『イリヤッド』109話「アントン・デル・ポスト」(『ビッグコミックオリジナル』12/5号)
最新号が発売されたので、さっそく購入しました。前号では、入矢がアーサー王と聖杯伝説について、新たな情報を得ました。予告では、「ユリが父にゆかりのアントン氏と会い知る事実は!?」とあったので、どのような事実が明らかになるのか、楽しみにしていたのですが・・・。
さて、今回の話は、アムステルダムの故デル=ポスト教授の部屋で、息子のアントンがデル=ポスト教授の遺品を調べている場面から始まります。デル=ポスト教授は、10巻所収の79話に登場した、アムステル大学の西洋古代史の教授で、アトランティス探索を趣味としていたのですが、グレコ神父の命を受けたバシャにより、事故を装って殺されました。
その息子でメソポタミア文明の研究者であるアントンも、亡父の遺志をついでアトランティス探索に乗り出した、というわけです。電話機の横のメモ用紙に目をとめたアントンは、そこに文字の跡が残っているのに気づき(メモ用紙に何か書き、それをちぎっても、筆圧で下にある空白の用紙に文字の跡が残るというわけです)、鉛筆で黒く塗りつぶして文字を浮き上がらせます。
場面は変わって、バトラー神父・プリツェル・ロッカの三人がある部屋(明示されていませんが、ウィーンのエンドレ財団考古学研究所の一室と思われます)で「山の老人」について情報交換をしています。プリツェルは、「山の老人」に敵対する組織の幹部で、かつてユリに同盟を提案し、「山の老人」に関する情報を提供しましたが(この経緯は7~8巻に所収されています)、80話(10巻所収)以来久々の登場となります。
プリツェルは、「山の老人」はアトランティスを人類から封印する目的で中東において生まれた秘密結社で、同じ目的の結社は欧州にも存在し、「古き告訴人」・「秘密の箱を運ぶ人々」といわれていたと述べ、バトラー神父もこの見解に同意します。
プリツェルはさらに、「秘密の箱を運ぶ人々」はテンプル騎士団を仲介として「山の老人」と接触し、両者は、20世紀になってローマ教会が近代化し、教会に切り捨てられたため合併したのではないか、と推測し、バトラー神父も同意します。
しかし、鉄の結束を誇った結社にも亀裂が生じていることが、107話にて描かれています。
https://sicambre.seesaa.net/article/200610article_26.html
プリツェルは、今が彼らをこの世から一掃するチャンスだと言い、驚くロッカにたいして、一枚の写真を見せます。そこにはラシュカル=カーンというインド系イギリス人の男性が写っていました。カーンは「山の老人」の一員で、連絡員と殺し屋を兼ねており(登場時には姓名不詳でしたが)、モロッコのティトゥアンの街を支配する老婆シャリーンを暗殺しようとして失敗し、拷問を受けた後釈放されたのですが、グレコ神父に粛清されたのでした。この経緯は12巻で描かれており、かつてこのブログでも紹介しました。
https://sicambre.seesaa.net/article/200608article_31.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200609article_2.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200609article_24.html
バトラー神父はカーンの資金の流れを追い、カーンがモロッコに行く一週間前、リーアノン銀行から金を1万ポンド引き出しているが、その前のカーンの預金額は500ポンドで、その差額分はスイスのトゥリン銀行から送金されていることを突き止めました。
スイスの銀行の情報をよく・・・と言うプリツェルにたいし、「我々は世界一信用度の高い組織。・・・・・・と同時に世界一我ままでルールに従わない集団なんです」とバトラー神父は答えます。
バトラー神父によると、トゥリン銀行に送金したのはケイマン諸島のクリフトン銀行で、クリフトン銀行の口座の持ち主はバンノイア歴史学研究所とのことでした。プリツェルは、こういう名前の研究所は聞いたことがないので、「山の老人」の隠れ蓑の一つではないか、と推測します。
バトラー神父の調査には続きがあり、バンノイア歴史学研究所の主力スポンサーはなんと、ユリの父ヴィルヘルム=アンドレ(ハンガリー時代の名字はシャカッシュ)が創設し、入矢たちアトランティス探索者を援助しているエンドレ財団でした。プリツェルは、エンドレ財団にスパイがいるのでは、と疑います。
バトラー神父が調査して得たデータには、この支払いを了承した人物の名前も記されていました。そこには、ユリの父のハンガリー時代の姓が記されており、バトラー神父もプリツェルも「あ、ありえない・・・・・・」と驚愕します。
バトラー神父・プリツェル・ロッカの三人が情報を交換している間、ユリとデメルはウィーンのある公園の観覧車の前でアントンを待っていました。ポスト教授はエンドレ財団から援助を受けており、ユリの父ヴィルヘルムは、デル=ポスト教授を親友だと常々言っていたような間柄で、そうした縁もあって、アントンはユリと会うことにしたのでした。
待ち合わせ場所の公園にある観覧車は、ユリにもアントンにも縁の場所で、かつてポスト教授とユリの父はその観覧車の中で意気投合し、ユリも父と同じ観覧車に乗ったことがあり、父からアトランティスへの情熱を聞かされ、日本にいって入矢修造という男を捜すよう頼まれたのですが、その後すぐ、ユリの父は殺害されたのでした。
ユリとデメルとアントンの三人は、観覧車に向かって歩きながら、話をします。アントンがユリにハンガリー系なのか?と尋ねると、ハンガリーでは日本・中国のように名字が先で名前が後で、エンドレは名前だったが、ユリの父がドイツに移住して働いた最初の会社では皆エンドレを名字と誤解し、ユリの父は運動家でソ連のKGBやハンガリーの秘密警察に命を狙われていたので、名字をエンドレ、名前をヴィルヘルムと改名したのだ、とユリは答えます。
ユリとアントンは観覧車に乗り込み、デメルは外で待っています。アントンによると、ヘラクレスが訪れた西方の国ヘスペリデスこそアトランティスだ、とポスト教授は考えていました。ヘラクレスはフェニキアの神バアル、もしくはメルカルトという神のギリシア版で、アトランティスの鍵となります。プラトンも「ヘラクレスの柱」という言葉を重視している、と言ったユリは、「ヘラクレスの柱」はどこにあったのか?とアントンに尋ねます。
アントンは、古代ギリシアの学者も悩み、インド・黒海・ペロポネソス半島の突端などの説があるが、父のポスト教授は、「ヘラクレスの柱」は一つではないと考えていた、と答えます。フェニキア人は紀元前12世紀頃に海上貿易に乗り出したレバノンの人々で、その優れた航海術を、衰退期にあったクレタ=ミノア文明から吸収したとされる、と指摘したアントンは、「ヘラクレスの柱」とは、フェニキア人にとって航海の難所、あるいはこれ以上進めない遠方、と父は定義していた、とユリに語ります。
海洋貿易初期には黒海やギリシアへの航海も難しく、やがて遠方に行けるようになってもインドが限界となると、そこを「柱」と命名する、と語るアントンにたいし、そう考えると、フェニキア人にとって最大の難所は、内海から外海への航海、つまり地中海と大西洋の間でしょうか、とユリは尋ねます。これにたいしてアントンは、プラトンの「ヘラクレスの柱」とは、ヘロドトスやディオドロスやストラボンの説の通り、結局ジブラルタル海峡のことだと思う、と答えます。
では、「柱」とは何なのか、ジブラルタル海峡の両側に神殿でも建てたのか?と問うユリにたいし、アントンは、古代ギリシアやローマの歴史家がヘラクレスの神殿跡を探したらしいが、何も見つからなかった、と答えます。
では何なのか?と問うユリにたいしてアントンは、フェニキア人の都市には必ずバアル神の祭壇があり、それは日本の巨大な柱だったが、柱だけで神殿はなく、二本の柱とは、バアルの象徴である牡牛の角であり、天と地、神と人をつなぎ、さらに天井を支え、星になった英雄を甦らせる道でもあった、と答えます。
さらにアントンは、これは自分だけの説だが、「柱」を建てた理由はそれだけではなく、よそ者が容易に入り込めない恐ろしい場所、つまり、フェニキア人よりはるかに古くて強力な文明の支配する都市との境界線の役割も「柱」は果たしており、新興のフェニキア人にとっては、「柱」の先は冥界みたいな場所だったのではないか、と述べます。
アントンは、もう一つ!と言い、ヘラクレスはなぜ人間から神になったと思うか、とユリに問いかけます。確か、一度冥界に行って戻ってきたからでは、と答えるユリにたいして、アントンは、「そう、キリストと同じ。死んで甦った人間は神になる」と述べます。
ここでアントンは、ユリと会った真の目的を語り始めます。それは、ユリの亡き父ヴィルヘルムのことでした。前述したように、アントンの父ポスト教授は、事故を装って殺されたのですが、アントンの母によると、死の前日、ポスト教授は誰かと電話で話してとても動揺していた、とのことでした。
その話し相手の名前は、前述のように、電話機の横のメモ用紙に書かれ、名前が書かれたメモ用紙の下のメモ用紙にも、筆圧で文字の痕跡が残っていました。アントンがその名前を浮かび上がらせると、‘SZAKACS’という文字が読み取れました。つまり、ユリの父のハンガリー時代の名字シャカッシュです。驚愕の表情を浮かべるユリに、アントンが「教えてください!お父様がヘラクレスのように冥界から甦った理由を!?」と問い質すところで、今回は終了です。
今回は、歴史ミステリーの部分での進展もありましたが、サスペンス的性格の強い内容となっています。まず歴史ミステリーの部分では、「山の老人」について今まで私は誤読していたようで、「古き告訴人」・「秘密の箱を運ぶ人々」と「山の老人」は、他者による名称が異なるだけで、同じ組織だと思っていたのですが、今回の話だと、両者の目的は同じでも別組織で、前者は欧州の、後者は中東の組織で、両者が接触したのはテンプル騎士団を仲介にしてからということですから、11世紀末以降となります。
両者が合併したのは、「秘密の箱を運ぶ人々」が19世紀後半にローマ教会から切り捨てられた後、おそらくは20世紀になってからではないか、とのことで、「秘密の箱を運ぶ人々」・「古き告訴人」は紀元前のソクラテスの頃よりいたことが明らかにされていますが、「山の老人」はいつから存在する組織なのでしょうか?
そもそも、中東と欧州となると、古代より相互の交流が盛んで、お互いに相手から影響を受けているのですから、テンプル騎士団の登場まで両者に接触がなかったとは考えにくいところがあります。想像を逞しくすると、元々は同じ組織だったのが、ローマ教会に組み込まれるさい、それを受け入れる一派(秘密の箱を運ぶ人々)と、潔しとしない一派(山の老人)とに分裂したのでしょうか?
この問題については、「山の老人」または「古き告訴人」の成立経緯が明らかにならないと、分かりにくいところがありますが(私が見落としているだけかもしれませんが・・・)、そうすると、最終回近くまでこの問題の真相は不明なままなのでしょう。
歴史ミステリーの部分では、アントンからも手がかりが語られました。プラトンのいう「ヘラクレスの柱」は、作中ではやはりジブラルタル海峡ということになりそうです。その柱が、フェニキア人のバアル神の祭壇にあった二本の巨大な柱と結びつけられ、それが牡牛の角を象徴していただろうということと、冥界の境界線的な意味もあったのではないかということは、作中での新たな情報といえます。
アントンの解釈によると、フェニキア人にとって、アトランティスは冥界のような場所だったとのことですが、カナリア諸島のテネリフェ島に伝わる「冥界の王」伝説、さらには始皇帝にまつわる「冥界の王」の伝承とも関わりがあるのか、気になるところです。
アントンの解釈で他に重要だと思われるのは(父の解釈を継承したものでしょうが)、死んで甦った人間は神になる、というものです。冥界に一度行って戻ったヘラクレスが神になったわけですから、冥界=アトランティス文明の象徴と考えると、アトランティス文明にまつわる秘密を知った者が神になった、ということを意味しているのでしょうか。まあこの問題は、『イリヤッド』の核になる秘密だと思われるので、最終回近くまで明らかにはならないでしょうが・・・。
さて、サスペンスの部分では、今回衝撃的な情報が明らかにされました。入矢たちアトランティス探索者を支援してきたエンドレ財団が、「山の老人」に援助し、しかもそれを許可したのが、ユリの父ではないのか、というわけです。
サスペンスも『イリヤッド』の重要な構成要素ではありますが、他のサスペンス作品にたまに見られるような、死亡したと思われる人物が実は生きていて黒幕だった、その黒幕が主人公の身近な人物だった、というようなひねった(サスペンスを読みなれている人にはありきたりな設定かもしれませんが)設定は、これまで『イリヤッド』には見られなかっただけに、私もちょっと驚いています。
ただ、2話(1巻所収)での描写からして、ユリの父が生きているとは思えず、これはエンドレ財団内部に「山の老人」と連絡をとっている内通者がいて、その者の仕業だろうと思います。とはいっても、支払いを了承するだけの権限の持ち主でもあるわけで、ユリの父とは親しく、エンドレ財団でもかなりの高位にある者が内通者なのでしょう。
あるいは、これまで作中では触れられていませんが、ユリの父には兄弟がいて、ともに事業を営んでおり、ユリの父の死後は、彼の兄弟が財団の実権を握っているのかもしれません。そうすると、名字が同じでも不思議はありませんが・・・。ただ、ポスト教授が電話で話して動揺していたことからすると、もっと衝撃的な事実が隠されているようにも思われます。ともかく、次号の展開に期待したいところです。
予告は「アトランティスの謎を隠蔽したい、“山の老人”と、謎を探索したエンドレとの関係は!?次号、巻頭カラー!!!」「山の老人の一味とエンドレ氏が接触していた理由は。」となっており、12巻が11月30日に発売されるのにあわせて、巻頭カラーとなります。前回・前々回の巻頭カラーも、単行本の発売にあわせたものでした。多分今後も、このパターンが続くのでしょう(打ち切りにならなければよいのですが・・・)。
久々の巻頭カラーで、ユリの父と「山の老人」をめぐる謎がどこまで明らかにされるのか、たいへん楽しみです。また、予告ページでは主要登場人物の顔と簡単な紹介が掲載されていましたから、赤穴英行博士やニコス=コーなどが久しぶりに登場するのではないか、との期待もあります。
さて、今回の話は、アムステルダムの故デル=ポスト教授の部屋で、息子のアントンがデル=ポスト教授の遺品を調べている場面から始まります。デル=ポスト教授は、10巻所収の79話に登場した、アムステル大学の西洋古代史の教授で、アトランティス探索を趣味としていたのですが、グレコ神父の命を受けたバシャにより、事故を装って殺されました。
その息子でメソポタミア文明の研究者であるアントンも、亡父の遺志をついでアトランティス探索に乗り出した、というわけです。電話機の横のメモ用紙に目をとめたアントンは、そこに文字の跡が残っているのに気づき(メモ用紙に何か書き、それをちぎっても、筆圧で下にある空白の用紙に文字の跡が残るというわけです)、鉛筆で黒く塗りつぶして文字を浮き上がらせます。
場面は変わって、バトラー神父・プリツェル・ロッカの三人がある部屋(明示されていませんが、ウィーンのエンドレ財団考古学研究所の一室と思われます)で「山の老人」について情報交換をしています。プリツェルは、「山の老人」に敵対する組織の幹部で、かつてユリに同盟を提案し、「山の老人」に関する情報を提供しましたが(この経緯は7~8巻に所収されています)、80話(10巻所収)以来久々の登場となります。
プリツェルは、「山の老人」はアトランティスを人類から封印する目的で中東において生まれた秘密結社で、同じ目的の結社は欧州にも存在し、「古き告訴人」・「秘密の箱を運ぶ人々」といわれていたと述べ、バトラー神父もこの見解に同意します。
プリツェルはさらに、「秘密の箱を運ぶ人々」はテンプル騎士団を仲介として「山の老人」と接触し、両者は、20世紀になってローマ教会が近代化し、教会に切り捨てられたため合併したのではないか、と推測し、バトラー神父も同意します。
しかし、鉄の結束を誇った結社にも亀裂が生じていることが、107話にて描かれています。
https://sicambre.seesaa.net/article/200610article_26.html
プリツェルは、今が彼らをこの世から一掃するチャンスだと言い、驚くロッカにたいして、一枚の写真を見せます。そこにはラシュカル=カーンというインド系イギリス人の男性が写っていました。カーンは「山の老人」の一員で、連絡員と殺し屋を兼ねており(登場時には姓名不詳でしたが)、モロッコのティトゥアンの街を支配する老婆シャリーンを暗殺しようとして失敗し、拷問を受けた後釈放されたのですが、グレコ神父に粛清されたのでした。この経緯は12巻で描かれており、かつてこのブログでも紹介しました。
https://sicambre.seesaa.net/article/200608article_31.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200609article_2.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200609article_24.html
バトラー神父はカーンの資金の流れを追い、カーンがモロッコに行く一週間前、リーアノン銀行から金を1万ポンド引き出しているが、その前のカーンの預金額は500ポンドで、その差額分はスイスのトゥリン銀行から送金されていることを突き止めました。
スイスの銀行の情報をよく・・・と言うプリツェルにたいし、「我々は世界一信用度の高い組織。・・・・・・と同時に世界一我ままでルールに従わない集団なんです」とバトラー神父は答えます。
バトラー神父によると、トゥリン銀行に送金したのはケイマン諸島のクリフトン銀行で、クリフトン銀行の口座の持ち主はバンノイア歴史学研究所とのことでした。プリツェルは、こういう名前の研究所は聞いたことがないので、「山の老人」の隠れ蓑の一つではないか、と推測します。
バトラー神父の調査には続きがあり、バンノイア歴史学研究所の主力スポンサーはなんと、ユリの父ヴィルヘルム=アンドレ(ハンガリー時代の名字はシャカッシュ)が創設し、入矢たちアトランティス探索者を援助しているエンドレ財団でした。プリツェルは、エンドレ財団にスパイがいるのでは、と疑います。
バトラー神父が調査して得たデータには、この支払いを了承した人物の名前も記されていました。そこには、ユリの父のハンガリー時代の姓が記されており、バトラー神父もプリツェルも「あ、ありえない・・・・・・」と驚愕します。
バトラー神父・プリツェル・ロッカの三人が情報を交換している間、ユリとデメルはウィーンのある公園の観覧車の前でアントンを待っていました。ポスト教授はエンドレ財団から援助を受けており、ユリの父ヴィルヘルムは、デル=ポスト教授を親友だと常々言っていたような間柄で、そうした縁もあって、アントンはユリと会うことにしたのでした。
待ち合わせ場所の公園にある観覧車は、ユリにもアントンにも縁の場所で、かつてポスト教授とユリの父はその観覧車の中で意気投合し、ユリも父と同じ観覧車に乗ったことがあり、父からアトランティスへの情熱を聞かされ、日本にいって入矢修造という男を捜すよう頼まれたのですが、その後すぐ、ユリの父は殺害されたのでした。
ユリとデメルとアントンの三人は、観覧車に向かって歩きながら、話をします。アントンがユリにハンガリー系なのか?と尋ねると、ハンガリーでは日本・中国のように名字が先で名前が後で、エンドレは名前だったが、ユリの父がドイツに移住して働いた最初の会社では皆エンドレを名字と誤解し、ユリの父は運動家でソ連のKGBやハンガリーの秘密警察に命を狙われていたので、名字をエンドレ、名前をヴィルヘルムと改名したのだ、とユリは答えます。
ユリとアントンは観覧車に乗り込み、デメルは外で待っています。アントンによると、ヘラクレスが訪れた西方の国ヘスペリデスこそアトランティスだ、とポスト教授は考えていました。ヘラクレスはフェニキアの神バアル、もしくはメルカルトという神のギリシア版で、アトランティスの鍵となります。プラトンも「ヘラクレスの柱」という言葉を重視している、と言ったユリは、「ヘラクレスの柱」はどこにあったのか?とアントンに尋ねます。
アントンは、古代ギリシアの学者も悩み、インド・黒海・ペロポネソス半島の突端などの説があるが、父のポスト教授は、「ヘラクレスの柱」は一つではないと考えていた、と答えます。フェニキア人は紀元前12世紀頃に海上貿易に乗り出したレバノンの人々で、その優れた航海術を、衰退期にあったクレタ=ミノア文明から吸収したとされる、と指摘したアントンは、「ヘラクレスの柱」とは、フェニキア人にとって航海の難所、あるいはこれ以上進めない遠方、と父は定義していた、とユリに語ります。
海洋貿易初期には黒海やギリシアへの航海も難しく、やがて遠方に行けるようになってもインドが限界となると、そこを「柱」と命名する、と語るアントンにたいし、そう考えると、フェニキア人にとって最大の難所は、内海から外海への航海、つまり地中海と大西洋の間でしょうか、とユリは尋ねます。これにたいしてアントンは、プラトンの「ヘラクレスの柱」とは、ヘロドトスやディオドロスやストラボンの説の通り、結局ジブラルタル海峡のことだと思う、と答えます。
では、「柱」とは何なのか、ジブラルタル海峡の両側に神殿でも建てたのか?と問うユリにたいし、アントンは、古代ギリシアやローマの歴史家がヘラクレスの神殿跡を探したらしいが、何も見つからなかった、と答えます。
では何なのか?と問うユリにたいしてアントンは、フェニキア人の都市には必ずバアル神の祭壇があり、それは日本の巨大な柱だったが、柱だけで神殿はなく、二本の柱とは、バアルの象徴である牡牛の角であり、天と地、神と人をつなぎ、さらに天井を支え、星になった英雄を甦らせる道でもあった、と答えます。
さらにアントンは、これは自分だけの説だが、「柱」を建てた理由はそれだけではなく、よそ者が容易に入り込めない恐ろしい場所、つまり、フェニキア人よりはるかに古くて強力な文明の支配する都市との境界線の役割も「柱」は果たしており、新興のフェニキア人にとっては、「柱」の先は冥界みたいな場所だったのではないか、と述べます。
アントンは、もう一つ!と言い、ヘラクレスはなぜ人間から神になったと思うか、とユリに問いかけます。確か、一度冥界に行って戻ってきたからでは、と答えるユリにたいして、アントンは、「そう、キリストと同じ。死んで甦った人間は神になる」と述べます。
ここでアントンは、ユリと会った真の目的を語り始めます。それは、ユリの亡き父ヴィルヘルムのことでした。前述したように、アントンの父ポスト教授は、事故を装って殺されたのですが、アントンの母によると、死の前日、ポスト教授は誰かと電話で話してとても動揺していた、とのことでした。
その話し相手の名前は、前述のように、電話機の横のメモ用紙に書かれ、名前が書かれたメモ用紙の下のメモ用紙にも、筆圧で文字の痕跡が残っていました。アントンがその名前を浮かび上がらせると、‘SZAKACS’という文字が読み取れました。つまり、ユリの父のハンガリー時代の名字シャカッシュです。驚愕の表情を浮かべるユリに、アントンが「教えてください!お父様がヘラクレスのように冥界から甦った理由を!?」と問い質すところで、今回は終了です。
今回は、歴史ミステリーの部分での進展もありましたが、サスペンス的性格の強い内容となっています。まず歴史ミステリーの部分では、「山の老人」について今まで私は誤読していたようで、「古き告訴人」・「秘密の箱を運ぶ人々」と「山の老人」は、他者による名称が異なるだけで、同じ組織だと思っていたのですが、今回の話だと、両者の目的は同じでも別組織で、前者は欧州の、後者は中東の組織で、両者が接触したのはテンプル騎士団を仲介にしてからということですから、11世紀末以降となります。
両者が合併したのは、「秘密の箱を運ぶ人々」が19世紀後半にローマ教会から切り捨てられた後、おそらくは20世紀になってからではないか、とのことで、「秘密の箱を運ぶ人々」・「古き告訴人」は紀元前のソクラテスの頃よりいたことが明らかにされていますが、「山の老人」はいつから存在する組織なのでしょうか?
そもそも、中東と欧州となると、古代より相互の交流が盛んで、お互いに相手から影響を受けているのですから、テンプル騎士団の登場まで両者に接触がなかったとは考えにくいところがあります。想像を逞しくすると、元々は同じ組織だったのが、ローマ教会に組み込まれるさい、それを受け入れる一派(秘密の箱を運ぶ人々)と、潔しとしない一派(山の老人)とに分裂したのでしょうか?
この問題については、「山の老人」または「古き告訴人」の成立経緯が明らかにならないと、分かりにくいところがありますが(私が見落としているだけかもしれませんが・・・)、そうすると、最終回近くまでこの問題の真相は不明なままなのでしょう。
歴史ミステリーの部分では、アントンからも手がかりが語られました。プラトンのいう「ヘラクレスの柱」は、作中ではやはりジブラルタル海峡ということになりそうです。その柱が、フェニキア人のバアル神の祭壇にあった二本の巨大な柱と結びつけられ、それが牡牛の角を象徴していただろうということと、冥界の境界線的な意味もあったのではないかということは、作中での新たな情報といえます。
アントンの解釈によると、フェニキア人にとって、アトランティスは冥界のような場所だったとのことですが、カナリア諸島のテネリフェ島に伝わる「冥界の王」伝説、さらには始皇帝にまつわる「冥界の王」の伝承とも関わりがあるのか、気になるところです。
アントンの解釈で他に重要だと思われるのは(父の解釈を継承したものでしょうが)、死んで甦った人間は神になる、というものです。冥界に一度行って戻ったヘラクレスが神になったわけですから、冥界=アトランティス文明の象徴と考えると、アトランティス文明にまつわる秘密を知った者が神になった、ということを意味しているのでしょうか。まあこの問題は、『イリヤッド』の核になる秘密だと思われるので、最終回近くまで明らかにはならないでしょうが・・・。
さて、サスペンスの部分では、今回衝撃的な情報が明らかにされました。入矢たちアトランティス探索者を支援してきたエンドレ財団が、「山の老人」に援助し、しかもそれを許可したのが、ユリの父ではないのか、というわけです。
サスペンスも『イリヤッド』の重要な構成要素ではありますが、他のサスペンス作品にたまに見られるような、死亡したと思われる人物が実は生きていて黒幕だった、その黒幕が主人公の身近な人物だった、というようなひねった(サスペンスを読みなれている人にはありきたりな設定かもしれませんが)設定は、これまで『イリヤッド』には見られなかっただけに、私もちょっと驚いています。
ただ、2話(1巻所収)での描写からして、ユリの父が生きているとは思えず、これはエンドレ財団内部に「山の老人」と連絡をとっている内通者がいて、その者の仕業だろうと思います。とはいっても、支払いを了承するだけの権限の持ち主でもあるわけで、ユリの父とは親しく、エンドレ財団でもかなりの高位にある者が内通者なのでしょう。
あるいは、これまで作中では触れられていませんが、ユリの父には兄弟がいて、ともに事業を営んでおり、ユリの父の死後は、彼の兄弟が財団の実権を握っているのかもしれません。そうすると、名字が同じでも不思議はありませんが・・・。ただ、ポスト教授が電話で話して動揺していたことからすると、もっと衝撃的な事実が隠されているようにも思われます。ともかく、次号の展開に期待したいところです。
予告は「アトランティスの謎を隠蔽したい、“山の老人”と、謎を探索したエンドレとの関係は!?次号、巻頭カラー!!!」「山の老人の一味とエンドレ氏が接触していた理由は。」となっており、12巻が11月30日に発売されるのにあわせて、巻頭カラーとなります。前回・前々回の巻頭カラーも、単行本の発売にあわせたものでした。多分今後も、このパターンが続くのでしょう(打ち切りにならなければよいのですが・・・)。
久々の巻頭カラーで、ユリの父と「山の老人」をめぐる謎がどこまで明らかにされるのか、たいへん楽しみです。また、予告ページでは主要登場人物の顔と簡単な紹介が掲載されていましたから、赤穴英行博士やニコス=コーなどが久しぶりに登場するのではないか、との期待もあります。
この記事へのコメント
最新号のあらすじと解説、ありがとうございます。
こんなに早くアプして頂けるなんて!すごくうれしいです。
(私の為じゃないですけどねw)
楽しみなのは、それだけではなく、劉公嗣さんの推理や考察もです。
ところで、「山の老人」の起源についてですが、10巻のFile.8で、サントリーニ島で発掘された円盤をエンドレ財団に引き取りに出向いたデメルに、プレッツェルが話す場面がありますね。
ヌビア聖書から次のように引用します。「...神は、ご自分にかたどり人を創る前に...”山の老人”に命じ...彼の島を沈めた...」そして、プレッツェルとデメルは、「”山の老人”が人類創造以前に存在した!」と驚愕しています。いったい、山の老人とは何者なんでしょうね?
それから、印象に残っているのが、やはり10巻のFile.1で、エンドレ財団の歴史学者の調べによるディオドロスの歴史観についてユリが語っているところです。「神は事実だが、神は神として生まれたのではなく、努力した人間がその功績ゆえに後に神になった」これは、アントンさんの考えに通じるものがあるような気がしました。
ユリのお父さんが生きているかもしれないというのは驚きでした。でも、できれば、別人だといいなぁ。11巻で、グレコ神父が3人の”山の老人”幹部(?)と会議をする場面で、各人の顔が影で明らかにされていないのが気になりました。何かこの件に関係するのでしょうか?
毎回毎回、気になる展開で、ますます楽しみです。
『ヌビア聖書』の解釈は難しくて、私にはさっぱり
分かりません。「山の老人」の起源が判明すれば
理解できるのでしょうけど・・・。
アントンの考えは、確かにディオドロスの歴史観と
通ずるところがありそうですね。
「山の老人」が隠蔽しつづけてきた最初の神の正体
についてのヒントにもなりそうです。
ユリの父が生きているかもしれない、との描写が
今回あり、私も11巻の「山の老人」の幹部会?を
思い出しましたが、グレコ神父が他の幹部たちの
前で、ユリの父は殺害されたと明言しているので、
やはりユリの父は死亡したのだと思います。
幹部会?の様子は、今月末発売の12巻にも
描かれていることと思いますが、そこでも
グレコ神父以外の幹部の顔は描かれていません。
思いもかけない人物が幹部という可能性もあり
ますが、多分そうではなく、謎めいた雰囲気を
醸しだすのと、漫画家の負担軽減のためだと思います。
もし、「他のサスペンス作品にたまに見られるような、死亡したと思われる人物が実は生きていて黒幕だった、その黒幕が主人公の身近な人物だった」となってしまうと、なんだか陳腐で、マジックの種明かしにがっかりするような気分ですw。
ますます「この後どうなっちゃうんだろう?」的な展開が楽しみですw。