『イリヤッド』112話までのまとめ

 『イリヤッド』は、アトランティスをめぐる謎を主軸に、歴史ミステリー・サスペンス・ヒューマンストーリーの融合した作品で、現在112話、単行本だと14巻分まで連載が進んでいます。ここで一度、歴史ミステリーとサスペンスの側面について、これまでの情報や未回収の伏線や疑問などを一度整理してみようかと思います。
 主人公はアトランティスの謎を探ろうとし、主人公も含めてアトランティス探索者の殺害・妨害を使命としているのが、残忍な秘密結社「山の老人」です。途中より物語の主題は、アトランティスがいつ、どこにあった、どんな文明かということよりも、「山の老人」がアトランティス探索を妨害する理由に移ってきたように思われますが、それにとどまらず、作中でのアトランティスをめぐる謎について整理していこうと思います。

 まずは、作中でのアトランティス文明の位置づけですが、現時点ではまだ明確ではありません。年代についてヒントになりそうなのは、アトランティスの生き残りかもしれないテネリフェ島のミイラ化した「冥界の王」が紀元前2500年頃の人だということと、アトランティスは紀元前3000年頃に始まるとされるトロヤ遺跡の真下にある、というコバチの発言です。
 グレコ神父によると、カナリア諸島最古の移住者はアトランティスの生き残りだったとのことで、「冥界の王」の年代からは、アトランティス滅亡は紀元前2500年頃ということになりそうです。しかし、トロヤ遺跡の真下にアトランティスがあるとなると、アトランティスの滅亡は紀元前3000年よりも前になりそうです。
 発掘されているトロヤ遺跡の一部がアトランティス文明のものなのか、「冥界の王」はカナリア諸島最古の移住者ではなく、その子孫なのか、あるいはトロヤ遺跡はアトランティスではないなど、それ以外の可能性があるのか、現時点ではどうもよく分かりません。

 アトランティスがどこにあったのかということは、一般的にはアトランティス探索の最終目的とされていて、『イリヤッド』のアトランティス探索者たちも、今のところは場所の特定を最重要目標としているようです。
 アトランティスの場所よりは、アトランティスを隠蔽する理由のほうが主題になっているとも言える『イリヤッド』においても、アトランティスの場所の特定は重要な見せ所になると思われますので、最終回近くまで明らかにされないだろうなあ、と思っていたのですが、まだ終わりの見えてこない感じの(打ち切りの可能性はありますが・・・)112話にて、登場人物の推測とはいえ、アトランティスはトロヤ遺跡(の真下)と特定されたのは意外でした。
 もっとも、これまでの作品の流れからすると、イベリア半島のほうが有力だと思われるので、『イソップ物語』とともにアトランティスの場所を特定する手がかりになるとされる『千夜一夜物語』の該当する話の内容を検証しないことには、断定できないように思われます。

 アトランティスがどんな文明だったのかというと、『イリヤッド』においては、これまでの通俗的なアトランティス本によくあるような、現代以上の高度な超古代文明という無茶な設定にはならないようです。
 しかし、「冥界の王」のミイラの上に置かれていた青銅製の斧は紀元前5000年頃のものである可能性がありますから、他の文明よりも常識外れにはならない程度に早く青銅器時代を迎えた早熟な文明、という位置づけに落ち着きそうな気がします。

 「山の老人」がこのようなアトランティス文明の探索を妨害する理由が、『イリヤッド』の主題と言えそうですが、それが明らかになるのは、最終回かその直前なのでしょう。現在のところ判明しているのは、人類がぜったいに知ってはいけない太古の呪われた秘密を語り伝えてきたのがアトランティス人だったので、「山の老人」はアトランティス文明の痕跡を昔より消し続け、アトランティス探索者を妨害・殺害してきた、ということです。
 その秘密とは、すべての宗教に関わる人類の根源的な問題であり、どうやら人類の最初の神のことのようです。しかし、なぜ秘密にすべきなのか、なぜアトランティス人がそのことを語り伝えてきたのか、ということは不明ですが、「山の老人」がもっとも恐れている書物は『旧約聖書』とヘロドトス『歴史』だ、という「山の老人」の暗殺者のバシャの発言が手がかりになりそうです。

 ヘロドトス『歴史』については、「アトランティス人は動物を食さず、けっして夢を見ない」という一節が問題だとされています。『イリヤッド』においては、夢を見ない=ひどいトラウマがあるとされていますから、アトランティス人が語り伝えてきた太古の呪われた秘密とは、人類にとってたいへんな衝撃なのでしょう。
 では、前半の「動物を食さず」とはどういうことなのでしょうか?現時点ではこの一節の意味するところがどうもよく分からないのですが、一つの仮説として考えられるのは、テンプル騎士団も崇拝したバフォメッド(知恵の源)がネアンデルタール人である可能性を入矢が指摘したことから、『旧約聖書』の失楽園伝説(知恵の樹の実を食べて楽園を追放される)とからめて、現生人類にとって文明の師であり神と崇めたネアンデルタール人を、現生人類が止むを得ない事情から食べてしまい、元々は同じ人類であった神を食べてしまったことを知ったアトランティス人は、そのトラウマから、動物を食さず、夢を見なくなった、というものです。

 しかし、神(と見立てた動物)を食べるという宗教・文化をもつ人類集団はけっして珍しくないようですから、この仮説も、殺人を犯してまで隠蔽しなければならないような禁忌を、うまく説明しているとは考えにくいところがあります。
 考えてみると、そもそもすべての宗教に関わる人類の根源的な秘密というのは、設定がたいへん難しそうです。進化論にしても、すべての宗教に衝撃を与えたというわけでもないでしょうから、それ以上の衝撃となると、ちょっと想像しがたいところがあります。この秘密についての設定が陳腐なものだと、『イリヤッド』の全体的な印象が悪くなる可能性もあり、原作者さんにとっては正念場でもあるし、腕の見せ所でもあるのでしょう。

 「山の老人」の正体も、『イリヤッド』の大きな謎です。「山の老人」の目的は、上述の通り、アトランティス文明に関わる人類の根源的な秘密を隠蔽するために、アトランティス文明の痕跡を消し、アトランティス探索者を妨害・殺害することにあるのですが、その成立の経緯や、具体的にどのような組織構成になっているのか、現時点ではよく分かりません。
 アトランティスにまつわる謎を隠蔽してきた組織は古くから存在し、欧州では「古き告訴人」・「秘密の箱を運ぶ人々」、中東では「山の老人」と呼ばれ、「秘密の箱を運ぶ人々」は4世紀にバチカンに属すことになりましたが、19世紀にバチカンから切り捨てられました。「秘密の箱を運ぶ人々」と「山の老人」は、12世紀にテンプル騎士団を仲介に接触し、「秘密の箱を運ぶ人々」がバチカンに切り捨てられた後、20世紀になって合併しました。

 現時点ではこうしたことが明らかになっていますが、なぜ欧州と中東に同じ目的の異なる組織が存在したのか、地理的にも近いのに、なぜ両者の接触が12世紀になるまでなかったのか、どうもよく分かりません。こうした疑問は、「山の老人」や「秘密の箱を運ぶ人々」の成立経緯が明らかにならないと分からないことかもしれませんが・・・。
 また、「山の老人」がどのように組織を維持しているのかも、現時点では不明です。聖職者や宗教学者や元アトランティス探索者が主要な構成員とされていますが、おそらく、人類・宗教の根源を探ったり、アトランティスを探ったりしているうちに、人類の根源的な秘密を知り、「山の老人」に加入したのでしょうが、どのようにして「山の老人」と接触するのか、不明です。
 あるいは、「山の老人」の会員は代々、見込みのありそうな聖職者や宗教学者や元アトランティス探索者を勧誘し、組織を維持し続けているのでしょうか?また、「山の老人」の幹部には社会的な地位の高い人が多そうなので、財政面ではそうした人々が支えているのかもしれません。

 『イリヤッド』について述べるといつも長くなるので(笑)、この他の未回収の伏線や疑問については、以下に箇条書きしていきます。
●出雲民話や『イソップ物語』などに見られる、世界各地の兎や月の民話の意味するところは?
●葉山瑠依が指摘した、ジブラルタル海峡とイベリア半島のじっさいの地形が、古代の地図(地理観)とは異なる点。
●葉山瑠依の父はスペインに行った後どうなったのか?
●「山の老人」とオコーナーとの関係は?「山の老人」の幹部は、オコーナーが生きていることを知っているのか?
●クロジエ配下の殺し屋であるペーテルは死んだのか生きているのか。
●65話を最後にずっと登場していないサボーはどうしているのか?
●赤穴英行博士はまだ日本にいるのか?高齢なので、まだ生きているかどうかも気になるところ。
●始皇帝とその異母兄である呂信との関係の真相は?
●始皇帝陵の地下宮殿の壁面には何が描かれていたのか?
●アトランティスの手がかりである三つの聖杯(ソロモンの壺・玉)のうち、一つにはアトランティスの場所を示す地図が入っており、もう一つにはネアンデルタール人の骨が入っていたが、残る一つには何が入っているのか?
●「山の老人」の殲滅を企図し、赤穴英行博士を支援した組織の成立経緯と構成。また、なぜ「山の老人」を殲滅しようとするのか?
●聖マルコの棺に入っていたと思われる書物の内容は?
●ルスティケロと「山の老人」との関係は?
●テルジス博士による「ゼウスの洞窟」の壁画の研究の、その後の成果。
●神の正体についてたいへんな秘密を知っていたとされるイエスは、どこでそのことを知ったのか?また、それを知っていたこととイエスの教えとの関係は?

 まだ見落としが多数あるような気もしますが、数え上げていくと膨大な数になりそうなので(笑)、今回はここまでということにしておきます。

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