『イリヤッド』11巻ソロモンの壺編(1)
ティトゥアンの地下迷路から脱出した入矢・デメル・ロッカの三人は、モロッコのラバトにて、ユリの到着を待っています。地下迷路の中心の玄室にあった、アマゾクの女王が眠る石棺に納められてあった金属製の球体の中に何が入っているのか、ロッカは早く知りたがりますが、入矢は、ユリが到着するまで待つようロッカを説得します。
場面は変わって、東京都文京区にある入矢堂です。入矢の母である淑子が、入矢が留守の間、店番をしていたところ、入矢堂の近くに引っ越してきた島田美奈という若い女性が訪れてきます。
美奈は、真鍮製のランプを購入しようとしますが、8000円と聞かされて、給料日までとっておいてもらうことにし、毎日見に来ます、と言って店を去ります。美奈は、その言葉通り毎日店を訪れますが、その間、一人の中年男性が毎日店を覗いていることに淑子は気づきます。
淑子がその男に近づいて問いただすと、その男は、美奈の父であること、空巣専門の窃盗だったが仮出獄中である、と語ります。島田は、娘の美奈の15歳の誕生日に豪邸に侵入して現行犯で捕まったのでした。島田は、服役してから最初の二年は、娘に申しわけなくて、ぜったい堅気になろうと誓いますが、娘からは手紙がきませんでした。
三年目の正月にはじめて娘から手紙がきますが、それは島田にとって最悪のものでした。島田が逮捕されたのは、娘が警察に通報したからだったのです。島田は絶望するとともに、娘に殺意を抱いてしまい、それから仮出獄するまで、娘には手紙を出しませんでした。
それでも、仮出獄後、島田はやはり娘に会いたくなったのですが、一度殺意を抱いてしまった娘に、いまさら合わせる顔がないということと、会えばまた娘に怒りをおぼえるのではないかと恐れているため、入矢堂を遠くから覗いていたというわけです。
島田が娘に会えず苦悩しているある日、入矢堂を訪れた美奈は、小さいころ父からよく聞いた「アラジンと魔法のランプ」の話が好きだ、と淑子に語ります。淑子は島田に、娘に「アラジンと魔法のランプ」の話をしたことがあるか、と訊くと、島田は、泥棒としての教訓として話したことがある、と述べます。
叔父と称する魔法使いに騙されて洞窟にランプをとりにいったアラジンですが、魔法の指輪や果物の形をした宝石をすべてやるから、ふるぼけたランプをくれ、と魔法使いに言われてもランプを渡さず、洞窟に閉じ込められてしまいます。
泥棒は欲を出しすぎてはいけないのであり、アラジンは指輪と宝石で満足すべきだったのに、泥棒としては失格だ、と島田は述べますが、淑子は、別の解釈を提示します。アラジンは、ランプを渡せといった叔父に何かとてつもなく邪悪なものを感じ、叔父のことを思ってランプを渡さなかったのではないか、と。つまり、父のことを思って、娘は警察に通報したのだ、というわけです。
給料日を迎えて無事ランプを購入した美奈は、店を出たところで父に会います。涙を流して、ずっと待ってたんだよ、と言う娘に、父はうん、と頷きます。これで親子のわだかまりはとけ、後の98話(13巻所収予定)では、二人が同居している描写があります。入矢堂の近所に住んでいるわけですから、島田親子の三回目の登場もあるかもしれません。
電話で淑子からこの親子の話を聞いた入矢は、「アラジンと魔法のランプ」に登場するランプの精と、イスラム教の聖典『コーラン』にも記されている悪魔たち、同じく『千一夜物語』の「漁師と魔物」に登場する魔物とが同一であることを思い出します。
「漁師と魔物」では、老人の漁師が海岸で真鍮の壺を拾い、蓋を開けると魔物が現れて漁師を殺すといいます。魔物は、壺に封じ込められて最初の四百年は、自分を壺から開放する者がいたら、この世のあらゆる富を贈ろうと思ったが、誰も蓋を開けようとしないのに怒り、そのうち、自分を壺から開放した者は絶対殺すと誓ったのですが、漁師は機転をきかせて助かります。
この魔物もランプの精も、ともにスレイマン、つまり『旧約聖書』に登場するソロモン王が封じ込めたといわれています。
入矢・デメル・ロッカの三人は、ホテルの一室でソロモン王について論じています。ソロモンは、古代イスラエル最高の賢者にして王で、世界の神秘に通じた魔術師であり、72柱の魔物を自在に操り、イスラエル神殿を建て、ソロモン王の著作とされる『ソロモンの遺言』などは、中世に異端書として廃棄された、との伝説があります。
しかし、じっさいに神殿を建てたのは、地中海で大きな勢力を築いたフェニキア人です。ソロモン王は、フェニキア人との交易で莫大な富を得て、優秀な建築者でもあったフェニキア人に、神殿を建築させたのでした。
後世の神秘主義者がフェニキア人を魔物に仕立てた?と問うロッカにたいして、入矢は、「面白いのは、ソロモンの操る最強の魔物はバアルだったと伝えられている点だ」と述べます。バアルは、フェニキアの主神で、ヘラクレス伝説の原型です。
ソロモン王は晩年、世界を危険から守るため、最強最悪の真鍮の球体製の壺に封じ込めたとされています。三人は、ティトゥアンの地下の玄室で発見した金属性の球体こそ、ソロモン王の壺ではないか、と推測します。
また長くなりそうなので(笑)、続きは次回ということにします。
場面は変わって、東京都文京区にある入矢堂です。入矢の母である淑子が、入矢が留守の間、店番をしていたところ、入矢堂の近くに引っ越してきた島田美奈という若い女性が訪れてきます。
美奈は、真鍮製のランプを購入しようとしますが、8000円と聞かされて、給料日までとっておいてもらうことにし、毎日見に来ます、と言って店を去ります。美奈は、その言葉通り毎日店を訪れますが、その間、一人の中年男性が毎日店を覗いていることに淑子は気づきます。
淑子がその男に近づいて問いただすと、その男は、美奈の父であること、空巣専門の窃盗だったが仮出獄中である、と語ります。島田は、娘の美奈の15歳の誕生日に豪邸に侵入して現行犯で捕まったのでした。島田は、服役してから最初の二年は、娘に申しわけなくて、ぜったい堅気になろうと誓いますが、娘からは手紙がきませんでした。
三年目の正月にはじめて娘から手紙がきますが、それは島田にとって最悪のものでした。島田が逮捕されたのは、娘が警察に通報したからだったのです。島田は絶望するとともに、娘に殺意を抱いてしまい、それから仮出獄するまで、娘には手紙を出しませんでした。
それでも、仮出獄後、島田はやはり娘に会いたくなったのですが、一度殺意を抱いてしまった娘に、いまさら合わせる顔がないということと、会えばまた娘に怒りをおぼえるのではないかと恐れているため、入矢堂を遠くから覗いていたというわけです。
島田が娘に会えず苦悩しているある日、入矢堂を訪れた美奈は、小さいころ父からよく聞いた「アラジンと魔法のランプ」の話が好きだ、と淑子に語ります。淑子は島田に、娘に「アラジンと魔法のランプ」の話をしたことがあるか、と訊くと、島田は、泥棒としての教訓として話したことがある、と述べます。
叔父と称する魔法使いに騙されて洞窟にランプをとりにいったアラジンですが、魔法の指輪や果物の形をした宝石をすべてやるから、ふるぼけたランプをくれ、と魔法使いに言われてもランプを渡さず、洞窟に閉じ込められてしまいます。
泥棒は欲を出しすぎてはいけないのであり、アラジンは指輪と宝石で満足すべきだったのに、泥棒としては失格だ、と島田は述べますが、淑子は、別の解釈を提示します。アラジンは、ランプを渡せといった叔父に何かとてつもなく邪悪なものを感じ、叔父のことを思ってランプを渡さなかったのではないか、と。つまり、父のことを思って、娘は警察に通報したのだ、というわけです。
給料日を迎えて無事ランプを購入した美奈は、店を出たところで父に会います。涙を流して、ずっと待ってたんだよ、と言う娘に、父はうん、と頷きます。これで親子のわだかまりはとけ、後の98話(13巻所収予定)では、二人が同居している描写があります。入矢堂の近所に住んでいるわけですから、島田親子の三回目の登場もあるかもしれません。
電話で淑子からこの親子の話を聞いた入矢は、「アラジンと魔法のランプ」に登場するランプの精と、イスラム教の聖典『コーラン』にも記されている悪魔たち、同じく『千一夜物語』の「漁師と魔物」に登場する魔物とが同一であることを思い出します。
「漁師と魔物」では、老人の漁師が海岸で真鍮の壺を拾い、蓋を開けると魔物が現れて漁師を殺すといいます。魔物は、壺に封じ込められて最初の四百年は、自分を壺から開放する者がいたら、この世のあらゆる富を贈ろうと思ったが、誰も蓋を開けようとしないのに怒り、そのうち、自分を壺から開放した者は絶対殺すと誓ったのですが、漁師は機転をきかせて助かります。
この魔物もランプの精も、ともにスレイマン、つまり『旧約聖書』に登場するソロモン王が封じ込めたといわれています。
入矢・デメル・ロッカの三人は、ホテルの一室でソロモン王について論じています。ソロモンは、古代イスラエル最高の賢者にして王で、世界の神秘に通じた魔術師であり、72柱の魔物を自在に操り、イスラエル神殿を建て、ソロモン王の著作とされる『ソロモンの遺言』などは、中世に異端書として廃棄された、との伝説があります。
しかし、じっさいに神殿を建てたのは、地中海で大きな勢力を築いたフェニキア人です。ソロモン王は、フェニキア人との交易で莫大な富を得て、優秀な建築者でもあったフェニキア人に、神殿を建築させたのでした。
後世の神秘主義者がフェニキア人を魔物に仕立てた?と問うロッカにたいして、入矢は、「面白いのは、ソロモンの操る最強の魔物はバアルだったと伝えられている点だ」と述べます。バアルは、フェニキアの主神で、ヘラクレス伝説の原型です。
ソロモン王は晩年、世界を危険から守るため、最強最悪の真鍮の球体製の壺に封じ込めたとされています。三人は、ティトゥアンの地下の玄室で発見した金属性の球体こそ、ソロモン王の壺ではないか、と推測します。
また長くなりそうなので(笑)、続きは次回ということにします。
この記事へのコメント