く、闘争能力が低かったため、戦いに敗れ滅亡したのではないか、とか、発声能力が低かったため、言語の共有、ひいては文化の共有が劣り、滅亡につながったというようなことを聞きましたが、そうとも限らない。
 共存していたが、数的・遺伝的に吸収されたということが有力なのですかね。 それにしても3万年とか1万数千年前ということは、人類の発生的に見るとつい昨日のことではないですか。後1万年経ったら現生人も、どうなっているかわかりませんね。
 2足歩行と、脳の巨大化が有利に働き、大発展を遂げたわけですが、かつての王者を誇った生物が、地球環境の激変に会ったとき、その特徴ゆえ
に大絶命を余儀なくされたのと同様、人類もまた頭脳による文明を持ったがゆえに大絶滅をする運命にあるのでしょうか。
 余談になってしまいました。
2007年05月01日 07:45
こちらでも投稿いただき、ありがとうございます。

数的に劣勢なネアンデルタール人が現生人類に
吸収されたとの説は、現在では有力とは言えない
ものの、一定以上の支持があるので、検討に値する
学説として取り上げられるべきだと思いますし、
じっさいそのような扱いを受けています。
私も何年か前までは、ネアンデルタール人の
完全絶滅説を支持していました。

現生人類の未来にたいする危惧はおっしゃる
通りだと思いますが、それを回避するだけの
知恵を現生人類は持っている、と信じたい
ところです。

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