カタカナ言葉と日本語

 近年、政府高官や知識人の発言において、いわゆるカタカナ言葉が多用される傾向にあります。その代表が塩崎官房長官ですが、具体例をいくつか挙げると、
●キック・オフ・スピーカー・・・冒頭発言者
●ウイン、ウイン・・・双方有利
●フォーミュラ・・・計算式
●エクスパティーズ・・・専門知識
●カウンター・インテリジェンス・ポリシー・・・情報保全方針
となります。

 上記左のカタカナ言葉を、右のような日本語に言い換えるように、との声も根強くありますが、どうもカタカナ言葉を多用する傾向は続きそうです。これには、
●じゅうらいの日本語にはあてはめにくい概念(プライバシーなど)もあるので、外国語(といっても、おもに英語ですが)をそのまま使用してしまう。
●政府高官や知識人は、外国語で議論したり、外国語文献を読んだりする機会が多いので、ついそのまま使用してしまう。
●戦後世代の漢文の素養は、明治初期までに成人した知識層ばかりではなく、戦前までに成人した明治以降の知識層と比較しても劣っているので、なかなか的確な訳語が思いつかない。
といったいくつかの理由が考えられ、あるていど仕方のないところもあります。

 さて、改めて考えてみると、上記の右のような日本語は、漢籍に由来するか(概念の変化はあるにしても)、漢語の組み合わせにより日本で新たに創出された用語なのですが、漢文の素養の劣っている戦後世代の日本人でも、これを日本語と考えることにほとんど違和感はないようです。
 確かに、上記の右のような用語はもはや日本語といってよいでしょうが、その淵源が漢語・漢籍にあるというのは、現代日本人があまり意識していないことで、日本の伝統のかなりのところが漢文世界に由来するということに、もっと注意を払ってもよいように思われます。

 そのような「漢意」を取り払ったところに、日本の真の伝統たる「やまとごころ」があるというのは、本居宣長をはじめとして江戸時代の国学派が主張し、現代にも強い影響がありますが、はたしてそうした認識が妥当なのか、現代の日本では問われています。このような問いかけを堂々とできるのも、日本がいわば脱近代ともいうべき社会に突入したからなのでしょう。
 「漢意」を取り払ったところに現れる、日本の真の伝統たる「やまとごころ」としてよく取り上げられる神道にしても、日本固有の神道的な思想が古くから存在していたかのように考えている人が少なからずいますが、仏教と対立的に考えられている「日本古来の神」でさえ(ゆえに、神仏習合という概念も存在するのですが)、仏教の影響を受けたものが少なからずあります。

 さらに、道教に象徴されるような中国由来の民間信仰の影響まで考えると、日本固有とされる神道的な信仰にしても、どこまでが日本独自のものなのか、疑問の残るところで、ましてや、日本固有の信仰が縄文時代から確固として続いてきたとするのは、そもそも証明不能ですし、おそらく的外れな考えだろうと思います。
 しかし、こうしたことは日本の史料・漢文史料には残りにくいか、そこから読み取りにくいことですので、なかなか証明の難しいところでもあります。そこに、縄文時代から外来文化を摂取しつつも核の部分で続く固有・伝統の日本文化、という言説が付け入る隙もでてくるのですが、私としても色々と勉強の必要なところです。

 さて、このように考えると、中国を中心とした東アジア文明圏の一員としての日本という歴史が描けそうで、そこに朝鮮・ベトナムも加えることができそうです。この東アジア文明圏という概念は、近年よく言われている東アジア共同体の文化的基礎になるのではないか、との期待も出てくるでしょう。
 しかし、ベトナムは完全に漢字文化を廃止しましたし、南北朝鮮でも漢字を排斥する傾向にあり(北朝鮮ではほとんど排斥されているようですが)、日本と中国にしても、第二次世界大戦後に漢字の簡略化を実行しましたから、共通の文字文化という前提はすでに崩れています。

 それでも、儒教・仏教といった共通要素があるではないか、という指摘はあるでしょうが、東アジア諸地域の思想・宗教面での違いは前近代よりすでに大きく、そこにひじょうに強力な欧米文明による近代化が進みましたから、現代における共同体形成の基礎となり得るような共通の思想・宗教的基盤は、もはや東アジアにはないと考えるべきだと思います。
 けっきょくのところ、東アジアでは欧州連合のような共同体の結成はすぐには無理で、それは、キリスト教(宗派の違いはありますが)のような強烈な一神教に匹敵するだけの宗教・思想が、東アジア世界には根づかなかったためなのでしょう。

 その役割を果たせた可能性があるのは儒教か仏教でしょうが、日本や朝鮮の仏教は基本的には中国仏教で、それは中国の雑多な思想の影響を受けて分裂していき、一神教のような凝集性のある核にはならず(キリスト教も布教先の信仰の影響を受けてかなり変容し、その違いが東西の教会の分裂にもつながっていますが・・・)、儒教も、その宗教性・大衆性の乏しさから核とはなり得ませんでした(加地伸行氏は、儒教の宗教としての側面を重視していますが・・・)。
 けっきょくのところ、日本をも含む地域共同体を形成するとしたら、東・東南アジア諸国にオーストラリア・ニュージーランドも含めて、経済面での統合を地道に進めていき、やがては政治・安全保障面での何らかの枠組みを形成していくしかないのでしょう。もちろん、文化面での交流も必要で、そのさいに、かつて存在した東アジア文明圏に注目すれば、相互理解の一助になることもあるでしょう。

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