『イリヤッド』111話「ヘラクレスの正体」(『ビッグコミックオリジナル』1/5号)

 最新号が発売されたので、さっそく購入しました。前号では、
https://sicambre.seesaa.net/article/200612article_5.html
「山の老人」に内通しているのではないかと思われるエンドレ財団理事長のティボール=コバチがゼプコ老人と密会したところで終わり、二人の目的が何なのか、たいへん気になっていたのですが・・・。

 さて今回の話は、4年前ウィーンのとある遊園地の観覧車の中で、ユリの父ヴィルヘルム=エンドレとデル=ポスト教授が会話をしている場面から始まります。
 ヴィルヘルム=エンドレがアトランティス会議に召集した6人、すなわちワード・ウー・ベルク・クロジエ・アリンガム・オコーナーは本当に信用できるのか?とデル=ポスト教授はヴィルヘルム=エンドレに尋ねます。
 これにたいしてヴィルヘルム=エンドレは、彼らにそれぞれゼウス・アポロン・プルトーン・アテナ・トリトン・ヘラクレスというギリシア神のお面をかぶらせ、主催者の自分以外にはお互いに正体がわからないようにさせるつもりだ、と答えます。

 つづけてヴィルヘルム=エンドレは、ハインリッヒ=シュリーマンの孫パウル=シュリーマンの担当記者の息子であるゼプコ老人に言及し、ゼプコ老人のもっている情報には興味がある、と言います。
 ヴィルヘルム=エンドレによると、アトランティス会議に招待した6人の中には、アトランティスに関する著作がベストセラーとなり、アトランティスブームの仕掛け人となった米国の政治家イグナティウス=ドネリーの研究家もいますが、ドネリーはハインリッヒ=シュリーマンのトロヤ発掘に触発されてアトランティス探索に乗り出した、とのことです。
 さらにヴィルヘルム=エンドレによると、ドネリーはハインリッヒ=シュリーマンと書簡を交わしていましたが、このことはあまり知られておらず、ゼプコ老人はその父親から往復書簡の内容を聞いている可能性がある、ということでした。

 パウル=シュリーマンの日記を入手したヴィルヘルム=エンドレによると、ハインリッヒ=シュリーマンはあと一歩というところまでアトランティスに近づいていましたが、アトランティスの場所を決定する最後の手がかりとして、二つの昔話に夢中だった、とのことでした。
 つまり、ハインリッヒ=シュリーマンがアトランティスの場所の手がかりとした二つの昔話がなにか、ゼプコ老人は知っている可能性があるのですが、デル=ポスト教授に、ゼプコ老人と組んではどうだろうと勧められても、胡散臭く信用のおけない人物だから、とヴィルヘルム=エンドレは断ります。
 危険な暗殺結社の噂もあり、あなたの身も心配だ、と言うデル=ポスト教授にたいして、万が一のときの隠れ家や口座は自分のハンガリー名で用意しているので大丈夫で、詳しいことはハンガリー動乱をいっしょに生き抜いた無二の親友にしか教えていない、とヴィルヘルム=エンドレは言います。この無二の親友とは、前号で裏切りの疑いをかけられた、エンドレ財団理事長のティボール=コバチのことと思われます。

 さて、場面は変わって現在のウィーンです。話し終えたコバチとゼプコ老人は別れてカフェから出て、プリツェルがコバチを、バトラー神父がゼプコ老人を尾行します。この後の描写は時間関係が前後していて、あるいは私が誤読している可能性もありますが、とりあえず時間順(だと自分が解釈した通り)に整理して述べていきます。
 カフェで別れた後、コバチは自宅に戻り、プリツェルから引き継いだデメルが監視を続けます。一方、ゼプコ老人はホテルへと向かいます。ホテルの部屋に入ったゼプコ老人をバトラー神父が訪ね、ゼプコ老人に杖を突きつけて、「あなたを信じて、ストレートにお話を伺うことにしました」と脅し、ゼプコ老人も観念してバトラー神父の質問に答えることにします。

 アル中のバトラー神父は、例によって酒を飲みながらゼプコ老人に質問をしていきます。バトラー神父からコバチとの会談内容を問われたゼプコ老人は、コバチはエンドレ財団の理事長で、亡くなったヴィルヘルム=エンドレのハンガリー時代からの親友なのだから、コバチからゼプコ老人の情報を買いたいとの連絡があり、会ったとしてもなんの問題があろうか?とゼプコ老人は反問します。
 「で、あなたの情報とは?まだイリヤさんに話していないことがあったんですね!?」とバトラー神父に問われたゼプコ老人は、コバチに教えれば金が入るが、入矢に教えても踏み倒されると言い、バトラー神父も「そ、それは正しいかも・・・・・・」と言って同意します。

 さらにコバチは、金をくれるだけではなく、ゼプコ老人の知りえないもう一つの情報も教える、とゼプコ老人に言ってきたのですが、コバチがアトランティス問題の素人だと知ったゼプコ老人は、金のためとはいえ貴重な情報なので、本当の専門家にきちんと教えたい、と言って一旦はコバチの提案を断ります。
 するとコバチは、専門家に相談して連絡を待つと言い、コバチとゼプコ老人は別れました。バトラー神父は、賢明な策だが、いい手を考えないと、次はあなたが命を落とすかもしれない、とゼプコ老人に忠告します。

 ゼプコ老人がホテルの部屋で待っていると電話がかかり、ゼプコ老人は「わかった。すぐ行く」と言って外出し、ある屋敷へと入りますが、バトラー神父とデメルがゼプコ老人を追跡します(明示されていませんが、デメルはコバチの監視を誰かに任せたのでしょうか?)。また、明示されていませんが、この追跡はゼプコ老人も承諾済と思われます。
 屋敷の一室で、ゼプコ老人と一人の男性が円卓を挟んで真正面に向かい合い、椅子に腰かけます。男性はエンドレ=シャカッシュ(ヴィルヘルム=エンドレのハンガリー時代の姓名です)と名乗りますが、その顔は影に覆われていて、この時点では描かれていません。これにたいしてゼプコ老人は、「ハンガリー人だね?ワシはポーランド系だよ」と答えます。

 ハインリッヒ=シュリーマンがアトランティスの場所についての重要な手がかりと考えていた昔話について、さっそく教えてもらおう、と男が言うと、「親父は、パウルから聞いていたよ。だが、まずは・・・・・・」とゼプコ老人は言います。
 男はゼプコ老人に金を渡し、手がかりとなる昔話がなにか聞き出そうとすると、ゼプコ老人は「そっちが先だ!長年あんたが研究していたドネリーに出したシュリーマンの手紙・・・・・・教えてくれ」と言います。このあたり、ゼプコ老人は抜け目がありません(笑)。

 男によると、ドネリーとシュリーマンのやり取りは次のようなものだったそうです。ドネリーは、アトランティスは中南米か大西洋で沈んだ大陸だと主張し、シュリーマンもそれは否定できないと考え、ドネリーに共闘を申し入れました。シュリーマンが地中海文明の起源を追い、ドネリーは中南米とカナリア諸島を調査する、というわけです。その後シュリーマンは手紙の中で、二つの昔話がアトランティスの場所を示す鍵かもしれない、と興奮気味に記しました。
 そう男は述べて、その昔話の一つは・・・、と言って黙り込みます。ゼプコ老人は、お互い二つの昔話のうち一つしか知らない(どういう事情でお互いに一つずつしか知らないのか、どうも設定がよく分からないのですが・・・)、あんたが教えたら自分も絶対に教える、と言って男に打ち明けるよう促します。

 すると男は、『イソップ物語』だ、と答えます。『イソップ物語』のどの話だ?と問いかけるゼプコ老人に、自分で調べろ、と男は突き放し、ゼプコ老人はむっとします。今度は男がもう一つの昔話がなにかゼプコ老人に問いかけると、ゼプコ老人は『千夜一夜物語』だ、と答えます。男がどの話だ?と問いかけると、お返しとばかりに、自分で調べろ、とゼプコ老人は答えます。
 男はこれ以上の情報は得られないと考えたのか、円卓の下で拳銃を取り出し、ゼプコ老人に向けます。それを知ってか知らずか、ゼプコ老人はもう一つ提案があると言い、じつはさらにすごい情報をもっている、と打ち明けたので、男はゼプコ老人に向けていた銃口を床へと向けます。何だ?と問う男にたいして、ゼプコ老人はあと5万ほしい(5万ユーロということでしょうか?)と言います。
 その後は、ゼプコ老人が屋敷から出てくる描写となっていて、ゼプコ老人の提案にたいして男がどう対応したかは不明ですが、さらにすごい情報をもっているとのゼプコ老人の発言は、バトラー神父の忠告を受けてのはったりでしょうから、金を用意するまで待ってくれと男が言い、両者は別れたのでしょう。

 ゼプコ老人を追跡していたデメルとバトラー神父ですが、屋敷を包囲したとのデメルの報告を受けて、バトラー神父は男の確認へと向かいます。ある一室(おそらくエンドレ財団の一室と思われます)に、ゼプコ老人・バトラー神父・ユリ・プリツェル・ロッカ・アントン(デル=ポスト教授の息子)の6人が集結し、ゼプコ老人が屋敷で会った男の確認をノートパソコンで始めます。
 まずはヴィルヘルム=エンドレの顔写真を見ますが、やはりまったく似ておらず、男が偽名を使っていたことが明らかになります。他の理事にも男の顔は見当たらず、コバチから強引に聞きだすか、屋敷に入って男を拘束するかと6人は思案しますが、念のためにアトランティス会議に参加した6人の顔写真も確認してみることにします。
 そのうち5人までを見ても該当する男はいませんでしたが、6人目を見たとき、ゼプコ老人が「いたっ!!」と叫びます。なんとその男は、アトランティス会議の直後にジェット機の空中爆発で死んだと思われていたジョン=オコーナーでした。オコーナーはアトランティス会議ではヘラクレスの仮面をかぶっており、デル=ポスト教授のメモにあったヘラクレスの復活とは、このことなのか?とアントンは推測します。オコーナーはアトランティス会議の直後に死んだはずだ、ユリが言うところで今回は終了です。

109・110話
https://sicambre.seesaa.net/article/200611article_20.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200612article_5.html
と続いたサスペンス的性格の強い内容をうけて、今回もサスペンス色の濃い話となっていますが、まずは歴史ミステリーの部分から見ていきます。
 シュリーマンがアトランティスの場所の特定の重要な手がかりと考えていたのが、『イソップ物語』と『千夜一夜物語』だと判明したのは、大きな収穫だったと思います。8巻所収の57話にて、イソップはアトランティスの秘密に近づいていた一人だと赤穴英行博士が語っており、『千夜一夜物語』も、85話
https://sicambre.seesaa.net/article/200609article_17.html
にてアトランティスの謎に関する重要な手がかりとして紹介されていますから、この二冊をシュリーマンが重要な手がかりと考えていたことは、とくに意外ではありませんでしたが、この二冊に特定されたのは大きな前進だと思います。

 とはいえ、『イソップ物語』と『千夜一夜物語』のどの話をシュリーマンが手がかりと考えていたのかまでは明らかではありませんので、次号での進展に期待したいところです。『千夜一夜物語』については、ゼプコ老人が入矢には知らせていない話となるので、始皇帝陵侵入の根拠となった「アラジンと魔法のランプ」の物語ではなさそうです。そうなると、入矢が85話で触れていた「漁師と魔物」の話でしょうか?
 『イソップ物語』については、どの話が手がかりなのか、さっぱり分かりませんが、『イソップ物語』の個々の話はきわめて短いので、複数の話が手がかりになるのかもしれません。

 さて、サスペンスの部分では、今回衝撃的な事実が明らかになりました。アトランティス会議の直後に死亡したと思われていたジョン=オコーナーが生きていて、コバチと提携していたのです。『イリヤッド』ではこれまで、他のサスペンス作品にたまに見られるような、死亡したと思われる人物が実は生きていて黒幕だった、というようなひねった設定がなかっただけに、これは意外でした。
 同じことは、109話でヴィルヘルム=エンドレが生きていた可能性が示唆されたときにも思いましたが、ヴィルヘルム=エンドレはどうみても死亡したと解釈するほうが自然だったので、ヴィルヘルム=エンドレは死亡し、エンドレ財団に内通者がいると予想しました。その予想通り、110話で内通者候補が登場し、このままひねった設定もなく話が進むのかなあ、と思っていただけに、予想外でした。

 確かに、オコーナーの死因はジェット機の空中爆発によるものなので(1話より)、死体の確認は困難だったでしょうから、死亡したと偽装するために身代わりを立ててジェット機を空中で爆発させたという可能性はあるかもしれません。
 また、11巻所収の86話
https://sicambre.seesaa.net/article/200609article_20.html
で描かれた「山の老人」の幹部会に、顔が影に覆われて描かれていない幹部が3人登場しますが、そのうちの一人のシルエットがオコーナーと思われる男のシルエットと似ているように思われるのも気になります。もっとも、この幹部会ではオコーナーは死亡したとされていて、この幹部がオコーナーだとすると不自然な描写となります。

 そうすると、身の危険を感じたオコーナーは、ヴィルヘルム=エンドレに恨みを抱いていたコバチと組み、偽装工作をして自分が死んだと思わせ、密かにアトランティス探索を進めていた、ということなのでしょうか?
 どうもコバチとオコーナーの意図や、コバチやオコーナーと「山の老人」とのつながりがよく分かりませんが、次号は巻中カラーで、予告では「既に死んでいたはずのオコーナーが語る新事実!!」となっているので、このところ続いたサスペンス的展開が一気に解決するのではないか、と期待しています。

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