『イリヤッド』107話「秘密の箱」(『ビッグコミックオリジナル』11/5号)
最新号が発売されたので、購入しました。前号では、アトランティス探索続行を躊躇う入矢を呉文明(リチャード=ウー)が励まし、入矢が改めてアトランティス探索の決意を強くした、というところで終わりました。予告では、「“山の老人”に内在する二つのイデオロギーとは!?」とあったので、「山の老人」が必死に隠蔽し続けてきた秘密が、ついに多少なりとも具体的に描かれるのかと期待していたのですが・・・。
さて、今回の話は、イタリアのシエナにある住宅が燃えている場面から始まります。火事が収まった後、グレコ神父と連絡員の男が、近所に住んでいると思われる女性に火事について訊くと、女性は、ものすごい音がして火柱があがり、火事というより爆発だった、と話します。家の人たちはどうなったのだ、とグレコ神父が訊くと、女性は、夫婦は焼死したが、刑事が来て調べたところ、夫婦には火事になる前に殴られた痕があり、夫婦の息子のピエトロが行方不明なので、息子が家庭内暴力のあげく放火したという説もある、と語ります。女性の話しを聞いたグレコ神父は、彼らのために祈りましょう、と言います。
その後、グレコ神父と連絡員はフィレンツェの建物の一室を訪れますが、目的とする老人は、すでに拷問されたあげくに殺されていました。建物が囲まれていることに気づいたグレコ神父は、今夜中にローマに行きたいので、悪いが囮になってくれ、と連絡員に言います。この殺害された老人と、シエナで焼死した夫婦が何者か尋ねる連絡員にたいし、グレコ神父は、「秘密の箱を運ぶ人々」だと答えます。
伝説ではなく本当の話だったのか、と驚く連絡員にたいし、グレコ神父は、シエナの夫婦は何者かに襲われて自爆し、夫婦になにかあれば、この老人が引き継ぐ手はずだった、と言います。箱の行方を訊く連絡員にたいし、分からない、と答えたグレコ神父は、明日、ローマのレッチェ公園で落ち合おう、と言います。建物を包囲しているのは何者か、と連絡員に尋ねられたグレコ神父は、バチカンだ、とうとう我々に戦争を仕掛けてきたというわけだ、と言います。
ローマに到着したグレコ神父は、ある建物に入り、そこの五階の住人に会おうとして、エレベーターに乗りますが、エレベーターの上の蓋が開き、バトラー神父が現れます。「バチカンの異端審問官か?秘密を奪い、私を殺しに?」と問うグレコ神父にたいし、バトラー神父は、「五階に上がったらえらいことになっちまう」と言い、グレコ神父を四階で降ろさせると、そこにはバチカンの屈強そうな男たちが待ち構えていました。
バトラー神父は、薬を嗅がせてグレコ神父を眠らせます。グレコ神父がある一室で目を覚ますと、バトラー神父と、バチカン考古学研究所でグレコ神父の後輩だったマイヤー神父がいました。マイヤー神父とグレコ神父との会話により、「山の老人」とローマ=カトリック教会(バチカン)との関係の一部が明らかになります。
「山の老人」は、「古き告訴人」とも「秘密の箱を運ぶ人々」とも言われ、キリスト教成立前より存在していました。4世紀前半のローマ皇帝コンスタンティヌス1世は、325年に初の公会議である第1ニカイア公会議を開催し、アリウス派が異端とされるとともに、「山の老人」もローマ教会の一部となりました。東方教会の司教がエウセビオス司教に宛てた書簡には、「皇帝は、アリウス派と同じく“秘密の箱を運ぶ人々”に関しても議論するよう望まれております」とあり、400年頃、コプト語で記された碑文には、「古より教会に踏み込まず、しかも最も信仰篤き人々を、我々は“秘密の箱を運ぶ人々”という」とあります。
12世紀、テンプル騎士団が中東で「山の老人」から彼の島(アトランティス)の秘密を聞き出し、アトランティスにまつわる言い伝えが、異教徒の間ですら、ゆゆしき秘密であることが証明されました。ところが、テンプル騎士団は、秘密を封印するどころか、逆に彼の島の場所を探り出そうとしました。
そこで教会は「山の老人」をさらなる闇に押し込み、組織を二分して、教会とは無縁の存在のように偽装しました。それでも「山の老人」は教皇直属で、ローマ教会の一部でしたが、1869~1870年の第一次バチカン公会議において、「山の老人」はローマ教会における存在を抹消されることになりました。人類の根源に関わる秘密も、それを封じ込める神聖な処刑も、ローマ教会は見たくも考えたくもなくなった、というわけです。
「だが後を絶たない聖職者の、我々側への転身・・・・・・今の宗教戦争の時代に異教徒同士お互いに志を同じくする我々を、キミらはどう思う?私を始末してから考えるかね?」とグレコ神父がマイヤー神父に問いかけると、マイヤー神父は、「我々はあなたと和解がしたい。教会に戻るつもりはありませんか?」と言います。「我々の存在目的は?」と問うグレコ神父にたいし、マイヤー神父は、「もはや暴力や殺人は悪です。教会は、誰かが人類の秘密を暴こうが気にしません!主への信仰は不滅だからです」と答えます。
「キミは我々や彼の島のこと、どのくらい知っている?」と問うグレコ神父にたして、マイヤー神父は、「隠蔽したいのは場所ではなく、彼の島の人々が語り伝えたある真実であること・・・そこには、人類の最初の神について明かされていること・・・あなた方は“古き告訴人”もしくは“山の老人”・・・・・・あるいは“秘密の箱を運ぶ人々”と呼ばれ、彼の島の歴史や伝説を記した古文書を保有しているということ・・・・・・1311年のヴィエンヌ公会議で、教皇クレメンス5世はテンプル騎士団の解散を命じ・・・・・・同時にあなた方を二つに分け、一つを暗殺専門の集団に・・・・・・もう一つを“秘密の箱を運ぶ人々”のまま残し、分裂させた。それ以上は知りたくもありませんな」と答えます。
知りたくないのに、なぜ彼らを拷問して殺したのだ、と問うグレコ神父にたいし、マイヤー神父には思い当たることがなく、バトラー神父が、生き残った少年のことか、と悟り、アトランティスの秘密にかかわる文書などが入っていると思われる、大きな鞄(秘密の箱)をもったピエトロが部屋に入ってきます。ピエトロはシエナで両親と仲間が殺害されたので逃げてきて、ローマのホテルの五階にいたこところ、怪しげな連中が襲ってきたので、バトラー神父が保護したというわけです。
マイヤー神父はグレコ神父に、「どうやらあなたの敵は、我々と別のところにいるようですな。昔からいわれていますな。“山の老人”には二つの意見(イデオロギー)が内在する、と。一つは彼の島の秘密を完全に葬り、結社の人々すら無知とすべきだという思想・・・・・・もう一つは、秘密は秘密として一部の許された人間のみ記憶し、世俗の人間が知る行為を葬り去ろうという思想・・・・・・あなたは、後者の考えをお持ちのようだ」と言います。
これを聞いたグレコ神父は、納得できない、との表情ですが、マイヤー神父はさらに、「異なる意見は昔からある。だが殺しあいは考えられないというお顔ですね。では、こうは考えられませんか?組織が腐敗し堕落し、内部に宗教的使命を隠れ蓑にした異分子が紛れ込んだ・・・・・・」と続けます。
我々をどうする?と訊くグレコ神父にたいして、マイヤー神父は、暴走を食い止めます、と言い、バトラー神父は、人の死を見るのはもういいだろうから、ピエトロは置いていってください、と言います。鞄はどうなのだ、と訊くグレコ神父にたいし、マイヤー神父は、どうぞご随意に、と言い、我々の側にお戻りになる気は?と誘いますが、グレコ神父は、「もはや後戻りできない道だ」、と言います。
グレコ神父は鞄をもって退出し、ローマのレッチェ公園に行き、連絡員と再会します。グレコ神父から、鞄がアトランティスに関わる秘密の箱だと聞いた連絡員は、懐から銃をとりだしてグレコ神父を殺そうとしますが、用心していたグレコ神父は、手に金属製と思われる武器を装着しており、一瞬のうちに連絡員の頚動脈を切ってしまいます。
連絡員は、グレコ神父とともにテーブルに座る人、つまり「山の老人」においてグレコ神父と同等の地位にある幹部たちの命令により、グレコ神父から秘密の箱を奪い、グレコ神父を殺すことになっていたのです。グレコ神父から理由を訊かれた連絡員は、グレコ神父だけがアトランティスの秘密を完全に知り、“秘密の箱を運ぶ人々”を掌握しているのは不公平だから、と答えます。知ることは恐ろしいことだぞ、と言うグレコ神父にたいして、「そ・・・れでも知り・・・・・・」と言って連絡員が倒れ、後戻りできない道だ、とグレコ神父が言うところで、今回は終了です。
今回は、「山の老人」とローマ教会(バチカン)との関係も含めて、かなり重要な情報が明らかになり、なかなか興味深い内容でした。すでにある程度明らかになっていたこともありますが、整理すると、
●紀元前より存在していた「山の老人」は、325年の第1ニカイア公会議から、1869~1870年の第一次バチカン公会議まで、ローマ教会に直属していた。
●次々と優秀な聖職者が「山の老人」に転身して殺人に手を染めてしまうことに危機感を抱いたローマ教会は、「山の老人」対策の必要を痛感しており(89話より)、「山の老人」の行動のかなりのところは、ローマ教会に把握されていた。
●テンプル騎士団は「山の老人」よりアトランティスにまつわる「人類の根源に関わる秘密」を聞き出し、それがキリスト教徒だけではなく異教徒の間ですら隠蔽すべき秘密であることを証明したが、その秘密を封印するどころか、アトランティスの場所を探り出そうとしたため、殲滅させられた(86話より)。
●「山の老人」の組織は、1311年のヴィエンヌ公会議以降は、暗殺専門集団と、「秘密の箱を運ぶ人々」からなる。
●「秘密の箱」には、アトランティスの伝説を記した古文書が入っている。
●ローマ教会は、もはや「人類の根源に関わる秘密」が暴かれてもよい、と考えている。
●「山の老人」には、「人類の根源に関わる秘密」について、二つの考えがあり、「山の老人」の構成員すら知らないように徹底的に葬り去るべきだ、という考えと、一部の人のみで秘密を継承していき、世俗の人間が知ろうとした場合は妨害する(殺害・脅迫など)、という考えがある。
●「山の老人」が隠蔽したいのは、アトランティスの場所ではなく、アトランティス人が語り伝えた真実であること。それは「人類の根源に関わる秘密」であり、もう少し具体的に書くと、人類の最初の神についてのことである。
●現在、「山の老人」において、「秘密の箱を運ぶ人々」を掌握しているのはグレコ神父である。
●現在の「山の老人」には、「人類の根源に関わる秘密」を隠蔽し続けようとする、宗教的使命を隠れ蓑にした異分子が、幹部レベルでも紛れ込んでいる可能性があり、グレコ神父の殺害すら企図している。
となります。
疑問として、一つ目は、キリスト教徒以外もいただろう「山の老人」がローマ教会に属すにあたって、問題にならなかったのだろうか、ということです。「人類の根源に関わる秘密」を隠蔽するためには、教会に属すことも厭わないほど、結束できるということなのでしょうか。それとも、「山の老人」を二つに分け、一つはキリスト教徒のみで構成され、ローマ教会に属すが、もう一つはローマ教会の管轄外で、両者は密接に連絡を取り合って秘密の隠蔽を続けた、というように、柔軟な組織構成にしたのでしょうか。
二つ目の疑問は、グレコ神父の殺害を命じた「山の老人」の幹部たちの意図です。連絡員によると、グレコ神父だけがアトランティスの秘密を完全に知り、“秘密の箱を運ぶ人々”を掌握しているのは不公平だから、ということなのですが、“秘密の箱を運ぶ人々”を掌握し、秘密を完全に知って、どうしようというのでしょうか。単なる知的好奇心なのか、「山の老人」における地位の向上が目的なのか、証拠の完全な抹殺が目的なのか、現時点ではどうもよく分かりませんが、あるいはそれ以外の目的があるのでしょうか。
宗教的使命を隠れ蓑にした異分子ということは、アトランティス探索者が、隠蔽する側に寝返ったようにみせかけ、「山の老人」に入り込み、幹部となって、組織を活用してアトランティスの秘密を探ろうとしている、ということなのでしょうか。そもそも、「山の老人」がどのように人材を確保し続けてきたのか、作中ではあまり描かれておらず、厳しいだろう入会審査がどのようになされているのかも不明です。バシャの例からすると、個々の幹部がこれと思った人材を勧誘しているようですが・・・。
『イリヤッド』の主題ともいえる、「人類の根源に関わる秘密」については、これまでも何度かヒントが描かれてきましたが、今回、かなり踏み込んだ描写がなされ、どうやら、人類の最初の神の正体のことだと思われます。11巻所収の88話にて、
https://sicambre.seesaa.net/article/200609article_30.html
人類にとって最初の神の姿は熊であり、それを思いついたのはネアンデルタール人ではないか、と入矢が推測していますが、それだけでは、「人類の根源に関わる秘密(人類がぜったいに知ってはならない、人類の呪われた太古の秘密)」というには衝撃が小さいように思います。
7巻所収の51話にて、無神論者に近いと思われるレームが、「山の老人」から「人類の根源に関わる秘密」を知らされて衝撃を受けていますが、入矢の推測を聞いた、キリスト教徒でネアンデルタール人研究の第一人者であるベームは、とくに衝撃を受けた様子はありません。とすると、入矢の推測が間違っているのか、入矢の推測以上の恐ろしい秘密が隠されているということなのかもしれません。また、その秘密を語り伝えたのが、なぜアトランティス人なのか、ということも気になります。
次号の予告は、「アトランティスを探す入矢が次に向かうのは・・・!?」となっていますので、入矢の新たな冒険譚が始まるようです。誰と一緒に、どこに行くのか、楽しみですが、グレコ神父の今後の動向も気になります。マイヤー神父に、暴走を食い止めます、と言われていますが、入矢の殺害を諦めることはないでしょうし、その前に、「山の老人」内部の暗闘にも勝ち抜かねばなりません。ともかく、次号以降の展開にも大いに期待できそうです。
さて、今回の話は、イタリアのシエナにある住宅が燃えている場面から始まります。火事が収まった後、グレコ神父と連絡員の男が、近所に住んでいると思われる女性に火事について訊くと、女性は、ものすごい音がして火柱があがり、火事というより爆発だった、と話します。家の人たちはどうなったのだ、とグレコ神父が訊くと、女性は、夫婦は焼死したが、刑事が来て調べたところ、夫婦には火事になる前に殴られた痕があり、夫婦の息子のピエトロが行方不明なので、息子が家庭内暴力のあげく放火したという説もある、と語ります。女性の話しを聞いたグレコ神父は、彼らのために祈りましょう、と言います。
その後、グレコ神父と連絡員はフィレンツェの建物の一室を訪れますが、目的とする老人は、すでに拷問されたあげくに殺されていました。建物が囲まれていることに気づいたグレコ神父は、今夜中にローマに行きたいので、悪いが囮になってくれ、と連絡員に言います。この殺害された老人と、シエナで焼死した夫婦が何者か尋ねる連絡員にたいし、グレコ神父は、「秘密の箱を運ぶ人々」だと答えます。
伝説ではなく本当の話だったのか、と驚く連絡員にたいし、グレコ神父は、シエナの夫婦は何者かに襲われて自爆し、夫婦になにかあれば、この老人が引き継ぐ手はずだった、と言います。箱の行方を訊く連絡員にたいし、分からない、と答えたグレコ神父は、明日、ローマのレッチェ公園で落ち合おう、と言います。建物を包囲しているのは何者か、と連絡員に尋ねられたグレコ神父は、バチカンだ、とうとう我々に戦争を仕掛けてきたというわけだ、と言います。
ローマに到着したグレコ神父は、ある建物に入り、そこの五階の住人に会おうとして、エレベーターに乗りますが、エレベーターの上の蓋が開き、バトラー神父が現れます。「バチカンの異端審問官か?秘密を奪い、私を殺しに?」と問うグレコ神父にたいし、バトラー神父は、「五階に上がったらえらいことになっちまう」と言い、グレコ神父を四階で降ろさせると、そこにはバチカンの屈強そうな男たちが待ち構えていました。
バトラー神父は、薬を嗅がせてグレコ神父を眠らせます。グレコ神父がある一室で目を覚ますと、バトラー神父と、バチカン考古学研究所でグレコ神父の後輩だったマイヤー神父がいました。マイヤー神父とグレコ神父との会話により、「山の老人」とローマ=カトリック教会(バチカン)との関係の一部が明らかになります。
「山の老人」は、「古き告訴人」とも「秘密の箱を運ぶ人々」とも言われ、キリスト教成立前より存在していました。4世紀前半のローマ皇帝コンスタンティヌス1世は、325年に初の公会議である第1ニカイア公会議を開催し、アリウス派が異端とされるとともに、「山の老人」もローマ教会の一部となりました。東方教会の司教がエウセビオス司教に宛てた書簡には、「皇帝は、アリウス派と同じく“秘密の箱を運ぶ人々”に関しても議論するよう望まれております」とあり、400年頃、コプト語で記された碑文には、「古より教会に踏み込まず、しかも最も信仰篤き人々を、我々は“秘密の箱を運ぶ人々”という」とあります。
12世紀、テンプル騎士団が中東で「山の老人」から彼の島(アトランティス)の秘密を聞き出し、アトランティスにまつわる言い伝えが、異教徒の間ですら、ゆゆしき秘密であることが証明されました。ところが、テンプル騎士団は、秘密を封印するどころか、逆に彼の島の場所を探り出そうとしました。
そこで教会は「山の老人」をさらなる闇に押し込み、組織を二分して、教会とは無縁の存在のように偽装しました。それでも「山の老人」は教皇直属で、ローマ教会の一部でしたが、1869~1870年の第一次バチカン公会議において、「山の老人」はローマ教会における存在を抹消されることになりました。人類の根源に関わる秘密も、それを封じ込める神聖な処刑も、ローマ教会は見たくも考えたくもなくなった、というわけです。
「だが後を絶たない聖職者の、我々側への転身・・・・・・今の宗教戦争の時代に異教徒同士お互いに志を同じくする我々を、キミらはどう思う?私を始末してから考えるかね?」とグレコ神父がマイヤー神父に問いかけると、マイヤー神父は、「我々はあなたと和解がしたい。教会に戻るつもりはありませんか?」と言います。「我々の存在目的は?」と問うグレコ神父にたいし、マイヤー神父は、「もはや暴力や殺人は悪です。教会は、誰かが人類の秘密を暴こうが気にしません!主への信仰は不滅だからです」と答えます。
「キミは我々や彼の島のこと、どのくらい知っている?」と問うグレコ神父にたして、マイヤー神父は、「隠蔽したいのは場所ではなく、彼の島の人々が語り伝えたある真実であること・・・そこには、人類の最初の神について明かされていること・・・あなた方は“古き告訴人”もしくは“山の老人”・・・・・・あるいは“秘密の箱を運ぶ人々”と呼ばれ、彼の島の歴史や伝説を記した古文書を保有しているということ・・・・・・1311年のヴィエンヌ公会議で、教皇クレメンス5世はテンプル騎士団の解散を命じ・・・・・・同時にあなた方を二つに分け、一つを暗殺専門の集団に・・・・・・もう一つを“秘密の箱を運ぶ人々”のまま残し、分裂させた。それ以上は知りたくもありませんな」と答えます。
知りたくないのに、なぜ彼らを拷問して殺したのだ、と問うグレコ神父にたいし、マイヤー神父には思い当たることがなく、バトラー神父が、生き残った少年のことか、と悟り、アトランティスの秘密にかかわる文書などが入っていると思われる、大きな鞄(秘密の箱)をもったピエトロが部屋に入ってきます。ピエトロはシエナで両親と仲間が殺害されたので逃げてきて、ローマのホテルの五階にいたこところ、怪しげな連中が襲ってきたので、バトラー神父が保護したというわけです。
マイヤー神父はグレコ神父に、「どうやらあなたの敵は、我々と別のところにいるようですな。昔からいわれていますな。“山の老人”には二つの意見(イデオロギー)が内在する、と。一つは彼の島の秘密を完全に葬り、結社の人々すら無知とすべきだという思想・・・・・・もう一つは、秘密は秘密として一部の許された人間のみ記憶し、世俗の人間が知る行為を葬り去ろうという思想・・・・・・あなたは、後者の考えをお持ちのようだ」と言います。
これを聞いたグレコ神父は、納得できない、との表情ですが、マイヤー神父はさらに、「異なる意見は昔からある。だが殺しあいは考えられないというお顔ですね。では、こうは考えられませんか?組織が腐敗し堕落し、内部に宗教的使命を隠れ蓑にした異分子が紛れ込んだ・・・・・・」と続けます。
我々をどうする?と訊くグレコ神父にたいして、マイヤー神父は、暴走を食い止めます、と言い、バトラー神父は、人の死を見るのはもういいだろうから、ピエトロは置いていってください、と言います。鞄はどうなのだ、と訊くグレコ神父にたいし、マイヤー神父は、どうぞご随意に、と言い、我々の側にお戻りになる気は?と誘いますが、グレコ神父は、「もはや後戻りできない道だ」、と言います。
グレコ神父は鞄をもって退出し、ローマのレッチェ公園に行き、連絡員と再会します。グレコ神父から、鞄がアトランティスに関わる秘密の箱だと聞いた連絡員は、懐から銃をとりだしてグレコ神父を殺そうとしますが、用心していたグレコ神父は、手に金属製と思われる武器を装着しており、一瞬のうちに連絡員の頚動脈を切ってしまいます。
連絡員は、グレコ神父とともにテーブルに座る人、つまり「山の老人」においてグレコ神父と同等の地位にある幹部たちの命令により、グレコ神父から秘密の箱を奪い、グレコ神父を殺すことになっていたのです。グレコ神父から理由を訊かれた連絡員は、グレコ神父だけがアトランティスの秘密を完全に知り、“秘密の箱を運ぶ人々”を掌握しているのは不公平だから、と答えます。知ることは恐ろしいことだぞ、と言うグレコ神父にたいして、「そ・・・れでも知り・・・・・・」と言って連絡員が倒れ、後戻りできない道だ、とグレコ神父が言うところで、今回は終了です。
今回は、「山の老人」とローマ教会(バチカン)との関係も含めて、かなり重要な情報が明らかになり、なかなか興味深い内容でした。すでにある程度明らかになっていたこともありますが、整理すると、
●紀元前より存在していた「山の老人」は、325年の第1ニカイア公会議から、1869~1870年の第一次バチカン公会議まで、ローマ教会に直属していた。
●次々と優秀な聖職者が「山の老人」に転身して殺人に手を染めてしまうことに危機感を抱いたローマ教会は、「山の老人」対策の必要を痛感しており(89話より)、「山の老人」の行動のかなりのところは、ローマ教会に把握されていた。
●テンプル騎士団は「山の老人」よりアトランティスにまつわる「人類の根源に関わる秘密」を聞き出し、それがキリスト教徒だけではなく異教徒の間ですら隠蔽すべき秘密であることを証明したが、その秘密を封印するどころか、アトランティスの場所を探り出そうとしたため、殲滅させられた(86話より)。
●「山の老人」の組織は、1311年のヴィエンヌ公会議以降は、暗殺専門集団と、「秘密の箱を運ぶ人々」からなる。
●「秘密の箱」には、アトランティスの伝説を記した古文書が入っている。
●ローマ教会は、もはや「人類の根源に関わる秘密」が暴かれてもよい、と考えている。
●「山の老人」には、「人類の根源に関わる秘密」について、二つの考えがあり、「山の老人」の構成員すら知らないように徹底的に葬り去るべきだ、という考えと、一部の人のみで秘密を継承していき、世俗の人間が知ろうとした場合は妨害する(殺害・脅迫など)、という考えがある。
●「山の老人」が隠蔽したいのは、アトランティスの場所ではなく、アトランティス人が語り伝えた真実であること。それは「人類の根源に関わる秘密」であり、もう少し具体的に書くと、人類の最初の神についてのことである。
●現在、「山の老人」において、「秘密の箱を運ぶ人々」を掌握しているのはグレコ神父である。
●現在の「山の老人」には、「人類の根源に関わる秘密」を隠蔽し続けようとする、宗教的使命を隠れ蓑にした異分子が、幹部レベルでも紛れ込んでいる可能性があり、グレコ神父の殺害すら企図している。
となります。
疑問として、一つ目は、キリスト教徒以外もいただろう「山の老人」がローマ教会に属すにあたって、問題にならなかったのだろうか、ということです。「人類の根源に関わる秘密」を隠蔽するためには、教会に属すことも厭わないほど、結束できるということなのでしょうか。それとも、「山の老人」を二つに分け、一つはキリスト教徒のみで構成され、ローマ教会に属すが、もう一つはローマ教会の管轄外で、両者は密接に連絡を取り合って秘密の隠蔽を続けた、というように、柔軟な組織構成にしたのでしょうか。
二つ目の疑問は、グレコ神父の殺害を命じた「山の老人」の幹部たちの意図です。連絡員によると、グレコ神父だけがアトランティスの秘密を完全に知り、“秘密の箱を運ぶ人々”を掌握しているのは不公平だから、ということなのですが、“秘密の箱を運ぶ人々”を掌握し、秘密を完全に知って、どうしようというのでしょうか。単なる知的好奇心なのか、「山の老人」における地位の向上が目的なのか、証拠の完全な抹殺が目的なのか、現時点ではどうもよく分かりませんが、あるいはそれ以外の目的があるのでしょうか。
宗教的使命を隠れ蓑にした異分子ということは、アトランティス探索者が、隠蔽する側に寝返ったようにみせかけ、「山の老人」に入り込み、幹部となって、組織を活用してアトランティスの秘密を探ろうとしている、ということなのでしょうか。そもそも、「山の老人」がどのように人材を確保し続けてきたのか、作中ではあまり描かれておらず、厳しいだろう入会審査がどのようになされているのかも不明です。バシャの例からすると、個々の幹部がこれと思った人材を勧誘しているようですが・・・。
『イリヤッド』の主題ともいえる、「人類の根源に関わる秘密」については、これまでも何度かヒントが描かれてきましたが、今回、かなり踏み込んだ描写がなされ、どうやら、人類の最初の神の正体のことだと思われます。11巻所収の88話にて、
https://sicambre.seesaa.net/article/200609article_30.html
人類にとって最初の神の姿は熊であり、それを思いついたのはネアンデルタール人ではないか、と入矢が推測していますが、それだけでは、「人類の根源に関わる秘密(人類がぜったいに知ってはならない、人類の呪われた太古の秘密)」というには衝撃が小さいように思います。
7巻所収の51話にて、無神論者に近いと思われるレームが、「山の老人」から「人類の根源に関わる秘密」を知らされて衝撃を受けていますが、入矢の推測を聞いた、キリスト教徒でネアンデルタール人研究の第一人者であるベームは、とくに衝撃を受けた様子はありません。とすると、入矢の推測が間違っているのか、入矢の推測以上の恐ろしい秘密が隠されているということなのかもしれません。また、その秘密を語り伝えたのが、なぜアトランティス人なのか、ということも気になります。
次号の予告は、「アトランティスを探す入矢が次に向かうのは・・・!?」となっていますので、入矢の新たな冒険譚が始まるようです。誰と一緒に、どこに行くのか、楽しみですが、グレコ神父の今後の動向も気になります。マイヤー神父に、暴走を食い止めます、と言われていますが、入矢の殺害を諦めることはないでしょうし、その前に、「山の老人」内部の暗闘にも勝ち抜かねばなりません。ともかく、次号以降の展開にも大いに期待できそうです。
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