『イリヤッド』102話「宗教談義」(『ビッグコミックオリジナル』8/20号)
最新号が発売されたので、さっそく購入しました。前号では、入矢・ゼプコ老人・呉文明(リチャード=ウー)が始皇帝陵を訪れ、「方士塚」に始皇帝陵への抜け道があるのではないかと推測していました。
今回は、いよいよその「方士塚」の洞穴に三人が入り込むとともに、呉文明の異母兄である呉規清と組んで、呉文明率いる翼馬グループに買収をしかけた乗っ取り屋の老人(じつは「山の老人」の一員で、漢族と思われます)が、西洋人男性と台北で会話する場面が描かれます。物語は、乗っ取り屋の老人が、日本人カップルと別れの挨拶をかわす場面から始まります。
乗っ取り屋の老人は、台北で占い・風水・人生相談をやっていますが、これが表向きの顔ということなのかもしれません。そこに、一人の西洋人男性が訪ねてきて、老人と会話を始めます。
老人が日本人カップルと、日本と中国との宗教観の違いについて議論していた、と聞いた西洋人男性は、東洋人同士なので、我々西洋人との間の違いほどではないだろう、と述べます。
それを聞いた老人は、「そう思うかね?」と反問し、西洋人男性の、「たとえば、中国人が神様に祈る一番の願いごとは?」との問いかけにたいして、「一族の繁栄だろう・・・・・・この世での」と答えます。これを聞いた西洋人男性は、「ほら、我々には不思議な価値観だ!」と述べますが、老人は、「だが君らの神様の元になった宗教とはきわめて近いと思うがねえ」と述べ、これにたいして西洋人男性は、「つまり・・・・・・ユダヤ教ですか?」と問いかけます。この西洋人男性はキリスト教徒なのです。
老人は西洋人男性に、キリスト教徒に一番大切なのは、天国や最後の審判や永遠の命といった死後のこと、つまり魂の救済だろうが、『旧約聖書』を注意深く読むと、そうした概念は出てこず、ユダヤ教徒は中国人と同じく素朴に子孫の繁栄と幸福を祈るのみであったから、キリスト教の元であるユダヤ教は、キリスト教とは価値観や宗教観が異なると思う、と述べます。
老人はさらに、「確かソロモンも世界の神秘と知恵を授かる代わりに、永遠の生命を求めないと約束したと思うが・・・彼は不死なんぞ、愚かな欲望だと悟っていたんだろうなあ」と述べます。
これは、始皇帝を意識した発言なのでしょうが、現在進行中の始皇帝編では、始皇帝陵に眠るとされる「ソロモン王の壺(玉)」を探すことが目的ですから、始皇帝以上に、ソロモン王が重要な鍵となっているといえます。『イリヤッド』においては、アトランティスの場所を特定し、「人類がぜったい知るべきではない、太古の呪われた秘密」にたどり着いたとされるソロモン王だけに、今後もたいへん重要な役割を担うことになりそうです。
それはひとまずおくとして、西洋人男性は乗っ取り屋の老人に、「老人達からの伝言です。“ソロモンの玉”を求めて始皇帝陵に侵入した彼らを、地上に戻すな、と・・・」と伝えます。この西洋人男性は「山の老人」の連絡員であり、乗っ取り屋の老人も、前号でも示唆されていたように「山の老人」の一員ということなのですが、老人は「グレコ先生」と呼んでいますので、「山の老人」における地位は、グレコ神父よりは低いようです。ただ、下っ端というわけでもなさそうで、幹部に準ずるくらいの地位にはあるようです。
老人は、以前グレコ神父より、「あの日本人考古学者(筆者注:入矢のことです)だけは、とにかく殺せ、何も考えずに殺せ」と言われたが、「我々はただの殺人結社じゃない!むちゃくちゃな命令だと思ったよ」と述べます。
老人はさらに、始皇帝の命をうけた呂信は中東でフェニキア商人と出会い、複数ある「ソロモン王の壺(玉)」を求めただろうが、そのうちの一つはモロッコの迷宮にあり、当時は第二次ポエニ戦争中だったから、けっきょく呂信は、一つしか購入できなかっただろう、と推測します。
老人によると、始皇帝の購入した「ソロモン王の玉」には、「彼の島の位置を記す地図」が入っていたが、「山の老人」により、過去のある時点で始皇帝陵にある彼の島の手がかりはすべて取り除かれた、とのことです。
つまり始皇帝陵には、もはやアトランティスの手がかりは残っていないことになるので、このまま入矢たちを殺すと、「山の老人」はただの暗殺集団に成り下がってしまうことになります。老人は、最初はそれが嫌だったのですが、グレコ神父の「あの日本人は最も危険な人物だ」との発言が気になったと述べ、連絡員に、日本人カップルとの宗教談義の内容について語ります。
神様はいると思うか?と尋ねた老人にたいし、日本人カップルは「え、いないんじゃないのお・・・」と答えます。老人が「絶対そう思うかね?」と尋ねると、「まあどっちでもいいよ」との返答です。老人が「神様がいないなら、我々は宇宙の塵から偶然生まれた・・・・・・あまりにも孤独な存在だ」と述べると、日本人カップルは「え、そうじゃないの?」と言います。老人が「怖くないかね?」と尋ねると、「うーん、別にぃ・・・・・・」と答え、老人がさらに「じゃあ、もし神様がいたら?」と尋ねると、「それはそれでいいんじゃない?」と答えます。
じつにあっけらかんとした日本人カップルの受け答えですが、このやりとりから、老人は、日本人には宗教がないことがよく分かった、と述べます。連絡員が、そのカップルは頭が空なのでは?と問うと、老人は、空だからまだいい、と述べ、だが・・・と前置きしてさらに以下のように続けます。
「神がおらず自分が偶然の産物なら、実在とはとても恐ろしいことだと理解しながら・・・・・・あえて、どんな事実でも冷静に受け入れる度胸のある日本人・・・・・・それも広範な知識を有する考古学者なら・・・・・・今日の探検で謎を解き明かせなくても・・・・・・やっぱり死んでほしいね」。
私は、日本人が無宗教・無心論者だとは思いませんが、これは宗教・神とはいかなる概念かという大問題なので、今はおいておき、『イリヤッド』においては、日本人がそのように解釈・設定されている、と述べるに止めておきます。
「山の老人」が隠そうとしている秘密とは、神の正体・宗教にまつわることであり、それはアトランティス文明と密接に関連し、考古学的・歴史学的問題でもあるのでしょう。ゆえに、考古学者であり、無心論者の日本人である入矢が危険視されているということなのでしょう。
さて、入矢・ゼプコ老人・呉文明の三人は、いよいよ「方士塚」の洞穴に入り込もうとします。呉文明は、有毒ガス対策として、カナリアを用意しますが、入矢は、かわいそうだからという理由で反対し、けっきょくカナリアなしで侵入することになります。
洞穴を100mほど進んだところで行き止まりとなりますが、天井には大理石の蓋があり、入矢がそれをずらすと、人工洞窟へとつながる出入り口が現れ、三人は洞窟に侵入います。
洞窟には木棺があり、蓋を開けると、呂信と思われる人骨と布が納められていましたが、「ソロモン王の玉」は見当たりません。
洞窟の周囲の壁には、秦代の書体で文字が彫られていて、「ソロモン」の漢字表記に気づいた呉文明が解読を始めます。「ダビデ・・・・・・の子ソロモンは自国の支配を堅固にし・・・・・・・・・・・・神・・・・・・彼と共にある」と解読すると、ゼプコ老人が『旧約聖書・列王記』の文書そのままだ、と指摘します。
紀元前3世紀に聖書が?と疑問を述べる呉文明にたいして、入矢は、当時イスラエルはプトレマイオス朝の支配化にあり、『旧約聖書』は古典ギリシア語に翻訳されていた、ありえることだ、との見解を述べます。
碑文は大部分が判読不能ですが、呉文明は解読を続けます。「王の杯はすべて金・・・・・・レバノンの森の家も純金でできていた・・・・・・」の次の文は、剥ぎ取られていました。おそらく、「山の老人」の仕業でしょうが、なぜすべてを剥ぎ取らなかったのか、疑問の残るところです。
解読はさらに続きます。「彼らはソロモンの命ずるままに働き・・・・・・大広間・・・・・・彫像」との一節は、『聖書』にはありませんが、『コーラン(クルアーン)』に同じような文があり、彼らとは、ソロモン王が「真鍮の壺=ソロモン王の玉」に封じ込めた魔物のことだ、と呉文明は語ります。85・86話(11巻所収)からすると、この「彼ら」とはフェニキア人のことと思われます。
呉文明は、ついに「“ソロモンの玉”は秦の始皇帝に献上し・・・・・・」との一節に気づきます。では、始皇帝陵への入り口はどこなのか・・・入矢は、木棺の前にある大木の根に注目します。
始皇帝陵の秘密の抜け道を示す暗号である「左後ろ足を東南に伸ばし、青い(空色の)龍に向かう」の「龍」とは、この大木の根ではないか、というわけです。入矢が大木の根をかきわけると、通路が姿を現します。この通路に入矢が入って進んでいくところで、今回は終了です。
今回は、ヒューマンストーリー的要素はほとんどなく、歴史ミステリー・サスペンス的要素の強い内容でした。「方士塚」内部の描写以外で目新しい情報は、始皇帝陵にあったアトランティスの手がかりは「山の老人」によって過去に取り除かれたことと、始皇帝陵にあった「ソロモン王の玉」にはアトランティスの位置を記す地図が入っていたというくらいですが、アトランティスに関するこれまでの様々な手がかりをより深く掘り下げる情報が提示されていて、じつに興味深い内容でした。
前々号の「アトランティスの核心に触れることは、誰かの“神”を冒涜する行為なのか。入矢は遂に、アトランティスの謎に迫る“真の道”へと歩を進める。だがそれは、進むことも戻ることも許されぬ危険な道だった・・・!?」との予告は、前号の内容からすると誇大広告だったな、と思いますが、今回の話は、この予告通り、いよいよアトランティスにまつわる謎の核心に迫ってきたかな、と期待させるものがあります。
次回は、「山の老人」の派遣する暗殺者と入矢・ゼプコ老人・呉文明の三人との対決という、サスペンス的性格の強い話になるのでしょう。始皇帝陵にはアトランティスの痕跡はないとのことですから、アトランティスの謎に迫る新情報にはあまり期待できなさそうですが、「山の老人」が見落としたものの中に、新情報があるのかもしれません。
今回の話で気になったことをいくつか挙げると、まず、入矢の行動が「山の老人」に把握されているらしいことです。とはいっても、老人と連絡員との会話からすると、入矢がティトゥアンの地下迷路で「ソロモン王の玉」を発見したことは知らないようですから、行動のほとんどすべてを把握しているというわけではなさそうですが。
グレコ神父は入矢をひじょうに警戒していますから、日本にも監視要員を派遣しているのでしょうが、それにたいして入矢は、ピツラ教授やバトラー神父から警告があったはずなのに、ボディーガードもつけずに行動するなど、無用心です。まあ、入矢のこの抜けたところが、作品の殺伐さを減じているところがあるのですが・・・。
つぎに世界に三つあるとされる「ソロモン王の玉=真鍮の壺」ですが、85・86話(11巻所収)からすると、魔物=フェニキア人となります。今回は、魔物を「ソロモン王の玉」に封じ込めたとされていますが、同じく85・86話には、ソロモン王は晩年に世界を危険から守るため最強最悪の魔物を封じ込めたとあります。
入矢がティトゥアンの地下迷路で発見した「ソロモン王の玉」には、ネアンデルタール人の骨が入っており、始皇帝陵にあった「ソロモン王の玉」には、アトランティスの場所を記した地図が入っていました。もう一つある「ソロモン王の玉」が現在どこにあるのか、まだ分かりませんが、最強の魔物とは何を指すのでしょうか?
ここからは推測になるのですが、おそらくフェニキア人は、地中海各地に残されたアトランティス文明の後継者から高度な航海・建築技術を引き継ぎ、ソロモン王と組んで大活躍し、それが、後世には魔物として語り継がれたのでしょう。
ソロモン王は、フェニキア人にアトランティスの謎を探らせ、ついにその秘密を解明したのですが、その秘密は人類が知るべきではないとして、三個の壺(玉)に封印し、そのことが、最強の魔物を封じ込めたとして後世に伝わったのでしょう。こうなると、残る一つの壺(玉)に何が入っているのか、たいへん気になるところですが・・・。
最後に、ユダヤ教とキリスト教とは価値観や宗教が異なる、とされていることです。もちろん、これは当然のこととはいえますが、中国的宗教観とユダヤ教とは近いとされているので、キリスト教がユダヤ教から誕生したことがよく指摘されることからすると、違和感があります。
イエスは神の正体(「山の老人」が隠蔽してきた秘密の核心と思われます)についてたいへんな秘密を握っていたとされますから、そのことと関連して、イエスやその後継者により、何か重大な価値転換・隠蔽がなされたということでしょうか。
この先、どれだけ連載が続くか分かりませんが、連載完結時には、これらの謎がすべてすっきりと解けるようであればいいな、と願っています。次号も楽しみだなあ(笑)。
今回は、いよいよその「方士塚」の洞穴に三人が入り込むとともに、呉文明の異母兄である呉規清と組んで、呉文明率いる翼馬グループに買収をしかけた乗っ取り屋の老人(じつは「山の老人」の一員で、漢族と思われます)が、西洋人男性と台北で会話する場面が描かれます。物語は、乗っ取り屋の老人が、日本人カップルと別れの挨拶をかわす場面から始まります。
乗っ取り屋の老人は、台北で占い・風水・人生相談をやっていますが、これが表向きの顔ということなのかもしれません。そこに、一人の西洋人男性が訪ねてきて、老人と会話を始めます。
老人が日本人カップルと、日本と中国との宗教観の違いについて議論していた、と聞いた西洋人男性は、東洋人同士なので、我々西洋人との間の違いほどではないだろう、と述べます。
それを聞いた老人は、「そう思うかね?」と反問し、西洋人男性の、「たとえば、中国人が神様に祈る一番の願いごとは?」との問いかけにたいして、「一族の繁栄だろう・・・・・・この世での」と答えます。これを聞いた西洋人男性は、「ほら、我々には不思議な価値観だ!」と述べますが、老人は、「だが君らの神様の元になった宗教とはきわめて近いと思うがねえ」と述べ、これにたいして西洋人男性は、「つまり・・・・・・ユダヤ教ですか?」と問いかけます。この西洋人男性はキリスト教徒なのです。
老人は西洋人男性に、キリスト教徒に一番大切なのは、天国や最後の審判や永遠の命といった死後のこと、つまり魂の救済だろうが、『旧約聖書』を注意深く読むと、そうした概念は出てこず、ユダヤ教徒は中国人と同じく素朴に子孫の繁栄と幸福を祈るのみであったから、キリスト教の元であるユダヤ教は、キリスト教とは価値観や宗教観が異なると思う、と述べます。
老人はさらに、「確かソロモンも世界の神秘と知恵を授かる代わりに、永遠の生命を求めないと約束したと思うが・・・彼は不死なんぞ、愚かな欲望だと悟っていたんだろうなあ」と述べます。
これは、始皇帝を意識した発言なのでしょうが、現在進行中の始皇帝編では、始皇帝陵に眠るとされる「ソロモン王の壺(玉)」を探すことが目的ですから、始皇帝以上に、ソロモン王が重要な鍵となっているといえます。『イリヤッド』においては、アトランティスの場所を特定し、「人類がぜったい知るべきではない、太古の呪われた秘密」にたどり着いたとされるソロモン王だけに、今後もたいへん重要な役割を担うことになりそうです。
それはひとまずおくとして、西洋人男性は乗っ取り屋の老人に、「老人達からの伝言です。“ソロモンの玉”を求めて始皇帝陵に侵入した彼らを、地上に戻すな、と・・・」と伝えます。この西洋人男性は「山の老人」の連絡員であり、乗っ取り屋の老人も、前号でも示唆されていたように「山の老人」の一員ということなのですが、老人は「グレコ先生」と呼んでいますので、「山の老人」における地位は、グレコ神父よりは低いようです。ただ、下っ端というわけでもなさそうで、幹部に準ずるくらいの地位にはあるようです。
老人は、以前グレコ神父より、「あの日本人考古学者(筆者注:入矢のことです)だけは、とにかく殺せ、何も考えずに殺せ」と言われたが、「我々はただの殺人結社じゃない!むちゃくちゃな命令だと思ったよ」と述べます。
老人はさらに、始皇帝の命をうけた呂信は中東でフェニキア商人と出会い、複数ある「ソロモン王の壺(玉)」を求めただろうが、そのうちの一つはモロッコの迷宮にあり、当時は第二次ポエニ戦争中だったから、けっきょく呂信は、一つしか購入できなかっただろう、と推測します。
老人によると、始皇帝の購入した「ソロモン王の玉」には、「彼の島の位置を記す地図」が入っていたが、「山の老人」により、過去のある時点で始皇帝陵にある彼の島の手がかりはすべて取り除かれた、とのことです。
つまり始皇帝陵には、もはやアトランティスの手がかりは残っていないことになるので、このまま入矢たちを殺すと、「山の老人」はただの暗殺集団に成り下がってしまうことになります。老人は、最初はそれが嫌だったのですが、グレコ神父の「あの日本人は最も危険な人物だ」との発言が気になったと述べ、連絡員に、日本人カップルとの宗教談義の内容について語ります。
神様はいると思うか?と尋ねた老人にたいし、日本人カップルは「え、いないんじゃないのお・・・」と答えます。老人が「絶対そう思うかね?」と尋ねると、「まあどっちでもいいよ」との返答です。老人が「神様がいないなら、我々は宇宙の塵から偶然生まれた・・・・・・あまりにも孤独な存在だ」と述べると、日本人カップルは「え、そうじゃないの?」と言います。老人が「怖くないかね?」と尋ねると、「うーん、別にぃ・・・・・・」と答え、老人がさらに「じゃあ、もし神様がいたら?」と尋ねると、「それはそれでいいんじゃない?」と答えます。
じつにあっけらかんとした日本人カップルの受け答えですが、このやりとりから、老人は、日本人には宗教がないことがよく分かった、と述べます。連絡員が、そのカップルは頭が空なのでは?と問うと、老人は、空だからまだいい、と述べ、だが・・・と前置きしてさらに以下のように続けます。
「神がおらず自分が偶然の産物なら、実在とはとても恐ろしいことだと理解しながら・・・・・・あえて、どんな事実でも冷静に受け入れる度胸のある日本人・・・・・・それも広範な知識を有する考古学者なら・・・・・・今日の探検で謎を解き明かせなくても・・・・・・やっぱり死んでほしいね」。
私は、日本人が無宗教・無心論者だとは思いませんが、これは宗教・神とはいかなる概念かという大問題なので、今はおいておき、『イリヤッド』においては、日本人がそのように解釈・設定されている、と述べるに止めておきます。
「山の老人」が隠そうとしている秘密とは、神の正体・宗教にまつわることであり、それはアトランティス文明と密接に関連し、考古学的・歴史学的問題でもあるのでしょう。ゆえに、考古学者であり、無心論者の日本人である入矢が危険視されているということなのでしょう。
さて、入矢・ゼプコ老人・呉文明の三人は、いよいよ「方士塚」の洞穴に入り込もうとします。呉文明は、有毒ガス対策として、カナリアを用意しますが、入矢は、かわいそうだからという理由で反対し、けっきょくカナリアなしで侵入することになります。
洞穴を100mほど進んだところで行き止まりとなりますが、天井には大理石の蓋があり、入矢がそれをずらすと、人工洞窟へとつながる出入り口が現れ、三人は洞窟に侵入います。
洞窟には木棺があり、蓋を開けると、呂信と思われる人骨と布が納められていましたが、「ソロモン王の玉」は見当たりません。
洞窟の周囲の壁には、秦代の書体で文字が彫られていて、「ソロモン」の漢字表記に気づいた呉文明が解読を始めます。「ダビデ・・・・・・の子ソロモンは自国の支配を堅固にし・・・・・・・・・・・・神・・・・・・彼と共にある」と解読すると、ゼプコ老人が『旧約聖書・列王記』の文書そのままだ、と指摘します。
紀元前3世紀に聖書が?と疑問を述べる呉文明にたいして、入矢は、当時イスラエルはプトレマイオス朝の支配化にあり、『旧約聖書』は古典ギリシア語に翻訳されていた、ありえることだ、との見解を述べます。
碑文は大部分が判読不能ですが、呉文明は解読を続けます。「王の杯はすべて金・・・・・・レバノンの森の家も純金でできていた・・・・・・」の次の文は、剥ぎ取られていました。おそらく、「山の老人」の仕業でしょうが、なぜすべてを剥ぎ取らなかったのか、疑問の残るところです。
解読はさらに続きます。「彼らはソロモンの命ずるままに働き・・・・・・大広間・・・・・・彫像」との一節は、『聖書』にはありませんが、『コーラン(クルアーン)』に同じような文があり、彼らとは、ソロモン王が「真鍮の壺=ソロモン王の玉」に封じ込めた魔物のことだ、と呉文明は語ります。85・86話(11巻所収)からすると、この「彼ら」とはフェニキア人のことと思われます。
呉文明は、ついに「“ソロモンの玉”は秦の始皇帝に献上し・・・・・・」との一節に気づきます。では、始皇帝陵への入り口はどこなのか・・・入矢は、木棺の前にある大木の根に注目します。
始皇帝陵の秘密の抜け道を示す暗号である「左後ろ足を東南に伸ばし、青い(空色の)龍に向かう」の「龍」とは、この大木の根ではないか、というわけです。入矢が大木の根をかきわけると、通路が姿を現します。この通路に入矢が入って進んでいくところで、今回は終了です。
今回は、ヒューマンストーリー的要素はほとんどなく、歴史ミステリー・サスペンス的要素の強い内容でした。「方士塚」内部の描写以外で目新しい情報は、始皇帝陵にあったアトランティスの手がかりは「山の老人」によって過去に取り除かれたことと、始皇帝陵にあった「ソロモン王の玉」にはアトランティスの位置を記す地図が入っていたというくらいですが、アトランティスに関するこれまでの様々な手がかりをより深く掘り下げる情報が提示されていて、じつに興味深い内容でした。
前々号の「アトランティスの核心に触れることは、誰かの“神”を冒涜する行為なのか。入矢は遂に、アトランティスの謎に迫る“真の道”へと歩を進める。だがそれは、進むことも戻ることも許されぬ危険な道だった・・・!?」との予告は、前号の内容からすると誇大広告だったな、と思いますが、今回の話は、この予告通り、いよいよアトランティスにまつわる謎の核心に迫ってきたかな、と期待させるものがあります。
次回は、「山の老人」の派遣する暗殺者と入矢・ゼプコ老人・呉文明の三人との対決という、サスペンス的性格の強い話になるのでしょう。始皇帝陵にはアトランティスの痕跡はないとのことですから、アトランティスの謎に迫る新情報にはあまり期待できなさそうですが、「山の老人」が見落としたものの中に、新情報があるのかもしれません。
今回の話で気になったことをいくつか挙げると、まず、入矢の行動が「山の老人」に把握されているらしいことです。とはいっても、老人と連絡員との会話からすると、入矢がティトゥアンの地下迷路で「ソロモン王の玉」を発見したことは知らないようですから、行動のほとんどすべてを把握しているというわけではなさそうですが。
グレコ神父は入矢をひじょうに警戒していますから、日本にも監視要員を派遣しているのでしょうが、それにたいして入矢は、ピツラ教授やバトラー神父から警告があったはずなのに、ボディーガードもつけずに行動するなど、無用心です。まあ、入矢のこの抜けたところが、作品の殺伐さを減じているところがあるのですが・・・。
つぎに世界に三つあるとされる「ソロモン王の玉=真鍮の壺」ですが、85・86話(11巻所収)からすると、魔物=フェニキア人となります。今回は、魔物を「ソロモン王の玉」に封じ込めたとされていますが、同じく85・86話には、ソロモン王は晩年に世界を危険から守るため最強最悪の魔物を封じ込めたとあります。
入矢がティトゥアンの地下迷路で発見した「ソロモン王の玉」には、ネアンデルタール人の骨が入っており、始皇帝陵にあった「ソロモン王の玉」には、アトランティスの場所を記した地図が入っていました。もう一つある「ソロモン王の玉」が現在どこにあるのか、まだ分かりませんが、最強の魔物とは何を指すのでしょうか?
ここからは推測になるのですが、おそらくフェニキア人は、地中海各地に残されたアトランティス文明の後継者から高度な航海・建築技術を引き継ぎ、ソロモン王と組んで大活躍し、それが、後世には魔物として語り継がれたのでしょう。
ソロモン王は、フェニキア人にアトランティスの謎を探らせ、ついにその秘密を解明したのですが、その秘密は人類が知るべきではないとして、三個の壺(玉)に封印し、そのことが、最強の魔物を封じ込めたとして後世に伝わったのでしょう。こうなると、残る一つの壺(玉)に何が入っているのか、たいへん気になるところですが・・・。
最後に、ユダヤ教とキリスト教とは価値観や宗教が異なる、とされていることです。もちろん、これは当然のこととはいえますが、中国的宗教観とユダヤ教とは近いとされているので、キリスト教がユダヤ教から誕生したことがよく指摘されることからすると、違和感があります。
イエスは神の正体(「山の老人」が隠蔽してきた秘密の核心と思われます)についてたいへんな秘密を握っていたとされますから、そのことと関連して、イエスやその後継者により、何か重大な価値転換・隠蔽がなされたということでしょうか。
この先、どれだけ連載が続くか分かりませんが、連載完結時には、これらの謎がすべてすっきりと解けるようであればいいな、と願っています。次号も楽しみだなあ(笑)。
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