『イリヤッド』114話「トロヤの真下」(『ビッグコミックオリジナル』2/20号)
最新号が発売されたので、さっそく購入しました。前号では、
https://sicambre.seesaa.net/article/200701article_21.html
ギリシアのミハリス=アウゲリス編纂の『イソップ物語』に収録されている「柱の王国」の内容が明らかになり、予告では「赤穴博士と再会した入矢が知る驚愕の事実とは!?」となっていたので、久々に登場する赤穴博士からどのような事実が語られるのか、たいへん楽しみにしていたのですが・・・。
さて今回の話は、島根県出雲市の民家(明示されていませんが、赤穴秀行博士の従兄弟の長谷部雄一の自宅と思われます)で休んでいる赤穴博士に、長谷部がプリツェルからの手紙を渡す場面から始まります。二人とも、8巻所収の59話「菊花の約」以来の久々の登場となります。赤穴博士は日本に帰国して以降、ずっと出雲市の長谷部の自宅にいたのでしょう。手紙を読んだ赤穴博士は、事態が大きく進展した、と言って長谷部に入矢へ連絡するよう頼み、その連絡を受け、入矢は出雲市に赤穴博士を訪ねることにします。
場面は変わって入矢堂です。まだアトランティスの場所について悩み続けているのに、と赤穴博士と会うことをためらう入矢にたいし、お迎えが近いのに(ゼプコ老人の物言いは率直ですなあ・・・)まだもたもたしている入矢にしびれを切らしたのではないか、と言ったゼプコ老人は、率直な話、アトランティスはどこだと思っているのか?と入矢に尋ねます。ゼプコ老人の問いかけを聞いた入矢は、アーサー王の墓をめぐる騒動について回想します。
英国BBC放送のプロデューサーと思われる男性が、「率直なところ、アーサー王の墓はどこだと思っているんですか?いえね、あなたにはかなりの取材費をお渡ししてます。まだ時間がほしいってのは、私のクビまで危なくしてるんだ」と入矢を問い詰めます。
プロデューサーと思われる男性が入矢を問い詰める前か後かは明示されていませんが、BBCは英国のバース郊外へ取材チームを派遣し、18世紀建造の小屋の土台から発見された石板が本物かどうか、英国のみならず世界中が注目していると伝え、入矢と地元の郷土史家ウィルソンを紹介します。
この発見の発端は、入矢がバースで入手した18世紀のある郷士(ジェントルマン)の日記で、ウィルソンの協力により発見にいたったというわけです。その日記には、沼地に捨てられた石材の中に、ラテン語と思しき文の彫られた石板を発見した郷士が、その石板を家畜小屋の材料に使ってしまった、という一文がありました。その石板が、12世紀にグラストンペリー修道院で発見された伝説のアーサー王の墓の目印である可能性が高い、と入矢はレポーターに話します。その石板の文は、古い僧侶の記録に残された文章「偉大なるアーサー王、ここアヴァロンの島に眠る」と寸分たがわぬものでした。
グラストンペリー修道院は16世紀にヘンリー8世により解散させられ、廃墟となった修道院の石材を近隣の住人が勝手に持ち出したのだ、と入矢はレポーターに説明します。それが流れ流れて、バース郊外の郷士な拾われたわけですね、と言ったレポーターは、「ではずばり、アーサー王の墓はどこにあるのですか?」と入矢に問いかけます。
この問いかけにたいして、入矢が「もはや現存しないと考えられてきましたが・・・・・・」と答えたところにウィルソンが割り込み、石板には驚くべき文章が書き加えられていた、と言います。入矢は書き加えられた文章についてウィルソンが話すのを止めようとしますが、ウィルソンはレポーターに、16世紀にヘンリー8世に追い出された修道僧の誰かが書き加えたのだろう、と自身の推測を述べ、その追加された文章は、「偉大なる王は吾らが他の場所に埋葬せり」、「白き馬に導かれし高貴な人々のみ、王の墓を見つけるであろう」というものだった、と明かします。
どういう意味ですか?と問いかけるレポーターにたいして、入矢は「まだ文章自体の真偽も・・・・・・」と答えて慎重な態度を崩しませんが、レポーターがアーサー王はどこに眠っているのか?と問いかけると、ウィルソンが「みなさん、アーサー王の墓は近い将来我々が必ず発見します!」と宣言してしまいます。どうも、入矢は慎重にいこうとしているのですが、ウィルソンが暴走しているような感があります。
アーサー王の墓をめぐる騒動を思い出した入矢は、「あせって結論出して、俺えらい目に遭ったことがあるんだ」と言って、アトランティスの場所についての現時点での自分の考えを述べることは控えます。現時点での見解を述べるくらいよさそうなものですが、引っ張りますなあ(笑)。たぶん、入矢が考えている場所が正解ということになるのでしょうから、公開は当分先になるのでしょう。
入矢の返答を聞いたゼプコ老人は、ではせめて、テネリフェ島の「冥界の王」のピラミッドの周囲に砂絵で描かれた地図については決着をつけようではないか、と言います。あのとき以来、お互いの記憶を刷り合わせることもなかった、と言うゼプコ老人にたいし、入矢はゼプコ老人がなにを意図しているのか、すぐには分かりません。
風が砂を吹き飛ばす一瞬、入矢とゼプコ老人は背中を合わせて別々の陸図を見ていたので、二人の記憶を合わせなければ話にならないだろう、とゼプコ老人が指摘すると、入矢はやっと理解します。それにしても、一瞬のことだったので地図がどこを指しているのかまるで分からなかったのは仕方ないにしても、お互いに確認できた部分についてもまだ話し合っていなかったとは驚きです(笑)。
しかも、ゼプコ老人に指摘されるまで気づかないとは、時として超人的な判断力を見せる入矢も、基本的には間抜けな人物なのだなあ、と思います(笑)。ただ、こうした入矢の間抜けさが、ときどきみせる超人的な判断から受ける印象を相殺しているところがあり、作品から現実感を喪失させない効果を果たしているようにも思われます。
海上から陸地を目視し適当に書き込んだにすぎない古代人の地図は不正確極まりないが、「冥界の王」の故郷は地球上のどこかに存在するのだから、それだけでも赤穴博士へのいい手土産ではないか、と言ったゼプコ老人は、「せーので書き込むのはどうだ?」と入矢に提案します。それでも渋る入矢にたいし、この地図がアトランティスを示すかどうか不明だと慎重な君は言うだろうが、失われたクロマニヨン人の故郷は分かるかもしれない、と促します。
入矢はついに決心し、地図を書き込むというところで場面は変わり、入矢は新幹線(明示されていませんが、富士山付近を通過したのが日中で、寝台列車ではなさそうですから、まさか在来線で出雲市まで行くとも思えません)に乗り、車中から富士山を眺めています。うーん、ここでも引っ張りますなあ(笑)。どこの地形かまったく分からなかったという入矢とゼプコ老人ですが、ここで明かされなかったということは、意外にこの地図が重要な手がかりとなるのかもしれません。
出雲市に到着した入矢は、赤穴博士を訪ねます。アトランティスの場所は分かったかね?と尋ねる赤穴博士にたいし、まだ暗中模索の最中です、と入矢は答えます。プリツェルの手紙を読み、コバチという人物が彼の島の場所について言及していたことを知り、入矢を呼んだのだと赤穴博士が言うと、トロヤがアトランティスとの説について先生はどうお考えですか?と入矢は尋ねます。赤穴博士が、君はどう考える?と逆に訊きかえすと、唐突に出てきた説だが捨てがたいとも思う、と入矢は答えます。
これにたいして赤穴博士は、考古学者らしい意見だなと言って、トロヤ人がどこに属し、いかなる言語を用い、どの文字を使用したのか、いまだにまったく分かっていない、と指摘します。シュリーマンの発掘した遺跡が本当にトロヤなのか、なかなか証明されなかったのもそのせいですよね?と問いかける入矢にたいし、ただ、トルコ中央のフリギア王国(ミダス王の国)と近い関係にあったことは事実らしい、と赤穴博士は答え、フリギアについて説明を続けます。
ヘロドトスによると、フリギア人はエジプトより古い世界最古の民で、最古の文明の発祥地とも考えられます。フリギア一帯、つまりトルコ地方に伝わる古代宗教も興味深く、アティスが松の十字架にかけられ、その死をもって人々の罪を購い、死後に復活して最高の神に昇格するという、キリストと似た伝説があります。アティスの妻にして母の女神キュベレは、キリストの母マリアや、キリストの弟子であるマグダラのマリアと同一視されていて、ローマ時代には彼女の神体は黒い石、もしくは何かの頭部と考えられていたので、テンプル騎士団のバフォメッドとも大いに関係がありそうです。
今のトルコ、すなわち小アジアこそ、すべての宗教の発祥地かもしれないのだ、と言った赤穴博士は、トルコでアトラスに相当する神は天地を支えるタンタロスだ、と指摘します。ギリシア神話に登場し、オリンポスの神々をからかったので永遠の罰を受けた神ですね、と言う入矢にたいし、ギリシア語の「耐える」・「運ぶ」という単語「トラス」が語源だ、と赤穴博士は指摘します。つまり、アトラスの「トラス」と同じというわけです。
赤穴博士によると、タンタロスはかつて人間で、タンタリスという都市の王でしたが、タンタリスは神々の怒りを買い、地震で大地に飲み込まれて沈んだ、とのことです。タンタリスはシピュロス山の近く、つまりトロヤ近郊だ、と指摘する赤穴博士にたいし、トロヤが沈んだという伝説があるのだろうか?と入矢は疑問を呈します。これにたいして赤穴博士は、3世紀トルコの詩人クイントゥスの『トロイア戦記』に書かれてあると答え、地元の詩人の作品なので、完全な創作とも考えられないだろう、と言います。
『トロイア戦記』によると、勝利したギリシア軍に怒りを覚えたポセイドンは、黒海からヘッレスポントスへ流れる海を氾濫させてトロヤの海岸にぶちまけ、さらに地面を割り水と砂を噴出させた結果、トロヤの海岸も土台も轟音を立てて水没して見えなくなり、大きく開いた大地に取り込まれてしまった、とのことです。この話を赤穴博士から聞いた入矢が「で、では赤穴先生は・・・・・・」と尋ね、「そう・・・・・・私の結論はこうだった。コバチという人物の説は正しい!アトランティスとはタンタリス。アトランティスはトロヤの真下だ!」と赤穴博士が答えるところで、今回は終了です。
今回は、赤穴博士が久々に登場するということで、重要な手がかりが得られるのではないかと期待していましたが、その期待通りに歴史ミステリーの部分で大きな進展があったように思われます。赤穴博士もアトランティスがトロヤの真下にある、と考えていることが明らかになり、ますますトロヤ説が有力になった感もありますが、確かにトロヤであれば、騙まし討ちという点で出雲民話と共通しますし、ギリシア勢力と戦ったというプラトンの記述とも一致します。
前回、入矢とゼプコ老人が疑問を呈したように、トロヤには沈んだという伝説がなさそうなのが難点でしたが、これも今回の赤穴博士の説明により解消しました。恥ずかしながら私も、トロヤが沈んだという伝説があることを知りませんでした。
ただ、トロヤ説は唐突に出てきた、と入矢が述べていることから、入矢の考えているアトランティスの場所はどうもトロヤではなさそうなのが気になります。また、入矢とゼプコ老人の描いた「冥界の王」のピラミッドの地図、アーサー王の墓をめぐる入矢の過去の醜聞、ゼプコ老人の知っているもう一つのアトランティスの手がかりが、『千一夜物語』のどの話なのかまだ明らかになっていないのも気になります。
アーサー王の墓をめぐる入矢の過去の醜聞は、次号にてさらに詳しい内容が明らかになるでしょうが、入矢のトラウマの原点であり、アーサー王とアトランティスとの関係が示唆されながら、これまで深くは描かれていなかった事件だけに、重要な手がかりが潜んでいる可能性が高いように思われます。おそらく、入矢はウィルソンに引きずられて失敗したものの、基本的な着想は正しく、入矢の見解の中にアトランティスの謎を解決する手がかりがあるのではないかと思います。
あるいは、このままアトランティスの場所はトロヤで決まりとなり、次に「山の老人」が隠蔽し続けてきた人類の秘密についての謎の解決に向かうのかもしれませんが、どうも場所の特定については、これからまだ二転三転するように思われます。9巻所収の71話「天井神さま」を読むと、入矢はイベリア半島南部をアトランティスだと考えているようなので、最終的にはイベリア半島南部がアトランティスとされるように思われます。
状況証拠のそろいつつあるトロヤ説にたいして、イベリア半島南部説は苦しいのですが、1話の冒頭にも登場した葉山瑠依の父がスペインで料理修行中というのは、『イリヤッド』のこれまでの作風からして、重要な伏線になっているように思えてなりません。まあ、単なる思い込みですが(笑)。また、イスパニアの語源はフェニキア語の‘Saphan’=「兎」で、イベリア半島南部がカルタゴ人に‘i-spehan-in’=「兎のいる海岸」と呼ばれていたという説があるのも気になります(作中では今のところこの説は取り上げられていませんが)。
予告は、「アトランティスはトロヤの真下にある!!赤穴博士の確信的断言に入矢は!?彼の島の核心に迫る次号!!」、「入矢がかつてイギリスでした手痛い失敗とは・・・!?」となっていたので、アーサー王の墓をめぐる入矢の醜聞が明らかになり、それに関連してアトランティスの手がかりも示されるのではないかと思います。次号も楽しみですなあ(笑)。
https://sicambre.seesaa.net/article/200701article_21.html
ギリシアのミハリス=アウゲリス編纂の『イソップ物語』に収録されている「柱の王国」の内容が明らかになり、予告では「赤穴博士と再会した入矢が知る驚愕の事実とは!?」となっていたので、久々に登場する赤穴博士からどのような事実が語られるのか、たいへん楽しみにしていたのですが・・・。
さて今回の話は、島根県出雲市の民家(明示されていませんが、赤穴秀行博士の従兄弟の長谷部雄一の自宅と思われます)で休んでいる赤穴博士に、長谷部がプリツェルからの手紙を渡す場面から始まります。二人とも、8巻所収の59話「菊花の約」以来の久々の登場となります。赤穴博士は日本に帰国して以降、ずっと出雲市の長谷部の自宅にいたのでしょう。手紙を読んだ赤穴博士は、事態が大きく進展した、と言って長谷部に入矢へ連絡するよう頼み、その連絡を受け、入矢は出雲市に赤穴博士を訪ねることにします。
場面は変わって入矢堂です。まだアトランティスの場所について悩み続けているのに、と赤穴博士と会うことをためらう入矢にたいし、お迎えが近いのに(ゼプコ老人の物言いは率直ですなあ・・・)まだもたもたしている入矢にしびれを切らしたのではないか、と言ったゼプコ老人は、率直な話、アトランティスはどこだと思っているのか?と入矢に尋ねます。ゼプコ老人の問いかけを聞いた入矢は、アーサー王の墓をめぐる騒動について回想します。
英国BBC放送のプロデューサーと思われる男性が、「率直なところ、アーサー王の墓はどこだと思っているんですか?いえね、あなたにはかなりの取材費をお渡ししてます。まだ時間がほしいってのは、私のクビまで危なくしてるんだ」と入矢を問い詰めます。
プロデューサーと思われる男性が入矢を問い詰める前か後かは明示されていませんが、BBCは英国のバース郊外へ取材チームを派遣し、18世紀建造の小屋の土台から発見された石板が本物かどうか、英国のみならず世界中が注目していると伝え、入矢と地元の郷土史家ウィルソンを紹介します。
この発見の発端は、入矢がバースで入手した18世紀のある郷士(ジェントルマン)の日記で、ウィルソンの協力により発見にいたったというわけです。その日記には、沼地に捨てられた石材の中に、ラテン語と思しき文の彫られた石板を発見した郷士が、その石板を家畜小屋の材料に使ってしまった、という一文がありました。その石板が、12世紀にグラストンペリー修道院で発見された伝説のアーサー王の墓の目印である可能性が高い、と入矢はレポーターに話します。その石板の文は、古い僧侶の記録に残された文章「偉大なるアーサー王、ここアヴァロンの島に眠る」と寸分たがわぬものでした。
グラストンペリー修道院は16世紀にヘンリー8世により解散させられ、廃墟となった修道院の石材を近隣の住人が勝手に持ち出したのだ、と入矢はレポーターに説明します。それが流れ流れて、バース郊外の郷士な拾われたわけですね、と言ったレポーターは、「ではずばり、アーサー王の墓はどこにあるのですか?」と入矢に問いかけます。
この問いかけにたいして、入矢が「もはや現存しないと考えられてきましたが・・・・・・」と答えたところにウィルソンが割り込み、石板には驚くべき文章が書き加えられていた、と言います。入矢は書き加えられた文章についてウィルソンが話すのを止めようとしますが、ウィルソンはレポーターに、16世紀にヘンリー8世に追い出された修道僧の誰かが書き加えたのだろう、と自身の推測を述べ、その追加された文章は、「偉大なる王は吾らが他の場所に埋葬せり」、「白き馬に導かれし高貴な人々のみ、王の墓を見つけるであろう」というものだった、と明かします。
どういう意味ですか?と問いかけるレポーターにたいして、入矢は「まだ文章自体の真偽も・・・・・・」と答えて慎重な態度を崩しませんが、レポーターがアーサー王はどこに眠っているのか?と問いかけると、ウィルソンが「みなさん、アーサー王の墓は近い将来我々が必ず発見します!」と宣言してしまいます。どうも、入矢は慎重にいこうとしているのですが、ウィルソンが暴走しているような感があります。
アーサー王の墓をめぐる騒動を思い出した入矢は、「あせって結論出して、俺えらい目に遭ったことがあるんだ」と言って、アトランティスの場所についての現時点での自分の考えを述べることは控えます。現時点での見解を述べるくらいよさそうなものですが、引っ張りますなあ(笑)。たぶん、入矢が考えている場所が正解ということになるのでしょうから、公開は当分先になるのでしょう。
入矢の返答を聞いたゼプコ老人は、ではせめて、テネリフェ島の「冥界の王」のピラミッドの周囲に砂絵で描かれた地図については決着をつけようではないか、と言います。あのとき以来、お互いの記憶を刷り合わせることもなかった、と言うゼプコ老人にたいし、入矢はゼプコ老人がなにを意図しているのか、すぐには分かりません。
風が砂を吹き飛ばす一瞬、入矢とゼプコ老人は背中を合わせて別々の陸図を見ていたので、二人の記憶を合わせなければ話にならないだろう、とゼプコ老人が指摘すると、入矢はやっと理解します。それにしても、一瞬のことだったので地図がどこを指しているのかまるで分からなかったのは仕方ないにしても、お互いに確認できた部分についてもまだ話し合っていなかったとは驚きです(笑)。
しかも、ゼプコ老人に指摘されるまで気づかないとは、時として超人的な判断力を見せる入矢も、基本的には間抜けな人物なのだなあ、と思います(笑)。ただ、こうした入矢の間抜けさが、ときどきみせる超人的な判断から受ける印象を相殺しているところがあり、作品から現実感を喪失させない効果を果たしているようにも思われます。
海上から陸地を目視し適当に書き込んだにすぎない古代人の地図は不正確極まりないが、「冥界の王」の故郷は地球上のどこかに存在するのだから、それだけでも赤穴博士へのいい手土産ではないか、と言ったゼプコ老人は、「せーので書き込むのはどうだ?」と入矢に提案します。それでも渋る入矢にたいし、この地図がアトランティスを示すかどうか不明だと慎重な君は言うだろうが、失われたクロマニヨン人の故郷は分かるかもしれない、と促します。
入矢はついに決心し、地図を書き込むというところで場面は変わり、入矢は新幹線(明示されていませんが、富士山付近を通過したのが日中で、寝台列車ではなさそうですから、まさか在来線で出雲市まで行くとも思えません)に乗り、車中から富士山を眺めています。うーん、ここでも引っ張りますなあ(笑)。どこの地形かまったく分からなかったという入矢とゼプコ老人ですが、ここで明かされなかったということは、意外にこの地図が重要な手がかりとなるのかもしれません。
出雲市に到着した入矢は、赤穴博士を訪ねます。アトランティスの場所は分かったかね?と尋ねる赤穴博士にたいし、まだ暗中模索の最中です、と入矢は答えます。プリツェルの手紙を読み、コバチという人物が彼の島の場所について言及していたことを知り、入矢を呼んだのだと赤穴博士が言うと、トロヤがアトランティスとの説について先生はどうお考えですか?と入矢は尋ねます。赤穴博士が、君はどう考える?と逆に訊きかえすと、唐突に出てきた説だが捨てがたいとも思う、と入矢は答えます。
これにたいして赤穴博士は、考古学者らしい意見だなと言って、トロヤ人がどこに属し、いかなる言語を用い、どの文字を使用したのか、いまだにまったく分かっていない、と指摘します。シュリーマンの発掘した遺跡が本当にトロヤなのか、なかなか証明されなかったのもそのせいですよね?と問いかける入矢にたいし、ただ、トルコ中央のフリギア王国(ミダス王の国)と近い関係にあったことは事実らしい、と赤穴博士は答え、フリギアについて説明を続けます。
ヘロドトスによると、フリギア人はエジプトより古い世界最古の民で、最古の文明の発祥地とも考えられます。フリギア一帯、つまりトルコ地方に伝わる古代宗教も興味深く、アティスが松の十字架にかけられ、その死をもって人々の罪を購い、死後に復活して最高の神に昇格するという、キリストと似た伝説があります。アティスの妻にして母の女神キュベレは、キリストの母マリアや、キリストの弟子であるマグダラのマリアと同一視されていて、ローマ時代には彼女の神体は黒い石、もしくは何かの頭部と考えられていたので、テンプル騎士団のバフォメッドとも大いに関係がありそうです。
今のトルコ、すなわち小アジアこそ、すべての宗教の発祥地かもしれないのだ、と言った赤穴博士は、トルコでアトラスに相当する神は天地を支えるタンタロスだ、と指摘します。ギリシア神話に登場し、オリンポスの神々をからかったので永遠の罰を受けた神ですね、と言う入矢にたいし、ギリシア語の「耐える」・「運ぶ」という単語「トラス」が語源だ、と赤穴博士は指摘します。つまり、アトラスの「トラス」と同じというわけです。
赤穴博士によると、タンタロスはかつて人間で、タンタリスという都市の王でしたが、タンタリスは神々の怒りを買い、地震で大地に飲み込まれて沈んだ、とのことです。タンタリスはシピュロス山の近く、つまりトロヤ近郊だ、と指摘する赤穴博士にたいし、トロヤが沈んだという伝説があるのだろうか?と入矢は疑問を呈します。これにたいして赤穴博士は、3世紀トルコの詩人クイントゥスの『トロイア戦記』に書かれてあると答え、地元の詩人の作品なので、完全な創作とも考えられないだろう、と言います。
『トロイア戦記』によると、勝利したギリシア軍に怒りを覚えたポセイドンは、黒海からヘッレスポントスへ流れる海を氾濫させてトロヤの海岸にぶちまけ、さらに地面を割り水と砂を噴出させた結果、トロヤの海岸も土台も轟音を立てて水没して見えなくなり、大きく開いた大地に取り込まれてしまった、とのことです。この話を赤穴博士から聞いた入矢が「で、では赤穴先生は・・・・・・」と尋ね、「そう・・・・・・私の結論はこうだった。コバチという人物の説は正しい!アトランティスとはタンタリス。アトランティスはトロヤの真下だ!」と赤穴博士が答えるところで、今回は終了です。
今回は、赤穴博士が久々に登場するということで、重要な手がかりが得られるのではないかと期待していましたが、その期待通りに歴史ミステリーの部分で大きな進展があったように思われます。赤穴博士もアトランティスがトロヤの真下にある、と考えていることが明らかになり、ますますトロヤ説が有力になった感もありますが、確かにトロヤであれば、騙まし討ちという点で出雲民話と共通しますし、ギリシア勢力と戦ったというプラトンの記述とも一致します。
前回、入矢とゼプコ老人が疑問を呈したように、トロヤには沈んだという伝説がなさそうなのが難点でしたが、これも今回の赤穴博士の説明により解消しました。恥ずかしながら私も、トロヤが沈んだという伝説があることを知りませんでした。
ただ、トロヤ説は唐突に出てきた、と入矢が述べていることから、入矢の考えているアトランティスの場所はどうもトロヤではなさそうなのが気になります。また、入矢とゼプコ老人の描いた「冥界の王」のピラミッドの地図、アーサー王の墓をめぐる入矢の過去の醜聞、ゼプコ老人の知っているもう一つのアトランティスの手がかりが、『千一夜物語』のどの話なのかまだ明らかになっていないのも気になります。
アーサー王の墓をめぐる入矢の過去の醜聞は、次号にてさらに詳しい内容が明らかになるでしょうが、入矢のトラウマの原点であり、アーサー王とアトランティスとの関係が示唆されながら、これまで深くは描かれていなかった事件だけに、重要な手がかりが潜んでいる可能性が高いように思われます。おそらく、入矢はウィルソンに引きずられて失敗したものの、基本的な着想は正しく、入矢の見解の中にアトランティスの謎を解決する手がかりがあるのではないかと思います。
あるいは、このままアトランティスの場所はトロヤで決まりとなり、次に「山の老人」が隠蔽し続けてきた人類の秘密についての謎の解決に向かうのかもしれませんが、どうも場所の特定については、これからまだ二転三転するように思われます。9巻所収の71話「天井神さま」を読むと、入矢はイベリア半島南部をアトランティスだと考えているようなので、最終的にはイベリア半島南部がアトランティスとされるように思われます。
状況証拠のそろいつつあるトロヤ説にたいして、イベリア半島南部説は苦しいのですが、1話の冒頭にも登場した葉山瑠依の父がスペインで料理修行中というのは、『イリヤッド』のこれまでの作風からして、重要な伏線になっているように思えてなりません。まあ、単なる思い込みですが(笑)。また、イスパニアの語源はフェニキア語の‘Saphan’=「兎」で、イベリア半島南部がカルタゴ人に‘i-spehan-in’=「兎のいる海岸」と呼ばれていたという説があるのも気になります(作中では今のところこの説は取り上げられていませんが)。
予告は、「アトランティスはトロヤの真下にある!!赤穴博士の確信的断言に入矢は!?彼の島の核心に迫る次号!!」、「入矢がかつてイギリスでした手痛い失敗とは・・・!?」となっていたので、アーサー王の墓をめぐる入矢の醜聞が明らかになり、それに関連してアトランティスの手がかりも示されるのではないかと思います。次号も楽しみですなあ(笑)。
この記事へのコメント
早速読ませて頂いておりました。
読み逃げで、コメントが遅れましたw。
今まで気になっていた入矢のアーサー王に
関する過去が少しずつ明らかになってきましたね。
過去の失敗がトラウマになり、
慎重になったと言うわけですね。
劉公嗣さんのおっしゃるように、
アーサー王がらみで、アトランティスの場所の
ヒントが得られるような気がしますね。
エンドレ氏と入矢の関係がそこから始まったように。
赤穴博士の見解は意外でした。
トロヤ説の裏付けの「兎」は、
「柱の国」の「兎」なのでしょうか?
「兎」の伝説を丁寧に調べていくとアトランティスに
行き着くということですが。
劉公嗣さんの「イスパニアの語源」の話、
興味深いですね。
ルイの父がスペインに渡っていることからも
何かありそうな感じがします。
本当に次回が楽しみです。
いただき、ありがとうございます。
次号は入矢が考古学界を追放された
事件の全容が明らかになりそうなので、
楽しみにしています。
兎の昔話もまだ謎が多くて、現時点
では断言は難しいかなとも思います。
個人的には、まだイベリア半島説に
こだわっています(笑)。
イリヤッドが大好きで、関連するサイトがないか探していたらたどり着きました。
ストーリーが複雑でたまに混乱するのですが、このサイトを見てだいぶ頭がすっきりしました。更新を楽しみにしています。
管理人さんならご存知かもしれませんが、エバーハート・ツァンガーの「天からの洪水」という本が面白いです。地理考古学の観点から非常に説得力のあるトロイ=アトランティス説を展開しています(やや強引なところもありますが)。
今後ともよろしくお願い申し仕上げます。
備忘録的性格の強い過疎ブログですが、
お読みいただきありがとうございます。
『天からの洪水』は題名だけは知って
いるのですが、まだ読んだことはなく、
図書館で借りてこようかな、と思います。