『イリヤッド』115話「イリヤの選択」(『ビッグコミックオリジナル』3/5号)
最新号が発売されたので、さっそく購入しました。前号では、
https://sicambre.seesaa.net/article/200702article_5.html
コバチに続いて赤穴博士もアトランティスはトロヤの真下だと発言し、トロヤ説がさらに優勢になった感があります。予告は、「アトランティスはトロヤの真下にある!!赤穴博士の確信的断言に入矢は!?彼の島の核心に迫る次号!!」、「入矢がかつてイギリスでした手痛い失敗とは・・・!?」となっていたので、アーサー王の墓をめぐる入矢の醜聞の全容が明らかになり、それに関連してアトランティスの手がかりも示されるのではないか、と期待していたのですが・・・。
さて今回の話は、前号で紹介された、トロヤが沈んだという話を伝える、クイントゥス著・松田治訳『トロイア戦記』(講談社)の引用から始まります。以下の青字が引用箇所です。
折しも、ポセイダーオンは、その不屈の胸のうちで、逞しいギリシャ人たちの防壁や塔に激しい敵意を向けていた。それはギリシャ人たちがトロイア勢の憎悪にみちた攻撃を防ぐために構築したものだ。神は大急ぎで、黒海からヘッレスポントスへ流れる海の水のすべてを氾濫させ、それをトロイアの海岸にぶちまけた。・・・・・・・すると、トロイアの海岸も土台も轟音をたて、巨大な城壁は破壊され、水没してみえなくなり、大きくぽっかり口を開けた大地の中へ飛びこんでいった。
場面は変わって入矢堂です。赤穴博士に会う前に、入矢とゼプコ老人が記憶を頼りにテネリフェ島の「冥界の王」の砂絵の地図を描きこむ場面が前号にて描かれましたが、その結果は前号では明らかにならず、今号にてその続きが明らかになるというわけです。
入矢とゼプコ老人はお互いに描きこんだ地図を前に検討します。二人は、「冥界の王」のミイラが頂上に安置されたピラミッドがアトランティスの中心の島で、他の島が天変地異で沈んだとし、両岸の海岸線だけを頼りに推定しようとします。古代人の地図なので、北を上、南を下として描くとは限らないので、逆さにしたらどうだろう?と入矢は言い、入矢は地図を逆さにしてみます。
すると、入矢はその地図がどこを表しているか、閃いた様子です。ゼプコ老人も入矢の様子を見て地図を熱心に検討し、地図の表している場所がどこか閃き、たとえ赤穴博士が別の場所を示そうとも、アトランティスの場所はここだ!ぜったいに我々のほうが正しい!と入矢に熱く語りかけます。
ここで、出雲市の民家で入矢と赤穴博士が面会している場面にかわります。うーん、相変わらず引っ張りますなあ(笑)。アトランティスはトロヤの真下にあるとお考えですか?との入矢の問いかけに、人生を賭けて研究し、今はそう確信している、と赤穴博士は答えます。シュリーマンが遺跡を破壊する危険を冒してまで南北に深い溝を掘ったのは、シュリーマンの目的がトロヤのずっと真下だからで、トロヤ市街の大きさが、現在発掘されている面積の10倍以上というのは考古学的にも確認されていて、ちょうどアトランティスの中心部の大きさと合致する、と赤穴博士は説明します。
しかしトロヤはトルコの内陸部にあり、水没の痕跡はないのでは?との入矢の問いかけにたいし、現在は海まで6kmだが、紀元前には周囲が海と沼だったことは発掘調査で証明されている、と赤穴博士は答えます。プラトンは間違っていたか、わざと嘘をついたのでしょうか?と入矢が問うと、プラトンは「山の老人」に属していたか、シュリーマンの孫と同じく「山の老人」を恐れたのだ、と赤穴博士は答えます。
あるいは、小アジアの伝承をエジプトの伝承と勘違いしたかですね、と言った入矢は、シュリーマンは古代地中海文明とアトランティスを関連づけて考えていたのでは?と問いかけます。シュリーマンはおそらく、その発祥地を小アジアに求めたのではないかな、と赤穴博士は答えますが、入矢はどうも納得していない様子です。意見が違うようだね、と言った赤穴博士は、入矢の説を拝聴したい、と入矢を促します。
しかし、入矢は躊躇した様子で、それを見た赤穴博士は、入矢が英国時代に手痛い失敗を犯して考古学界を追われたと以前小耳に挟んだことがある、と言い、何があったか聞かせてほしいと入矢に頼み、入矢は10年前の出来事を話し始めます。
アーサー王の墓を探していた入矢は、グラストンベリ修道院の王墓は本物で、16世紀にヘンリー8世の勅令で修道院が解体されたさい、修道士が亡骸をどこかに移したという仮説を立てました。入矢は地元の郷土史家ウィルソンの協力で、18世紀の小屋の土台から王の墓を示す石板を見つけ出し、英国だけではなく世界中が入矢たちに注目しました。
英国BBC放送が協力し、莫大な調査・発掘費用の問題も解決しましたが、BBCのプロデューサー(と思われる男性)は、莫大な取材費を入矢とウィルソンに渡しているのに、番組にならないと困るから、そろそろアーサー王の墓の候補地を決めてくれ、と急かします。
それでも入矢が悩んでいると、ウィルソンの言うように、アフィントンを発掘するというのはどうだろうか?とプロデューサーが提案します。入矢が発見した石板の裏面に書かれていた、白い馬に導かれた人だけが王の墓を見つけるだろう、という一節があるが、アフィントンには謎の地上絵ホワイトホースがあり、その丘の下の修道院がアーサー王の墓ではないかとウィルソンが言っている、とプロデューサーは説明します。
しかし入矢は、確かにホワイトホースはアーサー王の勝利を讃えて刻まれたという伝説があるが、あれは石器時代の遺跡でアーサー王とは無関係だと思う、と答えます。ではどこだと思うのだ?とプロデューサーが問うと、石板にある「偉大な王の眠る場所は古き砦の近くにあり」という文に引っかかっているが、それはチェシャー州のことだろう、と入矢は答えます。
入矢によると、チェシャー州の首都チェスターはローマ時代最古の砦の一つで、アーサー王は6世紀頃にローマ軍が引き上げた後、サクソン族からブリテン島を守ったローマン=ケルト人であり、グラストンベリの修道僧たちは王の霊魂を安心させるため、元ローマの砦の近くに亡骸を埋葬したのではないか、ということです。これを聞いたプロデューサーが、チェシャーに有力な候補地があるのか?と尋ねると、あるのだ、と入矢は答えます。プロデューサーは入矢の自信ありげな様子を見て後悔します。ウィルソンが自信たっぷりなので、取材陣をアフィトンに送ったというのです。
これを聞いて、入矢は英国のゼノアにあるウィルソンの自宅を訪ねます。自分は地元で歴史の教鞭をとっていただけのアマチュア歴史家だが、アーサー王の墓の発掘は生涯の夢で、60年かけてきた結果、アーサー王の墓はアフィトンの僧院跡という結論にたっした、とウィルソンは入矢に熱く語りかけます。入矢が同意すればテレビ局は動くから、アフィトンの僧院跡を掘らせてくれ、とウィルソンは入矢に懇願します。自分は80歳で、生涯をかけたお願いだ、とウィルソンは入矢に頼み込みます。そこに電話がかかってきて、ウィルソンが出ると、ホワイトホース近くの修道院跡から、5~6世紀頃の人骨が発見された、との報告がありました。
そこで入矢もウィルソンの見解に同意し、アフィトンの僧院跡でBBCの取材を受けます。アーサー王はここに眠っていると考えているのか?と取材者に尋ねられると、一時は別の場所を考えたが・・・と入矢は答えます。ウィルソンの執念に負けたのか?と尋ねられた入矢は、そのようだ・・・と答えます。大勢の学者、たとえばレイトン卿がその説を安易すぎると否定している、と問われた入矢は、彼は友人だが手厳しいなあ、と答えます。もっとも、レイトン卿は入矢を友人とは考えていないようですが(笑)。
発見された人骨がアーサー王と同時代の6世紀頃のものであることは間違いないのか?と尋ねられた入矢は、炭素測定の結果だ、と答えます。発見された人骨の指に、針金が通るくらいの小さな穴があることにレイトン卿は疑問を呈している、とBBCの取材者から聞いた入矢は、ある可能性に気づき、ゼノアにいるウィルソンを訪ねます。
風邪を引いて寝ているウィルソンを入矢が見舞うと、アーサー王の骨を見るまでは死ねない、とウィルソンは言います。自分のことは気にせず発掘に立ち会ってほしい、と言うウィルソンにたいし、入矢は新聞を取り出します。そこには、一ヶ月前にペンザンスの考古学博物館から6世紀のケルト兵の骨が盗まれた、との記事がありました。
それが何か?と問うウィルソンにたいし、人骨には展示用に針金で固定する小さな穴が指先に開いており、発見された人骨と同じだ、と入矢は言います。するとウィルソンは、嘘も方便だ、アーサー王の墓が見つかれば問題ないわけで、あなたと自分の名が英国考古学史に燦然と刻まれるまでだと言い、人骨の発見が自分の捏造であることを告白します。けっきょくアーサー王の遺骸は見つからず、入矢はテレビ局と新聞に盗難の事実を告白し、ウィルソンはその直後に亡くなりました。
君が全責任を負ったのか?と赤穴博士が尋ねると、入矢はそうだと答え、立ち直れないほどの失敗で、アトランティス探索という目的がなかったら、今でも立ち直っていないかもしれない、と言います。アーサー王の墓をめぐる失敗があったため、入矢は自説を述べることに臆病になっており、アトランティスの場所についても、赤穴博士の説とも異なるのに、自分の見解を述べてよいものだろうか、と躊躇しているのでした。
大失敗を犯した人間は、二度と失敗しないよう慎重にならざるを得ないのかね?と赤穴博士に尋ねられた入矢は、はい、と答えます。すると赤穴博士は、君は間違っている、自信をもつべきだと言い、一度人生で失敗を犯した人間は、次に失敗しても絶対立ち直れるという気概を学ぶべきであり、何度でも失敗する勇気がもてなくて何が人生だ!と入矢を励まします。赤穴博士の励ましを聞いた入矢は、ふっきれて自信を回復します。
場面は入矢が赤穴博士と会う前に戻ります。入矢とゼプコ老人は、記憶を頼りにそれぞれが描きこんだ「冥界の王」の砂絵の地図を前に、それがどの場所を表しているのか、確信します。二人が、我々が記憶した地図が指し示す場所はスペインとモロッコの両岸だ、と言うところで今回は終了です。
今回は、入矢の過去の醜聞の真相が明らかになり、アトランティスの場所についても重要な情報が提示されました。また赤穴博士の入矢への励ましは、人生の大先輩からのものといった感じで、100歳近いという赤穴博士(1910年生まれです)のキャラが活かされており、ヒューマンストーリーとしてなかなかよかったと思います。
入矢が捏造の全責任を負った理由が私には明確には分かりませんでしたが、レイトン卿の指摘を聞くまで捏造に気づかなかった自分の不明を恥じたのかもしれません。また、作中での時間の経過がはっきりしないので断言できませんが、ウィルソンの告白を聞いた後も、名前が英国考古学史に燦然と刻まれる、というウィルソンの誘いに心を動かされ、すぐに捏造を告白するのではなく、アーサー王の亡骸が発見されることを期待して、しばらく様子を見守っていたことの責任をとったということなのかもしれません。アーサー王の墓をめぐる入矢の推測とアトランティスとの関係についてはまだはっきりとしませんが、次号以降の展開に期待したいところです。
アトランティスの場所については、重要な進展がありました。テネリフェ島の「冥界の王」の砂絵の地図はスペインとモロッコを表している、というのが入矢とゼプコ老人の結論だと明かされました。これまで、入矢がどこをアトランティスだと考えているか、明示されてこなかっただけに、これは大収穫だと思います。そうすると、「冥界の王」のピラミッドがアトランティスの中心を表しているというのが入矢の推測ですから、アトランティスはジブラルタル海峡の近く、スペインとモロッコの間の大西洋に浮かぶ島ということになります。
これだと、楽園であるアトランティスを追われた「冥界の王」の一族が流れ着いたのがカナリア諸島だとしても不思議ではありません。トロヤだと、カナリア諸島からは遠すぎるように思われます。ただ、砂絵の地図を見てもどこだか現代人には分からないだろう、というグレコ神父の発言が気になります。入矢もゼプコ老人も地図をはっきりと確認できたわけではなく、記憶を頼りに描いた地図ですので、本当に地図の両岸がスペインとモロッコなのか、疑問が残ります。
こうなると気になるのは、ゼプコ老人が知っている、アトランティスの場所のもう一つの手がかりである『千一夜物語』です。『千一夜物語』が手がかりの一つだと示されたのが111話で、もう一つの手がかりの『イソップ物語』のほうが112・113話にて紹介されたのにたいして、ずいぶんと引っ張りますが、これは『千一夜物語』の該当する話を紹介すると、読者には場所がほぼ特定できるからなのかもしれません。
赤穴博士は、シュリーマンもトロヤをアトランティスと考えていた、と推測していますが、8巻所収の64話にて、「この時代の歴史家の地理観がこの程度だとしたなら、彼らはそこを巨大な島と見誤っただろう」とのシュリーマンの発言が紹介され、9巻所収の71話にて、シュリーマンも参考にした古代の地図では、地中海沿岸と黒海周辺はかなり正確だと入矢が言っていますので、シュリーマンはトロヤをアトランティスとは考えていない可能性が高いように思われます。もっともそうすると、アトランティスは島ではなくなりますので、スペインとモロッコの間の大西洋に浮かぶ島ではないということになりますが、あるいは入矢とゼプコ老人の地図の解釈が間違っているのでしょうか。
予告は、「人間は失敗を繰り返して、強くなっていく。自分の選択に確信を持った入矢が次におこすモーションは?」、「レイトンと対面したクロジエが接触するのは・・・!?」となっていますので、約1年振りに登場するレイトン卿(93話以来)とクロジエ(94話以来)からどんな情報が明らかになるのか、またクロジエが誰と接触するのか、たいへん気になるところです。
残念なのは、今月末に13巻が発売になるのに、次号は巻頭カラーではないことです。『イリヤッド』を読み始めてから1年数ヶ月になりますが、この間ずっと、単行本の発売にあわせて巻頭カラーだっただけに、がっかりしています。最近は掲載順序も後ろのほうで定着しつつありますし、あまり人気がないのですかねぇ・・・。まあ確かに、一般受けするような内容ではないかもしれませんが、歴史ミステリー・サスペンス・ヒューマンストーリーの融合した、ひじょうに質の高い作品だと私は評価しています。
まあそれはともかくとして、クロジエと接触するのはオコーナーではないか、と予想しているのですが、私の予想はめったに当たりませんからなあ(笑)。まあ、競馬でも予想が当たることはめったにありませんが・・・。この予想が当たるかどうかということも含めて、次号も楽しみでなりません(笑)。
https://sicambre.seesaa.net/article/200702article_5.html
コバチに続いて赤穴博士もアトランティスはトロヤの真下だと発言し、トロヤ説がさらに優勢になった感があります。予告は、「アトランティスはトロヤの真下にある!!赤穴博士の確信的断言に入矢は!?彼の島の核心に迫る次号!!」、「入矢がかつてイギリスでした手痛い失敗とは・・・!?」となっていたので、アーサー王の墓をめぐる入矢の醜聞の全容が明らかになり、それに関連してアトランティスの手がかりも示されるのではないか、と期待していたのですが・・・。
さて今回の話は、前号で紹介された、トロヤが沈んだという話を伝える、クイントゥス著・松田治訳『トロイア戦記』(講談社)の引用から始まります。以下の青字が引用箇所です。
折しも、ポセイダーオンは、その不屈の胸のうちで、逞しいギリシャ人たちの防壁や塔に激しい敵意を向けていた。それはギリシャ人たちがトロイア勢の憎悪にみちた攻撃を防ぐために構築したものだ。神は大急ぎで、黒海からヘッレスポントスへ流れる海の水のすべてを氾濫させ、それをトロイアの海岸にぶちまけた。・・・・・・・すると、トロイアの海岸も土台も轟音をたて、巨大な城壁は破壊され、水没してみえなくなり、大きくぽっかり口を開けた大地の中へ飛びこんでいった。
場面は変わって入矢堂です。赤穴博士に会う前に、入矢とゼプコ老人が記憶を頼りにテネリフェ島の「冥界の王」の砂絵の地図を描きこむ場面が前号にて描かれましたが、その結果は前号では明らかにならず、今号にてその続きが明らかになるというわけです。
入矢とゼプコ老人はお互いに描きこんだ地図を前に検討します。二人は、「冥界の王」のミイラが頂上に安置されたピラミッドがアトランティスの中心の島で、他の島が天変地異で沈んだとし、両岸の海岸線だけを頼りに推定しようとします。古代人の地図なので、北を上、南を下として描くとは限らないので、逆さにしたらどうだろう?と入矢は言い、入矢は地図を逆さにしてみます。
すると、入矢はその地図がどこを表しているか、閃いた様子です。ゼプコ老人も入矢の様子を見て地図を熱心に検討し、地図の表している場所がどこか閃き、たとえ赤穴博士が別の場所を示そうとも、アトランティスの場所はここだ!ぜったいに我々のほうが正しい!と入矢に熱く語りかけます。
ここで、出雲市の民家で入矢と赤穴博士が面会している場面にかわります。うーん、相変わらず引っ張りますなあ(笑)。アトランティスはトロヤの真下にあるとお考えですか?との入矢の問いかけに、人生を賭けて研究し、今はそう確信している、と赤穴博士は答えます。シュリーマンが遺跡を破壊する危険を冒してまで南北に深い溝を掘ったのは、シュリーマンの目的がトロヤのずっと真下だからで、トロヤ市街の大きさが、現在発掘されている面積の10倍以上というのは考古学的にも確認されていて、ちょうどアトランティスの中心部の大きさと合致する、と赤穴博士は説明します。
しかしトロヤはトルコの内陸部にあり、水没の痕跡はないのでは?との入矢の問いかけにたいし、現在は海まで6kmだが、紀元前には周囲が海と沼だったことは発掘調査で証明されている、と赤穴博士は答えます。プラトンは間違っていたか、わざと嘘をついたのでしょうか?と入矢が問うと、プラトンは「山の老人」に属していたか、シュリーマンの孫と同じく「山の老人」を恐れたのだ、と赤穴博士は答えます。
あるいは、小アジアの伝承をエジプトの伝承と勘違いしたかですね、と言った入矢は、シュリーマンは古代地中海文明とアトランティスを関連づけて考えていたのでは?と問いかけます。シュリーマンはおそらく、その発祥地を小アジアに求めたのではないかな、と赤穴博士は答えますが、入矢はどうも納得していない様子です。意見が違うようだね、と言った赤穴博士は、入矢の説を拝聴したい、と入矢を促します。
しかし、入矢は躊躇した様子で、それを見た赤穴博士は、入矢が英国時代に手痛い失敗を犯して考古学界を追われたと以前小耳に挟んだことがある、と言い、何があったか聞かせてほしいと入矢に頼み、入矢は10年前の出来事を話し始めます。
アーサー王の墓を探していた入矢は、グラストンベリ修道院の王墓は本物で、16世紀にヘンリー8世の勅令で修道院が解体されたさい、修道士が亡骸をどこかに移したという仮説を立てました。入矢は地元の郷土史家ウィルソンの協力で、18世紀の小屋の土台から王の墓を示す石板を見つけ出し、英国だけではなく世界中が入矢たちに注目しました。
英国BBC放送が協力し、莫大な調査・発掘費用の問題も解決しましたが、BBCのプロデューサー(と思われる男性)は、莫大な取材費を入矢とウィルソンに渡しているのに、番組にならないと困るから、そろそろアーサー王の墓の候補地を決めてくれ、と急かします。
それでも入矢が悩んでいると、ウィルソンの言うように、アフィントンを発掘するというのはどうだろうか?とプロデューサーが提案します。入矢が発見した石板の裏面に書かれていた、白い馬に導かれた人だけが王の墓を見つけるだろう、という一節があるが、アフィントンには謎の地上絵ホワイトホースがあり、その丘の下の修道院がアーサー王の墓ではないかとウィルソンが言っている、とプロデューサーは説明します。
しかし入矢は、確かにホワイトホースはアーサー王の勝利を讃えて刻まれたという伝説があるが、あれは石器時代の遺跡でアーサー王とは無関係だと思う、と答えます。ではどこだと思うのだ?とプロデューサーが問うと、石板にある「偉大な王の眠る場所は古き砦の近くにあり」という文に引っかかっているが、それはチェシャー州のことだろう、と入矢は答えます。
入矢によると、チェシャー州の首都チェスターはローマ時代最古の砦の一つで、アーサー王は6世紀頃にローマ軍が引き上げた後、サクソン族からブリテン島を守ったローマン=ケルト人であり、グラストンベリの修道僧たちは王の霊魂を安心させるため、元ローマの砦の近くに亡骸を埋葬したのではないか、ということです。これを聞いたプロデューサーが、チェシャーに有力な候補地があるのか?と尋ねると、あるのだ、と入矢は答えます。プロデューサーは入矢の自信ありげな様子を見て後悔します。ウィルソンが自信たっぷりなので、取材陣をアフィトンに送ったというのです。
これを聞いて、入矢は英国のゼノアにあるウィルソンの自宅を訪ねます。自分は地元で歴史の教鞭をとっていただけのアマチュア歴史家だが、アーサー王の墓の発掘は生涯の夢で、60年かけてきた結果、アーサー王の墓はアフィトンの僧院跡という結論にたっした、とウィルソンは入矢に熱く語りかけます。入矢が同意すればテレビ局は動くから、アフィトンの僧院跡を掘らせてくれ、とウィルソンは入矢に懇願します。自分は80歳で、生涯をかけたお願いだ、とウィルソンは入矢に頼み込みます。そこに電話がかかってきて、ウィルソンが出ると、ホワイトホース近くの修道院跡から、5~6世紀頃の人骨が発見された、との報告がありました。
そこで入矢もウィルソンの見解に同意し、アフィトンの僧院跡でBBCの取材を受けます。アーサー王はここに眠っていると考えているのか?と取材者に尋ねられると、一時は別の場所を考えたが・・・と入矢は答えます。ウィルソンの執念に負けたのか?と尋ねられた入矢は、そのようだ・・・と答えます。大勢の学者、たとえばレイトン卿がその説を安易すぎると否定している、と問われた入矢は、彼は友人だが手厳しいなあ、と答えます。もっとも、レイトン卿は入矢を友人とは考えていないようですが(笑)。
発見された人骨がアーサー王と同時代の6世紀頃のものであることは間違いないのか?と尋ねられた入矢は、炭素測定の結果だ、と答えます。発見された人骨の指に、針金が通るくらいの小さな穴があることにレイトン卿は疑問を呈している、とBBCの取材者から聞いた入矢は、ある可能性に気づき、ゼノアにいるウィルソンを訪ねます。
風邪を引いて寝ているウィルソンを入矢が見舞うと、アーサー王の骨を見るまでは死ねない、とウィルソンは言います。自分のことは気にせず発掘に立ち会ってほしい、と言うウィルソンにたいし、入矢は新聞を取り出します。そこには、一ヶ月前にペンザンスの考古学博物館から6世紀のケルト兵の骨が盗まれた、との記事がありました。
それが何か?と問うウィルソンにたいし、人骨には展示用に針金で固定する小さな穴が指先に開いており、発見された人骨と同じだ、と入矢は言います。するとウィルソンは、嘘も方便だ、アーサー王の墓が見つかれば問題ないわけで、あなたと自分の名が英国考古学史に燦然と刻まれるまでだと言い、人骨の発見が自分の捏造であることを告白します。けっきょくアーサー王の遺骸は見つからず、入矢はテレビ局と新聞に盗難の事実を告白し、ウィルソンはその直後に亡くなりました。
君が全責任を負ったのか?と赤穴博士が尋ねると、入矢はそうだと答え、立ち直れないほどの失敗で、アトランティス探索という目的がなかったら、今でも立ち直っていないかもしれない、と言います。アーサー王の墓をめぐる失敗があったため、入矢は自説を述べることに臆病になっており、アトランティスの場所についても、赤穴博士の説とも異なるのに、自分の見解を述べてよいものだろうか、と躊躇しているのでした。
大失敗を犯した人間は、二度と失敗しないよう慎重にならざるを得ないのかね?と赤穴博士に尋ねられた入矢は、はい、と答えます。すると赤穴博士は、君は間違っている、自信をもつべきだと言い、一度人生で失敗を犯した人間は、次に失敗しても絶対立ち直れるという気概を学ぶべきであり、何度でも失敗する勇気がもてなくて何が人生だ!と入矢を励まします。赤穴博士の励ましを聞いた入矢は、ふっきれて自信を回復します。
場面は入矢が赤穴博士と会う前に戻ります。入矢とゼプコ老人は、記憶を頼りにそれぞれが描きこんだ「冥界の王」の砂絵の地図を前に、それがどの場所を表しているのか、確信します。二人が、我々が記憶した地図が指し示す場所はスペインとモロッコの両岸だ、と言うところで今回は終了です。
今回は、入矢の過去の醜聞の真相が明らかになり、アトランティスの場所についても重要な情報が提示されました。また赤穴博士の入矢への励ましは、人生の大先輩からのものといった感じで、100歳近いという赤穴博士(1910年生まれです)のキャラが活かされており、ヒューマンストーリーとしてなかなかよかったと思います。
入矢が捏造の全責任を負った理由が私には明確には分かりませんでしたが、レイトン卿の指摘を聞くまで捏造に気づかなかった自分の不明を恥じたのかもしれません。また、作中での時間の経過がはっきりしないので断言できませんが、ウィルソンの告白を聞いた後も、名前が英国考古学史に燦然と刻まれる、というウィルソンの誘いに心を動かされ、すぐに捏造を告白するのではなく、アーサー王の亡骸が発見されることを期待して、しばらく様子を見守っていたことの責任をとったということなのかもしれません。アーサー王の墓をめぐる入矢の推測とアトランティスとの関係についてはまだはっきりとしませんが、次号以降の展開に期待したいところです。
アトランティスの場所については、重要な進展がありました。テネリフェ島の「冥界の王」の砂絵の地図はスペインとモロッコを表している、というのが入矢とゼプコ老人の結論だと明かされました。これまで、入矢がどこをアトランティスだと考えているか、明示されてこなかっただけに、これは大収穫だと思います。そうすると、「冥界の王」のピラミッドがアトランティスの中心を表しているというのが入矢の推測ですから、アトランティスはジブラルタル海峡の近く、スペインとモロッコの間の大西洋に浮かぶ島ということになります。
これだと、楽園であるアトランティスを追われた「冥界の王」の一族が流れ着いたのがカナリア諸島だとしても不思議ではありません。トロヤだと、カナリア諸島からは遠すぎるように思われます。ただ、砂絵の地図を見てもどこだか現代人には分からないだろう、というグレコ神父の発言が気になります。入矢もゼプコ老人も地図をはっきりと確認できたわけではなく、記憶を頼りに描いた地図ですので、本当に地図の両岸がスペインとモロッコなのか、疑問が残ります。
こうなると気になるのは、ゼプコ老人が知っている、アトランティスの場所のもう一つの手がかりである『千一夜物語』です。『千一夜物語』が手がかりの一つだと示されたのが111話で、もう一つの手がかりの『イソップ物語』のほうが112・113話にて紹介されたのにたいして、ずいぶんと引っ張りますが、これは『千一夜物語』の該当する話を紹介すると、読者には場所がほぼ特定できるからなのかもしれません。
赤穴博士は、シュリーマンもトロヤをアトランティスと考えていた、と推測していますが、8巻所収の64話にて、「この時代の歴史家の地理観がこの程度だとしたなら、彼らはそこを巨大な島と見誤っただろう」とのシュリーマンの発言が紹介され、9巻所収の71話にて、シュリーマンも参考にした古代の地図では、地中海沿岸と黒海周辺はかなり正確だと入矢が言っていますので、シュリーマンはトロヤをアトランティスとは考えていない可能性が高いように思われます。もっともそうすると、アトランティスは島ではなくなりますので、スペインとモロッコの間の大西洋に浮かぶ島ではないということになりますが、あるいは入矢とゼプコ老人の地図の解釈が間違っているのでしょうか。
予告は、「人間は失敗を繰り返して、強くなっていく。自分の選択に確信を持った入矢が次におこすモーションは?」、「レイトンと対面したクロジエが接触するのは・・・!?」となっていますので、約1年振りに登場するレイトン卿(93話以来)とクロジエ(94話以来)からどんな情報が明らかになるのか、またクロジエが誰と接触するのか、たいへん気になるところです。
残念なのは、今月末に13巻が発売になるのに、次号は巻頭カラーではないことです。『イリヤッド』を読み始めてから1年数ヶ月になりますが、この間ずっと、単行本の発売にあわせて巻頭カラーだっただけに、がっかりしています。最近は掲載順序も後ろのほうで定着しつつありますし、あまり人気がないのですかねぇ・・・。まあ確かに、一般受けするような内容ではないかもしれませんが、歴史ミステリー・サスペンス・ヒューマンストーリーの融合した、ひじょうに質の高い作品だと私は評価しています。
まあそれはともかくとして、クロジエと接触するのはオコーナーではないか、と予想しているのですが、私の予想はめったに当たりませんからなあ(笑)。まあ、競馬でも予想が当たることはめったにありませんが・・・。この予想が当たるかどうかということも含めて、次号も楽しみでなりません(笑)。
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