『イリヤッド』113話「夢を見たフクロウ」(『ビッグコミックオリジナル』2/5号)
最新号が発売されたので、さっそく購入しました。前号では、
https://sicambre.seesaa.net/article/200701article_4.html
アトランティスはトロヤ遺跡の真下にあるとの衝撃的な告白がコバチからなされ、予告では「シュリーマンが発見した伝説の都市・トロヤの下にアトランティスは潜む!?驚愕の次号!!!」、「『イソップ物語』に記された“柱の王国” とは!?」となっていたので、アトランティスの場所の手がかりとされる『イソップ物語』の「柱の王国」とはどのような話なのか、アトランティスは本当にトロヤ遺跡の真下にあるのか、たいへん気になっていたのですが・・・。
さて今回の話は、10年以上前、泥酔して道端で寝ていた(場所は明示されていませんが、バチカン市国内と思われます)バトラー神父をマイヤー神父が起こす場面から始まります。警察から、妙な神父が道端で寝ているとの報告を受けたマイヤー神父が起しにきたというわけです。10年以上前ということで、バトラー神父もマイヤー神父も現在より髪が豊かです。
バトラー神父が泥酔したのは、父が亡くなったためでした。バトラー神父の父はスコットランドの貧しい炭鉱夫でしたが、息子の教育には熱心で、バトラー神父は士官学校を出て軍人になったのでした。「お父様には自慢の息子だったと思うよ」と言うマイヤー神父にたいし、人を殺すのが嫌になって除隊してしまった、とバトラー神父は言います。
だが、君は神にお仕えする道を選んだのだから、やはり自慢の息子だよ、と言ったマイヤー神父は、悲しいのは分かるが酒に溺れるのはよくない、とバトラー神父を諭します。お父様は天国に召されたのだ、と言うマイヤー神父にたいし、父は自殺したので天国に入れません、とバトラー神父は言います。
場面は変わって、現在の入矢堂です。「柱の王国」が収録されているギリシアのミハリス=アウゲリス編纂の『イソップ物語』を入矢がもっているのを思い出したゼプコ老人は、急いで来日したのでした。入矢は、「勝手な男だよなあ。あんたのせいで、コバチ氏は自殺し、オコーナーは甦り・・・・・・」と呆れ顔で言いますが(どうもコバチは自殺したということになっているようですが・・・)、それはぜんぜん自分のせいではないと思う、とゼプコ老人は言います。
それでも入矢は、大変な事態なのに、何もかも放ってくるとは勝手すぎる、と言いますが、すぐに思いなおして、ゼプコ老人が知っているもう一つのアトランティスの手がかりである、シュリーマンが晩年に解読に夢中になっていた『千一夜物語』の話とはどれなのか、ゼプコ老人に訊きます。ゼプコ老人は、「結局あんたも、人の不幸より好奇心かい」と言い、まずは「柱の王国」の話について、と断って、これがアトランティス伝説の一つだと思うか?と入矢に尋ねます。ここで、今回明らかにされた「柱の王国」の話の粗筋を先に述べておきます(以下の青文字の部分です)。
夢を見ることのできない梟の女王は、どうしたら夢を見られるのか、と兎の女王に相談しました。兎の女王は、夜寝ないからだ、と梟の女王に答えます。夜寝ることにした梟ですが、それでも夢を見られませんでした。そこで梟の女王は、本当のことを教えてくれないとあなたを食べてしまう、と兎の女王を脅しました。
慌てた兎の女王は、「兎の国の中央にそびえる柱のてっぺんには神様が住んでいます。夢を見たいなら、柱を登って神様にお願いしなければなりません」と本当のことを教えました。梟の女王はその柱を自分のものにしようと、兎の国に宣戦布告しました。戦うことが嫌いな兎の女王はあっさりと国を明け渡し、梟の女王は神様に会うために柱を登っていきました。
夢を見たい梟の女王は一心に柱を登っていきましたが、登っても登っても神様のいる頂上にたどり着きません。梟の女王はとても疲れて、神様に会うことを諦めました。梟の女王は神様に会おうとした傲慢さを恥じ、自ら飛ぶことをやめました。天の神様は梟の女王をあわれに思い、落ちていく彼女に夢を贈りました。
梟の女王は死んでしまいました。梟の女王の遺体を見た兎の女王は神様が落ちてきたと勘違いしました。神様が死んだと思った兎の女王は悲しみに暮れ、泣きながら大地を踏み鳴らしました。やがて女王の悲しみは国中に広がり、すべての兎が地面を踏み鳴らしました。すると地震が起きて兎の国は沈み、兎たちはちりじりに逃げていきました。
入矢堂では、入矢とゼプコ老人が「柱の王国」の話とアトランティスの関係について考察していきます。梟は女神アテナの化身で、兎はアトランティスのキーワードの一つ、柱はヘラクレスの柱のことだろうか、と言う入矢にたいし、コバチのヘラクレスの柱=ダーダネルス海峡・アトランティス=トロイ説はありえるだろうか?とゼプコ老人が問いかけます。
入矢は考え込んだ後、イソップについて話し始めます。イソップ(アイソポス)は紀元前6世紀頃、トルコで生まれた人といわれ、イソップの寓話集にはミダス王を主人公にした「王様の耳はロバの耳」がありますが(触れた物すべてを黄金に変えられる手を持っていた伝説の王の話)、ミダスはおそらく紀元前10世紀頃に実在したフリギアの王だ、と入矢は言います。
フリギアについてゼプコ老人に訊かれた入矢は、トルコ中央部アナトリア地方にあった、当時世界でもっとも裕福な国家だ、と答えます。イソップもトルコ人では?とのゼプコ老人の問いかけにたいし、イソップはフリギア人だった可能性もあり、フリギア人はトロイ人と同族で、両国には血縁関係があったと言われているから、トロイ滅亡後に多くのトロイ人がフリギアに移住したし、トロイ人は文化的にもフリギアに多大な影響を与えた、と入矢は答えます。
それがアトランティスとどう関係があるのか?とのゼプコ老人の問いかけにたいし、プラトンはアトランティス伝説の原型はエジプトにあると言った、と入矢は答えます。エジプトからはそういう伝説は見つかっていないが、と言うゼプコ老人にたいし、2世紀後半の書物『ギリシア奇談集』には、大洋の向こうの謎の軍事国家が欧州に押し寄せたという、プラトンが語ったアトランティス伝説そっくりの「ミダス王とセイレノスの対話」という話が収録されている、と入矢は言います。
つまり、アトランティス伝説はエジプトと同じくフリギアにも伝わっていた可能性があり、アトランティスを最初に語ったギリシアの政治家ソロンは、イソップと同世代どころか友人関係にあったと言われていますから、フリギアのアトランティス伝説がトロイから伝わったとすれば、トロイがアトランティスである可能性もじゅうぶんある、と入矢とゼプコ老人の二人は語り合います。
場面は変わって、現在のバチカン市国です。マイヤー神父を前に、バトラー神父が告解(聖職者への告白を通して、洗礼後に犯した自罪について、その罪における神からの赦しと和解を得るキリスト教の信仰儀礼)をしようとしています。君が告解とは珍しいな、と言うマイヤー神父にたいし、父が亡くなって以来10年振りです、と言うバトラー神父でしたが、あれは告解ではなく、泥酔した君に肩を貸しただけだ、とマイヤー神父は言います。しかし、マイヤー神父には感謝している、とバトラー神父は言います。
また大酒で問題を起したのか?と問いかけるマイヤー神父にたいし、バトラー神父は父が亡くなった後の話を始めます。バトラー神父の父は、炭鉱が閉山されて気力を失い、自殺しましたが、自殺は教会では最大の罪なので、教区の神父に何度お願いしても、葬式はしてもらえませんでした。すでに聖職者であったバトラー神父はそのことに納得していましたが、敬虔なカトリック教徒だったバトラー神父の母は納得せず、教会を捨てて、教会とバトラー神父を怨んで残りの人生を過ごしました。
それからというもの、バトラー神父は寝ると必ず夢に父が出てくるようになり、父を見たくないからといって酒を大量に飲むようになりましたが、いくら飲んでも酔って眠りにつくことはできなくなり、父の夢ばかり見るようになりました。君が抱える苦しみも、神が与えたもうた試練だと思わなければ、と言うマイヤー神父にたいし、自分は父にたいして罪を犯したのでしょうか?とゼプコ老人は問いかけます。
そんなことはない、と答えるマイヤー神父にたいし、自殺した人を教会で見送れないことは、教義自体の間違いではないでしょうか?とバトラー神父は問いかけますが、マイヤー神父は返答に詰まります。あれほど善良だった父は・・・と言ったバトラー神父は、こんな場所であれだが、話題になっているイソップについて報告したい、とマイヤー神父に申し出ます。ミハリス=アウゲリス編纂の『イソップ物語』は、バチカンの図書館にもあったのでした。
ここでは狭すぎるから、表で聞こう、とマイヤー神父は言い、バトラー神父とともに教会から出て、街路で「柱の王国」の話をバトラー神父から聞きます。けっきょく梟の女王は神様に会えたのか?とマイヤー神父が問いかけると、会えないどころか、自殺してしまいます、とバトラー神父は答えます。でも、自殺を選んだフクロウの女王に神様は優しく、梟は生まれてはじめて夢を見て、幸福な気持ちになる、とバトラー神父はマイヤー神父に教えます。
我々の神様なら、そんなお慈悲をぜったい与えてくれませんよねぇ、と言うバトラー神父にたいし、口を慎みたまえ、とマイヤー神父は窘めます。私は決心しました、とバトラー神父はマイヤー神父に言い、何を決心したのだとマイヤー神父が問うと、秘密です、とバトラー神父は笑顔で答えます。
場面は変わって、現在のウィーンです。父が自殺したとは今も信じられないし、父に何があったのか、ユリをはじめとして誰も話してくれない、熱心なカトリック教徒だった父だが、自殺したという理由で葬式もしてもらえない、と涙を流しながらコバチの娘はバトラー神父に語ります。これにたいしバトラー神父は、父上の葬式は私がやらせていただきます、と言います。
バトラー神父に迷惑がかかるのでは?と懸念するコバチの娘にたいし、どんな死にたいしても葬式をやろうと決めたのだ、とバトラー神父は言います。さらにバトラー神父が、梟の女王に慈悲を与えた神様に倣って、天罰が下ろうが破門されようが葬式をやる、たとえ大地が沈んでもかまうものか、と決意を表明するところで今回は終了です。
今回は、「柱の王国」の内容とからめてバトラー神父の苦悩と決意が描かれ、歴史ミステリーとヒューマンストーリーの融合した、なかなか面白い内容になっていると思います。バトラー神父には過去にたいへん辛い経験があったのだろうな、とこれまでの描写から想像していましたが、今回はバトラー神父の家族にまつわる悲しい出来事が明らかになりました。軍隊時代や、聖職者になってからも、職務で色々と辛いことがあったと思われますが、あるいは今後、そのことについても描かれることがあるかもしれません。
歴史ミステリーの部分では、「柱の王国」の内容が明らかになったことが大収穫でした。その内容は、これまで作中で明かされてきたアトランティス関連の情報と通ずるところが多く、兎の国とはおそらくアトランティスのことなのでしょう。7巻所収の49話「ウサギの昔話」で紹介された、出雲民話とも通ずる内容ですが、出雲民話のほうでは、川下の神様の騙まし討ちにあった兎が足を踏み鳴らすと地震が起きた、となっています。
また、梟の女王に戦いを仕掛けられた兎の女王が、戦わずして国を明け渡したというのは、出雲の国譲りの話や、6巻所収の48話「関戸の祠」にて、赤兎の祠の前で赤穴英行博士が語った話と通ずるところがあります。出雲は日本においてアトランティス的立場にあったのでしょうか?それとも、たんに出雲にまつわる話にアトランティス伝説が取り入れられたのでしょうか?どうも現時点では明確になっていませんが、最終的にはこうした謎も明らかになることを期待しています。
このように、出雲の国譲りや出雲民話とも通ずる「柱の王国」ですが、一方でそれらとは異なるところも大いにあります。それは、「柱の王国」が夢を主題として語られていることで、夢も『イリヤッド』のキーワードですから、この点からも、「柱の王国」はアトランティスのことを語った話である可能性が高いと思います。おそらく、兎の王国がアトランティスであり、梟の女王の国とは、アトランティスと戦ったアテナを中心とする連合軍のことなのでしょう。
夢を見ないということは、『イリヤッド』ではたいへんなトラウマがあることを意味していますから、梟の女王はたいへんなトラウマを抱えているのでしょう。ただ、ヘロドトス『歴史』では、「アトランティス人は夢を見ない」とされていますから、兎が夢を見ないのであれば分かるのですが、「柱の王国」では兎が夢を見るかどうかは示されておらず、梟が夢を見ないとされています。これはどういうことなのでしょうか?
あるいは、アトランティスに攻め込んだアテナを中心とする連合軍も、アトランティスから派生した文明であり、アトランティス人と同じく「人類の根源に関わる秘密」を知っていて、そのことがトラウマとなって夢を見ないということでしょうか?そうすると、富と高度な文明の略奪もかねて、夢を見られるようにトラウマを解消するためにアトランティスに攻め込んだ、とも解釈できそうですが、柱を登って神に会うといった象徴的な表現になっているので、具体的にどう解釈すべきなのか、私ていどの読解力だと、どうもよく分かりません。
柱とは高度なアトランティス文明の象徴で、神に会うとは、アトランティス文明の源や「人類の根源に関わる秘密」を知ることを意味しているのかな、とも思うのですが、そうすると話を上手く解釈できなさそうです。なぜ夢を見られるようになるには柱の上の神にお願いをしなければいけないのか、なぜ柱の上の神は夢を与えることができたのか、こうした抽象的な話の意味するところは何なのかなど、現時点では不明なところが多いのですが、ゼプコ老人が知っているもう一つの手がかりである『千一夜物語』の該当する話が判明したら、こうした謎も少しは分かるようになるのかもしれません。
また、柱の上の神の正体は意外なものだ、と前回オコーナーが話していたことも気になります。「柱の王国」では神の正体は明示されていませんが、梟の女王の遺体を神様だと兎の女王が勘違いしてしまったことからすると、神は梟に似ているということでしょうか?アテナ・メドゥーサ・ネートの三位一体を示す像はアトランティスの手がかりとされていますので、あるいはそのこととも関係しているのかもしれません。
予告は「コバチがいまわの際に言い遺した“トロヤ=アトランティス説”の信憑性は・・・!?次号、入矢が動き出す」、「赤穴博士と再会した入矢が知る驚愕の事実とは!?」となっていて、8巻所収の59話「菊花の約」以来、久々に赤穴博士が登場します。そういえば、出雲に行ってからの赤穴博士の動向は描かれていませんが、どこにいるのでしょうか?ともかく、入矢よりもアトランティスの謎に接近していると思われる赤穴博士だけに、「柱の王国」について入矢が話せば、赤穴博士から新たな推測が語られるかもしれません。
また、ゼプコ老人も入矢に同行して赤穴博士に会い、『千一夜物語』のどの話がアトランティスの手がかりなのか、赤穴博士に話せば、赤穴博士からさらなる推測を聞くことができ、いっそうアトランティスの真相に近づけるかもしれません。まあこれは、私の願望ですが(笑)。ともかく、次号がたいへん楽しみです。
https://sicambre.seesaa.net/article/200701article_4.html
アトランティスはトロヤ遺跡の真下にあるとの衝撃的な告白がコバチからなされ、予告では「シュリーマンが発見した伝説の都市・トロヤの下にアトランティスは潜む!?驚愕の次号!!!」、「『イソップ物語』に記された“柱の王国” とは!?」となっていたので、アトランティスの場所の手がかりとされる『イソップ物語』の「柱の王国」とはどのような話なのか、アトランティスは本当にトロヤ遺跡の真下にあるのか、たいへん気になっていたのですが・・・。
さて今回の話は、10年以上前、泥酔して道端で寝ていた(場所は明示されていませんが、バチカン市国内と思われます)バトラー神父をマイヤー神父が起こす場面から始まります。警察から、妙な神父が道端で寝ているとの報告を受けたマイヤー神父が起しにきたというわけです。10年以上前ということで、バトラー神父もマイヤー神父も現在より髪が豊かです。
バトラー神父が泥酔したのは、父が亡くなったためでした。バトラー神父の父はスコットランドの貧しい炭鉱夫でしたが、息子の教育には熱心で、バトラー神父は士官学校を出て軍人になったのでした。「お父様には自慢の息子だったと思うよ」と言うマイヤー神父にたいし、人を殺すのが嫌になって除隊してしまった、とバトラー神父は言います。
だが、君は神にお仕えする道を選んだのだから、やはり自慢の息子だよ、と言ったマイヤー神父は、悲しいのは分かるが酒に溺れるのはよくない、とバトラー神父を諭します。お父様は天国に召されたのだ、と言うマイヤー神父にたいし、父は自殺したので天国に入れません、とバトラー神父は言います。
場面は変わって、現在の入矢堂です。「柱の王国」が収録されているギリシアのミハリス=アウゲリス編纂の『イソップ物語』を入矢がもっているのを思い出したゼプコ老人は、急いで来日したのでした。入矢は、「勝手な男だよなあ。あんたのせいで、コバチ氏は自殺し、オコーナーは甦り・・・・・・」と呆れ顔で言いますが(どうもコバチは自殺したということになっているようですが・・・)、それはぜんぜん自分のせいではないと思う、とゼプコ老人は言います。
それでも入矢は、大変な事態なのに、何もかも放ってくるとは勝手すぎる、と言いますが、すぐに思いなおして、ゼプコ老人が知っているもう一つのアトランティスの手がかりである、シュリーマンが晩年に解読に夢中になっていた『千一夜物語』の話とはどれなのか、ゼプコ老人に訊きます。ゼプコ老人は、「結局あんたも、人の不幸より好奇心かい」と言い、まずは「柱の王国」の話について、と断って、これがアトランティス伝説の一つだと思うか?と入矢に尋ねます。ここで、今回明らかにされた「柱の王国」の話の粗筋を先に述べておきます(以下の青文字の部分です)。
夢を見ることのできない梟の女王は、どうしたら夢を見られるのか、と兎の女王に相談しました。兎の女王は、夜寝ないからだ、と梟の女王に答えます。夜寝ることにした梟ですが、それでも夢を見られませんでした。そこで梟の女王は、本当のことを教えてくれないとあなたを食べてしまう、と兎の女王を脅しました。
慌てた兎の女王は、「兎の国の中央にそびえる柱のてっぺんには神様が住んでいます。夢を見たいなら、柱を登って神様にお願いしなければなりません」と本当のことを教えました。梟の女王はその柱を自分のものにしようと、兎の国に宣戦布告しました。戦うことが嫌いな兎の女王はあっさりと国を明け渡し、梟の女王は神様に会うために柱を登っていきました。
夢を見たい梟の女王は一心に柱を登っていきましたが、登っても登っても神様のいる頂上にたどり着きません。梟の女王はとても疲れて、神様に会うことを諦めました。梟の女王は神様に会おうとした傲慢さを恥じ、自ら飛ぶことをやめました。天の神様は梟の女王をあわれに思い、落ちていく彼女に夢を贈りました。
梟の女王は死んでしまいました。梟の女王の遺体を見た兎の女王は神様が落ちてきたと勘違いしました。神様が死んだと思った兎の女王は悲しみに暮れ、泣きながら大地を踏み鳴らしました。やがて女王の悲しみは国中に広がり、すべての兎が地面を踏み鳴らしました。すると地震が起きて兎の国は沈み、兎たちはちりじりに逃げていきました。
入矢堂では、入矢とゼプコ老人が「柱の王国」の話とアトランティスの関係について考察していきます。梟は女神アテナの化身で、兎はアトランティスのキーワードの一つ、柱はヘラクレスの柱のことだろうか、と言う入矢にたいし、コバチのヘラクレスの柱=ダーダネルス海峡・アトランティス=トロイ説はありえるだろうか?とゼプコ老人が問いかけます。
入矢は考え込んだ後、イソップについて話し始めます。イソップ(アイソポス)は紀元前6世紀頃、トルコで生まれた人といわれ、イソップの寓話集にはミダス王を主人公にした「王様の耳はロバの耳」がありますが(触れた物すべてを黄金に変えられる手を持っていた伝説の王の話)、ミダスはおそらく紀元前10世紀頃に実在したフリギアの王だ、と入矢は言います。
フリギアについてゼプコ老人に訊かれた入矢は、トルコ中央部アナトリア地方にあった、当時世界でもっとも裕福な国家だ、と答えます。イソップもトルコ人では?とのゼプコ老人の問いかけにたいし、イソップはフリギア人だった可能性もあり、フリギア人はトロイ人と同族で、両国には血縁関係があったと言われているから、トロイ滅亡後に多くのトロイ人がフリギアに移住したし、トロイ人は文化的にもフリギアに多大な影響を与えた、と入矢は答えます。
それがアトランティスとどう関係があるのか?とのゼプコ老人の問いかけにたいし、プラトンはアトランティス伝説の原型はエジプトにあると言った、と入矢は答えます。エジプトからはそういう伝説は見つかっていないが、と言うゼプコ老人にたいし、2世紀後半の書物『ギリシア奇談集』には、大洋の向こうの謎の軍事国家が欧州に押し寄せたという、プラトンが語ったアトランティス伝説そっくりの「ミダス王とセイレノスの対話」という話が収録されている、と入矢は言います。
つまり、アトランティス伝説はエジプトと同じくフリギアにも伝わっていた可能性があり、アトランティスを最初に語ったギリシアの政治家ソロンは、イソップと同世代どころか友人関係にあったと言われていますから、フリギアのアトランティス伝説がトロイから伝わったとすれば、トロイがアトランティスである可能性もじゅうぶんある、と入矢とゼプコ老人の二人は語り合います。
場面は変わって、現在のバチカン市国です。マイヤー神父を前に、バトラー神父が告解(聖職者への告白を通して、洗礼後に犯した自罪について、その罪における神からの赦しと和解を得るキリスト教の信仰儀礼)をしようとしています。君が告解とは珍しいな、と言うマイヤー神父にたいし、父が亡くなって以来10年振りです、と言うバトラー神父でしたが、あれは告解ではなく、泥酔した君に肩を貸しただけだ、とマイヤー神父は言います。しかし、マイヤー神父には感謝している、とバトラー神父は言います。
また大酒で問題を起したのか?と問いかけるマイヤー神父にたいし、バトラー神父は父が亡くなった後の話を始めます。バトラー神父の父は、炭鉱が閉山されて気力を失い、自殺しましたが、自殺は教会では最大の罪なので、教区の神父に何度お願いしても、葬式はしてもらえませんでした。すでに聖職者であったバトラー神父はそのことに納得していましたが、敬虔なカトリック教徒だったバトラー神父の母は納得せず、教会を捨てて、教会とバトラー神父を怨んで残りの人生を過ごしました。
それからというもの、バトラー神父は寝ると必ず夢に父が出てくるようになり、父を見たくないからといって酒を大量に飲むようになりましたが、いくら飲んでも酔って眠りにつくことはできなくなり、父の夢ばかり見るようになりました。君が抱える苦しみも、神が与えたもうた試練だと思わなければ、と言うマイヤー神父にたいし、自分は父にたいして罪を犯したのでしょうか?とゼプコ老人は問いかけます。
そんなことはない、と答えるマイヤー神父にたいし、自殺した人を教会で見送れないことは、教義自体の間違いではないでしょうか?とバトラー神父は問いかけますが、マイヤー神父は返答に詰まります。あれほど善良だった父は・・・と言ったバトラー神父は、こんな場所であれだが、話題になっているイソップについて報告したい、とマイヤー神父に申し出ます。ミハリス=アウゲリス編纂の『イソップ物語』は、バチカンの図書館にもあったのでした。
ここでは狭すぎるから、表で聞こう、とマイヤー神父は言い、バトラー神父とともに教会から出て、街路で「柱の王国」の話をバトラー神父から聞きます。けっきょく梟の女王は神様に会えたのか?とマイヤー神父が問いかけると、会えないどころか、自殺してしまいます、とバトラー神父は答えます。でも、自殺を選んだフクロウの女王に神様は優しく、梟は生まれてはじめて夢を見て、幸福な気持ちになる、とバトラー神父はマイヤー神父に教えます。
我々の神様なら、そんなお慈悲をぜったい与えてくれませんよねぇ、と言うバトラー神父にたいし、口を慎みたまえ、とマイヤー神父は窘めます。私は決心しました、とバトラー神父はマイヤー神父に言い、何を決心したのだとマイヤー神父が問うと、秘密です、とバトラー神父は笑顔で答えます。
場面は変わって、現在のウィーンです。父が自殺したとは今も信じられないし、父に何があったのか、ユリをはじめとして誰も話してくれない、熱心なカトリック教徒だった父だが、自殺したという理由で葬式もしてもらえない、と涙を流しながらコバチの娘はバトラー神父に語ります。これにたいしバトラー神父は、父上の葬式は私がやらせていただきます、と言います。
バトラー神父に迷惑がかかるのでは?と懸念するコバチの娘にたいし、どんな死にたいしても葬式をやろうと決めたのだ、とバトラー神父は言います。さらにバトラー神父が、梟の女王に慈悲を与えた神様に倣って、天罰が下ろうが破門されようが葬式をやる、たとえ大地が沈んでもかまうものか、と決意を表明するところで今回は終了です。
今回は、「柱の王国」の内容とからめてバトラー神父の苦悩と決意が描かれ、歴史ミステリーとヒューマンストーリーの融合した、なかなか面白い内容になっていると思います。バトラー神父には過去にたいへん辛い経験があったのだろうな、とこれまでの描写から想像していましたが、今回はバトラー神父の家族にまつわる悲しい出来事が明らかになりました。軍隊時代や、聖職者になってからも、職務で色々と辛いことがあったと思われますが、あるいは今後、そのことについても描かれることがあるかもしれません。
歴史ミステリーの部分では、「柱の王国」の内容が明らかになったことが大収穫でした。その内容は、これまで作中で明かされてきたアトランティス関連の情報と通ずるところが多く、兎の国とはおそらくアトランティスのことなのでしょう。7巻所収の49話「ウサギの昔話」で紹介された、出雲民話とも通ずる内容ですが、出雲民話のほうでは、川下の神様の騙まし討ちにあった兎が足を踏み鳴らすと地震が起きた、となっています。
また、梟の女王に戦いを仕掛けられた兎の女王が、戦わずして国を明け渡したというのは、出雲の国譲りの話や、6巻所収の48話「関戸の祠」にて、赤兎の祠の前で赤穴英行博士が語った話と通ずるところがあります。出雲は日本においてアトランティス的立場にあったのでしょうか?それとも、たんに出雲にまつわる話にアトランティス伝説が取り入れられたのでしょうか?どうも現時点では明確になっていませんが、最終的にはこうした謎も明らかになることを期待しています。
このように、出雲の国譲りや出雲民話とも通ずる「柱の王国」ですが、一方でそれらとは異なるところも大いにあります。それは、「柱の王国」が夢を主題として語られていることで、夢も『イリヤッド』のキーワードですから、この点からも、「柱の王国」はアトランティスのことを語った話である可能性が高いと思います。おそらく、兎の王国がアトランティスであり、梟の女王の国とは、アトランティスと戦ったアテナを中心とする連合軍のことなのでしょう。
夢を見ないということは、『イリヤッド』ではたいへんなトラウマがあることを意味していますから、梟の女王はたいへんなトラウマを抱えているのでしょう。ただ、ヘロドトス『歴史』では、「アトランティス人は夢を見ない」とされていますから、兎が夢を見ないのであれば分かるのですが、「柱の王国」では兎が夢を見るかどうかは示されておらず、梟が夢を見ないとされています。これはどういうことなのでしょうか?
あるいは、アトランティスに攻め込んだアテナを中心とする連合軍も、アトランティスから派生した文明であり、アトランティス人と同じく「人類の根源に関わる秘密」を知っていて、そのことがトラウマとなって夢を見ないということでしょうか?そうすると、富と高度な文明の略奪もかねて、夢を見られるようにトラウマを解消するためにアトランティスに攻め込んだ、とも解釈できそうですが、柱を登って神に会うといった象徴的な表現になっているので、具体的にどう解釈すべきなのか、私ていどの読解力だと、どうもよく分かりません。
柱とは高度なアトランティス文明の象徴で、神に会うとは、アトランティス文明の源や「人類の根源に関わる秘密」を知ることを意味しているのかな、とも思うのですが、そうすると話を上手く解釈できなさそうです。なぜ夢を見られるようになるには柱の上の神にお願いをしなければいけないのか、なぜ柱の上の神は夢を与えることができたのか、こうした抽象的な話の意味するところは何なのかなど、現時点では不明なところが多いのですが、ゼプコ老人が知っているもう一つの手がかりである『千一夜物語』の該当する話が判明したら、こうした謎も少しは分かるようになるのかもしれません。
また、柱の上の神の正体は意外なものだ、と前回オコーナーが話していたことも気になります。「柱の王国」では神の正体は明示されていませんが、梟の女王の遺体を神様だと兎の女王が勘違いしてしまったことからすると、神は梟に似ているということでしょうか?アテナ・メドゥーサ・ネートの三位一体を示す像はアトランティスの手がかりとされていますので、あるいはそのこととも関係しているのかもしれません。
予告は「コバチがいまわの際に言い遺した“トロヤ=アトランティス説”の信憑性は・・・!?次号、入矢が動き出す」、「赤穴博士と再会した入矢が知る驚愕の事実とは!?」となっていて、8巻所収の59話「菊花の約」以来、久々に赤穴博士が登場します。そういえば、出雲に行ってからの赤穴博士の動向は描かれていませんが、どこにいるのでしょうか?ともかく、入矢よりもアトランティスの謎に接近していると思われる赤穴博士だけに、「柱の王国」について入矢が話せば、赤穴博士から新たな推測が語られるかもしれません。
また、ゼプコ老人も入矢に同行して赤穴博士に会い、『千一夜物語』のどの話がアトランティスの手がかりなのか、赤穴博士に話せば、赤穴博士からさらなる推測を聞くことができ、いっそうアトランティスの真相に近づけるかもしれません。まあこれは、私の願望ですが(笑)。ともかく、次号がたいへん楽しみです。
この記事へのコメント
コメントが遅くなってしまいました。
記事は掲載された翌日くらいに読ませて頂きました。
ありがとうございました。
いよいよ「柱の王国」の話が明らかになりましたね。
兎が出てきましたね。そして、梟も。
兎がアトランティスで、梟がアテネ。
出雲の国譲りの話と似ている点でも、
赤穴英行博士の研究が重要なポイント
なのでしょうね。次回が本当に楽しみです。
ところで、13巻が2月28日に発売ですね。
こちらも待ち遠しいです。
いただき、ありがとうございます。
13巻が2月28日に発売とは
知りませんでしたが、次号とともに
楽しみです。
次号にて赤穴博士はどんなことを
語ってくれるのでしょうねぇ・・・。