『イリヤッド』12巻(1)

 12巻の概観については11月30日分
https://sicambre.seesaa.net/article/200611article_30.html
で述べましたので、今回からは、雑感を交えつつ、詳細に述べていくことにします。

 物語は、スペインのマジョルカ島でバトラー神父が刑事から情報を聞きだしている場面から始まります。その後、度々登場するバトラー神父ですが、この場面が初登場となります。
 バトラー神父が刑事から聞きだした情報は、殺人容疑で追跡中だったインド系イギリス人のラシュカル=カーンという男性が殺害され、海を漂っていた遺体がマジョルカ島の北側にたどり着いた、というものでした。また刑事は、カーンは死ぬ一週前にモロッコのティトゥアンに滞在していた、ともバトラー神父に伝えます。
 カーンは「山の老人」の一員で、連絡員と殺し屋を兼ねており(登場時には姓名不詳でしたが)、「山の老人」に粛清されるのですが、その間の経緯は12巻に描かれており、かつてこのブログでも紹介しました(後述のシャリーンについても、下記リンク先を参照してください)。
https://sicambre.seesaa.net/article/200608article_31.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200609article_2.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200609article_24.html
 その後109話では、
https://sicambre.seesaa.net/article/200611article_20.html
カーンの資金の流れをバトラー神父が追跡し、重要な情報が得られています。バトラー神父が刑事を訪ねたのは昼時で、刑事に食事を勧めたバトラー神父は、失礼して私もと言い、瓶を取り出して酒を飲み始めます。

 刑事から得た情報をもとに、バトラー神父はティトゥアンに赴き、街を支配する老婆シャリーンを訪ねます。おそらく、街の人々から情報を得たのでしょうが、バトラー神父の情報収集力はかなりのものです。シャリーンに酒臭いと言われたバトラー神父は、そのために破門寸前だ、と言います。
 バトラー神父は、シャリーンにカーンの写真を見せて情報を聞き出しますが、カーンは「山の老人」という結社の殺し屋で、痛めつけはしたものの、殺してはいない、とシャリーンは言います。さらにシャリーンは、カーンは自分の命ばかりか客人の命まで狙った、と言います。この客人とは入矢のことで、ここでバトラー神父は入矢のことを知ることになります。

 場面は変わってウィーンです。入矢・ユリ・デメル・ロッカの四人は、喫茶店で「山の老人」が隠蔽し続けてきた謎について検討しています。ティトゥアンの地下迷路の中心にあった玄室で入矢が見つけた球体は、アトランティスの手がかりであるソロモン王の壺と思われるのですが、そこにはネアンデルタール人の骨が入っていました。
 ネアンデルタール人について情報を得るべく、トルコでネアンデルタール人研究の第一人者ベームに会った入矢は、最古の神は熊の姿をしており、ネアンデルタール人が思いついたのだ、と推測します。この間の経緯は12巻で描かれていて、かつてこのブログでも触れました。
https://sicambre.seesaa.net/article/200609article_17.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200609article_20.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200609article_24.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200609article_30.html
 ロッカは、ユダヤ人は「人の姿の神」エホヴァにたどりつく以前、牡牛の神を信仰していて、それは預言者モーセがシナイ山にこもっている間にその兄のアロンが邪教に落ち、黄金の牡牛像を作ったという聖書の記述からも明らかね、と言います。
 これにたいして入矢は、その前は母系社会で雌牛だ、と言います。これを受けてユリは、「でも最古の女神アルテミスの化身は、雌牛ではなく熊だった?」と尋ねます。入矢は、アルテミスの「アルト」はケルト族にも伝来した、と答え、アーサー王のラテン語読み「アルトゥール」は「熊の王」もしくは「アルテミスの夫」という意味だ、と指摘します。
 ユリが、「その熊がネアンデルタール人の神だったという証拠は?彼らの洞窟に熊の骨が散乱してたから?」と訊くと、入矢は、新石器時代からあったフィンランドの熊祭りでもそうだったが、熊は古代最強の王で、熊を狩って肉を食べ、熊の骨を祭ることで人は神に近づくと信じていた、と答えます。「山の老人」はその事実を隠蔽するため存在するのか?と訊くロッカにたいして、入矢は「さあなあ・・・・・・」と答えます。

 場面は変わって、ロンドンです。空き地でブライアンという男性が二人の借金取りに痛めつけられています。そこにバトラー神父が現れ、得意の剣術で二人をあっという間に追い払ってしまいます。このブライアンはカーンとは家が隣で親しく、バトラー神父はカーンの情報を得るべくブライアンを訪ねたというわけです。ブライアンによると、カーンは人を殺して街を出た後、ブライアンに一度だけ連絡をしてきて、今は崇高な仕事に就いているから安心してくれ、と言ったとのことです。
 借金取り二人に痛めつけられたブライアンに、バトラー神父は痛み止めとして酒を勧めます。バトラー神父に感心するブライアンに、単なるアル中だよ、とバトラー神父は言います。ブライアンは、アル中ならまだよくて、ここでは皆ヤク中だと言い、自分の運命は最低だと嘆きます。屑みたいな街で、母は自殺、姉は売春婦、父はヤク中、と身の上を打ち明けたブライアンは、神様は本当にいるのか?とバトラー神父に尋ねます。
 いるよ、と答えたバトラー神父に、では神様に愛される方法を教えてくれと言うブライアンですが、神は誰も愛していない、とバトラー神父は言い、「私は教会である任務についていね、大勢の人の悲劇を見てきた。悲劇は神に携わる聖職者にすら、容赦なく訪れる・・・・・・自殺する聖職者・・・・・・人を殺す聖職者・・・・・・今は神にお仕えしたことを後悔している」と告白し、最後に、神父のくせに気のきいたアドバイスもできず、すまない、と謝罪します。

 場面は変わって、バチカンです。バトラー神父は、上司の司教と対面しています。この司教の名前はここでは明らかにされていませんが、後に107話で再登場し、
https://sicambre.seesaa.net/article/200610article_26.html
マイヤーという名前であることと、かつてバチカン考古学研究所でグレコ神父の後輩だったことが分かります。
 マイヤー司教はバトラー神父に、「山の老人」とアトランティスについて何か分かったかね?と尋ねますが、バトラー神父は答えられません。マイヤー司教は、今やあの結社の存在は教会最大の脅威で、君の使命は重大だ、と言いますが、バトラー神父は、私は能力がないみたいで、いっそのこと破門にしてくれませんか、と申し出ます。

 しかしマイヤー司教は、絶対に破門しないと言います。まだ多くの人間の生死や悲劇を見続けろということですか?と尋ねるバトラー神父にたいし、マイヤー司教は、最高の捜査感と戦闘能力、度胸と勇気をあわせもつ君が、どうして他人の生死をそれほど気に病むのだ?人は死ねば天国へ行けると割り切れないか?と尋ねます。善良な自殺者も?と尋ねるバトラー神父にたいし、マイヤー司教がそれは無理だと答えると、バトラー神父は落胆します。
 アトランティスに一番近い人物は見つかったか?と尋ねるマイヤー司教にたいし、バトラー神父は日本人の考古学者です、と答えます。彼は無心論者か?と尋ねたマイヤー司教は、続けて、「山の老人」の秘密は、無心論者か問題を抱えた聖職者しか耐えられない事実だとの噂がある、と言います。もっと何かご存知なのでは?と尋ねるバトラー神父にたいして、少しな、とマイヤー司教が答えると、バトラー神父は教えてくださいと頼みますが、マイヤー司教は酒をやめたら教えようと言って拒絶し、バトラー神父は無理だなあ、と落胆します。

 場面は変わってウィーンです。入矢・ユリ・デメル・ロッカの四人は一室にいますが、外を見ていたデメルが、酒を飲んでいるバトラー神父が自分たちのいる部屋を見上げているのに気づき、バトラー神父を部屋の中に入れます。「山の老人」について情報交換できないかと考えて参上した、と言うバトラー神父を見て、デメルは異端審問官ではなのか?と尋ねます。
 バトラー神父は異端審問官について、昔は火あぶりで無実の人を処刑したようなおぞましい役職だったが、今は教皇庁直属の警察だと説明し、人類の根源に関わる歴史を調査する優秀な神父たちがなぜか次々と殺人者になってゆくので、バチカン総本部もあの結社(山の老人)の存在を見過ごせなくなったのだ、と来訪の目的を述べます。

 バトラー神父は、まず私の情報からと言い、皆さんは「山の老人」がどういう結社だと思いますか?ひょっとして、人類最初の神がネアンデルタール人の神だったという不名誉な事実を隠すための結社だと考えているのでは?と尋ねます。違うのか?と尋ねるユリにたいして、バトラー神父は違うと答え、カーンはヒンドゥー教徒だった、と言います。
 これを聞いた入矢は、ヒンドゥー教徒の神は象や猿の化身で、ヒンドゥー教徒は輪廻転生により自分たちが獣や虫に生まれ変わると信じているから、熊が最初の神だからといって人を殺すだろうか、と疑問を呈します。
 バトラー神父は入矢の発言に続けて、キリスト教やイスラム教では、人は常に邪教に惑わされるとされ、仮にネアンデルタール人の神に惑わされても、信じる輩は地獄に落ちるだけで、わざわざ殺害する必要はないから、「山の老人」はあらゆる宗教に根ざす、もっと恐ろしい秘密を隠蔽したいようだ、と補足します。

 バトラー神父は入矢に無心論者か?と尋ね、入矢は、まあそんなもんかな、と答えます。たとえばあなたの運命が最低の最低でも、つまり神様に愛されなくても生きていけますか?とバトラー神父が尋ねると、入矢は、愛されるかどうかは向こう(神の側)の問題であって、自分としては、神が自分を愛してくれたときに、それに恥じない人間になっていたらよく、運命や神とは関係なしに、マイペースで努力しようというのが自分のモットーだ、と答えます。
 これを聞いたバトラー神父は、ロンドンのブライアンを訪ね、ウィーンで開眼したと言い、君が神様に愛されようと愛されまいと関係ない、それは向こうの問題だ、と興奮しながら述べ、いいアドバイスがあるから聞いてくれ、と言います。この後の描写はありませんが、入矢の発言に感銘を受けたバトラー神父は、それを自分なりに受け止めて、ブライアンに話したのでしょう。

この記事へのコメント

kiki
2006年12月02日 12:39
劉公嗣さんこんにちは!
イリヤッドについては平日に書き込みですね。了解!φ(.. )めもめも
12巻が届くまで、ゆっくりじっくり楽しませて頂けそうでうれしいです。しかも12/20号も来週発売!その先の展開も楽しみです。

カーンについては、ちょい役にしては、ちょこちょこ出てくるので奇妙に思っていました。12巻にも登場しているんですね。11巻で、者リーンに拷問された後、山の老人一味に連行されてグレコ神父に説明を求められますね。その後、命乞いしながら兄ちゃん達に連行されて出ていく場面で、彼の先行きを心配してしまいましたw。やっぱり始末されちゃったんですね。(T_T)

新登場のマイヤー司教やバトラー神父がどんな姿なのか楽しみです。

ところで、競馬、面白そうですね。私は乗馬は以前にやっていたことがあって、馬は大好きなんですが。目の前をどぉ~っと駆け抜ける姿を一度見てみたいですw。
2006年12月02日 17:57
kikiさん、いつもお読みいただき、ありがとうございます。

乗馬経験がおありなんですねぇ。
私はもっぱら競馬を見るだけです(笑)。

マイヤー司教は『美味しんぼ』の京極さんを険しく
したような感じです。『美味しんぼ』を知らないと
さっぱり分からない例えですが(笑)。

バトラー神父は、公式ページの予告コーナーに
載っています。多分、4日までは『イリヤッド』の
次号予告が掲載されていると思います。
http://bigoriginal.shogakukan.co.jp/next.html
kiki
2006年12月05日 15:44
劉公嗣さん、ありがとうございます。
バトラー神父、見てきましたw。
ついでに12/20号のプレビューも見れました。
うれしかったです♪
マイヤー司教は、険しい京極さんですかw!ぷぷぷ
早く見たいですw。
『美味しんぼ』もずっと読んでいたのですが、
主人公達が結婚して子供ができたらなんだか
ちょっぴりつまらなくなり、まんねりも
感じてしまいまして、最近は購入していないです。
でも、2002年に帰省したとき実は一冊買いましたw。

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