篠田謙一『日本人になった祖先たち』

 NHKブックスの一冊として、2007年2月に日本放送出版協会から刊行されました。ミトコンドリアDNAの分析からみた、現生人類の各集団の系統関係・移動経路や日本人の成立過程について論じられていますが、Y染色体DNAの分析にも1章割かれています。
 古人類学に興味のある私ですが、ミトコンドリアDNAのハプログループの分析による人類集団の区分や起源論にはこれまでさほど関心が強くなく、あまり本を読んでこなかったので、手ごろな入門書として読んでみようと思った次第ですが、なかなかの好著だと思います。

 本書のもっともよいところは、ミトコンドリアDNAの分析による現生人類の各集団の系統関係・移動経路について、現時点での研究には限界があるということを強調し、考古学や形質人類学など他分野との学際的研究が望まれる、と強調しているところです。
 一般向け書籍の中には、こうしたDNA分析による人類集団の系統関係の構築について、その限界が強調されていないものが多く、素人の中には、分子遺伝学の一般向け書籍のなかの一部のデータを根拠に、日本人の起源は**にあるとかないとか単純に論じる人が少なからずいるだけに、ややくどいくらいに限界が強調されていたのには好感が持てます。

 本書では、日本人の成立については、大枠ではいわゆる二重構造論が踏襲されているといえるかもしれませんが、縄文時代の日本列島の人々も、多様な地域から流入してきたことが指摘されていて、これはじゅうらいの私の考えと同じでした。ただ、本書にて最新のデータを知り、細かな地域差まで知ることができたのは収穫でした。
 ただ、遺伝的近縁性を融和の根拠にするという本書の姿勢には賛同できません。著者に平和への素朴な願望があるというのは読んでいて分かりましたが、現実の人類社会と遺伝子とは、あくまで切り離して考えるべきだろうと思います。もちろん、人類社会を成立させている根本要因として各個人の遺伝子があるわけですが、基本的に現代の各人類集団間の相違は、集団間の遺伝的違いではなく、社会的な蓄積の違いに起因するでしょうから、遺伝的近縁性は人類融和の根拠にはなりえないと思います。

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