『イリヤッド』112話「柱の王国」(『ビッグコミックオリジナル』1/20号)

 最新号が発売されたので、さっそく購入し、主要登場人物一覧表
http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/iliad001.htm
と主要人物単行本別登場回数
http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/iliad002.htm
も更新しておきました。今後も、最新号が発売されるたびに更新していこうと思います。主人公の入矢は前回に続いて今回も登場しませんが、2回続けて登場しないのはこれがはじめてです。
 前号では、
https://sicambre.seesaa.net/article/200612article_22.html
ユリの父ヴィルヘルム=エンドレが主催したアトランティス会議の出席者で、その直後に死亡したと思われていたジョン=オコーナーがじつは生きていることが判明し、予告では「既に死んでいたはずのオコーナーが語る新事実!!」となっていたので、どのような事実が明らかにされるのか、楽しみにしていたのですが・・・。

 さて今回の話は、前号でゼプコ老人とオコーナーが会ったウィーンのとある屋敷を、デメルとプリツェルが率いる部隊が包囲し、デメルの指令で屋敷に突入する場面から始まります。デメルは、標的のオコーナーはぜったい傷つけるなと指示しますが、オコーナーは屋敷の地下にある抜け道から下水道へと逃げた後でした。

 場面は変わって、1年前のアムステルダムです。カフェで本を読んでいるデル=ポスト教授に、市民講座での「ヘラクレスの柱」についての話はたいへん面白かったが、大勢の人がいたので質問ができなかった、とオコーナーが話しかけます。よかったら座るようにとデル=ポスト教授が促すと、オコーナーは腰かけ、自分はエンドレ=シャカッシュだ、と名乗ります。同姓同名の知り合いがいた、と言うデル=ポスト教授にたいし、ハンガリーではありふれた名前だ、とオコーナーは言います。
 ギリシア・ローマ時代の学者はなぜヘラクレスの柱の場所にこだわったのか?と尋ねるオコーナーにたいし、最果ての地、あるいは未知の土地だったからだろう、とデル=ポスト教授は答えます。「ヘラクレスの柱」とはどこのことなのか、とオコーナーが尋ねると、ジブラルタル海峡・ボスポラス海峡・ペロポネソス半島・インドなど諸説ある、とデル=ポスト教授は答えます。

 では、昔話に「柱の王国」という言葉が出てきたらどこだろうか?とオコーナーは尋ねますが、デル=ポスト教授には、「柱の王国」の出てくる昔話が思い当たらず、どの昔話なのか、と逆にオコーナーに尋ねます。するとオコーナーは『イソップ物語』だと答えますが、デル=ポスト教授は、『イソップ物語』にそんな話があったかね?と訝ります。
 オコーナーは、ギリシアのミハリス=アウゲリス編纂の『イソップ物語』にだけ収録されている、とデル=ポスト教授に教え、一本の天まで届く柱がある王国をめぐって戦争が起きる話だ、と言います。するとデル=ポスト教授は、上には神様が住んでいるのか?と尋ね、オコーナーは「ご明察!神様の正体は、イソップらしく意外なものですがね」と言います。

 『イソップ物語』ならその場所の想像はつく、と言うデル=ポスト教授にたいし、どこですか!?とオコーナーは回答を急かします。デル=ポスト教授は、まあそう焦らずに、と言い、「ジェド柱」を知っているか?とオコーナーに尋ねますが、オコーナーは知りません(知らないふりをしたようにも見えます)。デル=ポスト教授によると、「ジェド柱」とはエジプトに伝わる不死の生命を司る柱の呼び名で、女神イシスが夫オシリスの肉片を隠した木の幹で、天と地を支える木・柱のことであり、伝説ではオリオン座から地上に降りている、とのことです。
 オシリスの遺体は「ジェド柱」に隠されてどうなったのだ?と尋ねるオコーナーにたいし、ヘラクレスの復活と同じく甦った、オシリスとはエジプト版ヘラクレス・キリストなのだ、とデル=ポスト教授は答えます。死んで甦ったら神になれるのか、とオコーナーは言い(自分のことを思ったのでしょうか)、さきほど質問した「柱の王国」の場所がどこか、改めてデル=ポスト教授に尋ねます。これにたいしてデル=ポスト教授が「それはおそらくだな・・・・・・」というところで場面が変わります。うーん、なんとも上手い出し惜しみですなあ(笑)。

 さて、場面は現在のウィーンに戻ります。ある一室(おそらくエンドレ財団内にあるのでしょう)に、ユリ・デメル・プリツェル・バトラー神父・ロッカ・アントンの6人が集まり、オコーナーの情報について検討しています。ダニエル=オコーナーはアイルランド系米国人で、貧しい靴屋の次男として生まれ、ニューヨークの大学の夜間学部卒ですが、高校時代から証券会社でアルバイトをし、株を学びました。大学卒業時にはすでにかなりの資産をもっており、その後は成功者の道を歩み続けましたが、一方で、学生時代よりアトランティスを趣味としていました。
 アトランティス会議の直後、オコーナーは飛行機事故で死亡したということになっていましたが、自分が死亡したと偽装したのは、スキャンダルのためでした。オコーナーは、大規模な証券取引法違反・贈賄罪・恐喝罪・その他諸々の犯罪で起訴されそうだったのです。オコーナーと「山の老人」との関係は不明ですが、オコーナーは「アダムの末裔」という新興宗教の熱心な信者でした。しかし、ドイツ旅行の後に脱会しています。このドイツ旅行の間に、オコーナーはネアンデル渓谷(ネアンデルタール人骨が発見され、その名前の由来となった場所として有名)を訪れていますが、そのことと脱会の関係は不明です。

 オコーナーに逃げられたユリたちは、コバチの自宅を訪ねて、問い質そうとします。ユリがアントンとバトラー神父をコバチに紹介すると、コバチはユリに二人だけで話したいと言い、ユリも了承します。コバチは行きつけのバーから譲ってもらったりんご酒を出し、いつかユリが来ると思っていた、と告白します。騙されたのか?と尋ねるユリにたいし、近づいてきたのはオコーナーだが、仕組んだのは自分で、無一文のオコーナーに金を工面するために財団の金を流用し、エンドレ=シャカッシュと名乗らせる悪い冗談を思いついたのも自分だ、とコバチは答えます。
 オコーナーは「山の老人」だと言うユリにたいし、そうかもしれないと思った、とコバチは答えます。「あなたは、父が一番信用していた友達なのに・・・・・・」と言うユリにたいし、ヴィルヘルム=エンドレはハンガリー時代からの友人で、いっしょに命を狙われ、亡命し、事業を起こし、何度も失敗し、成功して、今頃はヴィルヘルム=エンドレではなく自分が財閥を支配していてもよかったのに、狙われるのも、社長になったのも、目立つのもヴィルヘルム=エンドレだった、とコバチは告白します。

 コバチの告白はさらに続きます。コバチとヴィルヘルム=エンドレは、ハンガリーでは国技のようなものであるレスリングを子供のころからやっていました。必要なのは引く力で、上半身だけで登る体育館の丸い柱を、小学生のころのコバチは誰よりも上手く登っていたのですが、実戦ではヴィルヘルム=エンドレは一流で、コバチは二流でした。柱登りが上手かったことで、素質がある、チャンピオンになれるとコーチに誉められたことや、自分が柱の上で見た光景は何だったのか、柱の大王だった自分は何者だったのか?とコバチは自嘲します。
 しかし、一つだけヴィルヘルム=エンドレに勝った、一発逆転の大勝利だ、と言ったコバチは、アトランティスのことだよ、とユリに告白します。19世紀のアトランティスブームの仕掛け人であるドネリーの研究家だったオコーナーから、シュリーマンがドネリー宛の書簡でアトランティスの場所の手がかりと考えた二つの昔話のうちの一つである、『イソップ物語』の「柱の王国」の筋を聞いたコバチは、自分はアトランティスには興味がなく、職業柄歴史に詳しいというだけなのに、オコーナーとヴィルヘルム=エンドレとデル=ポスト教授の説を結びつけた結果、アトランティスの場所について閃いた、とユリに告白します。

 どこだと思うのか?と答えを急かすユリにたいして、コバチは「アトランティスの場所はね・・・・・・」と言いつつりんご酒を飲みますが、その直後に血を吐いて倒れます。ユリの叫び声を聞いて、デメル・バトラー神父・アントンが部屋に入ってきます。救急車を呼ぶようにデメルに言うユリにたいし、自分はもう終わりだから手当ては不要だ、とコバチは言います。黙って、と言うユリにたいし、コバチの告白は続きます。
 シュリーマンは灯台下暗しでした。シュリーマンが発掘した幻の街トロヤは、考古学的には紀元前3000年頃生まれ、初期トロヤ文明からローマ時代の街まで9層からなると言われていますが、そのもっと下には・・・。つまり、ヘラクレスの柱とはダーダネルス海峡のことで、アトランティスはトロヤの真下にあるのだ、とコバチが告白するところで今回は終了です。

 今回は衝撃的な情報が明らかになりましたが、まずはサスペンス・ヒューマンストーリーの部分から見ていきます。子供の頃からずっと続くヴィルヘルム=エンドレへの微妙な感情を告白したコバチですが、そこにレスリングとその練習のための柱という、作中ではヘラクレスと関係があるとされている舞台を用意しているあたりは(レスリングについては9巻所収の65話「1936年のレスリングマッチ」、柱については今回や109話「アントン・デル・ポスト」
https://sicambre.seesaa.net/article/200611article_20.html
にて触れられています)、相変わらず上手いなあ、と原作者さんに感心しました。
 コバチが倒れたのは、りんご酒に毒が入っていたからだと思われますが、コバチが自殺するために毒を入れたのか、「山の老人」と通じているかもしれないオコーナーやバーのオーナーが入れておいたのか、読解力の乏しい私にはどうもよく分かりませんでした。自殺だとすると、ユリにもりんご酒を出していますから、ユリも毒殺するつもりだったということになりますが、あるいはコバチのグラスにだけ毒を塗っていたのでしょうか?
 素直に解釈すれば、オコーナーやバーのオーナーなどの第三者があらかじめりんご酒に毒を入れておき、りんご酒を飲んだ後にそうだと悟ったコバチが、友人を裏切ったことへの後ろめたさから、もう死んでもかまわないと思い、自分はもう終わりだから手当ては不要だ、と言って、遺言のつもりでアトランティスの場所をユリたちに必死で教えたのだと思われます。

 オコーナーと「山の老人」との関係もよく分からないままで、前号でも指摘したように、オコーナーは以前の「山の老人」の幹部会では死亡したとされていますから、オコーナーが「山の老人」だとすると、これまでの描写に不自然なところが出てしまうように思われます。あるいは、オコーナーは特定の幹部一人と密かに通じていて、その幹部が他の幹部には真相を伝えていないのでしょうか?これまでの描写からすると、オコーナーは単なる狂信的なアトランティス探索者と考えるほうが自然に思われますが、ドイツ旅行後に、それまで熱心に信仰していた新興宗教「アダムの末裔」を脱会したとの情報が気になります(アトランティス会議の前なのか後なのか、今回は明示されませんでしたが)。このとき、人類の禁忌について知り、「山の老人」に寝返ったのでしょうか?
 サスペンスの部分でもう一つ気になったのは、デル=ポスト教授が整形をしてなさそうなオコーナーと1年前に会っても、驚いた様子を見せていないことです。前号では、デル=ポスト教授は4年前にオコーナーの顔写真を見たことになっていますし、オコーナーはアトランティス会議(作中での時間経過は明示されていませんが、アトランティス会議は4年前頃に開催されたと思われます)の直後に、ヴィルヘルム=エンドレよりも先に死亡したということになっていて、10巻所収の79話「ヘラクレスの洞窟」から、デル=ポスト教授はオコーナーが死亡したと認識しているらしいのに(最近もヴィルヘルム=エンドレをはじめとして、著名なアトランティス研究家4人が死亡した、と言っていて、これはヴィルヘルム=エンドレとオコーナーとアリンガムとベルクのことと思われます)、死亡したはずのオコーナーを見てもまったく驚いた様子がありません。たんに忘れていたのか、それとも、死亡したと思い込んでいるので認識できなかったが、後になって思い出して驚愕し、メモを残したということでしょうか?

 歴史ミステリーの部分では、今回衝撃的な情報が明らかになりました。ついにアトランティスの具体的な場所が作中で明示されたのです。アトランティスがトロヤ遺跡の真下にあるというのは意外でしたが、どうもこれで決まりだとも思われません。私は、これまでの作中の流れからして、イベリア半島説のほうが可能性が高いのではないか、と考えているのですが、どうなのでしょうか。まあトロヤ説も、コバチの推測にすぎませんから、間違っている可能性もあるとは思いますが・・・。
 次号では、『イソップ物語』の「柱の王国」の内容が明らかになるでしょうから、後は、もう一つの手がかりである『千夜一夜物語』のどの話が該当するのか、強欲な(笑)ゼプコ老人から聞き出せたら、真偽もあるていど判明するでしょう。

 「柱の王国」に出てくる一本の柱とは、デル=ポスト教授がオコーナーに話した「ジェド柱」のことなのでしょうが、オリオン座から地上に降りているのは興味深いところです。オリオン座については、100話
https://sicambre.seesaa.net/article/200607article_6.html
で触れたことがあり、なにか重要な意味があるのではないか、と予想していたのですが、112話になって伏線が活かされることになりました。
 100話でも触れたように、オリオン座はシュメールでは羊に見立てられていたそうですので、「柱の王国」に出てくる一本の柱の上に住む神様とは、羊のことでしょうか?そうすると、12巻所収の83話
https://sicambre.seesaa.net/article/200609article_3.html
に出てきた波を渡って羊を目指している兎の壁画は、どう解釈すべきなのでしょうか?どうも現時点でははっきりとは分かりません。

 それはともかくとして、この柱は不死の生命を司るということで、不老不死に執着して世界各地に方士を派遣していた始皇帝ともつながります。神様とつながる柱の存在と、死んで甦ると神になるという話は、「山の老人」が必死に隠蔽し続けてきた、人類にとって禁忌とすべき真実とも関わりがあるように思われます。おそらく天まで届く柱とは、アトランティス人がその真実を語り伝えてきたことの象徴なのでしょう。
 また、オコーナーがドイツ旅行後に「アダムの末裔」から脱会したが、そのドイツ旅行中にネアンデル渓谷を訪れたという情報も気になります。最近は新情報のないネアンデルタール人ですが、やはり重要な鍵をにぎっているようです。おそらく、ネアンデルタール人はアトランティスの場所ではなく、人類にとって禁忌とすべき真実と関わりがあり、それは最初の神の正体のことだと思われますが、どのような真相が隠されているのか、現時点ではどうもよく分かりません。次号以降の展開に期待したいところです。

 さて、これで単行本だと14巻分までの連載が終了したことになります。14巻は、始皇帝編終了後に冒険譚はありませんが、ひじょうに重要な手がかりが提示され、過去にはられた伏線もしだいに回収されてきて、そろそろまとめに入ったのかな、とも思います。エンドレ財団をめぐるサスペンスはかなり解決されましたが、「山の老人」とオコーナーの関係など、オコーナーが自白するまで完全解決とはいかない問題も残されていて、次号以降も続きそうです。
 予告は、「シュリーマンが発見した伝説の都市・トロヤの下にアトランティスは潜む!?驚愕の次号!!!」、「『イソップ物語』に記された“柱の王国” とは!?」となっていて、たいへん楽しみです(笑)。おそらく入矢にも連絡がいって知恵を出し合うことになるのでしょうが、ミハリス=アウゲリス編纂の『イソップ物語』が重要な手がかりとなったことで、久々にニコス=コーが登場するかもしれません。

この記事へのコメント

kiki
2007年01月07日 00:59
劉公嗣さん、こんにちは!
このところ忙しくて、頭の中で今日が
いったい何日なのか混乱していました。
気が付いたら、ビックコミックスオリジナルの
発売日が過ぎていましたw。
いつも、劉公嗣さんの記事を楽しみに、
速攻で読みに来るのに...
今回は、色々な事件が盛りだくさんでしたね。
そこに入矢が不在なのが、なんだか怪しいですw。
やはりトロイの遺跡の下にアトランティスというのは、
フェイントのような気がしますね。
原作者さんは、登場人物を無駄なく使っているので、
コバチさん、まだ何かありそうな気がしてしまいます。
kiki
2007年01月07日 00:59
コメントの続きですw。

オコーナーも、まだまだどんな役割なのかわからないですね。
山の老人ではなさそうですが、何だか、神と人類の秘密には
近づいているような感じがしますね。
う~ん、ひとつ何かが明らかになると、次の謎がでてくるw。
オコーナー氏とデル=ポスト教授のかかわりも何だか
胡散臭いです。
結局、次回に期待してしまいますねw。
登場人物についての記事もお疲れさまです。
これは、なかなか大変な作業だったのでは?
意外な発見もあって興味深かったです。
いつも記事をありがとうございます
2007年01月07日 11:19
これはkikiさん、いつもお読み
いただき、ありがとうございます。

アトランティスの場所が明示された
のには驚きましたが、私もトロヤ
説はフェイントだと思います。
多分、ゼプコ老人の握っているもう
一つの鍵『千夜一夜物語』の該当する
話を読んで、コバチの解釈が間違って
いた、という流れになるのではない
でしょうか。

今、112話の時点での情報や疑問
などをまとめているのですが、
未回収の伏線がけっこうありそうで
すので、それらも活かすとなると、
アトランティスの場所については
まだ確定というわけではないよう
に思われます。

オコーナーの役割もまだ不明な
ところがありますねぇ。新興宗教
団体から脱会して「山の老人」に
加入したのかな、とも思うのですが、
過去の「山の老人」の幹部会では
死亡認定されているような描写も
ありますし・・・。

ともかく、次号で「柱の王国」が
どんな話か、明らかにされるのを
楽しみにしています。

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