『イリヤッド』105話「ソロモンの杯」(『ビッグコミックオリジナル』10/5号)

 最新号が発売されたので、購入しました。前号では、入矢・ゼプコ老人・呉文明(リチャード=ウー)の三人がいよいよ始皇帝の廟に侵入し、始皇帝の棺にラテン語の「偉大なるアーサー王」という落書きがあったのを発見したところで終わりました。
 今回は、その謎解きとともに、予告では「始皇帝陵から脱出をはかる入矢に思わぬ窮地が・・・」とあったので、サスペンスアクション的要素の強い内容になるのかと予想していたのですが・・・。

 さて、今回の話は、入矢・ゼプコ老人・呉文明の三人が、始皇帝の棺に彫られた「偉大なるアーサー王」の文字がいかなる意味をもつのか、考察する場面から始まります。
 ラルフ=オブ=コギャシル著の『イングランド年代記』によると、1191年、英国のコーンウォール半島にあるグラストンベリ僧院で、アーサー王の墓が発見されましたが、遺骸は樫の棺に納められ、その上には、「ここに偉大なるアーサー王アヴァロンの島に眠る」と刻まれた鉛の十字架が置かれていたとのことです。
 入矢によると、アーサー王は実在したとしたら5~8世紀の人物で、ゼプコ老人の眉唾では?との疑問にたいしては、コギャシルやジョン=リーランドや『ブリタニア』の著者キャムデンといった多くの歴史家による記録があるので、真実性があるのでは、と返答します。
 入矢は、アーサー王の死を見届けた人物が始皇帝陵に侵入したとは考えがたいことから、12世紀以降に欧州から来た人物が彫ったのではないか、と推測します。

 ゼプコ老人は、とにかく始皇帝の棺を覗こうと促し、入矢・ゼプコ老人・呉文明の順で棺を覗きます。入矢が棺の扉を開けると、金縷玉衣に覆われた始皇帝が安置されていましたが、入矢の予想通り、「ソロモンの玉」らしきものはやはりありません。次いで、ゼプコ老人と呉文明が中を覗きますが、三人とも、本来の目的ではないということで、金縷玉衣の下の始皇帝の顔を見ることはありませんでした。
 呉文明は、中を覗く前に、手を合わせて祈っていますし、ゼプコ老人は、帰り際に「さらば!偉大なる皇帝よ!」と言ってますから、始皇帝に敬意を払っているといえますが、それならそもそも始皇帝陵へ侵入するなよ、という気もします(笑)。まあそれでは、物語が進まないから仕方ないのですが・・・。

 三人は帰ろうとしますが、入矢は、アーサー王の墓発見を最初に伝えた歴史家ギラルドス=カンブレンシスの、墓には頭部に裂傷を負った背の高い男の骨と、妻と思われる女性の骨も納められていた、との記述を思い出し、始皇帝の棺の側面の落書きは、始皇帝の遺体の他に何か納められているという暗号ではないか、と思い立ち、再度、始皇帝の棺の中を調べます。
 そこには、入矢の予想通り、始皇帝の遺体の他に、羊皮紙の切れ端がありました。始皇帝の時代には、文字は木簡か竹簡に書かれていましたから、アーサー王の落書きを彫った欧州の誰かの残したものではないか、と入矢は推測します。羊皮紙の文字は消えかかっていたので、入矢は外で解読することにし、三人は来た道を引き返します。

 三人は、呂信の遺体が安置されている部屋までは順調に戻れたのですが、「方士塚」の抜け道へとつながる穴を覆っている蓋まで来たところ、自分たちは間抜けだ、と入矢は嘆息します。蓋には取っ手がないのに、蓋を元の位置に戻してしまい持ち上げられないため、抜け道へと戻れないのです。確かにこれは間抜けですなあ(笑)。
 「アラジンと魔法のランプ」のアラジンと同じ状況に陥ったことに気づいた三人は、「アラジンと魔法のランプ」に脱出の手がかりがないか考えます。一般に流布している「アラジンと魔法のランプ」では、魔法使いにランプを渡すように言われ、拒否したため閉じ込められたアラジンは、神様に助けを求めようとして手を合わせ、そのはずみに魔法使いからもらった指輪をこすると、指輪の魔物が現れてアラジンを救う、という展開になっていますが、『東方見聞録』祖本では、アラジンは閉じ込められたまま生還しなかったことになっています。

 入矢は、アラジンが生還しなかったとしたら、どこかにその遺骸がないかと考え、アーサー王の墓・始皇帝の棺と同じように、呂信の遺体を納める棺に、呂信の遺体以外のなにかないか、と思い立ち、再度、呂信の棺を開けます。形を保った人骨の頭に布の残骸があり、その下に散乱した人骨のあることに気づいた入矢は、上の人骨はイスラム教徒のアラジンで、下の人骨は呂信だと推測します。
 入矢は、アラジンの指に指輪がないかと探しますがなく、ゼプコ老人に問い質すと、抜け道から呂信の墓室に侵入して棺を開けたさいに、指輪を取ったことをゼプコ老人は白状します。指輪をはめた入矢が蓋のほこりを払うと、小さな穴が現れ、そこに指輪を差し込むと、蓋を持ち上げることができ、三人は始皇帝陵からの脱出に成功します。

 外に出た三人は、さっそく羊皮紙の文字の解読にとりかかります。それは古いフランス語で、「“ソロモンの杯”は世界に三つ、すべてが彼の島の手掛かりなり。一つは偉大なるティーナの王の墓より吾が持ち去りし物なり。吾、すでに他の一つを発見せしものなり。その杯のまたの名“アーサー王の聖杯”。吾が名はルスティケロ」とありました。
 ルスティケロは、獄中でマルコ=ポーロの語りを筆記した、『東方見聞録』の真の筆者とも言うべき人物で、羊皮紙のこの文章が何を意味するのか、と三人が考察するところで、今回は終了です。
 こうして無事始皇帝陵からの脱出に成功したわけですが、始皇帝陵からは「神と道を信ぜざる者・・・・・・生きてまた戻らず」とはどういうことなのか、よく分かりませんでした。今後、話が進むとその意味も分かるのでしょうか。また、始皇帝陵に侵入しても生還できないだろう、と言って暗殺部隊を派遣しなかった張は、どう責任をとるのでしょうか?「山の老人」の残忍性からすると、処刑されるのでしょうか。

 今回は、重要な手がかりが得られたように思うのですが、その解釈となると、どうにもさっぱり分かりません。これが新たな伏線となり、しばらく放置された後、解決されるという流れになりそうな気もします。
 まず注目すべきなのは、入矢のアーサー王についての見解が以前とは異なっていることです。60話(8巻所収)では、アーサー王の実在は5世紀頃で、その根拠として、6~7世紀頃、ケルト諸族のなかでアーサーと名づけられた子供が急増したことが挙げられています。ところが今回は、アーサー王は実在したとしたら5~8世紀の人物とされています。これは単に設定ミスなのか、入矢がこの間に考えを変えたのか、現時点ではよく分かりません。

 次に、「ソロモンの玉(ソロモンの壺・杯)」が世界に三つあるというのは既出の情報ですが、そのうちの一つは始皇帝陵にあって、ルスティケロが持ち去りました。もう一つも、ルスティケロが発見したのですが、それが「アーサー王の聖杯」とも言われていたことが判明します。ちなみに最後の一つは、入矢がティトゥアンの地下迷宮で見つけており、中にはネアンデルタール人の骨が入っていました。
 始皇帝陵にあった「ソロモンの玉」には、彼の島の位置を示す地図が入っていて、その昔に「山の老人」が持ち去ったことが、「山の老人」の一員である張から語られていますから、ルスティケロは「山の老人」だったということなのでしょうか?そうすると、『東方見聞録』祖本にあったアトランティスの手がかりになりそうな記述を削除して刊行したことは分かるのですが、始皇帝陵に手がかりを残した理由が分からなくなります。

 さらに分からないのが、「始皇帝の墓に納められていた羊皮紙には、なんとルスティケロの名が!?入矢の気持ちは揺れる。緊迫の次号」、「アトランティス探索に逡巡する入矢にウーは・・・!?」との予告です。すでにさんざん危険な目にあっている入矢が、いまさらなぜアトランティス探索を続けることを躊躇うのか、現時点では私にはさっぱり分かりません。
 重要な手がかりは得られたものの、どうにも消化不良といった感じで、次号がじつに待ち遠しく思われます・・・って『イリヤッド』の最新号について触れたときは、毎回同じことを言ってますね(笑)。

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