『イリヤッド』117話「真鍮の都」(『ビッグコミックオリジナル』4/5号)

 最新号が発売されたので、さっそく購入しました。前号では、
https://sicambre.seesaa.net/article/200703article_6.html
レイトン卿がトロヤ遺跡とグルジアの国立歴史地理学館でじゅうような情報を入手し、クロジエが「山の老人」のボス?と会うことになり、「山の老人」の「腐敗分子」を排除するために、グレコ神父がクロジエを利用しようとするところで終わりました。予告は「全てはアトランティスの謎を知るため・・・秘密結社“山の老人”と接触するマダム・クロジエの身に何が!?」となっていたので、「山の老人」の内情が詳しく描かれ、それにともなってアトランティスの謎を解く手がかりも提示されるのではないかと期待していたのですが・・・。

 さて今回の話は、バルセロナの喫茶店で、「山の老人」のボスとの面会場所を書いた紙を、使者の男性がクロジエに渡す場面から始まります。その面会場所はスロベニアのリュブリアーナで、クロジエは遠いことに文句を言いつつも、リュブリアーナに赴きます。クロジエがリュブリアーナのホテルの前で待っていると、「山の老人」の使者が車で迎えに来て、クロジエは車に乗り込みます。バルセロナからずっとクロジエの行動を監視していたグレコ神父は、配下の者に車二台で尾行させます。
 目的地の屋敷でクロジエとの面接を行なったのは三人の男性で、そのうちの一人はオコーナーでした。まず、あなたの宗教観をうかがいたい、と言われたクロジエは、あなた方は噂通りのカルト教団なの?と言った後、自分は里親のもとを転々として、もっとも自分を殴った夫婦はキリスト教徒だった、と恵まれなかった生い立ちを話します。これを聞いて幹部の一人が、「推薦者!この女性は一体・・・・・・」と問い質します。

 審査するというわりには自分の経歴も知らないのか、と呆れているクロジエにたいし、クロジエの経歴を知っているのは推薦者の私だけで、お互いの素性を明かさないのが何万年も秘密を保持する道なのだ、とオコーナーは言います。これにたいしクロジエは、何万年とは大げさだと失笑しますが、オコーナーは真顔で、そればかりか時には隠遁する、と言います。
 つまり修道士ということなのか?とクロジエが尋ねると、そう、世間から死んだように偽装して消え、結社のためにのみ生きる、とオコーナーは言います。どうやって連絡しあうのか?とクロジエが尋ねると、オコーナーは、数人の首脳の中で選ばれた一人のボスが全員の名前を知ることになると言いますが、今我々は同等の関係で、我々のうちの誰かがいずれボスになるだろう、とも付け加えます。

 前のボスは殺されたのか?アトランティスをめぐってクーデターでも起したのか?とクロジエは尋ねますが、返答はなく、幹部の一人は、クロジエを入れるメリットは何か?と問いかけます。クロジエは、資金力と優秀な歴史学者をブレーンとして抱えていること、と即答し、彼の島=アトランティスの場所が分かっているのなら、私は不要なのでは?と疑問を呈します。しかし返答はなく、ボスだけが知っていて、ボスがいなくなったので、今はどこにあるか分からないのだろう、とクロジエは推測します。
 オコーナーはクロジエに、我々は現代のテンプル騎士団だと言い、テンプル騎士団についてクロジエに説明します。12世紀、テンプル騎士団はソロモンの神殿跡から、彼の島の場所とそこにまつわる忌まわしい秘密の手がかりを発見し、ローマ教会と中東の秘密結社「山の老人」との橋渡しをしましたが、テンプル騎士団内部に、探索を続けた後に結論をくだすのか、それともローマ教会や「山の老人」が主張するように彼の島の秘密をいっさい封じ込めるのか、意見の対立が生じ、テンプル騎士団は探索を続けることを選択しました。オコーナーの説明を聞いたクロジエは、だから皆殺しにされたの?と言います。

 オコーナーはクロジエの加入を認めるか、採決に入ろうとしますが、守衛からの定期連絡がないことから、襲撃に気づきます。このときすでに、グレコ神父配下の殺し屋たちは守衛を殺しはじめており、正面の入り口を確保していたのでした。拳銃を手にしたオコーナーは、明かりを消せと命じ、他の幹部はクロジエに、テーブルの下に隠れるよう促します。
 そこに殺し屋たちが入ってきますが、運悪くそのときレイトン卿からクロジエの携帯に連絡が入り、クロジエは殺し屋に発見されて殺害されてしまいます。他の三人は、オコーナーのみが捕縛され、他の二人は殺害されてしまいますが、けっきょくこの二人は、最期まで顔が明らかになりませんでした。グレコ神父とその側近?らしき男性は現場近くで待機して報告を受け、側近は作戦完了と宣言します。

 場面は変わって東京の入矢堂です。入矢とゼプコ老人は、アトランティスの手がかりについて議論をしています。シュリーマンは抜け目のない男で、アトランティスはトロヤ・中南米・地中海巨石文明のどれかに関係すると考え、中南米とカナリア諸島の調査をドネリーに任せ、自分は『イソップ物語』の解読を進めた、とゼプコ老人は指摘します。
 イソップはトルコの人だから、シュリーマンもトロヤがアトランティスという結論に達したのだろうか、と言う入矢にたいし、シュリーマンはスペイン・モロッコ説に傾いていたと思う、とゼプコ老人は言います。その根拠を問う入矢にたいし、ゼプコ老人は、ゼプコ老人の父がシュリーマンの孫パウルから聞き、ゼプコ老人が父から聞いた物語『千一夜物語』の「真鍮の都」を挙げます。シュリーマンは、『イソップ物語』の「柱の王国」と同時に、『千一夜物語』の「真鍮の都」の解読を進めていたのでした。

 ゼプコ老人は入矢に、「真鍮の都」の説明を始めます。物語は、アブド=アル=マリク=ビン=マルワン大公が、「真鍮の都」と「ソロモンの壺」の探索を部下に命じるところから始まります。主人公はエジプトのムサ=ビン=ヌサイル太守で、彼は二年数ヶ月の苦難の旅の末、「真鍮の都」にたどり着き、アル=カルカル海から「ソロモンの壺」を引き上げます。
 「真鍮の都」とはアトランティスのことか?と問う入矢にたいし、そう思う、とゼプコ老人は答えます。アル=カルカル海はどこだ?と入矢が問うと、分からないが、「カルカル」という言葉はラテン語の「牢獄」という意味かな、と答えます。入矢が、どんな都市だったのか?と問うと、二つの巨大な塔、もしくは真鍮の柱が立つゴーストタウンだ、とゼプコ老人は答え、イソップと同じ柱の王国か、と入矢は言います。

 王国には金銀財宝が眠り、城の中には美しい女王のミイラがあった、と物語の説明を続けるゼプコ老人は、じつは「真鍮の都」とそっくりで、もっと古い物語がエジプトに伝わっていて、シュリーマンはどうやらその物語を研究していたらしい、と言います。『千一夜物語』版では、今のモロッコ近辺で、主人公の太守は煙突に似た石柱に括りつけられた魔物と出会うのですが、エジプト版では、この魔物は天空を支え、動くことのできない神ということになっている、とゼプコ老人が言うと、アトラスのことか!?と入矢は閃きます。
 太守はこの神から「真鍮の都」の場所を聞き出します。しかし、都の近辺にはノアの末裔が住んでいるが、他のアダムの子らと一度も接触したことがない、と奇妙なことを神は話します。『千一夜物語』版では、都の近辺に住むのはノアの子ハムの末裔とされていますが、エジプト版ではノアの子ヤペテの末裔となっています。ゼプコ老人からこの話を聞いた入矢は、現在では非科学的とみなされているが、ハム族は主に北アフリカ、セム族はアラビア半島に住む人々だとされている、と言いますが、ヤペテはどうなのだ?というゼプコ老人の問いには、さあ?としか言えず、ゼプコ老人は嘆息します。

 「真鍮の都」は、『千一夜物語』を読む限りではモロッコかスペイン近辺だが・・・と言ったゼプコ老人は、エジプト版には詳しい描写がある、と入矢に語りかけます。太守は泥で淀んだ海を歩いて渡り、かつてフェニキア人が「砦」と呼んだ島に行きます。その島から再び海を歩き、砂漠と沼地を進んで、太守は「真鍮の都」にたどり着きました。
 入矢は、以前から引っかかっていたのだが・・・と言って地図を取り出します。フェニキア語で「砦」もしくは「障壁」を意味するガデイラは、プラトンによればポセイドンの息子の一人の名で、ヘラクレスの柱にもっとも近い場所にあるアトランティスの島だという、と指摘した入矢は、ヘラクレスの柱がジブラルタル海峡だとすると、ここが似てないだろうか?といってカディスを指します。しかしここは島ではなく岬だ、と疑問を呈するゼプコ老人にたいし、大昔、カディスは歩いて渡れるような遠浅の島だったそうだ、と言います。

 物語の結末はどうなったのだ?と入矢が問うと、『千一夜物語』のほうでは、「真鍮の都」から金銀財宝をかっさらい、アル=カルカル海からソロモンの壺を引き上げて凱旋帰国した、とゼプコ老人は答えます。ハッピーエンドか、と言う入矢にたいし、だがエジプト版は意味深で、えぐい話だぞとゼプコ老人は言って、エジプト版の内容を入矢に話します。
 財宝をどうするか、「真鍮の都」にたどり着いた一行の間で意見が分かれ、大公に献上しようと言う太守にたいして、呪われた場所だから封印すべきだ、と案内役の長老は主張します。両者は互いに欲や主張をむき出しにして譲らず、全員が殺し合って死んでしまい、「真鍮の都」はゴーストタウンに戻り、沼と砂の底に沈んでしまった、とゼプコ老人が語るところで今回は終了です。

 このところずっとそうですが、今回も重要な手がかりが明らかになり、最終回が近づいているのかな、という気もします。まずはミステリーの部分ですが、「山の老人」の「腐敗した(とグレコ神父が解釈している)」幹部が粛清され、これで「山の老人」の内紛には一応の決着がついたのかな、と思います。「山の老人」の人材調達がどのようになされているのかも明らかになり、幹部が推薦者となり、幹部会で採決するという方式は、ほぼ予想通りでした。もっとも、殺し屋のような実働部隊だと、個々の幹部が独自に雇っているようですが。
 「山の老人」のボスが誰なのかもよく分かりませんでしたが、アトランティスについての秘密も掌握しているとなると、グレコ神父でしょうか。しかし、幹部会の様子からすると、グレコ神父は他の幹部と同格であるように思われますので、グレコ神父はボスではなく、「秘密の箱を運ぶ人々」を掌握しているのでアトランティスの秘密を知っている、ということなのだと思います。

 他の幹部が射殺されたのにたいし、オコーナーが殺されずに捕縛されたのが気になりますが、何かじゅうような情報を握っていると判断されたのでしょうか?それにしても、オコーナーはいつから「山の老人」の幹部となったのでしょうか?11巻所収の86話「ソロモンの壺」は、オコーナーがじつは生きていて「山の老人」の幹部になっているのだという設定だと、不自然な描写になるような気がするのですが・・・。
 オコーナーたちがアトランティスにまつわる秘密の解明を進めようとした理由は、現時点では不明ですが、「山の老人」には元アトランティス探索者がいるので、単なる知的好奇心という可能性もあるでしょう。ただ、それでは動機が弱いように思われますので、アトランティスにまつわる秘密をにぎり、秘密を公表すると言って国家や宗教組織を脅迫し、富と権力の源泉にしようとの意図もあったのかもしれません。

 歴史ミステリーの部分では大きな進展があり、ついにゼプコ老人のにぎっているもう一つの手がかりが明らかになりました。『千一夜物語』の「真鍮の都」は、柱・真鍮(入矢はオリハルコンとは真鍮だと考えています)・ソロモンの壺・呪われた場所・砂漠と沼地(遠浅)・砦=障壁(赤穴博士の説では、シュリーマンがトロヤで発見した壺の文字はフェニキア語の「障壁」の可能性があります)など、これまで作中でアトランティスの手がかりとされてきた要素が盛り込まれていて、入矢の推測とあわせて考えると、作中でのアトランティスは、イベリア半島南部の大西洋岸にあるカディスの近く、ヴェネツィアのような沼の上の地形に建てられた世界最古の都市ということになりそうです。
 そうすると、次に気になるのは、「山の老人」がアトランティスを隠蔽し続けてきた理由、つまり全人類にとっての禁忌とは何なのかということです。エジプト版「真鍮の都」で語られた、全員が殺しあって死亡したという結末がその示唆になっているのではないか、と考えたのですが、うまい解釈を思いつきませんでした。また、都の近辺に住むノアの末裔は、他のアダムの子らと一度も接触したことがない、との記述も気になりますが、何を意味しているのか、やはりよく分かりませんでした。
 今回、オコーナーの「何万年も秘密を保持する」という発言により、人類の禁忌にネアンデルタール人が関わっているのが確実になったと思います。オコーナーも他の幹部も、人類の禁忌についてはあるていど知っているようですが(そうでないと、そもそも「山の老人」になろうとはしないでしょう)、場所については確証がないようで、どのような情報を得ているかということにもよるのでしょうが、あるいは、アトランティスの場所よりも人類の禁忌のほうがたどり着きやすいのかもしれません。

 予告は、「アトランティスの謎を知らぬまま死んでいったクロジエ。グレコ神父の狙いが明らかに・・・緊迫の次号!!!」、「入矢が掴むアトランティスの新しい手掛かりとは!?」となっていて、どんな新しい情報が明かされるのか、気になるところです。最近の傾向からして、次回もじゅうような手がかりが明かされそうで、たいへん楽しみですなあ(笑)。

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