いわゆる先史時代の時代区分について

 有史時代にせよ先史時代にせよ、その時代区分の基準は欧州にあり、日本列島の時代区分も、欧州の区分に強引にあてはめてきた側面が多分にあるのは否定できません。欧米が近現代ではたした役割・世界各地におよぼした影響を考えれば、欧州をモデルとした時代区分が世界各地に適用されたのは無理もないところがありますが、やはり強引なところがあったのは否めず、世界各地での研究を地道に積み重ね、その成果を統合していくしかないのでしょう。

 抽象論はここまでにして、具体論に移りますが、先史時代については一般的に、旧石器時代→中石器時代→新石器時代→青銅器時代→鉄器時代という区分が知られています。ただ、青銅器時代と鉄器時代ともなると一部では有史時代に突入しますし、近年では、新石器時代と青銅器時代の間に銅石器時代などといった区分を設けようとの考えも強くなっています。
 旧石器時代は、西アジアと欧州とでは上部・中部・下部旧石器時代に区分されますが、日本ではこれを後期・中期・前期旧石器時代と呼ぶ習慣になっています。ただ近年では、原語に忠実に上部・中部・下部旧石器時代と訳す書物も増えてきており、私も数年前より上部・中部・下部旧石器時代と表記するようにしています。

 サハラ砂漠以南のアフリカでは、石器時代を前期・中期・後期石器時代と区分し、一般的には、文化の水準としても年代的にも、前期石器時代が下部旧石器時代に、中期石器時代が中部旧石器時代に、後期石器時代が上部旧石器時代に対応するとされていますが、じっさいにはほぼ完全に対応するとはいえず、現生人類の象徴的思考の起源の問題ともからめて、議論が続いています。
 欧州はわりと区分がはっきりとしていて、中部旧石器時代はルヴァロワ技法を用いたネアンデルタール人の文化、上部旧石器時代は芸術などの象徴的思考や石刃技法の認められる現生人類の文化、と考えられてきました。ただ、上部旧石器的とされてきたシャテルペロン文化の担い手が、ネアンデルタール人ではないかと考えられるようになり、欧州の時代区分もやや混迷してきた感があります。
 サハラ砂漠以南のアフリカでは、発掘が欧州よりも遅れているということもあるのでしょうが、文化の変遷がはっきりとはせず、どうも長期にわたる移行期間があったようです。また、欧州・西アジアの中部旧石器文化に相当すると考えられてきた中期石器文化において、石刃技法や象徴的思考などの上部旧石器的な要素が認められるようになり、その意味でも中部旧石器文化と中期石器文化を対応させるのには無理が出てきたように思われます。

 欧州基準の時代区分を世界各地に適用することの問題点は、東アジアについても同様で、中国においては中部旧石器文化という概念は無効である、との提言がすでになされています。
http://www.amy.hi-ho.ne.jp/mizuy/how/middle.htm
 日本についても同様で、いまでもマスコミなどでは、「日本には前期旧石器時代や中期旧石器時代はあったのか?」というような表現が見受けられ、古そうな遺物が発見されると、その年代から「中期旧石器時代のものではないか?」などと推測されることがありますが、基本的には、単純に欧州を基準とした時代区分の年代から判断するのではなく、その文化様式でもって時代を区分していくべきでしょう。

 旧石器時代と新石器時代の区分についても、戦後になってその基準に重要な変化がありました。完新世に始まる新石器時代の指標と長く考えられてきた磨製石器が、日本やオーストラリアでは更新世に存在したことが判明し、旧石器時代は打製石器の時代という旧来の概念が打ち崩されることになりました。また土器についても、かつては農耕開始とともに発明されたと考えられ、新石器時代の指標とされたのですが、日本やユーラシア東部で更新世の土器が発見されたので、現在では時代区分の指標とはされていません。
 こうして、打製石器が用いられ、年代的には更新世に属す旧石器時代と、磨製石器が用いられ、年代的には完新世に属す新石器時代という概念は崩れることになり、現在の欧米では、旧石器時代は更新世に属し、新石器時代は完新世の農耕開始以降のこととし、その間を中石器時代とする、というのが共通理解となりつつあります。

 日本では、岩宿時代(先土器時代・旧石器時代)→縄文時代→弥生時代という独自の時代区分が定着し、研究の蓄積も世界的にみてかなり重厚なものといえますから(捏造事件はありましたが・・・)、この時代区分にはかなりの妥当性があるように思われます。
 ただ、これを世界的な(といっても、実質的には欧州中心の基準なのですが)時代区分と対応させようとすると、縄文時代にどのていどの農耕がなされていたのか、弥生時代の開始がいつになるのか、といった問題も含めて、なかなか難しいものがありそうです。

 あえて対応させると、岩宿時代は上部旧石器時代で、中部または下部までさかのぼるかどうかは、現時点では断言の難しいところです。私は、中部旧石器時代という概念を適用するのが妥当かどうかはともかくとして、おそらく下部旧石器時代までさかのぼると思いますが。縄文時代は上部旧石器時代・中石器時代・新石器時代にまたがり、弥生時代は新石器時代・青銅器時代・鉄器時代にまたがる(青銅器時代があったか、弥生時代の開始年代の問題ともからめて、微妙なところですが)、ということになるでしょう。
 しかし、これではどうもすっきりしないところもあり、けっきょくは最初に述べたように、世界各地での研究を地道に積み重ね、その成果を統合して、適切な時代区分を新たに提示していくしかないのかもしれません。ただ、旧石器時代→中石器時代→新石器時代という変遷の基準は、現時点では妥当なもののようにも思われますので、問題は、旧石器時代の区分ということになるでしょう。

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